从 ゚∀从激重感情のようです

1 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:13:43 ID:7hsDycEw0オレンジデー祭り2024参加作品

2 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:14:10 ID:7hsDycEw0

从 ゚∀从「幽霊と結婚することにしたよ」
( ФωФ)
 ゴールデンウィーク明け早々、友人にそんな報告をされたので。 杉浦ロマネスクは、時たま「猫っぽい」と揶揄されがちな口をぐにっとひん曲げた。
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3 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:17:47 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「……幽霊とは」
 これまた猫っぽい目でぐるりと店内を見渡す。
 ごく普通の喫茶店。 普通すぎて目立った売りもないうえに立地も良くないため、今はこのテーブル以外に客がついていない。 ロマネスクと、対面の友人と、
( ^ν^)
 隣に座る小学生──こちらもまた友人である。 そして最後に。
( ФωФ)「その、お前の隣に座っている子か?」
o川*゚ -゚)o
 斜向かいの席で頬杖をついている少女を指差すと、友人は「うん」と頷いた。
 馬鹿か。

4 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:18:09 ID:7hsDycEw0


从 ゚∀从激重感情のようです


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5 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:18:45 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「そこに誰かいるんですか?」
 少年、ニュッがクリームソーダを啜りながら首を傾げた。 その反応にロマネスクは再び口をひん曲げる。
从 ゚∀从「やはり少年には見えないんだね。でもロマさんには見えている。     うん、まごうことなき幽霊だ」
 友人こと高岡ハインリッヒ──ハイン、とロマネスクは呼んでいる──が嬉しそうに手を打った。 いつもと違って、品のいい黄色のワンピースやアクセサリーを身に着けて妙にかしこまっているなとは思ったが。 結婚報告。幽霊との。
 いや私の幻覚だったらどうしようかと思ってね、とハインが続ける。
从 ゚∀从「良かった、彼女は実在しているわけだ。     なら結婚できるね。ありがとう、その確認がしたかったんだ。     では今日は解散ということで」
(;ФωФ)「待て」
 いそいそと立ち上がろうとした彼女は、ロマネスクの制止におとなしく従った。
 しばらくぶりに顔を見せたかと思えば。 話があると人を呼び出して、遅刻して、前置きもそこそこに言い放ったのが冒頭のあれで、そのまま解散する気だったらしい。 いかれている。

6 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:19:32 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「悪いが手短に頼むね。     最近、少し体調が芳しくなくて」
( ^ν^)「祟られてません?」
o川*゚ -゚)o「そんなことしてないし!」
从 ゚∀从「濡れ衣らしいよ」
( ^ν^)「はあ」
(;+ω+)「……」
 卓上のベルを鳴らしたハインが、やって来た店員にホットコーヒーとヨーグルトケーキを注文する。 店員は先ほど入店したばかりのハインの前には水を置いていったが、そのときも今も、ついぞ彼女の隣に座る少女には何も出さなかった。
从 ゚∀从「それで、何かなロマさん」
(;ФωФ)「……何、というか……何からというか……」

7 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:20:27 ID:7hsDycEw0
 ロマネスクが頭を抱えて唸っていると、ニュッがハインの横を指差した。
( ^ν^)「あのう。本当に幽霊がいるんですか?」
从 ゚∀从「いるよ。いるものなんだね。     ロマさんに霊感があるって話を疑ったことはないけれど、私は初めて見たから驚いたよ」
( ^ν^)「へええ。僕だって見たことないし杉浦さんは嘘ついてるのかと思ってましたけど。       でも高岡さんは嘘つくような人じゃないですもんね。       じゃあ本当にいるんだ幽霊。へええ」
(;ФωФ)「二人とも、ちょっと静かにしてくれ……」
 ハインはもちろんニュッもロマネスクの制止をおとなしく聞いてくれる。 こういう温度感が心地よい二人ではあるが、今はその善良さが状況とちぐはぐで、理不尽に苛立った。
 そして幽霊の方は静かにしてくれなかった。 ずいと身を乗り出し、溌溂とした声で言う。

8 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:21:38 ID:7hsDycEw0
o川*゚ー゚)o「おじさんはまともそうだね」
(;ФωФ)「おじ」
o川*゚ー゚)o「おじさんさあ、この女と仲いいの?」
(;ФωФ)「……友人ではある。それと吾輩は30歳だ」
o川*゚ー゚)o「え、わがはいって。てか30? 顔めっちゃ老けてんね。      でも何で急に年齢言ったの」
(;ФωФ)「……まだ30だから、おじさんと呼ばないでほしいのである」
o川*゚ー゚)o「おじさんではあるじゃん」
从 ゚∀从「そうは思わないけど……まあ、お前くらいの年頃の子にとってはそうなのかな」
o川*゚ー゚)o「ふうん。どうでもいいけど。じゃあロマさん? でいい?      この女、なんとかしてよ。      いきなり結婚とか言ってきて困ってんだよね」


 せめて。 せめて、相手の同意を得てから結婚だの何だのほざけ。


 ロマネスクはやけっぱちになってベルを押すと、家で夕飯の支度をしているであろう恋人のことを思いつつもプリンアラモードを注文した。
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9 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:22:51 ID:7hsDycEw0

 ▼ ▽ △ ▲

( ФωФ)「まず、ハイン。その子をどこで拾ってきたのである」
 プリンの周りに添えられたクリームを掬いながら問う。 対してハインはヨーグルトケーキをつつきながら答えた。
从 ゚∀从「少し前、職場の飲み会があってね。     つい飲みすぎて、帰るときにふらふら適当に歩いたんだ。     そしたらいつの間にか小学校の前にいて……」
( ^ν^)「危ないですよ。どうせ時間帯も遅かったんでしょう」
 横槍を入れるニュッは、ちょうどクリームソーダを飲みきったところだった。 小さいグラスだったので元から大した量もない。 それを物足りなく思う様子もなく、むしろ満足げに空のグラスを眺めている。
 彼はソーダとアイスをバランス良く口に運び、最後にきっかり一口ずつ飲み終えるのを好んでいる。 たぶんあくまで、そういうゲームとしてクリームソーダが好きなのだろう。 もちろんアイスが溶けきる前に食べ終えないと成功とはならないので、ペースが早い。腹を冷やさないか毎度心配になる。

10 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:23:32 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「まあね。でも少年が通う学校だったから知ってる場所ではあったんだよ。     だから迷子にはなっていないさ」
( ^ν^)「女性が一人で、夜中に、人気のない場所に行くものじゃないって話です」
从 ゚∀从「なるほど。自分がそういう対象になると思っていないからその視点はなかった。ご心配ありがとう。     でも考えてみると、年齢や性別や犯罪の種類に関係なく用心はすべきだね。     少年も気を付けるんだよ」
( ^ν^)「はあい」
( ФωФ)「本題」
从 ゚∀从「ああすまない。     それで、まあ酔っていたものだから踊っていたら、たぶんこう、ぐるぐる回ったのが良くなかったんだと思うんだが。     気持ち悪くなって、その場で吐いてしまったんだ」
( ^ν^)「すごい馬鹿みたいですね」
从 ゚∀从「校門前の街路灯がスポットライトみたいだったからつい踊ってしまった。     少年も気を付けるんだよ」
( ^ν^)「はあい」
o川*゚ー゚)o「いつもこんななの? 疲れない?」
( ФωФ)「普段はこれが好きなのであるがな……」
 やや振り回される感覚が楽しいのだが、なんだか今日は疲労感が倍ほどある。 聞こえよがしに溜め息をついてやると、ハインが自ら軌道を戻してくれた。

