「ん……」
また夜中に目が覚めてしまった。まあ明日はバイトは休みだから良いけど、こうやって夜中に起きてしまう癖がついちゃうと、色々と面倒くさいのは、百合ヶ丘にいた時に学んだから、どうにかしなきゃなあ……とぼんやりと思う。
とはいえ、こうなっては仕方がないので、とりあえず静かに起き上がって、台所で水を一口飲む。
ふぅ……と息をつくと、百合ヶ丘にいた頃のあれやこれやを思い出して、少しだけ苦しくなる。樟美と出会えたことは、間違いなく良かったことなんだけど、それと引き換えかのように、色々と嫌なものや話をたくさん見て、聞いてきた。誰が悪い訳でもないんだけど、あのアールヴヘイムの解散の件は、本当に色々と精神的にきつかった。
もちろん夢結を責める気なんて一切ない。というか、きっとあの中で一番つらかったのは、間違いなく夢結だ。だからこそ、あたしも千華も、色々と悩んだ。そして、その後の、夢結に対しても――アールヴヘイムへの扱いだって……。
「天葉、姉様……?」
眠そうな声がして振り返ると、樟美が目を擦りながら、部屋から出てきていた。
「あれ、樟美、起こしちゃった?」
「いえ……そう言う訳では、ないんですけど……」
そう言いながら私の横に来ようとして、あっちこっちにぶつかって「いたっ」なんてやってる樟美を見てて、ちょっと笑ってしまった。
「ほら樟美、危ないよ」
「ふぁい……」
樟美の手を取って、まあ、きっとこの分じゃあお互い眠れないだろうし、と思ってベランダの方まで連れていく。そして窓を前回にして、樟美をそこに座らせておいて、「ちょっと待ってて」と言って台所に向かう。
それから、月明かりを頼りにして、お揃いのマグカップを棚から出す。冷蔵庫から牛乳を出してきて、それをマグカップに入れて、レンジに入れて温める。そして、樟美に渡す方にははちみつ、あたしが飲む方にはお砂糖を入れて、樟美の座る所まで戻る。
「はい樟美」
「にゃ……、ありがとうございます……」
にゃ……って。可愛いかよ。え、待って録音しとけばよかった。
そんなあたしとは正反対に、樟美が「天葉姉様……どうしたんですか……」とまだ少し眠そうな声で聞いてきた。
「んー? ちょっとね、昔の事を思い出しちゃってさ」
「昔の事……ですか」
「うん。夢結たちといた頃のアールヴヘイムの事とかね」
「そうだったんですね……」
樟美がずず、とホットミルクを啜る。……そこまで熱かったかな。
「私もあまり詳しくは知らないですけど……でも、天葉姉様と出会った時、すごく、怖かったのは覚えてます」
「怖かった? あたしが?」
ちょっと意外な事を言われた。
「はい……なんでかは、分からないですけど……」
「そっか、ごめんね?」
「いえ……今は天葉姉様が一番ですから」
とん、と樟美があたしの方に寄り掛かってきた。空いてる片方の手で樟美を撫でてあげると、「えへへ……」と少し間延びした声で笑った。
「でも、本当に樟美が居てくれて良かったよ。というか、樟美をシルトにして良かったって、今でも本当にそう思ってるし」
「そう、ですか……?」
「ん」
撫でながら頷く。
これはもう何度も思ってる事だけど、本当に樟美には色々と助けてもらった。夢結が梨璃に感じているように、あたしも樟美には感謝してもしきれないほど感謝してる。
もちろん、シュッツエンゲルの若菜姉様にもすごく感謝しているけど、それ以上の物を樟美から貰った。現に、樟美と出会ってから、若菜姉様から「昔よりも天葉は優しくなったわね」なんて言われたこともある。思い返せば、樟美と会う前は色々と余裕がなかったんだろうなあ、と思う。
そんな事を津々浦々思っていたら、樟美が「くしゅんっ」とくしゃみを一つした。春になったとはいえ、まだ夜の冷え込みはあるし、そろそろお布団に戻った方が良いかな。樟美のお陰で、変にもやもやした気持ちもすっきりしたことだし。
「ほら、樟美戻るよ」
「ふぇ……、まだ全部飲めてないです……」
「持っていけばいいよ、ほら」
そう言いながら手を伸ばすと、樟美がその手を取って、立ち上がった。
そして、窓とカーテンを閉めて、あたしたちは寝室まで戻って、お布団に入る。
「ねえ、樟美……?」
気持ちはすっきりしたけど、まだ心の奥が落ち着かなくて、樟美を抱きしめながら、名前を呼ぶ。
「はい……?」
「いつもありがとうね」
「……どうしたんですか、急に」
「ううん、なんとなく。おやすみ」
「……? おやすみなさい」
そして目を閉じた。樟美とお布団の温かさのお陰で、ようやく眠れそうだ――。