アサルトリリィ二次創作
「――むぅ」
あたし、天野天葉は悩んでいた。
あたしには可愛いシルトがいる。それが、数年前、初代アールヴヘイムが解散して、それほどリリィに執着する気もなかったあたしが、転校を考えていた頃に特別寮で出会った子、江川樟美だ。
当時彼女も彼女で、今は同じレギオンの壱っちゃん達と絶縁になってしまうようなことがあって、独りぼっちだった彼女の傍に居てあげたいと思って、リリィであることを選ばせてくれた、あたしの中での恩人の子なんだけど、最近はそんな壱っちゃんたちとも仲直りして、一緒にいる事が多くなった。
もちろんその時の樟美を良く知っているあたしからしたら、それは喜ばしい事だし、純粋に「良かったね」と思うんだけど、そのお陰であたしが樟美と一緒にいる時間が減った。
昔、特別寮で同室だった時は、それこそご飯を作ってくれたりしてて、一緒にいる時間が長かっただけに、そんな樟美を見ていると、なんだかもやもやとする。
「あなたにしては、珍しい顔をしているわね」
そんな事をつらつらと思い並べていると、そんな声が聞こえて振り返ると、昔のアールヴヘイムで肩を並べて戦った夢結が、相変わらず紅茶のセットを持って、こちらに向かって歩いてきていた。夢結こそ珍しく「同席しても良いかしら」と聞いてくるもんだから、驚いてしまった。
「……席が空いていないから聞いただけなのだけど」
「あ、あぁ、まあそうだよね、大丈夫だよ」
「失礼するわ」
向かい側の椅子に座って、紅茶を淹れ始めた。そんな姿をぼんやりと眺める。
「……何かしら?」
「いや、別になんでもないけどさ……夢結もすごく変わったよね」
「……えぇ、まあ、そうね」
「……」
今この目の前に座っている夢結も、昔と比べたら段違いに変わった。甲州撤退戦のあの日、夢結はシュッツエンゲルだった美鈴様を亡くして、その後から、思えば樟美みたいにずっと独りだった。まあ、夢結には梅や祀が支えてくれていたみたいだけど、彼女のシルトの梨璃ちゃんが来てからは、見違えるほどに変わった。
「……ねえ夢結、ちょっと話聞いて欲しいんだけど、良い?」
「どうしたの」
「あのさ――」
そうしてあたしは、夢結にもやもやするこの気持ちの事を打ち明けた。
「……大体の事情は分かったのだけど、どうして私に?」
「さあ、あたしにも分からない」
「分からないって……」
夢結が苦笑いを浮かべながら、紅茶を一口啜った。どうして、ルームメイトの依奈じゃなくて、夢結になら話す気になったのかは、あたしでも分からない。けど、もしかしたら夢結なら分かってくれる、と思ったのかもしれない。
「でもそうね……私も昔、梨璃にそんな感情を抱いたことがあったのだけど、やきもち、と言うものではないかしら?」
「やきもち?! 誰が?! 誰に?!」
思わず大声を出してしまって、はっと思って口をふさぐ。カフェテリア中にいる他の皆が、驚いたようにあたし達の方を見ていた。
「天葉……」
「ごめんごめん、ついうっかり」
「まったく……」と言いながら、あたしの大声で注目を集めて恥ずかしかったのか、少し顔を赤くした夢結が、また紅茶を一口。
「誰が、と言っても、あなたと樟美さんとの話をしているのだから、それ以外に誰がいて?」
「ま、まあ確かにそれもそうか……」
でも、言われてみたら、夢結の言う通りかもしれない。図書室に置いてある恋愛小説をよく読んでいた時だって、主人公の子が、そう言えば今のあたしのように悶々としていたことを、今思い出した。
「……ありがとう、夢結。すっきりしたよ」
「そう……なら良かったわ」
とはいえ、まだどこか変に心がざわついていて落ち着かない。あたしは夢結に改めてお礼を伝えて、カフェテリアを後にした。
+++
あたしがいつも使わせてもらっている物置から、ハサミやじょうろとかのガーデニング用品が入ったかごを取り出す。
色々と頭が混乱している時は、別の事をやって落ち着くのが一番だ。それに、最近は暖かくなってきて、花壇の花々も綺麗に咲き始めてきたから、しっかりお手入れをしてあげないといけないしね。
あたし達が住んでいる寮舎のある校舎の裏側には、手入れをする許可をもらっている花壇や植木が所々にある。当番とか、樟美との強化練習がない時は、大抵ちょこちょことこういう所で庭いじりをさせてもらっていた。
「さて……今日はここにしようかなあ」
あたし達の寮の近くの花壇の前にしゃがみこんで、さっそく手入れを始める。ここにはスターチスの花が植わっていて、綺麗な濃い青い花が少しずつ咲き始めていた。ちなみに、ここにスターチスを植えたのはあたし。植えた理由は、この花の花言葉が「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」――まあ、あたし達リリィにぴったりな花かな、と思ったから。
そうして作業を始めたら最後、細々とした悩み事なんかすっかり忘れて、あたしは土いじりに没頭した。雑草を抜いたり、水をやったり、剪定したり……。そう言う作業が、やっぱりあたしにはぴったりだな、と思った。
