('A`)恋不知のようです

1 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:37:02 ID:oULNpCeA0オレンジデー祭り参加作品です

2 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:37:36 ID:oULNpCeA0
('A`)「このドレッシング、美味しいね」
俺の言葉に、クーはほんの少しだけ体を動かした。珍しく食事中の会話が始まったことに驚いたのだろう。
川 ゚ -゚)「……ああ、それか。シタラバストアで買ったんだ」
('A`)「へえ。初めて食べるよ」
川 ゚ -゚)「その味が好みなら、次から優先して買っておくが」
('A`)「あ、うん。あったらでいいよ」

3 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:38:12 ID:oULNpCeA0
サラダボウルの中身は野菜たっぷりで、サニーレタス、トマト、玉ねぎ、ブロッコリーが彩りよく盛られている。俺が手を付ける前にドレッシングは振りかけられていて、ボトルは冷蔵庫にしまったのか見当たらない。
美味しいけど、これって何味なのかな。続けようと思った言葉はテレビの音に掻き消された。クーは俺を一瞥もせず、ただ退屈そうにモニターを眺めている。

4 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:38:35 ID:oULNpCeA0
( ・∀・)「ただいま」
川* ゚ -゚)「! おかえり!!」
椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち、足早に玄関に向かうクー。しばらくの後戻ってきたクーの傍らには男がいた。均整の取れた体つきに端正な顔立ち。頭一つ分身長が低いクーは、その肩に頭を擦り付けるようにしがみついている。

5 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:39:07 ID:oULNpCeA0
川* ゚ -゚)「わざわざ買いに行かなくてよかったのに」
( ・∀・)「だってこのアイス食べたかったんでしょ? クーの喜ぶ顔が見たいから」
川* ゚ -゚)「もう、モララーったら」
モララーに頬ずりするクーを見つめながら、俺は何味かわからないサラダを咀嚼し続けた。

6 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:39:36 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「このアイス美味しい」
( ・∀・)「喜んでくれてよかった」
川* ゚ -゚)「ありがとう、買ってきてくれて」
( ・∀・)「クーのためならお安い御用だよ」
バニラアイスを頬張るクーの隣で、モララーはただ穏やかに微笑んでいる。クーは蕩けた目でモララーを見つめる。唇の端についたアイスクリームが、指で拭われる。

7 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:39:59 ID:oULNpCeA0
食事を終えると、いよいよ俺とクーは同じ部屋にいる意味がなくなる。今日だって偶然帰宅時間が被ったから一緒に食事をしただけだ。別々の時間に食べることも珍しくない。
('A`)(今日もいい一日だったな)
仕事は大変なこともあるけれど、決してつらくはない。クーと仲違いしたこともない。他人同士の生活だから多少の衝突はあるものの、常に冷静な彼女とはきちんと話し合いができる。
生活に、人生に、何の支障もない。何の問題もない。そう。すべて完璧なはずなんだ。

8 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:40:24 ID:oULNpCeA0
部屋に戻ってすぐに再生ボタンを押した。
映画鑑賞は俺の唯一の趣味だ。夕食を摂ったあとは映画を見て眠りに就くことが習慣になっている。ただ他の人達のように、感想を書いたり同志と語り合うことはない。それはひとえに俺が好む『ジャンル』の問題だった。

9 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:40:50 ID:oULNpCeA0
('A`)(今日はこれにしよう)
俺は『純愛』『青春』と呼ばれるものをとりわけ好んでいた。どれも大昔の作品だ。今画面に映っている映像も古ぼけていて、時代遅れの服を着た人間達があくせくと動いている。登場人物の思考や価値観に首を捻ることも多い。少なくとも周囲では、こんな古臭いものを好んで見るのは俺くらいだ。

10 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:41:12 ID:oULNpCeA0
今見ているのは当時絶大な人気を誇っていたという作品で、契約の上で夫婦となった二人が恋をする様子が描かれている。最初は利害の一致だけで結ばれた二人が、徐々に心を通わせていく。
他の人間が、例えばクーが、これを見たら眉を顰めるだろう。「非現実的だ」「気持ち悪い」「人間同士で恋愛をするなんてありえない」と。

