3,500年前に作られたと言われるこの葬祭殿は、ハトシェプスト葬祭殿と呼ばれています。
葬儀を行う場、ミイラを作るところだったようです。
最近の研究では、ハトシェプスト女王は、糖尿病を患っており、50歳の時癌で亡くなったそうです。
ハトシェプスト女王には、息子が無く、夫トトメス2世の第2婦人との間にできたトトメス3世が、6歳にして王に就くことになりましたが、ハトシェプストは、後見人として、トトメス3世を追いやり自分が王であると主張したことにより、けんかをしていたため後にトトメス3世に葬祭殿を潰されたそうです。
また、ハトシェプスト女王は、ファラオとして認められた王ではなかったようでトトメス3世の統治をハトシャプストが握っていた状態が続いていてあたかも女王として君臨していただけ。とも言えます。
ハトシェプスト自身も自分は男であると主張していたようで常に男性の格好をしていたようです。
葬祭殿は、メンチュヘテブ2世の葬祭殿跡に継ぎ足して造られているようです。
左のほうの壁画には、ソマリア遠征の壁画があり、また、ハトホル神から乳を飲む男装をしたハトシャプスト女王の姿の壁画は、神から認められた正当な王位継
承者であることを、知らしめるためと言われています。
右のほうにはアノビス神や、ホルス神の壁画が綺麗な色彩で残っています。
ソマリアの風景であろうか?下のラインは、ナイル川を表し、赤は氾濫、黄色は収穫、青は種蒔きを表すそうだ。
ソマリアとの交易の様子と思われる、じゅうたんの他は何であろうか?下には水があり魚が泳いでるところを見ると沿岸であろうか?
ソマリアの首長の後ろに控える首長の妻は異常な肥満体で描かれている。それほど特徴があったようだ。特殊な病だったようである。この壁画は貴重な資料として博物館にあり現地ではコピーがあるのみである。ちなみに下が本物。
ソマリアへの遠征。ハトシャプスト女王は、遠征による交易で経済的政治的安定を図ったようだ。
ハトホル神の化身、雌牛の乳を飲むことができるハトシェプスト女王を描き正当な王を主張した。
ハトホル神の化身、雌牛が、ハトシェプスト女王の手をなめるところ。
ハトホル神礼拝堂至聖所には、トトメス3世のカルトゥーシュが刻まれているのは、書き換えられたのだろうか?
葬祭殿の至聖所にもトトメス3世のカルトゥーシュが見える。
ハトホル神礼拝堂のハトホル神の支柱前後に2つの頭部を持つ。
囲われた第3のテラスでは、神社の境内に入ったような神聖な雰囲気があります。この奥に至聖所で、奥に行くほど神聖なところに近づく雰囲気は、見事な建築効果と思います。これは、アンコール遺跡の急な階段を登り、祠堂にたどり着くのにも似ているかもしれません。どうしても関連付けたい私・・・。
アノビス神礼拝堂に描かれた、アノビス神、
オリシス神の容をした、男装したハトシェプスト女王。