11 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:24:18 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「でね。片付けなければと慌てていたら、傍にこの子が立っていることに気付いた」
( ФωФ)「そこへ優しい言葉でもかけられたのであるか?」
从 ゚∀从「いや『きたなっ』と言われた」
 その光景を想像するに、実際、途方もなく汚いものではあっただろう。
从 -∀从「それで惚れてしまったんだ……」
( ФωФ)
 ノーコメントとする。気持ち悪いから。
从 ゚∀从「思わずその場で求婚してしまったよ」
o川*゚ー゚)o「怖かった。こっちは幽霊だっつってんのに超食い下がるし」
( ФωФ)「どっちが怪異か分からんなそれは……」
 ぱたぱたと足を揺らしながら(こういうところが子供らしくはある)、ニュッがロマネスクを見上げた。
( ^ν^)「幽霊さん、どんな人なんですか」
( ФωФ)「ううむ……なんというか……可愛らしい顔をしているであるな……」
从 ゚∀从「ロマさんもそう思うかい。声も可愛いだろう」
( ^ν^)「何歳ぐらい?」
( ФωФ)「……何歳である?」
 一応訊ねてみたが、ものすごく不安だった。 だって、いかにも学校指定と言わんばかりのブレザーを着ている。

12 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:25:19 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「17歳で死んだと聞いた」
(;ФωФ)「子供ではないか」
从 ゚∀从「女は16から結婚できるんだからいいだろう」
(;ФωФ)「男女ともに18歳に引き上げられたであろうが、とっくに」
从 ゚∀从「そういえばそうだ。縁のない話だと思っていたから忘れていたよ。     では結婚できないのかな」
( ^ν^)「死んでるのも性別も気にしてないのに、年齢だけ気にする必要ありますかね」
 ハインが口を閉じて、窓を見る。 数秒考えてから視線を戻した。
从 ゚∀从「ないかもしれない」
o川*゚ー゚)o「こっちは全部気にしてほしいんだけど」

13 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:25:55 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「そういえば幽霊さんの方も結婚する気満々なんです?」
( ФωФ)「いや、それは……あー……君」
o川*゚ー゚)o「なあに」
( ФωФ)「いちいち間を取り持つのも面倒である。       ニュッ君にも姿が見えるようにしてやってくれんか」
o川*゚ー゚)o「見えるようにって?」
( ФωФ)「吾輩もよくは分からんが、そうだな……       ラジオのチャンネルを合わせるような感覚で念じるというか」
o川*゚ー゚)o「ラジオ触ったことない」
( ФωФ)「お、おお。じゃあとりあえず何か念じてみてほしいのである」
o川*゚ -゚)o「そんなこと言われても分かんないよ」
从 ゚∀从「私にそういうことをしたから私にも見えてるんじゃないのかい?」

14 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:26:20 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「お前の場合は泥酔して吐いていたせいかもしれん。       弱っていた……つまり、死に若干近い状態にあったから勝手にチャンネルが合ってしまったのであろう」
从 ゚∀从「なるほど。つまり運命だったと」
o川*゚ー゚)o「踊ってた奴が急に倒れたからって近寄らなきゃ良かった」
从 ゚∀从「心配してくれたんだね。ありがとう」
o川*゚^゚)o
 突然礼を言われた幽霊は、口を尖らせてそっぽを向いた。 それをにこにこ見つめてからハインが人差し指を立てる。
从 ゚∀从「そうだ。     ロマさんの理論なら、今ここで少年を瀕死にさせればお前のことが見えるんじゃないか?」
( ^ν^)「倫理観」
从 ゚∀从「もちろん冗談だよ」
 基本的に声のトーンが一定なので、本音も冗談も分かりづらい。 ──結婚云々の話も冗談なのではないかと疑いたいくらいだ。
 ふうと息をついた幽霊が、ニュッの方へと向き直った。

15 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:27:05 ID:7hsDycEw0
o川*゚ー゚)o「もう。とりあえずやってみるけどさ……」
( ФωФ)「頼むである。ニュッ君もちょっと頑張ってみてくれるか。       君の真正面に幽霊が座っているから」
( ^ν^)「はあい」
o川*> -<)o「うむむむむ……」
从 ゚∀从「可愛い」
o川*゚ー゚)o「集中切れるからやめて」
从 ゚∀从「分かった、ごめん」
o川*> -<)o「むむむむむ……」
从 ゚∀从「いやでもやっぱり可愛いな」
o川*> -<)o「むむー!」
( ФωФ)(ハインがにやけているのも珍しいな……)
 彼女が他人に対してこのように距離を詰めるのを、初めて見た。 ロマネスクもハインもわりかし人見知りする方だ。 結婚したいというのは本気なのかもしれない。

16 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:28:05 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「あっ、見えました」
o川;゚ー゚)o「マジ!? こっち側は何も実感ないけど」
( ^ν^)「制服を着てて、髪が肩くらいの長さの人でしょう。声も聞こえます」
从 ゚∀从「ほほう、すごいもんだね。まったく驚かない少年の冷静さが」
( ФωФ)「お前が言うか」
( ^ν^)「散々幽霊がいる幽霊がいると話してたのに、何を驚くことがありますか。       で、僕の質問への答えは?」
从 ゚∀从「何だったっけ」
( ^ν^)「お姉さんは、高岡さんとの結婚についてどうお思いですかって」
o川*゚ー゚)o「けっこう前のめりで嫌な方」
( ^ν^)「わあ」

17 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:28:49 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「そう言いながらも私の傍を離れないくせに。ツンデレというやつだね」
o川#゚ー゚)o「離れられるもんなら離れたいっての! でも何でか出来ないんだもん!」
( ^ν^)「とのことですが……」
从 ゚∀从「そうなのか……」シュン
 ケーキを食べるペースが落ちる。いや、初めからちまちましていたか。 ここのヨーグルトケーキは彼女の好物で、普段ならぱくぱく小気味よく食べていたように思う。
 ──体調が芳しくないと言っていた。 実際、少しばかり顔が窶れて見える。 2週間前に会ったときは、もっと肌の色艶が良かったはずだ。
( ФωФ)「お前、この子と会ったのはいつであるか」
从 ゚∀从「10日前かな」
( ФωФ)「それからずっと一緒にいるのである?」
从 ゚∀从「うん」

18 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:29:52 ID:7hsDycEw0
o川*゚ー゚)o「ロマさん、こういうの詳しい?      ある程度は距離とれるんだけど、それ以上離れようとすると何でか上手く行かないの」
( ФωФ)「ううむ、すまん、吾輩には分からん」
o川*゚ー゚)o「ちぇっ」
从 ゚∀从「私はこのままで一向に構わないんだけどね。     ……参った、これ以上食べられない。残りは持ち帰らせてもらおうかな」
 ことんとフォークを置く。 ケーキはまだ半分も残っている。
(;ФωФ)「……ハイン。おそらくなのだが」
从 ゚∀从「うん?」
(;ФωФ)「お前、このままでは死ぬかもしれんぞ」
 ハインもニュッも、特に驚いた様子は見せなかった。 いつもそうだ。年長者のロマネスクばかり動揺したり困ったりする。 だが今回この場においては、もっと驚いてくれる人物がいた。
o川;゚ー゚)o「はー!? なにそれ、何で?」