11 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:41:40 ID:oULNpCeA0
俺もそう思う。人間同士の恋愛なんて普通の価値観じゃない。ところがこの映画が作られた時代は、人間同士で恋をすることが当たり前だったのだという。
('A`)(別世界の話みたいだ)
「これはあくまで演技であり嫌々やっている」というなら理解できるが、この俳優達は演技の外でも人間同士で恋愛をしていたというのだから驚きだ。自分と同じ姿形の生き物がまったく異なる価値観で生きていただなんて、あまり現実味がない。理解できない行動を重ねる画面の中の人々を、俺は観察するように見つめ続ける。

12 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:42:21 ID:oULNpCeA0
('A`)(異常だ。何度見ても、どの作品を見ても、まるで理解できない)
('A`)(……だけど、何故だろう)
('A`)(時折、とても美しく見える)
現実世界ではありえない人間同士の睦み合い。どうしようもなく惹かれてしまう。その理由はずっとわからないままだ。
壁を一枚隔てた妻の寝室では、クーがモララーと愛し合っている。

13 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:43:39 ID:oULNpCeA0
すべての人間は、AIによるマッチングで配偶者が決定する。昔の人間が聞いたらさぞ驚くだろう。しかしこれは極めて合理的なシステムだ。
性格、価値観、生活習慣、収入、その他諸々の要素を元に、最新AIが最適な配偶者を選ぶ。自分と同じ水準の人間ならば不平等を感じることもない。価値観が似通っているならば仲違いすることもない。事実、このマッチング形式の婚姻が主流になって以来離婚率は激減。離婚という言葉自体が死語になりつつある。
子供を望むのなら、体外受精と人工子宮によって作れる。性行為や出産のようなリスクが高い行為をする必要もない。

14 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:44:21 ID:oULNpCeA0
(;'A`)(うおっ……)
ドラマは終盤に差し掛かり、いよいよクライマックスに差し掛かっていた。ついに心を通わせた夫婦が、昂る感情のまま身を寄せ合い唇を重ねている。その隙間で蠢く舌が、彼らの口内で何が起きているのかを想像させる。キス自体はそこまで珍しいものではないが、人間同士となるとこうも生々しくなるものか。
(;'A`)(これ、俳優は気持ち悪くならないのかな)
昔はこれが当たり前に交わされていたというのが俄かに信じがたい。モララーと行為に耽るクーのほうが余程まともだ。

15 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:44:51 ID:oULNpCeA0
('A`)(……寝るか)
刺激の強いものを見てしまったせいか、少し気分が悪い。キッチンで水を飲んだあとベッドに潜った。その夜はなぜか、妻と出会った日の夢を見た。


.

16 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:45:29 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「失礼。あなたが鬱田ドクオさんですか?」
クーは美しい女性だった。事前に写真を見ていたものの、実際目の当たりにした時はかなり戸惑ったことを覚えている。元々の長身を底上げするヒールに、全身をダークグレーに染めるパンツスーツ。公園を待ち合わせ場所に指定したのはクーだったが、春うららかな花が咲く中で彼女の恰好は少々浮いていた。

17 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:46:20 ID:oULNpCeA0
('A`)「はい。初めまして、『夫』の鬱田ドクオです」
川 ゚ -゚)「初めまして。『妻』の素直クールです」
予約したレストランに移動してお互いのプロフィールを確認し合った。店選びもAIの導きで、お互いの好みの食事を味わえて、かつ価格帯も最適な場所が選ばれている。

18 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:46:40 ID:oULNpCeA0
('A`)「では、最終確認です」
('A`)「生活費の負担は完全折半。月にこの金額を共有口座に入金、その他は各自で管理」
('A`)「寝室は別。お互いの所有物には極力触れないこと」
('A`)「肉体的接触は基本的になし。救命行為、その他必要に応じてのことなら可」
('A`)「以上で問題ないでしょうか?」

