「お姉様!!」
私も梨璃も大学が休みのある日のお昼過ぎ、向かいに座っていた梨璃が、突然乗り出してきた。
「どう、どうしたの梨璃……」
「お買い物に行きましょう!!」
「本当にいきなりどうしたの梨璃」
梨璃のそう言う所には慣れたつもりでいたのだけど、今日は本当に唐突すぎて驚いてしまった。
「あっ、えっと、この前お姉様がカレーを作って下さったじゃないですか! それがすごくおいしくて嬉しかったので、今度はお姉様と一緒にお料理がしてみたくなったんです!」
「……お料理なんて、いつも一緒に作っているでしょう」
「それは……そうですけど、でも作りたくなっちゃったんですっ!」
「……はぁ。あと梨璃、私はもう姉じゃないのだけど」
「あ……。でも夢結さんはいつまでも私のお姉様ですっ!!」
「……私はいつまでも姉以上の存在になれないという事ね……」
「え、いやっ、そんな事はありません!! 夢結さんは私にとって大事な人ですっ!!」
「……そう」
「そうです!!」
なんだか釈然としないのだけど、でも梨璃にそう言われるのはやはり、少し嬉しかった。
「まあ、確かにそろそろ食材の買い出しに行かないといけなかったのだし、丁度いいわ。行きましょう、梨璃」
「はい!!」
お財布とマイバックを持って、梨璃と一緒にアパートを出る。最近は梨璃が忙しい事もあって、こうして一緒に買い出しに行くのも久しぶりだった。
「えへへ、こうして夢結さんとお買い物に行くのも久しぶりですね!」
「……えぇ、そうね」
今しがた私が思った事を、梨璃が言う。最近こうして梨璃と思考が被ることがよくあって、別に嫌なわけではないのだけれど、なんだか、こう、複雑な気持ちになる。
+++
近所のスーパーに着いて、今日は珍しく梨璃がカゴを持って、先へ行く。
「そういえば梨璃、一緒に料理を作りたい、と言ったいたけれど、何を作るつもりなの?」
「えっと、色々と考えたんですけど、ハンバーグがいいかなって! まあ純粋に私が食べたいだけなんですけど……」
と、梨璃が少し恥ずかしそうに言う。その時。
「夢結に梨璃っ!! 久しぶり!!」
「ふぇ?」
そんな声がしてその方を見ると、入口の方から天葉と樟美さんが歩いてきた。
「あっ、天葉様に樟美さん! お久しぶりですっ」
梨璃がそんな二人にぺこぺこと頭を下げる。私も「久しぶりね、天葉に樟美さん。卒業式以来かしら」と声を掛ける。
天葉と樟美さんの二人の近況は、そう言えばあまりよく知らなかった。百合ヶ丘にいた頃は、アールヴヘイムのこともあって、それなりに懇意にしていたはずなのだけど。
「そうだねー。でも良かった、二人とも幸せそうじゃない」
「……そう言うあなた達こそ、相変わらず幸せそうで何よりね」
「ちょっと、そう言う事は、しっかり目を見て言いなさいよ」
そうは言うけれど、そんな人目を憚らないで、腕を組む二人がなんだか眩しかった。それを見かねたのが、梨璃が私の腕に抱きついてきた。
「梨璃っ?!」
驚いてしまって、そう声を上げると「えへへ」と、梨璃が笑顔を浮かべている。
「おー、見せつけてくれるじゃない」
「そっ、そう言う訳では――っ」
そう言い返そうとした時、ふと我に返った。ここはスーパーマーケット、通り過ぎていく近所のおば様たちが、私たちの横をニコニコと笑っている。
「――っ、行くわよ、梨璃」
「あ、ちょっと、夢結さん?!」
梨璃の手を引っ張って、店の奥へ行く。何のためにここに来たのか、天葉たちのお陰ですっかり吹き飛んでしまった。
その後、何とか目的を思い出した私たちは、(主に樟美さんの提案で)罪滅ぼしにと、ハンバーグを作るための食材選びを手伝ってもらった。天葉は終始ニヤついていて、「ごめんってば」という割に反省してなさそうだったのだけど、樟美さんの方はすごく丁寧に選んでくれた。
会計を終えて、天葉たちと一緒に店を出る。なんだか買い物に来ただけのはずなのに、どっと疲れた。
「お二人とも、今日はありがとうございました!! 今度、ゆっくりお茶でも飲みに行きませんか?!」
「おーいいねぇ。そう言えば卒業してからの連絡先知らなかったし、交換しようよ」
「あ、はい! 是非お願いしますっ!!」
……梨璃と天葉はいつの間にか仲良くなったようで何より。
「夢結さんも交換しませんか?!」
「……まあ、良いわよ」
梨璃にそう言われたら仕方がない。天葉の事だから嫌な気しかしないのだけど。
天葉と樟美さんとメールアドレスを交換して、二人と別れて帰路につく。
「夢結さん! なんだか今日は楽しかったですね!」
「……えぇ、そうね」
私としては楽しかったよりも、疲れてしまったのだけど。まあ、でも、梨璃の笑顔を見ていたら、少しだけ疲れが吹き飛んだ気がする。手をつなぎながら、梨璃と他愛もない話をしながら、家に向かう。帰ったら、梨璃とハンバーグを作るのを、少しだけ楽しみにしていたのは、私だけの秘密だ。
+++
梨璃と買い出しから帰ってきて、手を洗った後、いよいよハンバーグづくりを開始した。
「えへへ、実は夢結さんとこうして並んでお料理をするの夢だったんですよね」
「そうだったの? なら、もっと早くに言ってくれれば良かったのに」
