歪んでないようです

234 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:26:17 ID:fYphpxf20日本語の意味を日本語で説明するって、なんて難しいのだろう。
ミセ*゚ー゚)リ「これは、ゆがませるではなく、ひずませる」
歪ませる、と書かれた例文を指さして私が言うと、デレちゃんは眉をひそめる。 _, _ζ(゚ー゚*ζ「ひずませるって、なんですか」
歪ませるってなんだろう。音を歪ませる、歪んだ音、それは澄んだ音ではなくで耳障りで心をざわつかせるような気がする。でもこれはきっと答えじゃなくて感想で、来月日本語検定を受けるデレちゃんに返す答えとしては相応しくないと思う。
ミセ*゚ー゚)リ「デレちゃん、その眉毛、それが『眉をひそめる』だよ」
苦し紛れに話を逸らした回答すらデレちゃんはしっかりメモをとる。日本語ネイティブの私よりずっと綺麗な平仮名を書く。
ζ(゚ー゚*ζ「ひそめる、って、どう書くの」
ミセ*゚ー゚)リ「えー、書けない」
正直に言う。人生で眉をひそめたことは何度もあるけど書いたことは一度もない。読んだことはあるかな、どうだろう、それくらいレアな文字。.

235 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:26:49 ID:fYphpxf20
ミセ*゚ー゚)リ「書けなくても生きていけるくらいレアだから、たぶん覚えなくて大丈夫」
ζ(゚ー゚*ζ「ほんとですか」
ミセ*゚ー゚)リ「ほんとほんと」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、ひずませる、はなんですか」
ひそめるの文字を書けなかったせいで残念ながら話題が元にもどってしまった。
ミセ*゚ー゚)リ「えーとね」
ζ(゚ー゚*ζ「はい」
デレちゃんは真剣な顔でこちらを見つめ、一言も聞き洩らさないようにとメモをとる準備をしている。
ミセ*゚ー゚)リ「ギターとかの音をギュイーンってすること」
ボールペンがさらさらと走りぎゅいーんと文字にしたところで止まる。ねばねばしたインクだまりが残り、デレちゃんは顔を上げる。.

236 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:27:29 ID:fYphpxf20
ζ(゚ー゚*ζ「ぎゅいーん?」
ミセ*゚ー゚)リ「そう、ギュイーン、キュンキュンキュン、って」
はったりに必要なのは真剣な表情と自信である。私は立ち上がり、エアギターの真似事とともに口からキュンキュンと音を発する。デレちゃんのメモにはきゅんきゅんきゅん、と文字が綴られる。真剣に書かれたふざけた擬音の字面に笑いをこらえていると、後頭部に衝撃が走る。
( ^ν^)「こいつが先生してて本当に大丈夫かデレ」
振り返ると、スリッパを片手にニヤついている新さんがいた。もう片方の手にはおにぎりを持っていて、それは潰れていないから、先ほどの衝撃の発生源はほぼ間違いなくスリッパである。
ミセ*゚ー゚)リ「嘘でしょ、スリッパで乙女を殴るんですか」
スリッパで殴られたと思うと一層痛みが増す気がする。大げさに頭を抱えて騒ぐ私に対して顔色一つ変えずに新さんは口を開く。
( ^ν^)「殴ったのは乙女じゃない、嘘つきだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「嘘って、どれがですか」
私よりすこし早く、デレちゃんが反論する。のかと思ったが、まだしっかりペンを握っているのでまだ日本語の勉強の続きらしい。.

237 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:28:04 ID:fYphpxf20
( ^ν^)「そもそも、エアギターの持ち方逆なんだよ、おまえ」
ミセ*゚ー゚)リ「逆?」
こうだろ、と言って新さんは左手を肩の前に、そして右手を腰のあたりに置き、何かをつま弾くように指を動かして見せた。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしも逆だとおもってました」
ミセ*゚ー゚)リ「嘘でしょデレちゃん。気づいてたなら教えてよ」
言ったら恥ずかしがるかなと思って、とニヤつくデレちゃん。こいつ敢えて言わずに楽しんでいたんだろうな。デレちゃんはそういうところがある。
ミセ*゚ー゚)リ「そういうの、確信犯って言うんだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「かくしんはん?」
復唱しながら平仮名でかくしんはん、と綴られていく。
ζ(゚ー゚*ζ「どう書くの?」
ミセ*゚ー゚)リ「えーっとね」
書き方を説明しようと思うと、頭が真っ白になる。確認の確に、信じるに、犯人の犯だよな。一つひとつ思い出しながらペンを借りて文字にしていく。.