19 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:47:12 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「はい、問題ありません。ドクオさんは?」
('A`)「こちらも特にありません。書類が完成次第お渡しするので、不備がないかの確認をお願いします」
川 ゚ -゚)「わかりました」
最後の一口を嚥下して、クーはナプキンで唇を拭った。俺もそれに倣う。食の好みも、食べ終わるタイミングも、寸分違わず一致していた。

20 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:47:34 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「……これは、条件ではなく提案ですが」
川 ゚ -゚)「お互いに敬語、敬称を使わないというのはどうでしょう。私であれば『クールさん』ではなく『クー』で構いません」
(;'A`)「え? 問題ありませんが……何故ですか?」
川 ゚ -゚)「何故……ですか。いえ、理由は特にないのですが」
川  ー )「これから家族になるのだし、他人行儀でなくてもいいでしょう?」

21 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:49:16 ID:oULNpCeA0
その瞬間、クーが微笑んだように見えた。気のせいだったのかもしれない。その日は快晴で、俺達が座っていたのは窓際の席だったから。眩しさのあまり見間違えたのかもしれない。
川  ー )「これからよろしく頼む、ドクオ」
だけど俺には、クーが笑っているように見えたんだ。

22 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:49:37 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「ああ、ドクオ。おかえり」
家に帰るとクーがテーブルを拭いていた。ちょうど夕食の時間に間に合ったらしい。できたてが食べられるのはありがたい。
川 ゚ -゚)「もう少しで完成するから」
モララーは俺に背を向けたまま「おかえりなさい」と声を上げた。手際よく効率的に、かつ美しい手さばきで料理を拵えている。キッチンからは焼けた肉の良い匂いが漂っている。

23 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:50:01 ID:oULNpCeA0
( ・∀・)「お待たせしました」
高級店のウエイターと見紛う仕草で提供されたのは、スライスしたにんにくがたっぷりと乗ったステーキだった。
川* ゚ -゚)「ん、美味しい」
( ・∀・)「喜んでくれてよかった」
川* ゚ -゚)「すごく美味しいよ。モララーが作ってくれたからかも」

24 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:50:27 ID:oULNpCeA0
いったいどんな下拵えをしたのか。そこまで高価でないはずのステーキ肉が面白いように切れる。断面は絶妙な色合いのレアだ。これも恐らく俺とクーそれぞれの好みに合わせて焼かれているのだろう。
川* ゚ -゚)「いつもありがとう、モララー」
( ・∀・)「こちらこそ。喜んでもらえて嬉しいよ」
川 ゚ -゚)「……モララーも一緒に食べられたらいいのに」
( ・∀・)「うん。俺もクーと一緒に食事してみたかったな」

25 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:50:47 ID:oULNpCeA0
モララーはすべてを完璧にこなす。当然だ。そうなるように『作られている』のだから。
俺やクーとは対照的に、モララーの前には皿が一つも置かれていない。モララーはただ椅子に座って微笑み続けている。

26 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:51:27 ID:oULNpCeA0
それは最初、忙しい夫婦を補助するため作られたものらしい。料理、洗濯、ゴミ捨て、その他諸々の名もなき家事、子供がいる家庭であれば育児も。機械仕掛けの家事代行者――アンドロイドは、いつしか『恋愛対象』としても重宝されるようになった。
黄金比を参考に作られた美しい容姿。どこに出しても恥ずかしくない完璧な立ち振る舞い。自由自在にカスタマイズできる性格。これほど所有者に都合良く、心惹かれる存在はない。人々が人間への愛を棄てアンドロイドを愛するようになったのは自然の流れだった。

27 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:52:07 ID:oULNpCeA0
( ・∀・)「ドクオさんはどうですか? お口に合いましたか?」
モララーは、クーの夫である俺を恭しく見つめる。
('A`)「ああ、美味いよ」
憎らしいほど、完璧で美味い料理だ。

