タンザニア北西部カゲラ州・

ハヤのバナナ栽培文化

【1】東アフリカ高地系バナナとハヤの人びと

 東南アジア原産のバナナ(Musa spp.)が、いつどのような形でアフリカ大陸に伝えられたのか、その伝播はいまだ分かっていないことが多く残されています。明らかなのは、長い歴史のなかで、熱帯アフリカでも地域によってさまざまなバナナの文化が育まれてきたということです。とりわけ、アフリカ西部から中西部の低地帯に見られるプランテン文化と、中部から東部の高地帯に広がるバナナ文化が、アフリカにおいて特徴的なバナナの文化として挙げることができます。

 アフリカ中東部、大地溝帯の周辺に広がる大湖地方には、世界に類を見ないバナナの文化が古くから発展してきた地域があります。これは東アフリカ高地系バナナ(East African Highland bananas)と呼ばれる一群のバナナで、植物学的にはアクミナータ同質3倍体(AAA)の遺伝子型をもっています。そして大湖地方では、この高地系バナナが主食や地酒の原料として非常に重要な役割を果たしています。日本を含めて世界のバナナ市場でもっともポピュラーなデザート・バナナ(CavendishやGros Michel)も、これと同じ遺伝子型をもつバナナです。遺伝子型と利用上の特徴というのは、必ずしも一致しませんが、AAAの遺伝子型をもつバナナが生食以外の用途で利用されるのは、世界的にもあまり例がありません。このバナナを栽培している地域のなかでも、ウガンダ南部からタンザニア北西部カゲラ州に至るビクトリア湖湖畔地帯では、主食としての重要度がとくに高く、1人あたりの年間消費量が250〜350kgに達すると推定されています。

 タンザニア北西部のカゲラ州にはバントゥー系農耕民のハヤが居住しています。州外の都市部に居住する人口を含めると100万人を越えるといわれるほど、ハヤはタンザニアのなかで大きな民族集団の1つです。ハヤの農村社会は、もともとは草地で移動耕作を営んでいた農耕民と、後に進出してきた牧畜民とが、社会的経済的な共生の関係を作るなかで構築されてきたものと見ることができます。これまでの研究では、ハヤがバナナを今日のように重要な作物として農業にとりいれてから、500年ほどの歴史があると考えられています。ハヤの文化のなかで、バナナはもっとも重要な要素のひとつであり、彼らの空間利用は、バナナをその概念の中心に置いたものだということができます。すなわち、彼らが定住する場所として選択してきたところとはバナナがよく生育できる場所であり、そのようなところに集落が成立しています。彼らの生活環境は広大な草地と、その周囲に広がるバナナに覆われた集落とのセットが、ひとつの単位となっています。1つの集落のなかには世帯数に応じて数百ものバナナ園(ハヤ語でkibanja、キバンジャ)が含まれ、基本的に各世帯がそれぞれのキバンジャをもち、バナナを中心とした屋敷畑(ホーム・ガーデン)で農耕を営んでいます。

 調査をおこなったブシンゴ村は、東経31°36′、南緯1°40′、標高1400mの台地上に位置しています。高地であるため、赤道直下にしては比較的温暖な気候で、年平均最低/最高気温は15〜17/25〜30℃です。昼間と夜間の気温差(日較差)が大きいですが、年較差はあまりありません。彼らの民俗分類では年2回(細かく分けると3回)の雨季があり、乾季は6〜8月にかけて比較的明瞭な時季があります。年平均降雨量は約1400mmですが、年変動が大きく、とくに近年は減少傾向にあると村びとはいいます。ブシンゴ村の総人口は798人(2001年調査)で、人口密度は300人/km2を越えるほど稠密です。