もちろん今はアールヴヘイムの一員として、そしてリリィとしての役目は全力でやりぬくつもりだけど、でも、子供のころから抱いている夢の、お花屋さんになること自体は諦めていない。しっかりとやりぬいたら、本格的にそう言う勉強をしようと思っている。けど。
――樟美は、どうするんだろう……。
あたしが卒業したら、樟美とはもうシュッツエンゲル同士じゃなくなる。もちろんそれでつながりが切れるわけではないけど、樟美があたしに固執する理由もなくなる。
数年前の樟美の誕生日の時、「二人ともここを卒業した時、あたしが樟美と二人暮らししたい、って言ったら、樟美は一緒にいてくれる?」って言う質問に、樟美はすぐに「もちろんです! 是非一緒に居させてください!」って言ってくれたのを、よく覚えてる。今もそう思ってくれているなら嬉しいけど、変わってる可能性だってない訳じゃない。
「……」
作業する手が止まる。壱っちゃん達と一緒にいる樟美の笑顔が脳裏に過る。ぽっと出のあたしなんかより、昔から一緒にいて、今のルームメイトの壱っちゃんとかと一緒にいたほうが良いんじゃないのかな――なんて思ってしまった。こんな事を思うガラじゃないのは分かってるんだけど。
「あっ、天葉姉様! こんなところにいらっしゃったんですね……!」
少し出かかった涙を拭いて振り返ると、樟美がこっちに向かって走ってきていた。
「樟美……今日は、壱っちゃん達と一緒じゃないんだ?」
「はい! 今日は皆講義とかでいないので」
「……そっか」
「見てても良いですか?」と樟美が聞いてくるので、「うん、もちろん」と頷く。
黙々と作業を続けるあたしの横で、樟美は相変わらず興味深そうに眺めては、たまにあたしのやってる作業について聞いてきたりする。
「ねぇ、樟美」
「はい?」
「見てて楽しい?」
特に何か深い訳はないんだけど、なんとなくそう聞いてみた。
すると、樟美は「はい、もちろん面白いです!」と笑ってくれた。
「別に気を使わなくたって良いんだよ?」
「えっ、別にそんなことないです! 本当に見てて楽しいですし、それに――」
樟美が少し恥ずかしそうに笑いながら続ける。
「天葉姉様が卒業したらお花屋さんになりたい、って言われてたので、私も少しぐらい、お手伝いできるようになったらな……って、そう思いますし」
「樟美……っ」
そんな樟美の言葉を聞いた瞬間に、さっき引っ込んだと思っていた涙が、また溢れだした。
「ふぇっ?! 私、天葉姉様に何か失礼な事でも……?!」
わたわたと慌てる樟美に、「ううん、違う、大丈夫だよ……」と涙を拭いながら言う。
「でっ、でも……」
「大丈夫、本当に大丈夫だから」
樟美を心配させない為に、早く泣き止まなきゃ、と思うんだけど、それでも涙が止まらない。
そりゃあそうか、あれだけ樟美があたしから離れていくんじゃないか、なんてことを考えて、一人で寂しくなってたんだもん。なのに、樟美がそんな事を言ってくれたんだもん。
「そ、天葉姉様、とりあえず土も付いてますし、これ使ってください」
「ごめん、ありがと……」
樟美からハンカチを受け取って、それで涙を拭く。あたしが泣き止むまで、樟美はずっと傍で慰めてくれていた。
+++
「なるほど……そんなことを……」
「うん……ごめんね……」
結局、樟美がすごく気にしてくれるもんだから、ここ最近思っていたことをしっかり話した。あまり溜め込んで、樟美と喧嘩するのも嫌だったし。
「いえ! 私も天葉姉様に配慮が無かったな、って思いますし、だから――」
「ううん、良いの、樟美はそのままでいて」
でも……と、まだいう樟美に「ありがと」とお礼を言う。そうやって気にしてくれるのが、少しだけ嬉しかったから。
「でも、本当に大丈夫。だってさっき樟美が言ってくれたしね」
「え、私、なんて……?」
「あたしのお花屋さん、手伝ってくれるんでしょ?」
そう笑いかけると、あたしを慰めようと必死だった樟美の顔に、いつもの、あたしの好きな笑顔が戻った。
「はっ、はい!」
「なら、それで十分だよ」
そう笑うと、樟美が私に抱きついてきた。そして。
「……確かに、壱っちゃんや、他の壱盤隊の皆の事も好きですけど……でも、あの時、支えてくれた天葉姉様が一番です! それに――」
樟美があたしの目を見て言う。
「いつか、天葉姉様の誕生日に言ったこと、忘れてないですからね? もちろん、天葉姉様がご迷惑でなければですけど……」
「……そっか。ありがと、樟美」
そう笑って、あたしも樟美を抱きしめ返す。樟美は確かにこういう子だった。それなのに、そんな樟美の事を、少しだけ疑ってしまったあたしはまだまだだなあ……と、心の中で少しだけ嗤った。
でも、こんな樟美だから、素直になれたのかな、とも思うし、話を聞いてくれた夢結にも感謝しなきゃな、と思った。きっと、彼女に話を聞いてもらえなかったら、ずっともやもやしていただろうし。
そんな事を考えながら、あたしはまた花壇の手入れを再開した。それを樟美が横で、さっきと同じように見つめては、質問したりしてきた。そんな時間がたまらなく幸せで、ずっと続けばいいのにな――なんて、そう思った。