28 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:52:39 ID:oULNpCeA0
性欲をアンドロイドで解消するのは理にかなっている。そもそも恋愛だとかいう不合理なものを家庭に持ち込む必要はない。映画でも幾度となく描かれてきたことだ。恋に溺れた人間は、どうしようもなく愚かしく、醜くなる。ならばそんなものアンドロイドで発散すればいい。
事実、モララーという恋人を持つクーの精神状態は極めて良好だ。おかげで絵に描いたような円満な家庭を築いている。何の問題もない。

29 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:53:11 ID:oULNpCeA0
ふと、先日見た映画を思い出した。若い男女の恋愛を描いた作品だった。食卓を共にするシーンで、自分のカトラリーを使い相手に料理を食べさせていた。
('A`)(アンドロイドも食事ができたら、クーはモララーに食べさせるんだろうな)
クーとモララーは幸せそうに微笑み合っている。

30 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:58:39 ID:oULNpCeA0
川*  -  )「モララー」
壁を通して、妻の甘い声が聞こえる。
川*  -  )「ああ……モララー、お願い……来て……」
モララーを購入した日から、妻の表情は明るくなった。どこかで見た記録だと、この国の98%以上の人間がアンドロイド所有者であり、そのほとんどがアンドロイドとの恋愛を楽しんでいるらしい。

31 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:59:16 ID:oULNpCeA0
川*  -  )「好き、好き!……大好き……」
俺は2%側の人間だ。「家事なら妻のアンドロイドだけで事足りるから」と言ってはいるが、周囲の人間はいつも首を傾げる。「恋人がほしくないの?」「恋愛に興味ないの?」「どうやって性欲解消してるの?」俺はいつも苦笑いで誤魔化す。

32 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 22:59:44 ID:oULNpCeA0
アンドロイドはそこそこ高価な代物ではあるが、蓄えがないわけではない。その気になればいつでも買えるし、クーも反対しないだろう。だけどなんとなくその気になれなかった。
川*  -  )「愛してる……」
奇しくも、見ている映画の主人公とクーの声が重なった。この壁の向こうで、クーとモララーも唇を重ねているのだろうか。

33 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:00:08 ID:oULNpCeA0
その日は格段に疲れていた。小難しい作業はAIがやってくれるとはいえ、俺のキャパシティは人よりも狭い。苛立っていた。成人にしては少々幼すぎる言い訳だが、そういうことだったんだと思う。
('A`)「なあ」
川 -  -)「ん……」
('A`)「そういうの、部屋でしてくれないかな」
クーがのっそりと体を起こす。その反動で体にかけていた毛布が落ちて、白い裸体が露わになった。

34 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:00:31 ID:oULNpCeA0
川 -  -)「ああ……帰ったのか……おかえり」
('A`)「ただいま。あのさ、そういうのは自分の寝室でしてくれると助かるんだけど」
クーはぼんやりと視線を漂わせている。モララーはいない。恐らくクーの寝室で充電中なのだろう。
川 -  -)「随分苛立っているが、どうしたんだ?」
('A`)「そういうわけじゃないけど」

35 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:01:11 ID:oULNpCeA0
そっちこそ口答えをしないでほしい。俺が要求しているのは、共有スペースで性行為をしないでほしいという至極当然のことだ。だけど、確かに、俺の精神は昂っているようにも思う。
川 - -゚)「昼頃、つい盛り上がってしまってね……最近仕事で大きな案件を任されたからストレスが溜まっていたのかな。申し訳ない、今後気を付けるよ」
仕事が大変だったことなんて、俺は聞かされていなかったのに。

36 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:01:31 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「……え」
('A`)「でも、モララーには言ってたんだろ?」
川; ゚ -゚)「ひっ」
('A`)「なんで、俺には」
川; ゚ -゚)「ひゃあああ!!!」
川; Д )「モララー!! モララー、来て!! 『助けて』!!」

37 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:02:01 ID:oULNpCeA0
( ・∀・)「緊急信号受信」
( ・∀・)「到着。警戒モードに移行します」
(; ・∀・)「クー!? どうしたの!?」
川; Д )「ドクオが!! ドクオが手首を掴んで! 怖いの! 助けてえ!!」
('A`)「違う、俺は」