19 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:30:37 ID:7hsDycEw0
(;ФωФ)「幽霊とずっと一緒にいると、弱っていくのだ。何度か見たことがある」
( ^ν^)「やっぱり祟りみたいなことですか?」
o川;゚ -゚)o「私は何もしてないってば!」
( ФωФ)「……自覚の有無には関わらんのかもしれぬな。       吾輩が見てきた限りでは、たとえば恨みや愛情から取り憑いた霊によって衰弱させられていたようだったが……」
从 ゚∀从「愛!」
o川*゚ー゚)o「それは一切ない」
从 ゚∀从 シュン
( ФωФ)「何にせよ、取り憑かれた者と霊の間に何か因縁があったケースばかりだ。       お前らが離れられないのもそのせいなのではないか?」
从 ゚∀从「因縁と言われてもね。10日前が初対面だったと思うけど」
o川*゚ー゚)o「同じく」
 ニュッが言っていたように、ハインは嘘をつく人間ではない。 幽霊の方の人となりは知らないが、彼女も今のところは正直に話しているように見える。

20 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:31:27 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「二人の間に何かを見付けられれば、離れる取っかかりになるかもしれん」
从 ゚∀从「私はこのままでもいいんだけどね……」
( ^ν^)「だから、そのままじゃ死んじゃうって杉浦さんが言ってるでしょう」
从 ゚∀从「しかし死んで私も幽霊になれば結婚できるのではないだろうか。     実は結婚結婚と言いつつ、どうしたら幽霊と結婚できるか分からなくて困っていたんだ。ちょうどいい」
( ФωФ)「馬鹿を言うな。本気で怒るぞ」
从 ゚∀从「冗談だよ」
o川*゚ー゚)o「さっさと離れたいし、私のせいで死なれても困るんだけど」
从 ゚∀从「でも……」
( ФωФ)「一旦わだかまりをなくしてから、改めて求婚すればいいであろう。       幽霊と結婚する方法もそれから考えるのだ」
 ひとまず納得させるための空言だ。 上手く離れられても、その後も夫婦として傍にいるなら意味はない。 だから──最終的にはハインに諦めさせる必要がある。

21 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:32:20 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「そういうことであるから、まずは幽霊さん。       君の素性を教えてほしいのである」
( ^ν^)「そういえば名前も聞いてませんでしたね」
o川*゚ー゚)o
 ぎゅっと口を引き結んで、黙ってしまった。
从 ゚∀从「私も知らないんだ。     彼女、自分の素性をろくすっぽ教えてくれないんだよ」
( ^ν^)「やっぱり高岡さんの知り合いなんじゃないでしょうか。       だから言いたくないのでは」
o川*゚ー゚)o「違うけど。言いたくない」
(;ФωФ)「どうしてそこまで」
从 ゚∀从「どうやら生前こっぴどい目に遭ったらしくてね。     それで自ら命を断つ羽目になったんだそうだ。     私が知ってるのはこれだけなんだけど、これだけでも充分嫌なんだろう」
( ФωФ)「う。そう……だったであるか。うむ……」
 途端に気まずさが溢れ出して視線を逸らす。 自殺など、よほどの理由があってするものだろう。まして17歳の少女がだ。 そのような過去があるなら、たしかに詮索されたくないかもしれない。

22 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:33:07 ID:7hsDycEw0
 さっそく腰が引けてしまったロマネスクの袖を、ニュッの小さな手が引っ張った。
( ^ν^)「でも、その素性を知らないままじゃ高岡さんが危ないわけじゃないですか。       僕は高岡さんの安全を優先したいです」
( ФωФ)「……そうであるな。吾輩も同感だ」
 ハインが「ありがとう」と呟く。声が小さい。 珍しく照れているようだった。
( ФωФ)「すまない。君が嫌がっても、我々は君のことを知らねばならん。       どうか教えてもらえないであろうか」
o川*゚ー゚)o「……やだ。ごめん。でもやだ」
( ^ν^)「幽霊さんは高岡さんから離れたいし、自分のせいで死なれたくないんでしょう?       幽霊さんのためでもあるんですよ」
o川;> -<)o「……うー……」
 頑なだ。
 ロマネスクは呻く彼女を観察する。 身につけているのはごく普通のブレザー。 エンブレムの類が付いていないため、どこの学校かは分からない。

23 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:34:27 ID:7hsDycEw0
 何かヒントはないかとじろじろ見ていると、「じゃあこうしましょう」とニュッが手を挙げた。
( ^ν^)「僕らは勝手に調べますから、それで明らかになってしまう分には諦めてください」
 そこが彼女にとっても妥協点だったらしい。
o川*゚ー゚)o「……好きにしたら」
( ФωФ)「ありがとう、幽霊さん」
从 ゚∀从「良かった。仮に私の命がかかっていなくとも、名前や関係者ぐらいは知りたかったんだ。     よく知らないけど、婚約の際には挨拶回りに行くものなんだろう」
( ФωФ)「ご遺族に『故人様をください』とでも言う気であるか?」
从 ゚∀从「いや、彼女を泣かせた奴らにちょっとかましてやらないと」
 それは挨拶回りではなく、お礼参りと言う。

 ▼ ▽ △ ▲
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24 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:35:08 ID:7hsDycEw0

 暗くなってきたのでひとまず解散という流れになった。 小学生がいる以上、夜まで付き合わせるわけにもいかない。

 マンションの一室へ帰ってくる。 手洗い等を済ませてからリビングへ行くと、テーブルについていた恋人がひらりと手を振った。
(*゚∀゚)「おかえりー」
 埴山(はにやま)つー。同期入社をきっかけに知り合った人だ。 明るく懐っこい女性で、人見知りのロマネスクにもよく構ってくれた。 ゆっくり時間をかけて仲を深めていって、気付いたら付き合っていて、同棲に至る。

25 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:36:11 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「ハインさん、何の話だった?」
( ФωФ)「……好きな人が出来たとのことであった」
(*゚∀゚)「えーっ、ハインさんが! どんな人か聞いた? てか会った?」
( ФωФ)「その……可愛らしい子であった」
(*゚∀゚)「え、あ……もしかして女の子? そうなんだあ」
 ほんの少し驚いたつーが、それを誤魔化すように「へえー」と続けた。 その反応を見て、そういえば女の子だったなと今さらながら思う。 諸々にこだわるのが野暮な時世ではあるが、そもそもハインが相手をタグで判断する人間ではないので気にしていなかった。
 #同性 #未成年 #幽霊
 こうやって並べると、逆にすごいなという気になってくる。

