吉岡乾著
『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』(創元社,2019年)
の紹介
by 若本 隆平(アフリカ地域専攻、2017年入学)
みなさんこんにちは。国際社会学部アフリカ地域専攻3年の若本隆平です。本稿では、『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』を紹介します。
一言でこの本をまとめるという乱暴な事をするならば、僕は「励ましの書」としたいと思います。なぜ「励まされる」のか?どう「励まされる」のか?誰を「励ます」のか?本稿を読み終えた後に、その答えのようなものがぼんやりとでもお分かりいただけたら、執筆した者としては幸いです。
本書は、言語学者である吉岡乾さんが、自身の研究について語っている随筆のようなものです。しかし、ただ(フィールド)言語学とは何かということを、学術書のようにしっかりと章立てて詳説するのではなく、自身がフィールドで経験したエピソードと言語学的な説明を巧妙に配置しており、ググっと惹きつけられるような構成になっています。こういう語り方もありなんだと、強く感じました。
そうです。まさにこの「ググっ」という表現が適切なのです。冒頭から、フィールドに出発する前から帰りたいと思っているだとか、現地を楽しく感じていないだとか、仕事だから、現地に行くのだとか、とにかくその語り口の軽快さ、正直さに、「この人は面白い人だぞ!」という確信を僕は抱きました。
かと思えば、言語学という学問について、あるいは「ことば」そのものについて、分かりやすく、時には鋭い角度から書かれており、「へぇ~そうなのか~。」とちょっと真面目モードに。
文字の表記や発音、文構造など、言語(学)を考える際の基本が詰め込まれています。有声咽頭化歯側面接近音、有声咽頭化歯側面破擦音といった用語が出てきたときは、「お~、言語学っぽい。」なんて思ってちょっと身を引いたりした自分も。
と思えば、吉岡さんが現地で経験した恋についてのエピソードや、ギュをぎゅっとしてしまったエピソードなどに、腹を抱えて笑う自分。緩急の上手い文章に、ググっと惹き込まれました。(ギュ:カティ語で人糞のこと)
それでは最後に、僕が本書で一番感銘を受けた言葉を紹介しておきます。
「それが研究である限り、無駄な研究などないのだ。解ってくれ。」
日本にとって(世界にとって)マイナーな言語の研究者である吉岡さんの言葉だからこそ、説得力もあって、思わずうんうんとうなずいていました。
その研究が社会にとってどんな意味を持つのか?その研究を他の誰でもない自分がする意味はどこにあるのか?そんな問いはちょっとわきに置いといて、自分が興味を抱くものは何か?自分は何に惹かれているのか?そのことに重きを置くことが重要なんだと、吉岡さんは語っているように感じました。
「まあ研究ってそんな堅いもんやなくてやな、自分の好きなことをすればええんやで。」
と、本書全体を通してそう言われているような気がします。(※吉岡さんは関西弁っぽい語り口ではありません。)
研究をしている人、しようとしている人、言語学に興味がある人、言語マニアだと自称する人、フィールドワークについて知りたい人、パキスタン、カシミール、インドに興味がある人、知的好奇心がちょっとでもある人、みなさんにお勧めしたい本です。
図:『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』の書影。
以下は、本書の目次です(出版社ホームページより抜粋)。
地図・言語分布図
調査地へのアクセス
0
遥かなる言葉の旅、遥かなる感覚の隔たり
表記と文字のこと
1
フィールド言語学は何をするか
インフォーマント探し
ブルシャスキー語
系統不明の凡庸なことば
PCOからスマホへ
物語が紐解くは
異教徒は静かに暮らしたい
ブルシャスキー語の父(笑)
ドマーキ語
諺も消えた
インドへ行って、引き籠もりを余儀なくされる
2
好まれる「研究」と、じれったい研究
バックパッカーと研究者
コワール語
名詞は簡単で動詞は複雑?
文字のないことば
カラーシャ語
アバヨー! 舌の疲れることば
フンザ人からパキスタン人へ
言語系統と言語領域
カティ語
挨拶あれこれ
3
なくなりそうなことば
ドマー語、最後の話者
動物と暮らす
シナー語
街での調査は難しい
出禁村
ジプシー民話
カシミーリー語
変り種の大言語
500ルピーばあさん
ウルドゥー語
インフォーマントの死
「はじめに」
あとがきに代えて
参考文献
最終更新: 2019年12月20日