「――はい、では今日はここまで。お疲れ様でした」
先生の号令で、大講義室の雰囲気は一気に砕けて、他の学生たちがぞろぞろと立ち上がって、出て行く。
「……ふぅ」
私も何だか気が解れて、一つ伸びをする。今日はもうこの後の講義はないので、後は帰るだけ。今日は梨璃が帰ってくるのが遅い、と言っていたので、お夕飯はどんなのが良いか考えながら、席を立つ。すると、
「あら、夢結じゃない、久しぶりね~」
そんな声がして、その方を見ると百由とミリアムさんが私の姿を見かけてか、こちらに歩いてきていた。そう言えば同じ大学だったけれど、二人は工学科だから、最近はあまり会う機会がなかった。
「あら、百由にミリアムさん。ご機嫌よう」
「ごきげんようじゃ。それにしても、久しぶりじゃのう、夢結様、わしらの入学式以来か?」
「……そんなに会っていなかったかしら」
「まー、基本工学科とマギ研究科は棟が違うしねぇ」
私と梨璃が在籍しているマギ研究科と、百由たちがいる工学科の棟はそれなりに離れている。もちろん、学生食堂や売店は一緒の物を使うことが多いけれど、私も梨璃も基本的には、家で作ったお昼を食べていることが多いから、あまり会うことはなかった。
「そう言えば、どうしてあなた達はここに?」
「今日はいつも使っている大教室が使えないそうでのー、こっちで授業することになっておるんじゃ」
「……なるほど」
その後、授業が始まるのもあって、百由たちと別れて、マギ研究科の教室棟を後にした。とりあえず一度家に帰って、冷蔵庫の中身を確認して、献立を考えようかしら、とかを考えながら、家路を歩く。その途中で、濃い緑の髪を二つにまとめている子と、茶色の髪を梨璃のように横で縛っている二人の女性とすれ違った。
別に知り合い、と言う訳ではなかったのだけど、どことなく似ている雰囲気がして、思わず振り返ってしまった。なんだか緑の髪色の方が、隣の方に、まるで梨璃のように笑いながら、話しかけていたのが、なんとなく印象的だった。
そんなこともありながら、家に帰って冷蔵庫を開ける。一揃い食材は残っているし、お肉とかもまだ大丈夫そうだし……と見て、そこでふと閃いた。梨璃がここに引っ越してきてから、そう言えばまだカレーライスを作ったことがない。祀が、「日持ちもするし、忙しい時には良いよ」と作り方を教えてくれて、確かに去年はそう言う時によくお世話になっていたのだけど、とはいえ、時間がないとなかなか作れないものでもあるし……と、結局それ以来作ったことがなかった。
別段明日から忙しい訳でもないけれど、梨璃が遅くなる訳だし、折角なら作ってあげようと思った。早速、冷蔵庫の扉にペタペタと貼ってある、料理のレシピを書いたメモから、カレーライスの作り方を探して、それを目の前のホワイトボードに貼る。……いえ、別に料理が不慣れと言う訳ではもうないのだけど、カレーライスに関してはもう長い事作っていなかった、という事もあって、その確認のために貼ったのだけど。本当よ?
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多少手順を間違ったりしてしまったりもしたけれど、概ね順調にカレーライス作りは進んでいった。とはいえ、ある程度の仕込みが終わったころには、陽も大分傾いてしまった。後はルーを入れて煮込むだけだけれど、出来る前に梨璃が帰ってきてしまうかもしれない。
それはそれで出来立てを食べてもらえるから良いか、と思い直して、ご飯を炊く。これで後はカレーが完成するまでやる事はない。
「ふぅ……」
椅子に座って、一つ息をつく。
百合ヶ丘にいた頃、何度も梨璃と一緒にこの先も過ごしてみたい――そう思っていたことがあったのだけど、こうしていざ一緒に過ごしてみると、一人の時よりも色々な事を気にしなくてはならないし、昔以上に梨璃と言い合いもするようになって、思っていたよりも大変だった。けれど、間違いなく梨璃と向き合う時間が増えて、百合ヶ丘にいた時よりも、彼女の良いところをたくさん見つけて、好きになったのもまた事実だ。だから、一緒に住む、という選択をして良かったとは、本当に思っている。そして、これからもこの先、梨璃と生きていきたいと、そう思っている。
「ただいま戻りました!! うわぁ、なんだかいい匂いがします!!」
そんな事をぼんやりと思っていると、梨璃が思っていたよりも早く帰ってきた。
「お帰りなさい梨璃」
「はい! お姉さ――じゃなくて夢結さん!」
そうお辞儀をして、パタパタと鞄を置いて洗面所に消えていった。そろそろかしら、と圧力鍋を開くと、しっかりと美味しそうなカレーライスが出来上がっていた。
「わぁっ! 今日はカレーですか夢結さん!!」
「えぇ。もうすぐご飯も炊けるから、準備して頂戴」
「はい!!」
梨璃の嬉しそうな笑顔を見て、慣れないながらカレーを作って良かったと思った。……いえ、慣れてないわけではないのだけど、うまく出来たか、少し心配だったから。
その後、梨璃がカレーを口に運んで、「辛いですお姉様?!」と言って水をすごく飲んでいたのは、また別のお話。