古代エジプトでは、太陽は、太陽の神ラーが、聖船に乗り、東のバクフ山の蛇の柱の間から大空という大海を渡り、西のマヌ山までを巡航していると考えていたそうです。そして、夜になると、太陽の神ラーは、地中の死者の国を渡っていくと考えていたそうです。そして死者の国を通過していくうちに、太陽神ラーは息絶えるのだそうです。そこに太陽を転がすが如く糞を転がすスカラベ(フンコロガシ)が、太陽の神ラーのヌケガラに乗り移って再び太陽神ラーは蘇り、東の空から現れるのだそうです。何とも古代人らしいと言うか夢があると言うか、創造力が豊富な時代です。
ギザのクフ王のピラミッドの南側で、その太陽の船だと言われる組み立て式木造船が、ばらした状態で発見され、なんと14年の歳月をかけ組み上げられたそうです。現在その復元された船が展示されています。
レバノン杉の大木を使った組み立て式船。釘は一切使用しない
船首には、パピルスの花の形を施している。
後尾にも、パピルスの花の形を施している。
発見されたのは、1954年で復元された船の大きさは、なんと全長が43m幅が5.9mにも及ぶ大型船です。船首は、エジプト(下エジプトと呼ばれるナイル川か流域の地域)の象徴でもあるパピルスの花の形を模しているそうです。船材は、レバノン杉を使用しており、エジプトは、砂漠地帯で建材になる高木が採れないため、他国から輸入していたようです。よって、エジプトでは、木材が、貴重で高価なものであり、この船も、当時のクフ王の財力を示す宝飾品の一部とも言えます。
発見当初は、大きな岩で封印されており、そのひとつの岩は18tもあり、41個も使用されていたそうです。ピラミッド建築もそうですが、何とも巨大な岩を一体どうやって持ち上げ、移動させたのでしょうか。
それから、その船に使用したと思われる、ロープなども当時もまま発見されているようです。きっと、エジプトは、砂漠地帯のため、湿度が低く菌やカビなどが繁殖しにくく腐食しなかったのでしょう。
で、この船は、一体何に使われた物なのかどうもまだハッキリしていないようです。現在のところ太陽の船と呼ばれ、クフ王の来世のため、王と一緒に奉納したとか、実際に浮かべた形跡があり、クフ王が、渡航に使用したとか、権力の象徴として宝飾品として奉納されているのだとか言われているようです。
そしてなんと、この太陽の船の隣にもう一隻の船が眠っていると言うのです。しかもそれは、日本のエジプト考古学の第一人者である吉村作治さんのレーダー装置による調査で明らかになったのだそうです。そして今年2008年に日本政府が、資金援助をして第2の船を掘り起こし復元するのだと言う情報があります。
何ともすごい話になっていますが、太陽の船は、2隻もあるのでしょうか。だって太陽は1つしかないはずです。それとも月の船?でしょうか。復元された太陽の船自体本当に「太陽の船」なのかという疑問もあるようで、決定的なものは無いそうです。
エジプト7,000年の不思議は、いつになっても絶える事はなさそうです。
封印に使用されていたひとつ18tもある岩。
展示されていた縄
発掘当時の船の写真をみると、ばらして保管されていたようだ。