26 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:37:14 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「ご飯準備するね。その前にお風呂入ってくる?」
( ФωФ)「ああ、うむ」
 つーが立ち上がった。 そのままキッチンへ向かうのかと思ったらこちらへ近付き、口元に顔を寄せてくる。 反射的に唇に意識が集中するも、つーは鼻を鳴らして一歩退いた。
(*゚∀゚)「甘いもの食べた?」
(;ФωФ)「う。いや。……すまん……ちゃんと飯も食うから」
(*゚∀゚)「もー、最近ちょっとお腹怪しいだろ。ご飯少なめにするからな」
 ロマネスクのお腹を小突いて、あどけなく笑う。
 一緒に暮らすようになってからもう3年。付き合ってからなら5年にもなるが、未だにこういうとき、きゅうと新鮮に胸が締まる。 だが態度に表すのがどうにも照れくさいたちだ。 反射的に上げた両手は愛しい人を抱きしめることなく、ぽんぽんと彼女の両腕を叩くのみに終わった。
(*゚∀゚)「なんだよ」
( ФωФ)「いや……」
 臆病な手を見やったつーは、続けてロマネスクの顔を見上げると、何か察したのかにやっと笑った。 背伸びをし、ロマネスクの頬に唇を押しつけて離れていく。
(*゚∀゚)「ほら、お風呂行ってきな」
(;*ФωФ)「……う、うむ……」

 ▼

27 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:37:57 ID:7hsDycEw0

 翌日の夕方。 退社したロマネスクは、まっすぐ喫茶店へ向かった。
 今日はハインの方が先に来てコーヒーを啜っていた。 昨日と違って、紺色のシャツに黒のテーパードパンツ。彼女も会社帰りなのだろう。たしか事務員をやっているのだったか。
 その隣には、やはりブレザー姿の幽霊がいる。 会社でも一緒にいるのだろうか。いるのだろう。離れられないのだし。
从 ゚∀从「やあロマさん」
( ФωФ)「ニュッ君はまだであったか」
从 ゚∀从「うん。心配だね、迎えに行こうか。小学校にいるかな」
(;ФωФ)「む……行くならハインだけで行ってくれ。吾輩はここで待つ」
o川*゚ー゚)o「なあに、子供嫌いとか?」
(;ФωФ)「いや……」
 小学校というものが好きではない。 だがハインにも幽霊にも説明する気になれず、心地の悪い沈黙だけがテーブルにへばりついてしまった。

28 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:38:22 ID:7hsDycEw0
 そこへ、からんころんとドアベルの音が響く。 安堵して振り返れば、ランドセルを背負ったニュッがこちらへ向かってきていた。
( ^ν^)「ごめんなさい、掃除が長引いちゃって」
从 ゚∀从「ロマさんも今来たところだ。おつかれさま」
 椅子の背もたれにランドセルを引っかけ、ニュッがロマネスクの隣に座る。定位置。
 水を持ってきた店員にロマネスクがミルクティー、ニュッがクリームソーダを注文する。 その間ずっと二人をじろじろ眺めまわしていた幽霊が疑問をこぼした。
o川*゚ー゚)o「ニュッ君って何年生? てか何歳?」
( ^ν^)「先月から4年生です、誕生日はまだなので9歳」
o川;゚ー゚)o「9! 大人っぽいとか通り越して小癪!」
 それはロマネスクもそう思う。

29 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:39:12 ID:7hsDycEw0
o川*゚ー゚)o「えー、9歳でしょ、ロマさんが30歳でしょ……」
从 ゚∀从「私は24」
o川*゚ー゚)o「どういうグループなわけ? 演劇関係とか?」
从 ゚∀从「どうして演劇?」
( ^ν^)「二人とも話し方が芝居がかってるからでしょう」
( ФωФ)「うむ……」
 自覚はある。 一般的には奇妙に聞こえているのも分かっている。 だからあまり人の来ないこの店が好きなのだ。
o川*゚ー゚)o「ロマさんって素でその喋り方なの」
( ФωФ)「これが落ち着くのである」
o川;゚ー゚)o「えええ。それで社会人やれてる?」
(;ФωФ)「会社では普通に喋るよう努めているである、もちろん」

30 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:41:00 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「気を許した相手にはこれが出るんだ、ロマさんは。     ここの店長にそうやって話してるのをたまたま聞いてね、興味が湧いて声をかけたのが仲良くなったきっかけさ。     そう、私から声をかけたんだ。この私がだよ」
o川*゚ー゚)o「知らんし。いきなり求婚された身からすると全然意外性ない」
从 ゚∀从「それはそうだ。     でも言われてみると、ちょっと状況が似ていたかもね。     ロマさんの話し方がやけに可愛かったからつい声をかけたという点では、ナンパに近かった」
o川*゚ー゚)o「かわいい……?」
从 ゚∀从「可愛いじゃないか、猫みたいで」
o川*゚ー゚)o「はあー?」
 ちくりとささくれ立つものがあって、ロマネスクは咳払いをした。 幽霊がこちらを一瞥し、今度はハインに水を向ける。
o川*゚ー゚)o「まあいいや。で、あんたのその話し方は何?」
从 ゚∀从「私は昔から本や映画の世界にこもりがちだったから、そのせいかも」
o川*゚ー゚)o「ぼっちだったんだ」
从 ゚∀从「周囲には恵まれていたよ。     構ってくれようとする優しい人も多かったしね。     でも、私の方がそういう人たちを遠ざけていた」
o川*゚ー゚)o「どうして?」
 ずけずけと踏み込んでいく様に若さを感じる。 歳とは関係ないかもしれないが。ともかく若い。

31 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:42:45 ID:7hsDycEw0
 ハインは苦笑して顔の左側を手で押さえた。 そこはいつも、口元近くまで伸びた髪で覆われている。
从 ゚∀从「生まれつき顔に痣があってね、コンプレックスだった」
o川*゚ー゚)o「痣……」
 納得のいかぬ表情で幽霊が斜め上を見た。 どうやら髪の下を見たことがあるらしい。 ロマネスクも一度見せてもらったが、たしかにあれは「痣」とはまた違う様相だ。
从 ゚∀从「そう、痣。中高時代に小遣いとバイト代を貯めて、やっとこさ手術をしたんだけど。     失敗……というより相性の問題だったらしいんだが、上手く行かなくてね」
o川*゚ -゚)o「何それ、最悪じゃん」
从 ゚∀从「まあね。おかげで余計に変になってしまって、今に至るわけだよ。     優しいロマさんでさえ初見のときは言葉が出なかったほどだ」
(;ФωФ)「す、すまん」
从 ゚∀从「いいんだよ。それが普通だ」
从 ゚∀从「そういうわけで、施術後はますます人と関わるのが億劫になった。     だからロマさんは初めての友達なんだよ。     以来、定期的に集まって雑談をするようになった」

32 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:44:11 ID:7hsDycEw0
 ミルクティーとクリームソーダが届く。 意気揚々とスプーンを握ったニュッは、幽霊の視線が自分に向いているのに気付くと、アイスを崩しながら説明を始めた。
( ^ν^)「僕はここで宿題するのが好きでよく来てたんですけど、お会計のときにうっかりお金が足りなくて困ってたら、高岡さんが立て替えてくれたんです。       それから僕も二人の席に混ぜてもらうようになりました。       あれは半年前でしたっけ」
从 ゚∀从「そうだったかな。言われてみればそんな感じだったかも」
( ^ν^)「僕はかなり感謝してるんですけど、助けた側ってそんなもんですよね……」
 幽霊の相槌は「あっそう」と素っ気ないものだったが、ハインを見る目つきには感心が滲んでいた。 ソーダを啜り、ニュッがにこっと笑う。
(*^ν^)「でも、この中に幽霊さんが加わってくれてちょうどよかったです」
o川*゚ー゚)o「え、何々、なんで?」
(*^ν^)「男女半々でバランスがいいじゃないですか。       年齢層もばらけてて偏りがないですし」
o川*゚ー゚)o「独特な価値観の奴が多いねここ」
( ФωФ)「まったくであるな……」

