フィリピン・ミンダナオ島の

バナナと栽培文化

【1】はじめに

 日本でバナナで思い出される国はフィリピンでしょう。日本で最も安価で手に入る果物はバナナで、その生産地がフィリピンであることはスーパーで買い物をしたことがある人なら誰でも知っているはずです。バナナは現在日本に輸入されている生鮮果物の大半を占めており、他を圧倒しています。その輸入バナナの約80%(約83万7千トン)がフィリピン産です(重量比、2019年財務省統計)。この輸出用のバナナはフィリピン南部のミンダナオ島にある大規模なプランテーションにおいて栽培されています。この点でフィリピンのバナナはグローバリゼーションの先頭にいるといえるでしょう。

 しかし、フィリピンには自給用もしくはローカルマーケット用の小規模なバナナ栽培も見られます。また、多数の島々からなるフィリピンはその民族構成が複雑です。海を介した人々の移住の歴史をもち、ひとつの島の中でも平地と山地などで複数の民族が存在する場合も見られます。そうすると、ローカルなバナナ栽培文化も存在することでしょう。

 このページでは、フィリピン全体のバナナの品種、流通、利用、栽培について説明したいと思います。ローカルなバナナ栽培文化の事例については、別のページでミンドロ島の山地民タジャワン(The Tadyawan)の人たちのバナナ栽培と利用について紹介していきます。


【2】フィリピンのバナナ品種の特徴

 フィリピンのバナナ品種については、ミンダナオ島のダバオ国立作物研究開発センターで観察することができました。東南アジアのバナナの品種を比較したヴァルマイヨールら(Valmayor et. al. 2000) によると、フィリピンの総品種数は他の国よりも多くなっています。これはフィリピンでの調査が他の国よりも綿密におこなわれているということもありますが、フィリピンは起源地のひとつであるので変異の中心の一つになっていると考えられます。

 遺伝子型別に見るとフィリピンではAAおよびBBBタイプの割合が高くなっています。野生のアクミナータはフィリピン全体で普通に見られ、フィリピノ語でsaging matsingといいます(sagingはバナナ、matsing はサルを意味する)。雄花序の色が緑、黄、赤の3種類があるそうです。

 BBBタイプはフィリピンが原産地である可能性が高いです。なぜなら東南アジアにあるBBBタイプの品種はすべてフィリピンにあり、それに加えてフィリピンにしかない品種が存在するからです。このBBBタイプの品種には形が特徴的なものが多いです。例えばinabanikoという品種は果指が非常にコンパクトについておりその間に隙間がまったくありません。まるで工業製品のようです。このようなBBBタイプの多様性は、野生のバルビシアーナ(BB)の多様性によるものであると思われます。tiparotという四倍体(ABBB)のバナナもあります。


【3】販売されているバナナの品種と価格

 市場およびスーパーマーケットで販売されているバナナの品種と価格について、マニラ(フィリピンの首都、人口900万人)、ミンダナオ島のダバオ(フィリピン第二の都市、人口115万人)、ミンドロ島のカラパン(東ミンドロ州の州都、人口10万人の地方都市)で調査をしました。

 東南アジアの他の国では生産地に近い地方では多様な品種が販売されていることが多いのですが、フィリピンでは全国どこでも同じ品種が販売されていました。数も少なく、大体5品種くらいです。その5品種はlakatan(AAA)、bogolan(AAA)、latundan(AAB)、senorita(AA)、saba(BBB)です。バナナの流通はフィリピン全体で一つになっており、その中心はマニラです。すべての地域でマニラに向けて出荷がなされています。つまり、輸出用を除けば、フィリピン全体でマニラで売れるバナナを栽培しているのです。

 フィリピンの人が最もおいしいと考えているのはlakatanです。日本で食べるcavendishよりも味は濃厚で私にとってもおいしいです。latundanlakatanよりも小ぶりのバナナですが、味はやはり濃厚です。このlakatanlatundanが最も高価です。マニラのスーパーマーケットでわずかに日本で食べるものと同じDoleのcavendishが売られていますがlakatanよりも安く、フィリピン人はあまり好みません。bogolanは英語ではgreen bananaと呼ばれ、緑色のままで熟します。これはcavendishの仲間で、評価はあまり高くありません。料理用バナナの代表はsabaです。

 日本人はフィリピン人が食べているバナナと同じものを食べていると思っているかもしれませんが、実は違います。フィリピンの人たちが日本人の食べるバナナをあまり食べないのは、日本で食べられている品種のバナナがおいしくないからなのです。日本でもおいしいバナナが食べられるようになるといいですね。


【4】フィリピンにおけるバナナの利用

 ここではフィリピンの町で見られる利用法をみてみましょう。

 バナナの第一の利用法は、当然フルーツを食用にするということです。lakatanlatundanなどの生食用バナナは皮をむいてそのまま食べます。一方sabaに代表される料理用バナナはいろんな形で料理されます。

 フィリピン全国の街中でbanana cueの屋台をよく見かけます。banana cueとは2本のsabaの果指を串に刺して粉をつけて揚げたものです。揚げると砂糖をまぶします。小腹を満たすのにちょうどよいくらいのボリュームで値段も手ごろです(10円前後)。

