「お姉様!! 待ってくださいっ!!」
走るお姉様の背中が近くなって、手を伸ばしました。すると、運良くお姉様の手を掴みました。
「っ――」
そして、お姉様も観念したのか、走る足を止めました。今がチャンスです!
「お姉様!! その……ごめんなさいっ!!」
「梨璃……?」
戸惑うお姉様に構わず続けます。
「そのっ! お姉様にもし失礼なことをしてしまっていて、だから、卒業式の日に「来ないで」って言われたのですよね? だから、その……」
お姉様に言わなきゃいけない言葉を探して口ごもっていると、「違うの、梨璃」とお姉様は少し潤んだ声で言いました。
「え……?」
「……梨璃、その、ついてきてくれるかしら」
お姉様が私の方を見つめながら、そう聞いてきました。その目には、涙が少しだけ浮かんでいました。
「ふぇ? は、はい……」
そう頷くと、お姉様が今度はゆっくりと歩いて、走ってきた道を戻り始めました。私も訳が分からないながらも、その背中を追いかけます。
そして駅に着いて、私はお姉様の言われるがまま駅で切符を買って、お姉様と並んで電車に乗って、そして数駅先の駅で降りました。そしてそこからお姉様について行くと、まもなく少しお洒落なアパートの前に来ました。
「えっと、お姉様、ここは……?」
「私の家よ、入って頂戴」
「は、え、は、はいっ!!」
まさかお姉様の家に来れるとは思ってなくて、驚きました。でも、どうして連れてきてくれたのでしょうか……?
お姉様のお部屋は二階の一番右端の部屋で、お姉様が鍵を開けて、「入って」とだけ言って、入っていきました。私も、「お、お邪魔します……」と言いながら、お姉様のお部屋に入りました。
お部屋の中は、お姉様らしい、家具と本以外のものはないような感じでした。
「今紅茶を淹れるから、その椅子に座って待っていて頂戴」と言われて、言われた通り座って待ちます。ここまで来るのに、一言もお姉様と話していないので、なんだか初めてお姉様と出会った時ぐらい緊張します。
お姉様が紅茶をトレイに載せてきて、カップのひとつを、私の前に置いてくれました。私がいつも入れてた、お砂糖とミルクも一個ずつ添えて。
そうしてお姉様も向かい側の椅子に座って、一つ深呼吸をした後、「その、梨璃」と口を開きました。
「はい……?」
どういう話をされるんだろう……と思っていると、お姉様が「ごめんなさい」と頭を下げました。
「ふぇ? えっと……、どういう事ですか?」
と聞くと、お姉様は「その……」と言いにくそうにしながらも、少しずつ話し始めました。
「怖かったの」
「怖かった……ですか?」
「えぇ……。その、私が卒業する、という事は、あなたとのシュッツエンゲルの契りが終わってしまう、という事で……その、そうするとあなたとの関係が変わってしまうのではないか、と思ったら……怖かったの」
「でも、お姉様は私とお付き合いしていたじゃないですかっ!」
「それでもよ!! あなたとの日々は本当に輝いて、何より幸せだった! だからこそ、終わってしまうんじゃないか、と思ったら、とてつもなく空っぽになってしまう気がして……だから……あの時、逃げ出してしまったのよ……」
「そう、だったんですね……」
涙を流しながら、お姉様がそう話してくださいました。
「でも、結局私は自分自ら、あなたのことを遠ざけてしまった。だから、あなたがもし同じ大学に来たとしても、もう他人のふりをしようと決めていたの。でも……」
「さっきのお店で、私と鉢合わせしてしまったんですね」
「えぇ……」
お姉様が涙を拭っている間、私はカップに入っている紅茶を見つめていました。まさか、お姉様がそんな風に思っていただなんて思いませんでしたから。
でも、私はお姉様の事を忘れた日はありませんでした。お勉強をしている間も、一柳隊の皆とご飯を食べてる時も、ずっとお姉様の事を想っていました。だから、嬉しかったんです。お姉様とこうしてまた会えたこと。だから。
「ねえ、お姉様?」
「何、梨璃……?」
「もしお姉様が良ければですけど……また、“再契約”しませんか?」
「え……?」
まだ少し潤んだ目で、お姉様が私を見つめて来ました。
「私はお姉様の事を忘れた日なんてなかったんですよ? お姉様は元気かな、とか、どんなお勉強をしてるのかな、とか、そういうことばっかり考えてました」
「梨璃……」
「だから、お姉様が迷惑じゃなければですけど……、もう一度、お姉様とシュッツエンゲルを結ばせて下さい!! もちろん、公式なものじゃないですけどね」
えへへ、と笑っちゃいました。自分で言いながら、少し恥ずかしくなっちゃって。
「どうですか? お姉様」
そう笑いかけると、お姉様は「……あなたの事をまた傷つけてしまったのに、良いの?」と聞いて来ました。
「はい! だって私はお姉様のシルトですから!! 色々なお姉様を一番近くで見てきましたから!」
私だって、お姉様との日々は今でも思い返せば、たくさん幸せな思い出が出てきます。それが、私が大学に行っても続くのなら、それって凄く素敵だと思うから。
「だから、お願いします。お姉様」
すると、お姉様はもう一度涙を拭った後、笑って「えぇ……こんな私で、良いのなら」と言ってくださいました!
「本当ですかっ?!」
嬉しくて、ついついテーブルに手をついて、前のめりになってしまいました。そんな私にお姉様はびっくりしながらも、「本当よ」と言ってくれました。
「えへへ、お姉様ありがとうございますっ!!」
そう言いながら、椅子から立って、反対に座るお姉様に抱きつきました。久しぶりのお姉様の匂いは、すごく懐かしい、いい匂いがしました。
「もう……、梨璃は相変わらずなんだから」
「えへへ、それはそうですよ! だってまたお姉様と一緒に居られるんですからっ!!」
何よりもそれが一番嬉しいんです。本当の本当の本当に嬉しいです!!
「……ありがとう、梨璃」
また少し潤んだ声でお姉様がそう言いました。
「はい! 私こそありがとうございます!! 夢結さん!!」
お姉様の事を「夢結さん」って呼んだのも、いつぶりでしょうか。お姉様は涙を浮かべながら笑って「これからもよろしくお願いするわね」と言ってくださいました。