ある日の昼下がり。梨璃の携帯に着信が入った。
「梨璃、電話が来ているわよ」
「え、本当ですか?! 誰からだろ……」
床でごろごろと寝転がってた梨璃が立ち上がって、机の上に置いてある携帯を手に取って電話に出た。すると、「あっ、天葉様、ごきげんよう!」と梨璃が言った。……天葉から?
はい、はい、と相槌を何回か打った後、「え、今からですか?」と、驚いたような声を上げた。そして、「ちょっとお姉様……じゃなくて、夢結さんに確認してみます!」と言って、携帯から耳を離した。
「夢結さん、天葉様からお出かけのお誘いなんですけど、どうしましょう?」
「……行ってくれば良いのではないかしら」
とうとう人のシルトにまで手を出すだなんて、落ちぶれたものね……。
「じゃなくて!! 夢結さんにもお誘いかかってるんですけど!!」
「……えっ」
電話口から、天葉が大笑いしている声が漏れ聞こえている。少し気恥ずかしくなって、梨璃から顔を背けながら、極めて冷静に「えぇ、構わないわ」と首肯する。苦笑いの混じった声で、「分かりました!!」と言って、梨璃はまた携帯を耳に当てて、天葉と喋り始めた。私としたことが、とんだ早とちりをしてしまった。
「はい、じゃあまた後で!!」と梨璃が電話を切った瞬間、ふふふと笑い始めた。
「どうしたのかしら梨璃?」
「夢結さんって本当に顔に出やすいですよね。何を思ってたのかとか、すぐ分かっちゃいました」
「それはあなたの思い違いではなくて?」
「ふふ、それはないです! だって私と夢結さん、どれくらいの時間一緒にいると思ってるんですか?」
そう言われて、ぐ、と言葉に詰まる。確かに梨璃とシュッツエンゲルの契りを結んでから、今ほどではなかったにせよ、かなりの時間を一緒に過ごしてきた。そしてこうして梨璃と暮らし始めてから、もう少しで半年。確かにその通りではある。
「それに」と梨璃がいたずらっ子ぽく笑って、私に近づいて、耳元でこう囁いた。
「例え天葉様に誘われても、そう簡単には行きませんから、お姉様?」
「っ、梨璃!!」
「あははっ、ごめんなさいっ!」
反省している素振りも見せずに、こちらを見て笑う。こうして二人で暮らすようになってから、梨璃は時々こうやって私を惑わしてくる。……いえ、私と恋仲なのだから、そういう言い方もおかしいのだろうけれど、でも私の心臓に悪い事は確かね。今も昔も、梨璃には警戒をしておかなくてはならない。
ひとまず落ち着くために、淹れてあった紅茶を一口啜る。淹れてから時間が経っているからか、いつも以上に渋くなっていたけれど、お陰で少し落ち着けた。まったく、本当に困った子なのだから、梨璃は。
……ところでどうして私の心の声が、梨璃に伝わったのかしら?
+++
身支度を整えて、春晴れの街に繰り出す。天葉たちが待っているショッピング街までは、電車で二十分ほどの場所にある。
家から最寄り駅まで、梨璃と並んで歩く。
「最近ちょっとずつ暑くなって来ましたねー、もう少し薄着でも良かったかも」
「……そうね」
梨璃は相変わらず無防備なきらいがあるから、それはそれで心配なのだけど、とはいえ、今日は二十度前後まで上がると、朝の天気予報でやっていたから、流石の私でも少し暑い。
家から歩いて十分くらいで、駅前の繁華街に到着する。今日は平日なのにも関わらず、相変わらず人がごった返している。お互い迷子にならないように手を繋ぐ。それにしても、今日は特別人が多い――。
「わっ」
「きゃっ」
そう思ってるそばから、梨璃が誰かとぶつかった。
「わっ、わっ、ごめんなさい!!」
「こちらこそすみません……!!」
梨璃よりも明るい桃色のロングストレートの女性と、梨璃がペコペコとお辞儀をしながら謝っている。私も一緒になって謝ると、「あー、この子いつもの事なんで、気にしないでください」と、お連れの方と思わしきもう一人の女性が、そう言ってくれた。
このまま立ち止まっているのも、他の方の通行の妨げになるので、もう一度「すみませんでした」と謝って、駅の方へ向かう。「全く、摂津も気を付けなきゃダメだよ」と、先程フォローしてくれた方が言っていたのが聞こえた。
「ふえぇ……良い人で良かったです……」
手汗をびっしょりかいた梨璃が、腑抜けた声でそう言う。
「まったく、あなたも一時は主力レギオンの長だったのだから気をつけなさい」
「はい……」
珍しく梨璃がしょんぼりとしている。まあ、先程私をおちょくった罰が当たったという事で、それに免じてこれ以上言うのはやめておいてあげましょう。
そうして人混みをかき分けて、切符売り場で切符を買って、私たちは改札に向かった。