38 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:02:44 ID:oULNpCeA0
( ・∀・)「防犯モードに移行します」
(;'A`)「違う!! 誤解だ! 『止まれ』!!」
( ・∀・)「停止信号受信。行動を一時停止します」
(;'A`)「クー、安心してほしい。俺は君に危害を加えない」
:川;  - ):

39 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:03:17 ID:oULNpCeA0
(;'A`)「手首を掴んだのは、反射的にいうか……咄嗟に、ってやつで……」
(;'A`)「本当にごめん。俺、どうかしてた」
:川;  - ):
川;  - )「モララー……『充電してきて』……」
( ・∀・)「承知しました。充電モードへ移行します」

40 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:03:45 ID:oULNpCeA0
川;  - )「もう二度と、許可なく触らないで」
(;'A`)「ああ、もちろんだ」
川;  - )「モララー以外に触られるなんて反吐が出る……」
川;  - )「どうして触ったりなんかしたの?」
川;  - )「……約束したのに」
('A`)「……」
どうしてだろう。わからない。

41 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:04:13 ID:oULNpCeA0
なぜ俺はリビングで眠るクーを見て苛立ったのだろう。
ミセ*゚ー゚)リ「トソンって最近彼氏とどうなのー?」
(゚、゚トソン「彼氏? ああ、ジョルジュですか……実は買い換えまして」
モララーが作った弁当を胃に流し込む。完璧な栄養バランス。俺好みの味付け。腹を満たし、かつ午後眠くならない程度の量。非の打ちどころがない。

42 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:04:49 ID:oULNpCeA0
ミセ;*゚ー゚)リ「えー!? あんなに溺愛してたのに!?」
(゚、゚トソン「なんというか、飽きてしまって……次は顔も性格もガラッと変えようかなと」
ミセ*゚ー゚)リ「ああ、それわかるかも。うちも最近マンネリだもん。新しい彼氏欲しいなぁ」
配偶者は変えられない。だけど恋人ならいくらでも作れる。作り変えられる。なんて自由な世界だろう。

43 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:05:12 ID:oULNpCeA0
('A`)(素晴らしいな)
誰もが恋愛できる世界。恋人を作れる世界。理想の相手に身を委ね、心穏やかに過ごせる世界。
('A`)(素晴らしいじゃないか)

44 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:06:09 ID:oULNpCeA0
世界がそうであるように、俺もそうあるべきなんだ。人間同士の恋愛などデメリットばかりで不合理以外の何物でもない。かつて人間同士の恋愛が当たり前だった時代は、痴情のもつれだとかいう馬鹿馬鹿しいこの上ないものをきっかけに事件が起きていたというじゃないか。
映画でさえ、相手とうまく意思疎通を図れずみっともなく喚き散らす姿が描かれている。あんな理性のない獣のような様子を『恋愛』と呼ぶだなんて、昔の人間は頭がどうかしている。気持ちが悪い。まともじゃない。常識的に考えてありえない。
('A`)(俺もそうあるべきなんだ)

45 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:06:41 ID:oULNpCeA0
そうだ、俺もアンドロイドを買おう。周囲から煩わしいお節介を焼かれることもなくなる。恋人がいれば生活に張りも出る。いいこと尽くめじゃないか。アンドロイドの選び方をクーに聞いてみようか。それをきっかけに会話も増えるはずだ。
('∀`)(そうだよ、もっと早くそうしていればよかったんだ。馬鹿だな、俺は)
咀嚼していた卵焼きが胃袋に落ちる。エネルギーが充電されていくような感覚。視界が開けていく。これが天啓に撃たれたというやつだろうか、気分も軽い。