33 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:45:10 ID:7hsDycEw0
 それからも仕事のことだの学校のことだの矢継ぎ早に質問を浴びせられた。 ニュッがバランス良くクリームソーダを飲み終え、ロマネスクのカップも空になろうという頃、「あれ」とハインが声を上げる。
从 ゚∀从「お前のことを調べるために集まったのに、私たちのことばかり話しているね」
o川*゚ー゚)o「ちっ、自分語りさせまくって時間を消費させる作戦だったのに」
从 ゚∀从「小賢しくて可愛いね」
( ^ν^)「実際かなり消費しましたよ」
 ニュッが窓を指す。空は暗くなろうとしている。 半分以上も残ったコーヒーを前に、ふうとハインが息をついた。

34 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:45:50 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「そして見事に作戦成功だ。     すまない、たくさん話して疲れてしまった」
( ФωФ)「……大丈夫であるか。       仕方ない、今日は帰ろう」
从 ゚∀从「足を引っ張って申し訳ないね」
( ^ν^)「高岡さんが悪いわけじゃないんですから。       仮に健康体でも、次は僕の方が門限で邪魔しちゃいますし」
o川*゚ -゚)o「……」
从 ゚∀从「お前のせいではないよ。     ばつの悪そうな顔も可愛いね」
 途端に顔をしかめた幽霊は、べえと舌を出してみせた。 ハインが喜ぶだけに終わった。
 まあ、こういう交流によって警戒心を解かせられるなら、それもまた前進かもしれない。 それにいつもより賑やかで、実のところ楽しくもあった。

 ▼ ▽ △ ▲

 玄関のドアを開けると、見知らぬ靴が置かれていた。
( ФωФ)「ただいま」
(*゚∀゚)「おかえりー」
<(' _'<人ノ「お邪魔してます」

35 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:46:21 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「ああ、……高崎さんの靴だった──んですね」
 高崎美和、つーの友人だ。 数える程度しか会ったことがないので、名を思い出すのに少しかかった。
<(' _'<人ノ「たまたま近くを通ったので……すみません、急に」
( ФωФ)「いえいえ。つーも喜びますので」
 言葉を紡ぐたびにぞわぞわする。 「これでは駄目だ」と責め立てられている気分になって、喉に瘤が出来たような息苦しさを覚える。
<(' _'<人ノ「本当に喜んでるのかしら。      つーってば、杉浦さんのこと独り占めしたがるから」
(;*゚∀゚)「な、何だよそれー」
<(' _'<人ノ「あんまり友達に会わせたがらないでしょ。      上手く誤魔化してるつもりだろうけど、みんな察してますよ」
(;*゚∀゚)「う、うー」

36 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:47:09 ID:7hsDycEw0
<(' _'<人ノ「そんなに好きなんだったら早く結婚したらいいのに。      ……って、すみません、出しゃばりましたね」
( ФωФ)「いえ」
 「好き」のゴールが結婚なのだろうか。 そこに行かなければ、本当に好いているとは認められないのか。
 ──勝手に人の発言を拡大解釈して勝手に苛立つ自分が馬鹿馬鹿しくて、少し冷静になれた。
 他者の認識はともかく、「好き」の形の一つではあるだろう。 だからハインもああなっている。 報告のためにわざわざ着替えたり「挨拶回り」だったり、形から入りたがるタイプのようだから、余計に。
 ロマネスクが頭の中だけで言葉を重ねていると、美和が腰を上げた。
<(' _'<人ノ「もうお夕飯の時間ですね。そらそろ帰ろうかしら。      杉浦さん、つー、お邪魔しました」
 こういうとき、うちで食べていきませんかと一声かけるべきなのだろうか。 だが、それに頷かれた後のことを考えると億劫で、また「いえ」としか答えられなかった。
 つーであれば上のような誘いをかけるだろうに、彼女も「またね」とだけ返し、玄関まで送っていく。 少しして戻ってきたつーが申し訳なさそうに言った。

37 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:48:07 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「急だったから、ロマに連絡入れ忘れちゃった。ごめんな」
( ФωФ)「こっちこそすまない。       ……吾輩のせいで、気軽に友達を呼べないであろう」
(*゚∀゚)「そんなんじゃないよ」
 親や同僚からも、結婚しないのかとよく訊かれる。 そのたびにはっきり答えられないでいる。
 結婚さえすれば幸せが決まるわけではない。 愛し合っているなら結婚しなければならないものでもない。 ──などともっともらしい理屈をこねているが、実際は勇気が出ないだけなのだろうとも思う。
 ロマネスクは己の問題点を自覚している。 そのことで彼女に負担をかけていることも分かっている。 それを、この先何十年も続ける覚悟がない。

38 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:48:48 ID:7hsDycEw0
 たとえばロマネスクは「普通の口調」で話すと多大なストレスを感じる。 そんな彼を気遣って、つーは限られた人物しか家に招かないようにしている。 たとえばロマネスクは小学校に近付くことが出来ない。 もし将来子供が出来たとして、種々の行事をどうする?
 それならさっさと別れて彼女を自由にするべきだ。 実際そのように話し合ったこともあるが、つーは別れたくないと言ってくれた。 その言葉に、もうずっと甘え続けている。
 ハインのように何も関係ないという面で求婚できたらどんなに楽か。 ふとそう思った瞬間、ひやりとした。
 自分がハインに結婚を諦めさせたがっている理由は、果たして心配だけか? 妬ましさもあるのでは──
(*゚∀゚)「ロマ」
 ──うじうじと思考の渦に溺れていたら、つーの手に両頬を押しつぶされた。
(;Ф3Ф)「う」
(*゚∀゚)「本当に違うんだよ。     ロマの素を知らない会社の友達とかは、普通にご飯食べたりするでしょ」
(;Ф3Ф)「う……うむ、そうかもしれん……」

39 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:49:57 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「これは私の問題なんだ、ロマのせいじゃない」
(;Ф3Ф)「問題?」
 つーは顔を歪めて手を離した。
(*゚∀゚)「ごめんね、勇気が出たら話す……話せるように頑張る。     さ、ご飯食べよ!」
 いつものあどけない笑みを浮かべ、つーはキッチンへ入っていった。 ぽかんとしながらその背を見送る。
 言われてみれば、たしかに社内の友人などとは同席させられることが間々ある。 食事だけ、立ち話だけ、など短時間の場合のみではある──これはロマネスクへの気遣いだろう──が。
 他の友人、たとえば美和との違いは何なのだろうか。 彼女はつーの同級生だったはず。 たしか高校の──
 そのとき、突然ぴんと来た。
( ФωФ)「あの制服」
 つーの言う「問題」ではなく、目下こちらを悩ませている問題についてだったが。