 ダバオのショッピングモールの中にあるFood courtでsabaのフルーツを使った料理が二つありました。一つはsabaを甘く煮たデザートです。もう一つはsabaと豚肉、卵を甘辛く煮た料理で、ご飯のおかずにちょうどよかったです。Food courtは庶民が集まるところで、sabaの料理は庶民の味として親しまれています。

 加工品ではバナナケチャップがあります。味はトマトケチャップと変わりありません。

 雄花序も食べます。利用する品種はBBBで、sabaのものが市場などでは売られています。これは果物ではなく野菜で、野菜のコーナーで売られています。

 物質文化としては、他の東南アジアの地域と同様に葉がいろんなものを包むために使われています。また、植物体全体がデコレーション用としてFood courtの屋台の前に飾られていました。

 バナナを使った製品として有名なのは、フィリピン男性の礼服であるバロン・タガログ(barong tagalog)でしょう。これはバナナの繊維(husi)を材料にしています。すべすべした肌触りと布が透けているところが特徴的です。現在では観光客のお土産用として需要が高まっています。


【5】ミンダナオ島におけるバナナ栽培

 フィリピンにおける代表的なバナナの産地といえばミンダナオ島です。私たちは国内出荷用にlakatanを栽培しているプランテーションと輸出用にcavendishを栽培しているプランテーションを見学しました。

(1)国内出荷向けのプランテーション

 このプランテーションはダバオ中心部から北西に25kmのダクバオにありました。プランテーションのオーナーは3人で、アグリビジネスの仕事を引退して、この仕事についたということでした。面積は14haあり、このあたりの個人の畑では1~2haくらいのものが多いので、比較的規模が大きいです。これはオーナーたちの資本が地元住民に比べて多かったためということでした。

 植えられているバナナはすべてlakatanです。2.5m間隔で整然と植えられています。最初の苗は組織培養したものだそうです。肥料は有機肥料と化学肥料を混ぜて使っています。一つの果房の重さは16~20kgです。

 私たちが観察した畑では紐で囲いを作って人が入らないようにしている場所が何ヶ所もありました。そこはバクテリアにやられた場所で、人が入ると靴についたバクテリアが他に移動して病気が移ってしまうということでした。

 毎週火曜日に買い付け人がここまでやってきてバナナを買い付け、ダバオの港まで運び、マニラに出荷しています。価格は安定していて、10~12ペソ/kgです。マニラでは30~40ペソ/kgですから、輸送費を加えても利益が出るのでしょう。一週間に6000kgくらい出荷しています(調査時)。

 プランテーションでは男女の労働者が働いています。男性は果房の袋かけ、収穫、吸芽の管理、植付けなどをおこない、女性は乾燥した葉の除去や一般的な管理をおこなっています。収穫作業は重さ20kg程度の果房を肩で担いで運ぶというかなりの重労働です。給料は80~100ペソであまり高いとはいえません。

(2)輸出用のプランテーション

 このプランテーションはダバオ市街から北に10kmのマンドゥックにありました。このプランテーションは会社組織で運営されていています。面積は全体で600haを超え、かなり大規模です。ここでは背丈の低いcavendishのみを栽培しています。3つのbagging houses(バナナを選別、洗浄、箱詰めする作業場)があります。しかし、企業秘密のため写真はとれませんでした。

 畑には灌漑用の溝が縦横に巡らされており、ほぼ3m間隔で植え付けられています。畑の中にはワイヤーが何本か走っており、それに果房をぶら下げるとほぼ自動的にbagging houseまでバナナを運搬することができます。収穫するときには4.4cmのノギスでバナナの直径を測り、それ以上のものを収穫します。

 ワイヤーでbagging houseまで運ばれた果房は、まず、つるされたままの状態で高圧の水をかけて洗います。次に、果房から果掌を切り落とし、プールに付けて再び洗います。そこで傷のついたバナナや大きすぎるバナナは切り捨てられます。ここで切り捨てられたバナナは地元の人々に無料で分けられているとのことでした。きれいに洗われたバナナはワックスをかけて大手バナナ企業名の入ったシールを張り、ビニール袋を敷いたダンボール箱に詰められます。そして、品質保持のため、ビニール袋から掃除機のような道具で空気を抜きます。ダンボール箱を閉じて出荷です。

 輸出先は、日本、シンガポール、香港、中東などです。シンガポールなどに輸出される箱には半分に切った果掌を詰めますが、日本向けのものには果掌を丸ごと詰めるようにしています。つまり、果掌の一部が傷などのため取り除かれたものは日本向けには用いられないということです。日本人はぜいたくですね。出荷時のバナナの値段は教えてもらえませんでしたが、日本での値段を教えるとかなり驚いていました。多分、日本に比べてかなり安いのでしょう。

 lakatanの畑と異なり、病気のバナナはまったく見られませんでした。cavendishがもともと病気に強いということもありますが、農薬を用いていると思われます。

