お姉様――夢結さんが落ち着くのを、隣に座って待ってから、ふと思いついた事を、夢結さんに聞いてみることにしました。
「ねえ、お姉様」
「どうしたの? 梨璃」
「私、これからも夢結さんのお傍に居ても良いんですよね?」
「……えぇ。というより、今しがた、あなたからそう提案してきたのでしょう」
「えへへ……それはそうなんですけど、 そのー……、実は、お家がまだ決まってなくて……」
そう言うと、夢結さんがカップを口に運ぶ手を止めて、私の方を向いて「大変じゃない、確かもうそろそろ寮からも出なくてはならないでしょう?」と、心配してくださいました。なので――。
「それでですね? その、夢結さんが良ければなんですけど……一緒に、住まわせて頂けませんか?」
そう聞くと、夢結さんが「ぶっ」と啜った紅茶を吹き出して、咳き込んでしまいました。
「おっ、お姉様?!」
「だ……大丈夫よ……」
そうは言いますけど、今まで見た中で一番咳き込んでますよお姉様っ?!
しばらくして、ようやく落ち着いた夢結さんが「あなた……、本気なの……?」と聞いてきました。
そこで、決まらない理由を夢結さんにしっかり説明しました。それを一通り聞いた夢結さんは、「そう……あなたも大変だったのね」と言ってくださいました。
「そういうことなら……まあ、私は構わないのだけど……」
「本当ですかっ?!」
そんな私の反応に、また夢結さんが少し驚いたように、ビクッとしながら「え、えぇ……」と頷きました。
「でも、引越しの荷物とかはどうするつもりなの?」
「一応百合ケ丘の学院の方に申請すれば、宅配して貰えるようなので、それを使おうかなって思ってます」
「そう、それなら大丈夫そうね」
そんな風に、夢結さんと段取りを打ち合わせして、大体決め終わったかな、って頃、急になんだか色々と実感がようやく湧いてきました。夢結さんにまた会えたこととか、夢結さんと一緒に住めることとか。
「――なんだか、ちょっと夢みたいです」
「どうして?」
「天葉様や樟美さんの話を聞いてて、少しだけ憧れだったんです。夢結さんと一緒に住むこと」
「そうだったの? でも確かにそうね、百合ケ丘の時は決められていたものね」
「はいっ! だから、凄く楽しみですっ!!」
すると、夢結さんも笑って「そうね」と言ってくださいました。
「一緒に住むこと、後悔すると良いわ」
「もー、夢結さんったら意地悪なんですから」
そう言いながら、夢結さんと二人で笑い合いました。
夢結さんの卒業式の時から、なんだかどこかずっと空っぽな気がしていたんですけど、久しぶりにようやく心から笑えた気がしました。
+++
時間も遅くなってしまったので、夢結さんに「じゃあ来週からお願いしますっ」と頭を下げて、駅まで送ってもらって、百合ケ丘に帰りました。
「ただいま閑さん!!」
お部屋のドアを開けると、閑さんが驚いたようにこっちを見て、「おかえりなさい、梨璃」出迎えてくれました。
「どうしたのよ、行く時とは大違いじゃない」
「うんっ!! 実はね――」
そうして、出かけてからのことを、閑さんにお話しました。本当に嬉しかったから、ついつい閑さんを置いてけぼりにして喋っちゃいました。
「そう……良かったじゃない、色々」
話を聞いた閑さんが、そう笑ってくれました。
「うん!! 凄く不安だったけど、お陰で早く来週にならないかなあ……なんて思っちゃった」
「ふふ、話してる時の梨璃から、凄く伝わってきたわ」
「あははは……私ばっかり話しちゃってごめんね、閑さん」
「良いわよ別に。あなたの話を聞くのは好きだから」
「ありがとう閑さん……」
閑さんのそういう所に、いつも甘えちゃいます。
そんなお話を閑さんとしながら、私はまた残りのダンボールに物を詰めたり、蓋を閉じたりする作業を再開しました。
来週には夢結さんのお部屋に住めるんだ――なんてことを考えたら、こういう作業も凄く捗っちゃいます! あと残りも少ないので、私、頑張りますっ!!
+++
[おまけ]
「…………はあ」
少しだけ懐かしくなって、百合ケ丘にいた頃、それなりに通いつめていた図書館の入っている駅前のショッピングモールに足を運んで、そこで自分の中で蹴りをつけたはずの梨璃と会ってしまった。
そうして梨璃の不安そうな声に耐えられなくて、私が今住んでいるアパートまで連れてきて、梨璃に事情を説明して。
それを聞いた梨璃が、「私と“再契約”してくださいませんか?!」……なんて言うものだから、別に明確に梨璃と別れていたわけではないけれど、「お姉様と一緒の大学を目指します!」って言ったあの日の梨璃の笑顔や、そういう選択をさせてしまった責任とか、もちろんそれ以外にもあるけれど、そういうのが重なって、その申し出をまた受け入れた。
まあ、それは良いのだけれど、まさか梨璃と一緒に住むことになるとは思わなかった。
確かに私も梨璃と付き合い始めたばかりの頃、少しだけ憧れたこともあったけれど、それが実現する日が来るだなんて――ましてや、卒業式の時に梨璃にあんなことを言ってしものだから、余計に驚いている。というより、それが来週からだと言うのだから、色々と大変だ。主に、私の心の準備とか。
元々百合ヶ丘から越してくる時も、それほど物を持ってきたわけではないから、梨璃のものを置いたりする場所はこのワンルームでもあるでしょう。けれど、梨璃の寝る場所はどうするのか、とか、そういうことを色々と考えると、顔が熱くなったりしてしまう。
とりあえずこの一週間、いかに平常心を保つかどうか、それを考えると、果たしてそれが私にできるのか……それを思っただけでも、ため息が出てしまう。なんだかとんだ遅れた誕生日プレゼントを貰ってしまった。嬉しいけれど、少し困ってしまう。……まあ、悪い気はしないのだけども。