【2018年度卒業論文要旨】

日本のストリートダンスシーンにみる師弟関係

―学生ダンサーに人気の“ナンバー”に注目して―


中里明祐美

東京外国語大学 国際社会学部 アフリカ地域専攻

本論文では、日本のストリートダンスシーンの中でも、特に学生ダンサー周辺のダンスシーンを扱う。未だ学術的には注目されていない分野ではあるが、筆者がステークホルダーとして最も深く携わってきた分野であり、論点が豊富に存在する。

例えば2010年代から現在まで、日本のストリートダンスシーンに「ナンバー」ブームが起こっている。学生ダンサーであればなじみ深いこの「ナンバー」、出たことがあるというダンサーは数多い。ナンバーとは、ダンス作品を作る方法の一つで、あるダンサーが、レッスンやSNS等を使ってメンバーを募集し、そのナンバーのためだけの練習を組んで振付を入れていくというシステムである。

レッスンに通っていなくても、憧れのダンサーの作品に出演することができる、しかもSNSを通じて簡単にエントリーできてしまうのだから、この手を使わないわけにはいかないだろう。ダンスサークルでの活動に飽き足らなくなった学生や、より自分のダンスの引き出しを広げたい学生たちが今、こぞってナンバーに参加している。同時に、こうしたナンバーブームを疑問視する声も、自身がナンバーを出すようなダンサーや学生ダンサーの中からあがっている。

本論文では、このナンバーブームが、日本のストリートダンスシーンにおける人間関係のあり方、すなわち師弟関係に変化を起こしている、という仮説を検証していく。この仮説を検証していくことによって、ナンバーを出すダンサーと学生ダンサーの双方がお互いの関係性を問い直し、ダンス自体やイベントに何を求めるべきかを議論する意義をもたらすだろう。

ストリートダンスを含む芸能の世界では、昔から師弟関係は当たり前のように存在している。例えば、インタビューなどでダンサーが自身の師匠について語る姿を想像することは容易であろう。本論文で扱う師弟関係は 「技芸の純粋な教授・学習を超えた全人格的・情緒的な人間関係」(清水,2018*)のことを指す。つまり、師弟関係では、ダンスのスキルのみならず考え方や人間性も伝承する。

日本のストリートダンスシーンもまた、こうして師弟がリスペクトし合う関係性によって育まれてきた。しかし、学生とダンサーの二足の草鞋を履きながら、大学の外部との接触はナンバーが基本である学生ダンサーにとって、外部のダンサーと師弟関係のような深い関係性を築くことは至難である。

例えば、ナンバーイベントが終わってしまえば、コレオグラファーとナンバー参加者の関係もそれまでとなってしまうことが多くある。これを師弟関係と呼びたいのであれば、師弟関係の定義においては「技芸の純粋な教授・学習」の関係にとどまってしまっている。「全人格的・情緒的な人間関係」の方は例えば部活の先輩と築いているなど、学生ダンサーは師弟関係の定義が分断され、複数名を師匠として認識している場合が多いのである。

以上のように、本論文を通して、学生ダンサーのナンバーを利用した参入によって、日本のストリートダンスシーンの師弟関係が変化してきていることを論じる。これによって、各々のステークホルダーが踊る目的を問い直し、その答えに近づくきっかけとなれば幸いである。

*参考文献: 清水拓野(2018)「芸能教育の学校化の特徴と展開 ――秦腔の俳優教育の習得過程に注目して」『文化人類学』83(1): 5-24.

キーワード: ストリートダンス、ナンバー、学生ダンサー、師弟関係