石井美保 著, 2019年

『めぐりながれるものの人類学』

青土社の紹介

by 若本隆平(アフリカ地域専攻, 2017年入学)

こんにちは。アフリカ地域専攻の若本隆平です。本稿では、『めぐりながれるものの人類学』を紹介します。

いきなり個人的な事を言うのは恐縮なのですが、僕は「本」が好きです。小説や学術書の類、広義の意味で捉えれば漫画なんかも好きです。小・中・高の時に読書をしていなかった反動なのか、大学に入ってからは読書欲がずっと心のどこかに居座っています。

しかし、僕は本を「買う」ことに関してとても慎重です。本を「借りる」ことに関してはそれほどの注意を払いません。いくら借りてもお金はかからないし、ちょっとでも「面白そうだな」と思ったらついつい借りてしまいます(ページに触れることなく返却してしまった本たち、ごめんなさい)。でも「買う」ということは、もちろんお金がかかります。本によっては「野口英世」が何人も懐から去ることになります。もし買った本がそれほど面白くなく、期待値を大きく下回ったら、とても悲しい。

しかし世の中には、そんなリスクなど露ほども感じず、「これは絶対に面白いぞ!」と脳が踊り出すような本があります。『めぐりながれるものの人類学』は、僕にとってそのような本でした。本書を読み終えて、いや、読んでいる途中から、「あ、これは買って正解だ。」と感じました。期待値の遥か上をいく満足感。ページを繰る度に動く心。踊り疲れる脳。

前置きが長くなってしまいましたが、早速『めぐりながれるものの人類学』がどのような本なのか紹介します。

本書は、著者石井美保さんがフィールドや日常で感じたこと、考えたこと、イメージしたことなどを27の文章にわけて綴ったものです。タイトルにもあるように、それらの文章には人類学的な思考が散りばめられており、知的好奇心が「程よく」くすぐられる内容となっています(章末の参考文献リストが何ともありがたい)。

なぜ「程よく」と表現したのかと言うと、本書は論文や民族誌のような性格をちらつかせながらも、あくまでも石井美保さんが紡ぎ出した詩(ことば)として、僕の目の前に現れているような気がするからです。つまり、学術的な世界に足を踏み入れながらも、一人の人間として世界を眺める、世界と関わっている著者の姿が思い浮かぶのです。

27の文章は6つのパートに分かれていますが(目次は下記参照)、内容や場所によって分かれている訳ではなく、ある時はガーナの村へ、ある時は近所の神社へ、またある時は飛行機の上から、山の上から、本の中から、言葉の中から、ぐるぐると思考がめぐっていきます。

「小人って本当にいるんだろうか。」

「どうして……なの?」

「現実って何なんだろう。」

「これって偶然の出来事なの?それとも必然?」

これまでに考えたことのある疑問、考えようとしてやめてしまった疑問、考えもしなかったような疑問。本書には、それらに思いを馳せるエピソードやヒントが織り込まれています。

僕が本書を勧める理由の一つとして、「本書が完結していないこと。」をあげたいと思います。本書は、27の文章だけで完結するのではなく、読者の中にどんどんと世界を広げさせるものです。石井美保さんの中を巡りゆく言葉が種であり、それを受け取った読者がその種を大切に育てていくようなイメージです。これは僕が読んでいくうちに抱いたイメージですが、「まえがき」で著者が述べていたことが、ここでふと思い起こされました。

“ときどき私は、人類学者とは霊媒のようなものかもしれないと思う。それとも何かがそこで出会い、通過していく場所のようなものかもしれないと。”(本書、p.9)

石井美保さんという一人の人間を通して、現地の人々の声や、街の雑踏、鳥のさえずりや、水の音、人々が書物に託した声や、風の詩、あらゆるものが読者である僕へと伝わる。それは僕と「石井美保さん」との対話でもあり、僕と「石井美保さんを通過してきたもの」との対話でもあります。ある時には遠いガーナの地に足を踏み入れ、ある時には自身の中にある地下へと降りていく。このような読書体験を味わえるのではないかと、僕は思います。

『めぐりながれるものの人類学』の書影。

【目次】(出版社ホームページより抜粋)

まえがき

Ⅰ「人」からの遊離 小人との邂逅 水をめぐるはなし 循環するモノ 道の誘惑

Ⅱ 異形の者たち 鳥の眼と虫の眼 ふたつの問い 科学の詩学へ

Ⅲ 敷居と金槌 公共空間の隙間 フェティッシュをめぐる寓話 隅っこの力

Ⅳ まなざしの交錯と誘惑 現実以前 流転の底で Since it must be so

Ⅴ 世話とセワー ささやかで具体的なこと 台所の哲学 リベリア・キャンプ 追悼されえないもの

Ⅵ 凧とエイジェンシー 島で サブスタンスの分有 神話の樹 言霊たち

あとがき

最終更新:2020年4月16日