46 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:07:20 ID:oULNpCeA0
('∀`)(金はあるんだし、思う存分カスタムしよう。せっかくなら好みの外見にしないと)
思えば、自分の好みを考えたことがなかった。今までアンドロイドを持ったことがないのだから当然か。
家事のことも考えるなら、背は高いほうが便利かもしれない。柔らかそうなスカートよりも動きやすいパンツスタイルが望ましい。髪は長すぎても邪魔になりそうだから、肩より少し下くらいのまっすぐな黒髪がいい。切れ長の瞳に薄い唇。俺に対して媚びを売らない、ともすれば冷たさを感じるくらいの性格がいい。

47 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:08:16 ID:oULNpCeA0
('A`)(でもそれって、どこかで)
川 ゚ -゚)
('A`)(あれ?)
川 ゚ -゚)
('A`)(……え?)
川  ー )

48 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:09:11 ID:oULNpCeA0
クーと初めて会った日のことは、今でも鮮明に思い出せる。春の花畑を背景に映えるパンツスーツも、窓の外に視線を向ける横顔も、パスタを巻いたフォークを口に運ぶ仕草も。日差しの中で笑っていたかもしれない表情も。
( A )(どうして、俺は)
どうして忘れられないんだ。些細な仕草が、何気ない言葉が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れないんだ。そういえば前に見た映画でも主人公が同じことを言っていた。

49 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:09:31 ID:oULNpCeA0
( A )(ああ、そうか)
( A )(これは……そうだったのか)
俺は知っている。この感情は、


.

50 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:10:00 ID:oULNpCeA0
俺もアンドロイドを私利私欲のままに愛せたのなら。そうできる人間ならどれほどよかっただろう。
('A`)「モララー」
( ・∀・)「はい、ドクオさん。どうし――」
完璧なアンドロイドであるはずのモララーは、貧弱な人間である俺の一撃に呆気なく地を這った。

51 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:10:20 ID:oULNpCeA0
(  ∀ )「エラーが発生しました。再起動してください」
('A`)「今までありがとう。お前が作る料理、本当に美味しかったよ」
(  ∀ )「エラーが発生しました。再起動してください」
('A`)「けど、ごめんな」
(  ∀ )「エラーが発生しました。再起動してください」
('A`)「俺、お前のこと許せないや」
俺は渾身の力を振り絞って、モララーの頭目掛けて花瓶を振り抜いた。

52 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:11:10 ID:oULNpCeA0
少し前に、クーに手料理を振る舞ったことがある。恥ずかしながら映画の影響で、主人公が手料理を恋人に振る舞う場面が印象的だった。映画ではそれをなんてことのない日常として描いていた。
だけどその時の登場人物達がやけに幸せそうで。ストーリーも結末もおぼろげにしか覚えていないのに、その場面だけは鮮明に覚えていた。

53 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:11:33 ID:oULNpCeA0

川 ゚ -゚)「料理を作ったから食べてほしい?」
川 ゚ -゚)「別に構わないが、なぜわざわざ? いや、責めているわけではないが」
川 ゚ -゚)「モララーに作ってもらえばいいじゃないか。君が作る必要はないだろう?」


.

54 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:12:20 ID:oULNpCeA0
('A`)「あ、そうだ」
('A`)「肉をうまく焼くコツ、聞いておけばよかったな」
(  ∀ )

55 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:13:28 ID:oULNpCeA0
モララーの力があればいくらでも抵抗できたし、俺を返り討ちにするのも容易だっただろう。それができなかったのは所有者に反抗することを許されていないから。こいつはどこまでもアンドロイドなのだ。
アンドロイドはその用途上、頑丈に作られている。しかし意図的に何度も衝撃を加えれば話は別だ。辺りにあったものを使って何度も何度も何度も何度も何度も殴打した。モララーはひっきりなしにエラーコードを吐いていたものの、やがて動かなくなった。

56 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:13:57 ID:oULNpCeA0
俺は動かなくなったモララーを見下ろす。特に念入りに殴打した頭部はひしゃげ、潰れていた。倒れた際に打ち付けた部分は人工皮膚が破れ、その下の装甲を覗かせている。
('A`)
(  ∀ )
耳障りな機械音が聞こえなくなった部屋は静かだった。だから背後から聞こえた物音にはすぐ気が付いた。