 ▼

40 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:50:36 ID:7hsDycEw0

( ФωФ)「君が着ているのは、西ソウサク高校の制服であろう」
o川;゚ー゚)o「え! 制服から特定!? きもすぎ!」
 得意気に言ってしまった自覚はあったが、真正面から罵倒を叩き込まれたのであっという間に鼻を折られた。
(;ФωФ)「吾輩の恋人の出身校なのだ、やましいことはない!」
 夕方の喫茶店。今日は別の席にも客がいる。 思わず大声で弁明してしまったロマネスクは、周囲から集まった視線で一気に身を縮こまらせた。

41 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:51:53 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「西ソウサクって、ちょっと離れたとこですよね」
 首も縮めているので浅く頷いた。
 本日のニュッはクリームソーダではなくカレーライスを前にして、いかにルーと米をバランス良く食べるかに挑戦している。 親が留守なのでここで夕飯を済ませたいらしい。 いやそれはどうでもいい。
 ──過去に一度だけ、つーの卒業アルバムを見せてもらったことがあった。 ただ、そのときはつーがあまり乗り気でなく、途中でアルバムを閉じてしまったのだ。 だから幽霊の制服を見てもすぐに思い出せなかった。
从 ゚∀从「今の反応を見るに、ロマさんの推理は当たっているようだね」
o川*゚^゚)o
 つんと口を尖らせる。図星らしい。
从 ゚∀从「じゃあ西ソウサク高校の生徒が自殺した事件を調べればいいわけだ」
( ФωФ)「……そういうことではあるが、言い方……。       デリケートな問題であるぞ」

42 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:52:33 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「すまない、気が逸ってしまって。     とにかく彼女の名前が知りたいんだ。『お前』と呼び続けるのもちょっとね」
o川*゚ー゚)o「ほんとそれ。お前お前って失礼な奴と結婚したくないもん」
从 ゚∀从「……夫婦といえば『お前』『あなた』と呼び合うものじゃないのかな……」
( ^ν^)「価値観が古っ」
从 ゚∀从「薄々そうじゃないかなとは私も思ってたけど、小学生に言われるとなかなかキツい」
 やはり形から入りたがる節がある。

43 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:53:53 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「ますます早いとこ名前を知らないとな。調べよう」
( ФωФ)「待て。       その、本当にいいであるか? 君は……」
o川*゚ー゚)o「調べるのは勝手にすればってことになってたじゃん。      それにこの人、急いだ方がいいんでしょ」
( ФωФ)「……すまないであるな」
 ハインが鞄からタブレットを取り出し、みんなに見えるようテーブルの中央に置いた。 ブラウザを開いて「西ソウサク高校 女生徒 自殺」と単語を打ち込む。
 昨夜ロマネスクも自身のスマホに入力して、すぐに消去した文字列だった。 自殺の原因の候補を頭の中に並べたとき、もしも「それ」であったら自分なら絶対に知られたくないなと思ってしまって、調べられなかったのだ。 同じ理由でつーにも訊ねられなかった。
 ハインは一切の躊躇もせずに虫眼鏡のマークを押す。 そうして検索結果のトップに出てきたのは、案の定なニュース記事だった。

 「首吊り自殺 いじめが原因か」。
.

44 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:55:14 ID:7hsDycEw0
 ハインがタイトルをタップする。 幽霊を見るときはにこにこ、というかにやけがちな彼女だったが、このときばかりは真剣な眼差しを画面に向けていた。

 ──素直キュートさん(17)── ──西ソウサク高校に通う二年生── ──同級生らにいじめを受けていたと見られ──
【o川*゚ー゚)o】

 記事の上段、写真の中で微笑んでいる顔は、今ハインの隣にいるのとまったく同じだ。
从 ゚∀从「いじめ」
 ぽつりとハインが呟く。
o川*゚^゚)o
 幽霊は──素直キュートは、口を尖らせている。

45 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:56:22 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「いじめに遭っていたのかい? それで自殺を?」
( ФωФ)「ハイン」
 ロマネスクが名を呼べば、ハインは口とブラウザを閉じた。
 キュートの目がこちらを見る。 そこに敵意はなかったが、落とされた言葉はいくらか刺々しかった。
o川*゚ー゚)o「で? 人の嫌な記憶ほじくり返して、その次は?」
(;ФωФ)「う。む……」
从 ゚∀从「キュート」
 突然呼ばれたキュートがハインへ顔を向けたが、ハインの方は腕を組んで宙を見上げていた。 呼びかけたのではなく単なる確認だったらしい。
从 ゚∀从「キュート、キュート……いい名前だけど、覚えはないな。苗字の方も。     それに出身校も違う。     私は部活や塾をやっていなかったから、校外での関わりもないだろう」
 そもそも大人になってから上京してきたし、こっちに親戚類もいないしなあ──と付け足している。 ハインとキュートの「因縁」は未だ掴めなさそうだ。

46 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:57:39 ID:7hsDycEw0
(*^ν^)「ごちそうさま」
 無事にカレーとライスをちょうどいいバランスで食べ終えたニュッが、満足そうに手を合わせた。 紙ナプキンで口を拭いてから消灯したタブレットを指す。
( ^ν^)「13年前の日付でしたね、今の記事」
( ФωФ)「む、そうであったか。よく見ているであるな」
 褒めれば、やや得意気な笑みが返ってきた。
从 ゚∀从「その頃、私はまだ小学生だ。     ますますキュートとの関わりはないように思える」
o川*゚ー゚)o「私もこの前からずっと考えてるんだけどさ、何も思いつかないや」
从 ゚∀从「ずっと私のことを考えてくれていたんだね。嬉しい。可愛いね」
o川;*゚ー゚)o「ねーもうほんとやだこいつう!」
 対面のいちゃつきを無視して、ニュッは「もう一個気付いたんですけど」と切り出した。

47 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:58:39 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「杉浦さんの彼女って、たしか杉浦さんと同い年じゃありませんでしたか?」
( ФωФ)「そうであるぞ」
 頷いて、間を置かずに腹が冷えた。
 13年前のつーは17歳ということになる。 ならば、当時は。 西ソウサク高校に通う2年生。だったはず。
 キュートも察したのか、途端に彼女の瞳が不安そうな、あるいは窺うような色を宿した。
o川*゚ー゚)o「……ロマさんの彼女、何て名前なの」
( ФωФ)「つー、という。埴山つー……」
 頼むから何も反応してくれるな。
 ──内心の祈りも虚しく、キュートは眉間に皺を寄せて唇を噛み締めた。

48 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:59:12 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「知り合いなのかい?」
o川* - )o「……ねえ。この話、やだ。私」
从 ゚∀从「でも」
o川* д )o「やだ!!」
 叫ぶや否や、立ち上がったキュートが窓ガラスをすり抜けて飛び出す。
 どうせハインからはそう遠く離れられない。 それでもハインは慌てて荷物をまとめてから卓上に一万円札を置くと、店を出ていった。
( ^ν^)「……行っちゃいました」
(;ФωФ)「……」
( ^ν^)「因縁、みたいなの。       高岡さんより先に、杉浦さんの方が先に見付かりましたね……」
 ニュッの声はまともに入ってこなかった。 頭の中はもうニュース記事とキュートの反応と、恋人の顔でぎゅうぎゅうだったから。
 テーブルに手をつき、むりやり立ち上がる。
(;ФωФ)「帰って、話を……聞いてみるのである……」

