ペッレグリーノ・アルトゥージ 著,

工藤裕子監訳, 中山エツコ・柱本元彦・中村浩子訳

『イタリア料理大全ーー厨房の学とよい食の術』

平凡社, 2020

の紹介

by 梶山莉央(西南ヨーロッパ地域専攻

こんにちは!イタリア語学科の梶山です。イタリア料理を愛してやまない私から、「イタリア料理の概念を覆したい人向けの一冊」を紹介させていただきます。そのためにはまず歴史から。

1.本の説明


本著はイタリア国内で一家庭に一冊はあるとされる古典的なレシピ集です。 初版は1891年で、レシピの数を増やしながら1911年の最新版(15版)がやっと2020年7月に日本語訳されたもの(写真)。このレシピ集の評価は著者のペッレグリーノ・アルトゥージ自身が“イタリア料理の父”と言われるほど絶大であり、現代でも所有している家庭は多いという。また、彼の暮らしていたフォルリンポポリ市にはカーザ・アルトゥージ(アルトゥージの家)という本著の遺産を保全した文化施設も開館していて、家庭料理に特化したイタリア料理の発信源となっています。

このレシピ集の特徴は各地の郷土料理の集大成であると言うことです。

イタリア統一(1861年)直後のこの時代では、レシピが地域ごとに大きく異なるだけでなく、食材や調理法に関する共通の「イタリア語」はまだなかったため方言を理解するのも難しく、地域を超えてレシピを共有するのは困難でした。そこを本著では、イタリアの標準語の基となるトスカーナ語で表しています。そのため地域を超えたレシピの共有を可能にしたと同時に「イタリア料理」を作り上げたとも言われています。

さらには、これを読んだイタリア全国の読者から手紙によってアルトゥージ宛に本の感想のみならずオリジナルのレシピや自らの地元の郷土料理などが寄せられたため、初版の475レシピから790レシピまでに数を増やしました。つまり読者の協力のもとに完成させられていったレシピ集だとも言えます。

写真1:表紙近影。

2. 内容


さて、前置きが長くなりましたが、ここから内容についてお話しさせていただきます。レシピ集というと、料理をするためにだけ使うもので、分量や調理の手順が淡々と記されたものを想像するかもしれませんが、その点この本は異質です。そして実際に料理をせずとも読み物として楽しめるレシピ集なのです。

なぜかというと、それぞれのレシピの紹介に決まった形式がなく、良い意味で無駄な記述が多いので調理以外の情報がたくさん含まれているからです。そして少なくとも手順は箇条書きではなく文章であるため、調理法の説明の丁寧さにもかなりばらつきがあります。レシピの解説で特徴的な例としては分量が数字で記載されていないもの、歴史や詩、個人の思い出などを用いた物語調にかかれたもの、食材の特徴や栄養素や健康面に関して言及しているものなどが挙げられます。このように一つ一つのレシピの個性が強いため、レシピを提供した人の人物像や周りの環境、暮らし、価値観がそのレシピから伝わってくるようになっているのです。

3.感想

レシピ集に面白いも何もないと思っていましたが、このレシピ集は“面白い読み物”なのです。例えば、題名の通り、レシピの中や前書きに健康に食べるために注意する点が要所要所に書かれています。このように美味しい食べ物を食べる事に対する欲と、体に悪いからその食欲をある程度抑制したり、工夫する努力をしたりという葛藤が見られるのです。こうした人間味あふれる内容が、時代と土地を超えて共感できるのが実に面白く感じられます。

また、かなり古典的なレシピ集であるため、イタリア旅行や留学のような少しの滞在では出会うことのできない料理に溢れている点はイタリア家庭料理に関する書物として優れていると思うと同時に、個人的なエピソードや価値観など、料理に対して人の感情が垣間見る事ができるところはその時代の人を知る読み物として優れていると感じられました。

イタリア料理が少しでも好きであればぜひ一度目を通してもらいたい一冊です。というのも、日本で食べられる“イタリア料理”の原型を知ることができるし、その違いからイタリア料理に対する概念が変わる人も多いはずです。図解や絵はほとんどないですが、あくまでもレシピ集なので、適当なページを開いて眺めるだけで気軽にイタリア家庭料理の本質に触れることができます。(お腹が空くので夜中に読むのはお勧めできません!)

このように、様々なイタリア人の使用する食材や手順だけでなく、人々の思想や価値観に触れることのできる一冊です。試しに一品、作ってみるとより理解が深まるかもしれませんね。

4.レシピとして使ってみた

実際に本書を使って料理してみたので、一部を紹介します。

(1) 70番「緑のタリアテッレ」

写真2: 70番「緑のタリアテッレ」の制作途中。

茹でたほうれん草を練り込んだパスタで、「卵だけで練ったものよりも軽くて消化に良い。」と書いてあるように、実際に胃への負担は少ない。レシピとしては、粉の分量や基本のパスタの茹で方や形成の仕方など書いておらず、イタリア料理に初めて挑戦するような人には難しいメニューである。この写真の工程の後、伸ばしてタリアテッレの幅に切り分ける。

(2)104番田舎風スパゲッティ

写真3:「104番田舎風スパゲッティ」の製作途中。

主にソースの作り方である。古代ローマ時代からのニンニクについての歴史がレシピ内容の半分を占めている。このレシピは比較的分かりやすく、イタリア料理に精通していなくても再現できるレシピである。この写真の工程の後に全てミキサーにかけてソース状にする。

(3)田舎風、緑のタリアテッレ

写真4:「田舎風緑のタリアテッレ」の完成品。

本の提案に従って(1)70番の緑のタリアテッレ(2)104番の田舎風スパゲッティのソースを組み合わせた一皿。パスタもソースのほうもシンプルに調味料が塩胡椒のみであったので、素朴かつ素材の風味を楽しめる物であった。調理は特にパスタに時間がかかり、試行錯誤しながら合計で2時間弱かかった。手作りのパスタは形状にばらつきがあってソースがよく絡み、とても美味しく、母にも喜んでもらえた。

目次情報(出版社のページより引用):

日本語版への序文Ⅰ

日本語版への序文Ⅱ

シンデレラ物語にも似た一冊の書物の話

著者より読者へ

健康のための心得

用語説明(トスカーナ語の用語ゆえ、理解できない読者もあろうから)

肉の栄養価

苦言

○料理の作り方(790のレシピ)

ブロード、ゼラチン、煮汁/ミネストラ/前菜/ソース/卵料理/生地と揚衣/詰物料理/揚物/茹物/トラメッソ/煮込み/冷製料理/青物と豆類/魚料理/焼物/菓子/トルタおよびスプーンで食べるドルチェ/シロップ/保存食品・ジャム/リキュール/ジェラート/その他いろいろ

○補遺

胃弱のための料理

正餐の献立

フォークで食べる昼食

最終更新:2021年2月11日