「夢結ー! 梨璃ー!! こっちこっち!!」
改札を出ると、私たちの姿を見つけるや否や手をぶんぶんと振って呼んできた。隣で樟美さんが苦笑いを浮かべている。
「あれ? 天葉様、先にお買い物に行ってるんじゃ……?」
梨璃がそう声を掛ける。
「そう思ってたんだけどねー、案外人が多くてさー。樟美がちょっとバテちゃって」
天葉が樟美に目を向ける。天葉の腕をつかんで、確かに少しだけ顔色の悪そうな樟美さんが、薄ら笑いを浮かべていた。
「そうだったんですね! でもそしたらどうしましょう……あっ、なら、喫茶店とかに行きませんか!?」
「おー、それは良いね」
「夢結さん、樟美さん、どうでしょう?!」
そんな梨璃の問いかけに、樟美さんが小さな声で「うん……それで大丈夫だよ、ありがとう梨璃さん」と頷いていた。私も特に異論もない。「えぇ、問題ないわ」と頷く。
「じゃあ決まりだね。この前」この前千華と一緒に行った所が美味しかったから、そこに案内するよ」
天葉の口から懐かしい名前が出てきて、少しだけ驚く。
「やったぁ! それじゃあ、天葉様行きましょう!」
「よし、ほら樟美、行くよ!」
「は、はい……」
まだ少し顔色の悪い樟美さんが少し心配なのだけど、それでも私は天葉から千華の名前が出るだなんて……それがあまりに衝撃的だった。
+++
「樟美さん、あのお店のぬいぐるみ可愛くないですか?!」
「本当だ……! 見に、いかない……?」
「はい! 行きましょう!!」
顔色悪かった樟美さんも、梨璃が次々にお店を見つけては連れ出しているお陰か、少しずつ元気になっていった。その少し後ろを天葉と歩く。
「相変わらず夢結のシルトは元気だねえ」
そんな二人を笑って見ながら、天葉がそう言ってきた。
「えぇ……元気すぎて、ちょっとついていくのが大変よ」
「でも退屈はしなくて済むんでしょ?」
「まあ、それはそうだけれど」
天葉の言う通り、百合ヶ丘にいた頃から今日まで、梨璃と一緒にいてつまらない、と思ったことは一度もない。確かに喧嘩はするけれども、大抵はくだらない事で喧嘩していることが多いから、後から二人で笑ってしまうことも多い。だから、柄にもなく楽しいと思ってしまう。それはさておき。
「そう言えば天葉」
「んー?」
「その、卒業してから、千華と会っているの?」
「あーそうだよ。たまにだけどね」
「そう……」
甲州撤退戦の時に、美鈴お姉様や梅、天葉たちと組んでいた、最初のアールヴヘイムで一緒だった千華。解散してからは、あまり話す機会もなくなってしまっていただけに、少しだけ気になっていた。
「千華も結構夢結の事心配してたんだよ? 甲州撤退戦の後と言い、卒業式の時と言い、夢結ったら人付き合いが苦手なんだもん」
「そ、それは……っ」
痛い所を突かれて言葉に詰まる私を、天葉がさっきの電話口で聞いたように笑った。
「まっ、でも今梨璃と仲良くしてるって言ったら安心してたよ。また機会があったら夢結も誘おうか?」
「……えぇ、お願いするわ」
そう頷いたとき、いつの間に遠くまで行っていた梨璃が「夢結さーん! 天葉様ー!! 早く来てくださーい!!」と手を振っていた。
「ほら、夢結、行くよ!」
「そうね」
私たちも頷きあいながら、早足気味に二人の元へ向かう。まあ、千華とはいずれゆっくり話すときが来るでしょうし、その時に色々と謝らなければ……そう思った。
+++
「えへへ……なんだか思ってたよりも遅くなっちゃいました」
天葉が言っていた喫茶店に着いた時には、時刻はもうそろそろで十六時になろうとしていた。駅についたのが十四時くらいだったから、思った以上に寄り道をしてしまった。
「まっ、元々樟美がバテてたから行こうって話だったってだけだし。当の樟美や梨璃もご機嫌だし、良かったんじゃない?」
天葉の隣で、樟美さんが嬉しそうにアイスティーをストローで吸っていた。一方私の隣に座っている梨璃も、同じようにご機嫌だった。
「それにしても、こうやって梨璃さんや夢結様とお出かけ出来る日が来るとは、思ってなかった」
「それ、私も思いました! 天葉様や樟美さんはアールヴヘイムでの戦闘とかが多かったですし、私たちも私たちで大変でしたし……主に、お姉様のせいで」
「梨璃……?」
「あっ」
梨璃を横目で睨むと、梨璃がはっとしたように、口を手でふさいだ。
「大体、あなたが前に出すぎるのが悪いでしょう。お陰でノインヴェルトの陣形はバラバラになることが多かったし」
「で、でも、お姉様だって、いつも前に出てばかりだったじゃないですか!」
「まあ夢結はアールヴヘイム解散してから、一人で突っ込む駄目な癖がついちゃったからね~」
「そ、天葉まで……」
いつの間にか形勢が逆転していた。まあ確かにそれはその通りではあるのだけど……。
「だって事実なんだもん。ねー、樟美」
「そ、そう言われても、私はあまり夢結様の戦っている所見たことないです……」
「えーそうだっけ?」
「はい」
思ってもないところで、とんだ昔話をしてしまった。でも、私のは仕方がないでしょう、そうするしか方法は無かったのだし。とはいえ、これ以上この話を広げると、違う意味で私が耐えられないので、話を変えることにする。