 ▼ ▽

49 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 21:59:41 ID:7hsDycEw0

『キュートはひとまず落ち着いたようだけど、今日はもうそっとしておくよ。 また明日』
 リビングの前でメッセージアプリを開くと、ハインからそのような文言が届いていた。 返事も思い浮かばず、適当なスタンプを一つだけ返す。
 一呼吸おいて、ドアを開ける。
(*゚∀゚)「おかえり。そこで立ち止まってたみたいだけど、何かあった?」
 ただいま。何でもない。その一言が出てこない。 現実にも、ぽんとスタンプを押せたらいいのに。馬鹿げたことを考える。
 黙って立ち尽くしているロマネスクを心配してか、つーが小走りで駆け寄ってくる。
(*゚∀゚)「大丈夫? 何か顔色悪いよ」
 いつもの懐っこい顔を今は正面から見られなくて、俯いた。
( ФωФ)「つー」
(*゚∀゚)「どした?」

50 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:00:23 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「……素直キュートという者を知っているであるか?」
 答えは返ってこない。 スタンプも。当たり前だ。まともに現実を見ろ。 ──目の前に立つ彼女の表情を見ろ。
 おそるおそる顔を上げる。
 そこに表情はなかった。
 朗らかさも、あどけなさも。 そしてようやく返ってきたのは、
(*゚∀゚)「何であんな奴のこと知ってんの」
 排斥の滲む声だった。

51 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:01:37 ID:7hsDycEw0
 言葉を失うロマネスクを凝視したのち、今度はつーが俯く。
(* ∀ )「ロマも私が悪いって言うわけ?」
(;ФωФ)「は……?」
(* ∀ )「あいつが死んだの、私のせいだって言うの!!」
 その叫びに、心臓が止まったかと思った。 ずっと脳を占めていた嫌な予感が、次々に実体を得ていく感覚。
 つーが横をすり抜けようとしたので、慌てて腕を掴んだ。
(;ФωФ)「待て、どこに行くのである」
(*;∀;)「今、ロマと一緒にいたくない」
 離してと言う声は、先の叫びに反して異様にか細い。 窓の外がすっかり暗くなっているのを横目に見て、ロマネスクは少しだけ手の力を抜いた。
(;ФωФ)「わ、吾輩が出る。今日はホテルかどこかに泊まるから」
 それは気遣いだったか。 それとも彼女と同じ思いを、自分も抱いていたのか。

.

52 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:02:25 ID:7hsDycEw0

 ──近場のインターネットカフェで一晩過ごすことにした。 ネットサーフィンも漫画も気分ではなく、しかし周囲から漂う他人の気配も不快で、仕方なく動画サービスにアクセスして映画を垂れ流した。 これだって結局目と耳を上滑りしていく。
(  ω )「……くそ……」

 こんなときなのに、頭に浮かぶのは、つーやキュートよりも自分のことばかりだ。


 ▼


 小学生の頃。 ロマネスクのクラスにはとびきりの問題児──陳腐で端的に言うならガキ大将──が一人いた。
 とにかく乱暴者だった。 誰彼構わず殴ったり蹴ったりするので嫌われていたが、直接的で無尽蔵な暴力というやつはやはり強い「力」ではあるもので。 ずる賢い面はほとんどなかったのに、皆が委縮するからクラスは彼に牛耳られているような状態であった。

53 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:03:35 ID:7hsDycEw0
 ロマネスクも何度か被害に遭ったことがある。 特に酷かったのは遠足で小高い丘に登ったとき、そいつがふざけてロマネスクを突き飛ばした件だろう。
 転げ落ちた先で強く頭を打ち意識を失って、翌日の昼にようやく病室で目を覚ました。 幽霊が見えるようになったのはそれからだ。
 初めは頭を打ったせいでおかしくなったのかと思ったが、現実とのすり合わせを経て「本物の幽霊だ」と確信を得るに至ったが、そこは割愛する。 ともかく元凶のそいつには謝られなかったし、罰も与えられなかった。


 そして──当時の同級生たちには大したことがないと言われるだろうが──もう一つ。
 授業の一環で、生徒各自が選んだ本の冒頭数ページをみんなの前で朗読することになった。 ロマネスクには選択の余地がなかった。 そいつがにやにやしながら一冊の本を押しつけてきたからだ。
 授業は進み、ロマネスクの番になって。
( ФωФ)『わがはいはねこである──』
 その一節を読み上げた途端、クラス中で笑い声が起きた。 目や口が猫っぽいと散々からかわれてきた挙げ句のそれだった。

54 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:04:29 ID:7hsDycEw0
 教師からクラスメートへの注意はない。 いつもどおりに。
 恥ずかしさで涙を浮かべながら、声を震わせて何とか指定された範囲を読み切った。

 その後の休み時間。友達と話していたら問題児と取り巻きに絡まれた。 「お前は猫なんだろ、普通に喋るな」と。 にゃあと鳴いてみたら違うと言われた。少し考えて、要求を理解する。
 嫌だった。 だが。
 ──問題児の足元、血まみれの小動物がまとわりついているのが視界に入る。 彼の周りにはそういう幽霊がしょっちゅういた。 いかにも人為的な傷をこさえた奴らが、恨みがましげにくっついているのだ。
 逆らえば自分もそこに加わることになるのではないか。 そう思ったら丘から転がり落ちたときの痛みが蘇ってきて、まともに頭が回らなくなった。
(  ω )『……わがはいは、ろまねすく、である』
 また笑い声が起きる。恥ずかしい。恥ずかしい。 怖い。

55 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:05:34 ID:7hsDycEw0
 これだけでは終わらないだろうと身構えていたが、幸いにしてその予想は外れた。 笑って馬鹿にして、それで満足したらしい。身体への暴力は振るわれなかった。 そのことにとてつもないほどの安堵を覚える。
 しかし。

 ──『俺らの前ではそうやって喋るんだぞ。間違えるなよ』

 結局絶望した。

 以降、そのように過ごした。 あの本にはすっかり嫌気が差して続きを読んでいないので、主人公の正確な話し方など厳密には知らない。 理解の深度は向こうも同程度らしく、自らを「吾輩」と称して仰々しく喋ればそれで許された。
 時おり言葉を選び間違えると手酷く殴られた。 逆に「正しく」振る舞えば笑われるだけで済む。そのたびに深い安心を得る。 顔にコンパスの針を刺されたクラスメートや気付けば増えている小動物の霊を横目に見ながら、自分はマシだ安全だと言い聞かせ続けた。
 そうしていたら、彼がいない場であっても、平常どおりに喋ると強い不安に襲われるようになった。
 足元の霊が増えるごとに病気がちになっていったそいつが入院したのを最後に、交流は途絶えたが。 それでもまだ、傷は残り続けている。