【2】屋敷畑におけるバナナ栽培

 ハヤのバナナはすべてキバンジャで生産されています。キバンジャには、バナナのほかにも、換金作物として重要なコーヒーが(おもにその辺縁部に多く)栽培されるほか、さまざまな果樹や作物、香辛料などが同時に混栽されています。村びとからの聞き取りによると、1960年頃(人口圧があまり高くなかった時代)には主食用品種と同じくらいの割合で、酒造用の品種がより多く育てられていたようですが、食料需要の増加や現金経済の浸透などにともない、今日では主食用品種(とくに商品価値の高い品種群)の占める割合が高くなっています。キバンジャの面積は世帯間の差異が大きく、15世帯を対象に調査した結果では、最小の世帯で0.08haだったのに対して最大の世帯では0.90haと10倍以上の差がありました(平均0.44ha)。バナナの栽植密度に関してはおよそ1000〜1400株/haの範囲にあり、コーヒー樹の所有本数や農民個人の指向性により多少の差異がみられました。

 ハヤの社会では女性は草地での耕作活動(おもにキャッサバ、他にサツマイモやバンバラナッツなど)を中心的に担うのに対して、バナナはコーヒーとともに生産から販売まですべての栽培管理に男性が責任をもっています。ハヤの栽培管理技術は、小農によるバナナ栽培としては非常に洗練されています。バナナは永年生草本であり、収穫をはじめ通年で何らかの栽培管理がありますが、それらに加えてハヤは、雨季・乾季の季節ごとに決まった作業をしています。それらは、乾季前半の除草、乾季末期の乾いた偽茎外皮(葉鞘)や余分な葉の除去、あるいは雨季中の吸芽の間引きなどです。ハヤによるこれらの実践は、経験的にこれらが水や病虫害の問題に対する効果的な対策であり防衛策となることを認識したうえで、成立・継承されてきたものでしょう。

 ハヤはキバンジャに化学肥料を投入することは今日でもきわめて稀です。歴史的にはウシの糞尿を施肥することによって、彼らは土壌の疲弊を防ぎ、生産の安定を図ってきました。しかしながら近年ではウシが減少しており、聞き取りをした15世帯では、バナナにウシの糞尿を施している世帯は20%以下で、今日ではその入手が困難になっているといます。それを補うため、彼らはバナナの残渣等のコンポストを利用したり、限られたウシの糞尿を効率的に株もとに施用したりすることで土壌管理をしています。

 かつてハヤの社会では、子どもが家から独立する際に、母親が息子に対してムォロ(mworo)と呼ばれる鋤を贈ったといいます。これはバナナの吸芽を植え付けたり、塊茎を破砕したりするのによく用いられる農具です。ハヤ社会ではバナナを管理できることが一人前の男性の証しと見なされており、ムォロはその象徴だったのです。ハヤのバナナ農耕は、けっして豊かとはいえない環境資源を最大限利用しながら、管理技術を精緻にすることによって発展・維持されてきたものであるといえるでしょう。


【3】ハヤが栽培するバナナの種類

 アクミナータ同質3倍体(AAA)のバナナは、マレーシア付近が第1次の変異中心地で、東アフリカ高地系のバナナがこの一帯に広く見られるのは、この地域が第2次変異中心地であるためと、シモンズらは述べています(Stover & Simmonds, 1987)。

 ハヤはバナナを用途に応じて主食用、酒造用、軽食用の3つのタイプに分類しています。主食用品種(kitooke)は、主食となるもっとも重要な品種群であり、たいていのキバンジャにおいて品種数や株数がもっとも多く見られます。一方で、酒造用品種(mbire)は成熟すると果実により多くの水分を含む品種群で、むかしからハヤの間で飲まれてきたルビシ(lubisi)と呼ばれる醸造酒の原料として栽培されてきました。近年になってさらに蒸留酒を生産する技術が普及し、現金経済の浸透も影響して、村内における蒸留酒の生産は増加の傾向にあります。もともとハヤにはバナナを生食する習慣はありませんでしたが、近年では子どもを中心に非常に好まれており、需要が増加しています。生食できる品種は2種類栽培されており、いずれも近年になって普及したものです。生食用バナナは酒造りにも利用されることから、これらを人びとは酒造用品種として認識しています。東アフリカ高地系バナナはすべて、これら主食用か、酒造用の品種になります。酒造用品種には高地系バナナに加えて、ABとABBの遺伝子型をもつ品種が1つずつある他(どちらも20世紀後半になって村に導入された)、AABの遺伝子型の品種もわずかに見られます。ABの品種'kanana'は非常に果実が甘く生食用として、またABBの品種'kisubi'はジュースの生産が多く、味も良いと評価されており、いずれも非常に利用性が高く、今日では重要な品種となっています。一方で軽食用品種(nkonjwa)はすべて、AABの遺伝子型をもつプランテンで、ハヤは茹でたり焼いたりして軽食として消費しています。かつては朝食によく利用されていたといいますが、病害に弱かったことが原因で激減し、今日ではわずかに家屋周辺に栽培されている程度です。

