【2021年度卒業論文】

「統合」政策を生きる

パンデミック前後・北ノルウェーのソマリ系住民と私の民族誌

Navigating the "Integration" Policy:

An Ethnography of Two Somali Residents and Me in Northern Norway Before and After the Pandemic


森麻里永

国際社会学部アフリカ地域専攻

統合政策は1970年代以降ノルウェーの移民政策の軸を成し、「統合」の語は政治・一般・研究レベルにおいて濫用されるに至った。一部の先行研究では、「統合」の語がスカンジナビアの福祉社会の文脈では特定の道徳観や文化的価値観を含んでいること、曖昧な意味範疇をもつゆえに特定の移民集団に対して恣意的に使用されていること、反論や実現が不可能であることなどが問題化され、その結果、受け入れ社会とそうした移民との非対称な権力構造が強まる危険があることが指摘されてきた。

本稿はノルウェーにおいて「統合」の期待がとりわけ強く向けられるソマリア出身者自身によってはいかに「統合」概念が理解され、言説として用いられているのかを検討する。その際、パンデミック前後に北ノルウェーの中心都市トロムソにて行ったエスノグラフィックな調査に基づき、彼らの生きる具体的な時空間に立ち上がった現実を一移民としての筆者の視点から描いた上で、そこに彼ら自身による「統合」の理解や用法を位置付けた。

そこからは「統合」概念は移民の間においても日常的な語彙と化し、道徳化し、アイデンティティの領域に進入/侵入しているものの、自由な解釈がなされうるゆえに移民個人の苦労・不満の表現や反論申し立てのための語彙つまり移民自らのための語彙として用いられる様子が見えてきた。従って、本稿は「統合」概念が、必ずしも移民自身の手には届かずマジョリティの権力を一方的に強める方法で作用するに留まるのではなく、むしろ、移民自身によって活用の余地が見出されていると主張する。