メンカウラー王は、カフラー王の子供に当たるそうで、その王のピラミッドは、カフラー王のピラミッドの南西に向かう対角線上より更に南に位置し、この3大ピラミッドの中で一番小さいピラミッドです。しかし、非常に良い状態で今日まで残されています。
通説では、メンカウラーの時代になると、王家の財力も尽きて、ピラミッドも小柄になったと言われています。その理由のひとつに、次の王朝時代では更に小規模になり、ピラミッドの建造が縮小されていったという事実があるためだとか。
これらギザのピラミッドは、エジプト文明の歴史の中で、第4番目の王朝時代の産物で、これだけ大きな建造物を一基当たり、約20年近く費やし、人も10万人を従事させたであろうという試算もあり、相当の権力と、財力があったと言われています。
一昔前までは、このピラミッドを造らせた王は、強い権力で国民を強制重労働させた悪王であったと言われていましたが、今では、20年以上の長期に渡って、10万人以上の人を強制重労働させることは現実的ではなく、むしろ、喜んで従事していたのではないかと言われています。それは、この仕事に従事していた職人の墓の調査で明らかになってきているそうです。この仕事に従事している期間は、おいしい食事もあり、自由も損なわれずに生活できていたようです。
いわゆる出稼ぎ就労者でしょうか。奴隷的な扱いではなかったというのが現実のようです。