238 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:28:56 ID:fYphpxf20
( ^ν^)「へえ、書けんじゃん美芹先生」
馬鹿にしたように鼻で笑う新さんのことは無視して、デレちゃんにペンとメモを返す。
ζ(゚ー゚*ζ「美芹さんはなんでも教えてくれる」
先ほどとは打って変わって、この言葉は明らかに反論の意が伝わる言葉の強さだった。私は驚いてデレちゃんを見るが、彼女は新さんをまっすぐ見つめていて、こちらの視線には気づかない。
( ^ν^)「でもこいつちょっと馬鹿だよ。確信犯も誤用だし」
それは否定できない。そもそも先生と呼ばれるほど教えてない。私たちはただの同僚で、デレちゃんはベトナム人だから私より日本語はできないけど、でもめちゃくちゃ頭がいい、私よりずっと。異国で仕事して実家に仕送りして、コロナのせいで何年も家族と会えずにいても、こうやって前向きに勉強して仕事もこなして、そして美容も怠らず美しい。一人暮らしで家事もちゃんとしてる。そんなとびきりすごいデレちゃんに教えられるほど賢くないのは自分が一番よく分かってる。でもデレちゃんはいま私のために怒っている。もう三年一緒にいるからさすがに分かる。
ζ(゚ー゚*ζ「美芹さんは馬鹿じゃないです」
新さんはデレちゃんが怒っているのに気付いているのだろうか。普段と変わらぬ不敵な笑みでデレちゃんを見つめる。
( ^ν^)「ほんとうに?」
問われ、デレちゃんの視線が初めて揺らいだ。言葉を失い、私の顔を見て、そして目を閉じる。それからもう一度目を開き、眉根を下げて、デレちゃんは笑った。さっきみたいな、悪い顔で。
ζ(゚ー゚*ζ「馬鹿じゃなく、はないかもしれないです」
ミセ*゚ー゚)リ「なんでだよ!」
思っていたより大きな声で突っ込んでしまった。カフェテラスにいた何人かがこちらを振り返る。すみません、と頭をさげると迷惑そうな顔をされる。私が一人ペコペコしている様を見ながら、デレちゃんと新さんはなにやらこそこそと囁きあい、笑いあっていた。なんだか楽しそうじゃん。置いてけぼりにされた私は、イヤホンを付けて動画を見始める。.

239 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:29:39 ID:fYphpxf20
結局デレちゃんは新さんに学習のメモを見せ、色々と教えてもらっていたんだと思う。気づいたころには彼はいなくなっていて、デレちゃんはノートを清書していた。
ミセ*゚ー゚)リ「あれ、新さんは?」
デレちゃんに聞くと、彼は帰ったのだという。どうやら休憩じゃなくて、仕事上がりだったらしい。そこまで説明したところで、デレちゃんは何だか言いづらそうに尻つぼみになった。
ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの」
続きを促すと、デレちゃんは顔を赤らめながら絞り出すように言った。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしに会うために、ここに来たって言ってました」
そういってデレちゃんは俯く。こんな純粋な女子に適当な事言って、あいつは本当に悪い男だ。
ミセ*゚ー゚)リ「あのさ、あいついつもああだから、あんま信じない方がいいよ」
ζ(゚ー゚*ζ「そんな人じゃないですよ」
デレちゃんの反論はいつだってまっすぐだ。自分の中のありったけの単語から、一番正解に近いものを選んで話してくれるから、偽りなく素直でシンプルな言葉になる。.

240 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:30:16 ID:fYphpxf20
ミセ*゚ー゚)リ「ほんとうに?」
ζ(゚ー゚*ζ「わかんないですけど、新さんと話してると、こころが普通じゃなくなるというか、へんになります」
自分に起きた異変を伝えようと、知っている言葉を駆使して一生懸命に話すから、生々しいほど気持ちがわかる。まるで自分も恋したかと錯覚するくらいに。
ミセ*゚ー゚)リ「それがひずみだよ、デレちゃん」
ζ(゚ー゚*ζ
一瞬の間があった。何の話かと目をぱちくりさせたあとに、デレちゃんはさっき書いていたメモを開いて指さした。
ζ(゚ー゚*ζ「さっきの、ひずませる?」
うん、と頷きながら、私はスマホで歪みの意味を調べ、画面を見せる。
ミセ*゚ー゚)リ「物体に、だからモノに、チカラを加えて、形を変えること」 っ ⊂
手で大きく丸を作り、それを歪ませて見せても、デレちゃんはまだピンときてないようだった。
ミセ*゚ー゚)リ「新さんとしゃべって、こころが変になった、ゆがんだ、ひずんだ、ってこと」
うーん、とデレちゃんはわかったのかわからないのか曖昧な頷き方をした。わからなくっていいと思ったから、これ以上教えるのはやめることにした。それが恋だよ、とか。デレちゃんと新さんの仲睦まじい様子で私が得た歪みとか。そういう余計なことは教えてあげない、だってわたし、先生じゃないし。
【終】

241 : ◆p8n3pUfLyw [] :2024/04/29(月) 12:32:21 ID:fYphpxf20【作品名】歪んでないようです【作品URL】https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1705730112/234【コメント】読めないし書けないし知らない

242 :名無しさん [↓] :2024/04/29(月) 13:32:15 ID:Ua/SYVOg0乙乙舞台に合わせた最後の一行が凄く良き良きで好きその場で内心でもそう返せる人って頭の回転早いなぁって思う

243 :名無しさん [↓] :2024/04/29(月) 13:49:11 ID:Y5aVccgo0おつです