 畑で植付け、収穫、畑の管理をする労働者はすべて男性でしたが、bagging houseでバナナを洗っている労働者の多くは女性でした。機械化されていることもあって、lakatanの畑よりも労働条件は良いようでした。ただし、給料がいくらかは教えてくれませんでした。

(3)lakatanとcavendish、国内資本と外国資本、フェアトレード

 バナナの国内および国際市場という観点からlakatanとcavendishを見てみましょう。

 マニラのスーパーマーケットで販売されている価格では、lakatanのほうが多国籍企業の生産するcavendishよりも高いです。これは、フィリピンの人たちがcavendishよりもlakatanを好んでいるということが理由の一つですが、海外資本をもとに大規模プランテーションでcavendishを生産するほうが地元資本でより規模の小さいプランテーションでlakatanを生産するよりもコストが低いことも大きな要因です。

 これはcavendishとlakatanの生産性の違いも関係しています。

 cavendishは果房が25~30kgであるのに対して、lakatanは16~20kgと小さいですし、cavendishよりも病気には弱いです。しかし、地元資本では海外に輸出するほどの設備投資はできないので、国内向けのバナナを栽培するしかありません。そうなると、フィリピン人の嗜好からcavendishではなくlakatanを栽培する必要があります。lakatanはフィリピン国内では比較的高価なバナナですが、日本でのcavendishの値段に比べるとかなり安いです(輸送費を差し引いたとしても)。多国籍企業はフィリピン国内で消費されるバナナの流通にはほとんど関与しない一方で、輸出用についてはほぼ独占状態にあります。輸出されるバナナは日本とフィリピンの価格差(フィリピンにおける土地、労働力などのコストが日本に比べて非常に安い)のため、大きな利益を生み出しています。lakatanの生産コストも日本から見ると低いのですが、日本ほど物価の高くないマニラで販売されるため、それほど利益は生み出しません。バナナ生産の果実を地元の人たちに還元する方法はないのでしょうか。

 近年、NGOによってフェアトレードによるバナナの輸出が始まっています(例えばATJ: Altertrade Japanなど)。これは、海外の消費者とフィリピンの生産者が直接手を結ぶことによって、これまで多国籍企業によって独占されてきたバナナの輸出に参入しようという試みです。ATJのプロジェクトではバナナの病気の問題なども生じたようですが、それを乗り越えて輸出量をふやしているようです。

 フェアトレードには二つの目的があります(Murray, et. al. 2000)。一つは消費者が生産現場を直接知ることによってより安全な食品を手に入れることができるということです。例えば、無農薬のバナナが最近スーパーでも売られていますが、流通業者をいくつも経てしまうとどこの農場で誰によって作られたものかが不明確になり、安全性に疑問が生じるかもしれません。もう一つは、生産者に直接正当な生産物の対価を支払うということです。現地の生産者があって初めてバナナは存在するのです。彼らがそれなりの生活をできる程度の収入が得られるような価格を保証し、それを途中でピンハネされることなく直接生産者に届ける必要があります。今後、バナナのフェアトレードがどのようにフィリピンで展開していくのか非常に興味深いです。

【6】おわりに

 フィリピンのバナナ栽培文化には他の東南アジアの国々とは違ったいくつかの特徴があります。

 一つは、豊富な野生種に基づいた品種の多様性です。特にバルビシアーナの系統の品種はフィリピン起源のものが多くあると考えられます。

 バナナの流通がよく発達していることも特徴でしょう。バナナ生産地として有名なミンダナオ島はもちろん、ミンドロ島の山岳少数民族に至るまで、マニラを中心にしたバナナの流通圏に取り込まれています。そのため、フィリピン国内では、どこの地域でも同じ品種が栽培されていて、それがマニラで販売されています。同じ島国であるインドネシアではこのような中心は存在せず、地域ごともしくは島ごとに独自の品種が栽培され流通し消費されていました(北西他、2000)。国ごとの経済の状況もバナナの栽培や栽培される品種に影響を持っていることがわかります。

 フィリピンのバナナ栽培は外国資本による大規模プランテーション、地元資本による中規模プランテーション、さらには山岳少数民族による小規模な栽培といろんな形でおこなわれています。さらに、近年ではNGOなどによるフェアトレードの動きもあります。日本人にとって最もなじみのあるのもフィリピンのバナナです。みなさんもバナナを通していろんなことを考えてみませんか。


-参考文献-

北西功一、塙狼星、小松かおり、丸尾聡 2000 「インドネシアにおけるバナナ文化の予備的報告-スラウェシ島のマンダールとジャワ島のスンダの比較から」『山口大学教育学部研究論叢』第50巻第1部、p29-48。

Murray, Douglas, L., and Laura T. Raynlds, 2000. Alternative Trade in Bananas; Obstacles and Oppotunities for Progressive Social Change in the Global Economy. Agricultural and Human Values 17: 65-74.

Valmayor, R. V., S. H. Jamaluddin, B. Silayoi, S. Kusumo, L. D. Danh, O. C. Pascua and R. R. C. Espino 2000. Banana Cultivar Names and Synonyms in Southeast Asia. International Plant Genetic Resources Institute, Rome.