57 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:14:19 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)
('A`)
物音を不審に思ったのだろう。強盗か何かと思ったのか、足音を立てないように二階から降りてきたらしい。クーの表情は、結婚して数年間一度も見たことのないものだった。唇を引き結び、瞼を極限まで開いている。驚愕とも恐れとも怒りともつかない、あるいはそのすべてのような、そんな顔をしている。

58 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:15:07 ID:oULNpCeA0
川 ゚ -゚)「モララー」
('A`)
しかしその視線は、もはや修復不可能なアンドロイドのみに注がれていた。
('A`)(お前は、動いている間も、壊れた後ですらも、クーの心に居座るのか)
俺とクーは視線を絡ませたことすらないのに。

59 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:15:47 ID:oULNpCeA0
初めて会った日から、クーは俺を見ていなかった。視界に入ることはあっただろう。ただ、それだけだ。クーの視線は一度たりとも俺を射てない。彼女の関心はすべてモララーのものだった。
('A`)「え」
背中に軽い衝撃。振り返る。

60 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:16:12 ID:oULNpCeA0
川   - )
クーが俺の背に凭れ掛かっている。先日手首を掴んでしまった時以来だ。服を通して、クーの体の柔らかさが伝わってくる。それにしても腰のあたりがやけに冷たい。
('A`)「……クー」
俺の腰には包丁が突き刺さっていた。自分の腰から飛び出す柄を見た瞬間、その部分が急速に熱を帯び、心臓がそこに移動したかのように脈を打ちだす。

61 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:16:53 ID:oULNpCeA0
クーは柄をぐるりと半回転させると俺を突き飛ばした。俺は力なくよろめき、モララーの横に倒れ込む。体がうまく動かない。目だけでなんとか見上げると、目を血走らせたクーがいた。
川д川「……よくも」
川゚д川「よくも、私のモララーを」
( ∀ )
その日俺は、初めてクーと目が合った。

62 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:17:22 ID:oULNpCeA0
クーの瞳は人生で見た何よりも美しかった。映画で腐るほど聞いた「世界で一番綺麗だ」という褒め言葉。とんでもない。世界で一番美しいのは、紛れもなく今俺の目の前にあるものだ。
端正な顔をこれ以上ないほどに歪めている。殺意の込められた眼差しが俺に向けられている。俺だけに向けられている!

63 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:18:18 ID:oULNpCeA0
今この瞬間、クーの心を満たしているのは俺なんだ。モララーとかいう作り物の機械じゃない。憎悪も、殺意も、全部全部全部俺のものなんだ!
( ∀ )(嬉しい。嬉しいよ、クー)
クーが俺の背に刺さった包丁を抜き取る。痛みは感じなかった。やけに寒く、全身が小刻みに震えていた。ぼやけていく視界の中で、包丁を振り上げるクーが見えた。

64 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:18:38 ID:oULNpCeA0
( ∀ )(ああ、幸せだ)
ずっと理解できなかった。誰かを愛するということが。他人のために泣き、喚き、心を砕くということが。

65 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:18:58 ID:oULNpCeA0
( ∀ )(やっとわかった。理解できた)
( ∀ )(クー、俺は、君のことを、)
俺は今、猛烈に恋をしている。


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66 : ◆eGnLqfyqwY [] :2024/04/24(水) 23:19:23 ID:oULNpCeA0以上です。読んでいただきありがとうございました!

67 :名無しさん [↓] :2024/04/26(金) 02:07:52 ID:65Sji9MU0乙!やるせないな……アンドロイドとの恋愛が当たり前のこの世界、ちょっといいかもって思っちゃった

68 :名無しさん [↓] :2024/04/26(金) 22:30:00 ID:BXQHn7wk0乙乙乙読み応えあった!結婚は友情の先にあるものだと信じたいタイプなので、友達以下の仲の二人が夫婦として同居してるのが、凄く怖い世界に感じた。他の夫婦はどんな感じかオムニバスで読んでみたい作品でした