芦原温泉に浸かりながら考えたこと

~第29回生態人類学会に参加して~


by 小森まな

アフリカ地域専攻・2023年編入学

2024年3月27日(水)、28日(木)にかけて、福井県芦原温泉(図1, 図2)にて開催された、生態人類学会第29回大会に参加しました。

1. 生態人類学とは

生態人類学とは、「自然と人とのかかわり」に着目した学問であり、そのテーマは霊長類研究、焼畑や狩猟などの生業研究、民族生物学など多岐に渡ります。よく文化人類学との違いについて疑問を持たれることが多いと思いますが、生態人類学は、その土地の文化だけではなく、グローバルな視点での「環境」や、地域住民からみた「自然」にも着目する学問です。

例えば、自給自足を軸とした生活を送る狩猟採集民にとって、自生する植物や野生動物は生きていくための重要な栄養源となります。しかし、人間の手を加えられていないこれらの食物や動物は、近年の温暖化による気候変動の影響や国家の自然保護の取り組みにより、採集できる種類が変化したり、狩猟できる個体数に影響が出たりしています。

このように自然環境に依拠した人間の生活を考える上で、自然環境を切り離すことは不可能です。例えば、広大な森の中で生活を営んでいる人々を知るためには、まずは自然を知ることが重要となってきます。この際に力を発揮するのが、生態人類学というアプローチです。

図1: 北陸新幹線芦屋温泉駅開業を祝うパネル

2. 学会に参加して

私にとっては、初めての学会への参加であり、様々な地域や学問を専門とする院生や研究者の発表をお聞きできることをとても心待ちにしていました。

実際に研究発表を聞くと、対象地域や研究内容の幅の広さに驚きました。例えば、フィジーにおける樹皮布の生産方法や文化的重要性に着目した発表(注1)では、実際に調査者が生産現場に立ち会い、撮影した映像を見ることができました。

他地域の樹皮布の生産方法と比較しながら、その地域の特異性を明らかにし、樹皮布が紙幣と換わったり、労働力の対価として交換されたりするという文化的側面についても言及されていました。

注1:  緒方良子氏発表「ソロモン諸島における樹皮布製作の現在:イザベル島およびサンタクルーズ島の事例から」第29回生態人類学会講演、2024年3月27日.

また、ガーナ共和国のボルガバスケットの発表(注2)では、他国への輸出を第一目的とし、現地民の間で流通することがないというカゴバックの生産について、経済人類学の視点から分析がなされていました。

受注と生産のプロセスにおいては、現地の作り手とミドルマンと呼ばれる仲介者のパワーバランスについて詳細な分析がなされており、両者を繋ぐ緩やかな関係性が、ボルガバスケットの安定した生産に繋がっているということを学びました。

以前は「経済」と聞くと、難しい数字の羅列や、かしこまった定義が頭に浮かび、なかなか興味を持てずにいましたが、この発表では現地での緻密なフィールドワークを元にして、経済学的な視点も踏まえた分析がなされており、現地の実態に触れることができたのがとても興味深かったです。「経済人類学」という私にとって新しい分野への関心を広げてくださるきっかけとなった発表でした。

注2: 牛久晴香氏発表「ガーナ北東部の輸出指向型地場産業にみる「協働」のありかた:構造、パターン、自己決定」第29回生態人類学会講演、2024年3月28日.

他にも、特定のフィールドを対象とした研究だけではなく、漫画、俳句、写真などを対象とした発表にも出会いました。どの発表からも、研究者一人ひとりの個性を感じることができて、非常に刺激的な時間を過ごすことができました。

2日間を通して、20人以上の発表を聞きました。それらの発表を踏まえ、自分がこれからの卒業論文を執筆する際に参考にしたいと思ったポイントは以下の通りです。

私が心を打たれた発表では、緻密なフィールドワークをもとにした分析・考察とともに、その対象地域をグローバルな視点から見た考察の両方から研究が深められており、「ミクロ」と「マクロ」の両方の視点が両立されていると感じました。

昨年度に受講したアフリカ地域専攻の「地域基礎」の授業においても、地域研究を進めるにあたり、「ミクロ」と「マクロ」な視点を持つことが重要であると教わりましたが、この両者の視点を持つことで研究に深みがでるのだと改めて感じました。

例えば、先述したボルガバスケットの事例では、現地でどのように受注・生産が行われるのかというミクロな視点と、ヨーロッパなど他国へ流通していく過程を追ったマクロな視点からの分析が行われていました。

両者の視点を持つことで、分析に偏りが生じないことに加えて、グローバルな市場で重宝されている「ボルガバスケット」と、現地民が一切使用することのない「ボルガバスケット」という対比が明らかとなり、より興味が惹かれる研究内容になっていたと思います。


基本的なことだと思われるかもしれませんが、色々な方の発表を聞き、データと考察の重要さに改めて気づかされました。私の性格上、たくさんデータをとって、それだけで満足してしまうという傾向があります(私は昨年度から東京外大に編入をしたのですが、編入前に執筆した卒業研究では、データを取って慢心し、締切の直前まで手をつけなかったという経験があります)。

たくさんデータを取っておくことはもちろん大切ですが、データだけを表示しても何を伝えたいのかがはっきりしません。しかし、データがないと考察の幅が制限されてします。今回の発表を聞き、そのどちらともに偏らないような姿勢が重要であると感じました。


これが最も重要であると感じました。2日間、オーディエンスの一人として学会に参加しましたが、「面白い!」と思える研究の発表者からは、フィールドにたいする愛情をめいっぱい感じられました。

徹底的なデータ収集と分析が行われている発表を聞くと、その分析の緻密さに圧倒される一方で、どこかで挫折してしまわなかったのだろうかと想像してしまいます。それでも研究が続けられるのは、自分が心から「知りたい!」と突き動かされる研究であるからだと感じました。

発表者の方とお話をするなかで、実際にフィジーの樹皮布を持参して丁寧に説明してくださったり、ボルガバスケットを実際に身につけている姿を見て、フィールドに対する熱量が手に取るように伝わりました。

その熱量が観客を惹きつけていたともいえると思います。今後研究を行うにあたり、自分の思うように研究が進まなくても、フィールドにたいする胸の高まりや好奇心は忘れずにしていきたいと思います。

最後に、学会に連れて行ってくださった大石先生に感謝申し上げます。貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。

図2: 温泉に浸かる恐竜くん(あわら温泉駅にて)

最終更新:2024年4月28日