「そ、そう言えば天葉。あなたが言っていたお花屋さんの件はどう?」
「あー、一応ちゃんと進んでるよー? 一応私は色々と知識があるから良いけど、樟美はそれほどあるわけじゃないし、アルバイトとかしながら資金集めとか勉強してる感じかなあ」
天葉の夢は、三年生の時に天葉に呼び出された時に聞いた。あの時は、学院側もなかなか天葉を離そうとしなかったものだから、すごく大変そうだった。……まあ、私も人の事は言えないのだけど。
「そう……応援しているわ」
「はは、ありがと。開店したら絶対来てよ?」
「えぇ、もちろん」
「私も絶対行きます!」
「……二人ともありがと。頑張ろうね、樟美」
「はい!!」
いつかも、そんな天葉の事が眩しい、と思ったことがあったけれど、本当に天葉はまっすぐで、強い人だと、改めて思った。
+++
なんだかんだ喫茶店で天葉たちと長話をしてしまって、時間も遅くなってしまったから、そのまま駅で別れて、私と梨璃は帰りの電車に乗った。
「はぁ……今日は楽しかったですね、夢結さん!」
「えぇ、そうね」
相変わらず天葉には振り回されっぱなしだったけれど、でも、梨璃の楽しそうな顔が終始見られて、私はそれで満足だった。……それに、思いがけない人の話も聞けたし。
「それにしても、天葉様がお花屋さんになりたいなんて話、初めて聞きました! 夢結さんは知ってたんですよね?」
「えぇ、何度かその件で相談されたこともあったから……。上手くいくと良いのだけど」
「ですね~、私と夢結さんの結婚式の時のお花は、天葉様の所で買いましょうね」
「ぶっ?!」
待って、梨璃、いきなりなんて事を言い出すの?
「ど、どうしたんですかお姉様?!」
「……い、いえ、なんでもないわ……」
いやまあ確かに梨璃とそういう関係になれたらいいなと思わなくはないのだけど、だからと言って今それを言うのは反則ってものじゃないかしら?
「……変な夢結さん」
「あなたがそれを言う?!」
思わず電車内で大声を出してしまって、他の乗客の皆さんに見られてしまった。軽く会釈をして縮こまる。梨璃が「ふぇ? ふぇ?!」とわたわたしている。
……訂正するわ、今日は天葉と梨璃に振り回されっぱなしの一日だった。最後の最後になんというか、とても、疲れてしまったわ。今日は帰ったらさっさとお風呂に入って寝てしまおう。帰りの電車で、長い溜息とともに、そう思った。
+++
天葉達と出かけたその夜。
「んん……」
もぞもぞと動く気配がして、目が覚めた。そのまま様子を見ていると、ぎゅっと梨璃に抱きしめられた。
「……えへへ……お姉様……」
普段甘えてくるよりものんびりと、そして小さな声が聞こえた。そんな梨璃が可愛くて、少しドキドキする。
「…………すぅ」
私が寝ていると思って、それをいいことに、梨璃が普段よりもスキンシップをしてくる。私の匂いをかいだり、手を握ってきたり、もう少し強めに抱きしめてきたり。このままでも良いのだけど、そろそろもちそうにないので、寝返りを打って、梨璃の方に顔を向ける。
「ふぇ?! お、お姉様?! 起きてたんですか?!」
「えぇ、だいぶ前から」
「えっ、えと、ど、どれくらいから……?」
「そうね……あなたが抱きしめてきたくらいからかしら」
「最初からじゃないですかっ!!」
「そういうことになるわね」
そう言ってやると、梨璃が恥ずかしがって、寝返りを打って顔を逸らした。今日の仕返しをする良い機会だと思って、抱きしめ返してやる。
「わっ、お姉様?!」
「仕返しよ、梨璃」
「わっ、ちょっと、どこ触ってるんですか――あはははは!!」
しばらく梨璃と布団の中で、くすぐり合う。少し前――それこそ百合ケ丘にいた頃、梨璃とまだシュッツエンゲルとしての姉妹だった頃は、こういうことをするだなんて、思ってもみなかった。
それこそ、いつか、東京に外征に行って、一葉さんに宿を取ってもらった時なんかは、慣れない梨璃との同衾って言うだけで、すごく眠れなかった記憶もある。そう考えると、なんというか、少し感慨深いものがある。
「はー……もう、夢結さんったら、やめてくださいよー」
「……あなたこそ、相変わらず加減を知らないじゃない……」
そう言い合って笑い合う。今まで――梨璃と出会うまでは、本当に悲しくて辛いことが沢山あったけれど、でもこうして幸せな日々が送れているのだから、捨てたものじゃないと思う。……もちろん、今でもたまに美鈴お姉様との日々を空想したりはするのだけど、でも、梨璃との日々も幸せだ。
「えへへ……やっぱり夢結さんのこと大好きです……」
「……私もよ」
そうしてどちらからでもなく、抱きしめ合う。梨璃の体温が伝わってくる。
「ねえ……お姉様」
いつもの言い間違えじゃなく、わざとそう呼んでいるのが分かって、少し胸が高鳴る。
「どうしたの、梨璃」
少しドキマギしながら聞くと、梨璃はふふっ、と笑って、「いえ、なんでもないですっ! おやすみなさい、夢結さん!!」と潜り込んだ。
「言いなさい梨璃」
「嫌です!! 私だけの秘密ですっ!!」
そうしてまた、お布団の中で取っ組みあった。やっぱり梨璃との日々は退屈しないし、何より幸せで。言葉には出さないけれど、ありがとう、梨璃。