「だってちょっとだけ恥ずかしかったんですもん。それにお姉様のお料理美味しいですし」
「……そう、ありがとう」
梨璃が嬉しそうにそう言ってくれるものだから、思わず少し顔が熱くなってしまった。
百合ヶ丘にいた頃は梨璃やミリアムさん達に、せっかく作ったエナジーバーを美味しくないだのなんだのと言われていたような私が、今や梨璃に「美味しい」と言ってもらえるような料理を作れるようになったのは、祀や忙しいながらに教えに来てくれた雨嘉さんのお陰だし、本当に感謝している。
冷蔵庫に張ってあったハンバーグのレシピを二人で覗き込みながら、最近大学であった話をしながら作り進める。私はと言えば、相変わらずそこまで交友関係が広い訳ではないから、この前みたいに百由とかと出会わなければ、これといった話はないのだけど、梨璃は相変わらず話題が尽きない。
例えば、リリィではない大学の友達と話しているときに、グラン・エプレにいて、今は言っていたアイドルになる夢を叶えた姫歌さんが、音楽番組に出ていて可愛かった、という話をしていた事や、この前の課外授業の時に一葉さんが迷子になって、二水さんと探し回った話とか、そう言う話を嬉々としてしてくれる。もちろん、いつもそんな話はしてくれるのだけど、今日は一段と楽しそうだ。
そんな話をしながら作ったハンバーグのタネを、油を引いたフライパンに置いて片面を焼き始める。今日は梨璃がやりたいというので、梨璃に任せてみる。三分ぐらい経った頃、梨璃がひっくり返したハンバーグの片面には、綺麗な焦げ目がついていた。
「どうですか夢結さん!」
「えぇ、良いと思うわよ」
得意げな梨璃の頭を優しく撫でながら言うと、「私だってやれば出来るんですから!」とさらに得意げになっていた。全く、と言いながらも、相変わらずそう言う所は可愛いと思う。
また数分経ってひっくり返した後は、蓋をして八分ほど蒸し焼く。蓋のガラス面から見えるハンバーグを見ながら、「見てたらお腹が空いてきちゃいました、早く食べたいです」とお腹を鳴らしながら、梨璃が恥ずかしそうに笑って言う。
「まったく調子の良い子なんだから」と苦笑いしながら、人参やブロッコリーなどの付け合わせのお野菜を、もう一つのコンロで茹で始める。手が空いている梨璃には、トマトを切ってもらう。
そうして八分後、一度蓋を開けて、ハンバーグの中に竹串を刺してみる。そうすると、中から透明な肉汁が溢れ出てきた。
「うわぁ~……!! ちゃんと出来ましたねお姉様!!」
「そうね。梨璃、お皿を頂戴」
「はい!」
わたわたと走って、梨璃が出してきてくれたお皿に、ハンバーグを乗せる。そしてフライパンに残っている肉汁に、ケチャップとウスターソースでソースを作る。
「へえ、ソースってそうやって作るんですね~」
茹でていたお野菜を湯切りして、お皿に乗せ終わった梨璃が覗き込んできた。
「えぇ、私も祀から聞いたときには驚いたわ」
「そうですよね~……あっ、私ご飯よそってきますね!」
「えぇ、頼むわね」
そう言って、私もハンバーグのソースを煮詰めて、それを一口味見をする。……我ながら、うまくできたと思う。そしてそんなソースをハンバーグの上にかけて、完成。
+++
「わぁっ! いい匂いがします!」
「えぇ。……それじゃあ頂きましょう」
「はい! いただきます!!」
静かに私が手を合わせている真ん前で、梨璃は待ってましたと言わんばかりに、挨拶もそこそこにハンバーグを食べ始めていた。そして「おいしいですお姉様!!」と声を上げていた。
私も梨璃に倣ってハンバーグを口に運ぶ。……確かに、この前私が作った時よりもおいしくできている気がする。
「私、何だかんだ、大学に入ってすぐに夢結さんと一緒に住み始めたから、そんなにお料理してなかったんですけど、ここまでうまく出来るとは思いませんでした!」
「……確かに、バレンタインのチョコを丸焦げのまま渡してきた、あの梨璃が作ったとは思えないわね」
「む、それはどういう意味ですかお姉様!!」
「こら、食事中ぐらいは行儀良くなさい」
「む~~~、お姉様なんて知りませんからっ」
ぷい、とそっぽを向いてハンバーグを口に運んだ梨璃が、すぐに膨れっ面から、すぐに頬を緩ませていた。やっぱり梨璃は調子の良い子だ。良い意味でも、悪い意味でも。
そんな風に思いながら梨璃を見ていると、梨璃の口元にご飯粒がついているのを見つけた。一瞬頭に過ったことをしようと手を伸ばしかけて、やめて、でもやっぱり気になって手を伸ばす。
「梨璃、ご飯粒がついてるわよ」
「え、本当ですか夢結さん」
梨璃の頬のご飯粒を指先で取って、座りなおしてから悩んで、結局それをティッシュでふき取る。
「ありがとうございます、夢結さん!」
その梨璃の笑顔を見て、いややっぱりそのまま食べればよかったかしら、と少しだけ後悔した。最近恋愛ものの本ばかり読んでしまっていて、そう言う思考になっていたとは、この目の前の梨璃には絶対に言えない。
とはいえ、そんな梨璃との初めて一緒に作ったお夕飯は大成功だったと思う。また機会があればまた一緒に作りたい、そう思う程には楽しかったし。