 ブシンゴ村で実施した品種調査では、合計72の地方品種が観察されました。村で観察した品種の内訳は、主食用品種が41品種、酒造用品種が23品種、そして軽食用品種が8品種でした。また57品種までが東アフリカ高地系のバナナでした。

  形質的にハヤが各品種の違いを認識しているように、全房や雄花序の形状、偽茎や葉柄の色など、東アフリカ高地系品種の間でも形質が多様であり、この系統のバナナが長い年月をかけて分化してきたことを伺わせます。ハヤは同時に、それぞれの品種の栽培特性についても豊富な知識を持ち合わせており、品種に応じた栽培技術や、新たに株分けする際にどの品種をどこに植えるかという判断も日常的におこなっています。

 観察した品種のうち、'nzinga'および'mamba'の2つの主食用品種(いずれもAAA)は特徴的です。これらは全房、果指ともに小さいため、生産性が他の主食用品種と比して低く、したがって村内において栽培している農民は稀でした。これらの品種には食用としてよりもむしろ儀礼的な意味づけがされており、これらの品種の根を数本、あらかじめ庭に埋めておくと、その場でおこなわれる集会やパーティーで混乱が起こらないという言い伝えが残っています。これらの品種は、雄花序の構造が、他のバナナに見られるような1枚1枚独立した苞から成っているのではなく、1枚の長い苞がらせん型に巻きついてできているという特異な形質があり、これが先に述べた儀礼的な意味づけと関連しているかもしれません。


【4】ハヤによるバナナの利用

 バナナはハヤの人々にとって主食であり、酒の原料であるだけでなく、物質文化の面からも生活の細部まで浸透しています。

 食文化から見ると、主食用バナナの料理法は2種類あるだけで、これはハヤの居住域のなかでほぼ共通しています。まず、熟す直前の青いバナナの皮を剥き2本に割り、これを繰り返し鍋に詰めていきます。その用意が済むと茹でたインゲンマメと水を加え、最後にバナナの葉で鍋を覆って炊きます。バナナの葉で覆うというのがポイントのようで、ハヤは伝統的にこのようにして炊きバナナを作ってきたのです。基本的に高地系バナナは他のバナナより吸水量が多いようで、炊くととても軟らかくなります。ハヤには軟らかいほど美味しいという人が多いです。インゲンマメとバナナを炊き合わせたこの料理が代表的なハヤの食事で、炭水化物とタンパク質が同時に摂取できるという優れものです。この料理法の他に、バナナのみで炊き、炊いたあとにマッシュする料理もあります(これはとくにウガンダ南部で一般的な料理です)。いずれの場合も、この炊きバナナを魚や肉、豆などのシチューと食べるということが一般的です。

 ハヤによるバナナの利用では、物質文化における多様な利用が特徴的です。食文化としては東南アジアと比較して種類が少ないですが、物質文化では対照的にバナナを多様な用途で用いており、観察したものだけでも10種類以上ありました。利用される部位はおもに葉(とくに生葉)と偽茎で、具体的には葉を用いた容器や包装材、ヘッドパッドなど、日常的に利用機会があるモノの運搬に関するものがよく見られました。これらはどれも簡易に作れるという手軽さが共通しており、そのため観察頻度も概して高いものでした。また屋根葺き材として乾燥した葉鞘(偽茎外皮)を利用する例も観察され、バナナはハヤの生活にかなり密着しているといえます。


-参考文献-

Stover, R. H. and N. W. Simmonds 1987 Bananas. 3rd ed. Longman, Singapore.