 ▼

56 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:06:55 ID:7hsDycEw0

 夜明け頃に自宅へ戻った。 なるべく物音を立てないように着替え等の身支度を整え、再びそっと家を出る。 間際に寝室を覗いてみたら、つーは丸まって眠っていた。
 出勤時間までは駅で過ごすことにした。 ベンチに座って、ぼうっと思考を巡らせる。 今朝はちゃんと彼女たちのことを考えられた。
( ФωФ)(つーがキュートさんをいじめていた……)
 かつての問題児の姿がつーに重なる。 それがひどく屈辱的で、慌てて頭を振った。 こんなことで簡単に振り払えるものでもないが。
(;ФωФ)(……あのつーが?)
 いいや、まだ確定したわけではない。 だが──少なくともキュートの自殺には関わっているはずだ。


(* ∀ )『あいつが死んだの、私のせいだって言うの!!』


 でなければ、あんなことは言わないだろう。

57 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:07:51 ID:7hsDycEw0
(;ФωФ)「……」
 吐き気がする。 何に対してなのか分からない。いじめという事象そのものか、過去の記憶か。
 つーに対してなのか。
 一度スマホを取り出し、ブラウザの検索欄に「素直キュート」と入力したが、検索する勇気が出なかった。 今ここで、彼女の身に起きたことを──恋人が仕出かしたかもしれないことを知る勇気が出なかった。
 もしも。もしもだ。本当に想像のとおりだったとして。 自分は恋人への「好き」を保てるのか? その答えを突き付けられる勇気が、出なかった。

.

58 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:09:16 ID:7hsDycEw0
 出社したら、つーから休むと連絡があったと上司に告げられた。 いつも元気なのに珍しいね、今日は早く帰ってあげなと肩を叩かれ、頷いた。

 昼休憩中、メッセージアプリに通知が届く。 三人のグループ画面。
『キュートがロマさんに会いたくないと言っている。 それと、本人が嫌がるから私は未だに彼女のことを調べられていない。すまない』
『吾輩も恋人に何も聞けなかった 家に帰ったらもう一度話してみる』
『じゃあ今日は高岡さんも杉浦さんも喫茶店には来ないんですか。』
『そういうことだ。ごめんね、少年。 明日は休日だから、良かったら昼頃に集まりたい』
『吾輩は大丈夫だ』
『僕も。でも明日も素直さんが嫌がったらどうします?』
『私から離れられないのだから、私が外に出れば付いてこざるを得ないだろう』
『最近よく思いますが、高岡さんって強引ですね。』

59 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:09:37 ID:7hsDycEw0
 直後、個人宛てにメッセージが一通。 ニュッからだった。

『杉浦さんに話したいことがあります。 すみませんが、お仕事が終わったら喫茶店に来てもらえますか。 すぐ終わらせますので。』

 ▼

60 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:10:39 ID:7hsDycEw0

 気に入ったのか、ニュッは今日もカレーライスを注文した。 三口ほど食べたところで本題に入る。
( ^ν^)「恋人さんからお話聞けなかったんですって?」
( ФωФ)「キュートさんの名を出したら、突然荒れだしたのである。       それで途中でやめてしまった」
( ^ν^)「……じゃあ、関係はあったってことなんでしょうね」
 人参をスプーンでつついて、上目にロマネスクを見てくる。 ずけずけ物を言う彼にしては珍しく話しにくそうなそぶりだ。
( ^ν^)「杉浦さんはあの後、素直さんのことを調べてみましたか?」
( ФωФ)「いや……」

61 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:11:18 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「僕は調べちゃったんですよ。       そしたら──」
(;ФωФ)「ま、待ってくれ、待つのである」
 咄嗟に彼へ手のひらを向けた。 深呼吸。だけでなく、もう片方の手でグラスを持ち、一気に水を飲み干す。 そして再び深呼吸。
 ようやく手を下ろすのに合わせ、ニュッが口を開いた。

62 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:12:13 ID:7hsDycEw0

( ^ν^)「元々いじめてたの、素直さんの方だったみたいですよ」

 ▼ ▽




 今から帰るとつーに連絡するべきか迷って、何も言わずに帰ることにした。 逃げられては敵わない。
 そっと玄関を開ける。 手洗いもうがいもしないままリビングへ入ると、テーブルに突っ伏していたつーが肩を揺らした。

63 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:13:21 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「つー。ただいま」
(*゚∀゚)「……」
( ФωФ)「いてくれて良かった。昨日はすまなかったである」
(*゚∀゚)「……私が癇癪起こしたんじゃん」
 昨夜のように走り出そうとしないのを確認して、紙袋をテーブルに置く。
( ФωФ)「あの喫茶店のヨーグルトケーキだ。好きであろう」
(*゚∀゚)「……ありがと。今はいい」
( ФωФ)「そうか。では後で一緒に食べよう」
 つーが少しほっとしたように頷いた。 そのリアクションにロマネスクもほっとする。
 隣に腰を下ろし、なるべく声が重たく響きすぎないよう、慎重に口を開いた。
( ФωФ)「初めに言っておく。       吾輩は、お前を責めるとか、そういうつもりは一切ない。       だから逃げないでほしい」
 つーの視線がロマネスクから卓上へ移る。 それだけだ。立ち上がろうとはしないでいてくれている。

64 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:14:36 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「吾輩が昨日言った名前だが、わけあって彼女について調べていたのである」
(*゚∀゚)「なんで……何、わけって。何」
( ФωФ)「吾輩の友のためだ。       知らないままでは、おそらくあいつが危ない」
 おずおずと彼女の瞳がこちらを向いた。
(*゚∀゚)「ハインさん?」
(;ФωФ)「む、なぜ」
(*゚∀゚)「久しぶりにハインさんに会いに行くって言ったかと思えば、毎日喫茶店に行きだして、いきなりあれだもん。     なんとなく分かっちゃうよ」
(;ФωФ)「うむむ……」
 唸るロマネスクに、つーが吹き出す。 いつもの笑顔とまでは行かないがほんのわずかに表情を緩ませた。
 しかし、それもたちまち強張る。

65 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:15:12 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「もしかしてキュートの幽霊でも出た?」
(;ФωФ)「む、う……うん……」
 霊感のことはとっくに話している。信じてくれてもいる。 幽霊が見えると言っている男が突然死人の名前を出して、さらに友人が危ないだ何だと言い出したのだから、遅かれ早かれ思い至りはするだろう。
(;ФωФ)「あ、でもハインの傍からは離れられないのだ、お前に近付いてはくるまい。       今までもお前の周りに出たことはなかったのだし」
 ──詭弁だった。
 昨日のニュッの発言どおり、西ソウサク高校はここから離れた場所にある。 そしてさらに今日のニュッが言ったことには、キュートは高校の近所に住んでいたと記事に書かれていたらしい。
 なのになぜこの街でハインと出会った? まさか、もしかして。 つーを追ってきたのではないか。
 先ほどから、そんな疑念が浮かんでは寒気がしている。
 いずれにせよロマネスクはキュートとつーの関係を詳しく知らなければならない。 ハインが彼女の動きを封じてくれているうちに。

66 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:17:15 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「……」
 つーは青ざめている。 もしかしたら彼女も同じような考えに至ったのかもしれない。
 であるならば、きっと話してくれるはず。 彼女を信じ、じっと待つ。
 やがて息を吸い込む音がした。
(*゚∀゚)「──私ね」
( ФωФ)「うむ」
(*゚∀゚)「高校生のとき、いじめられてたの……」
 ──うむ。 いつもの相槌が、いつも以上に馬鹿らしい響きに思えた。

67 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:18:31 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「昔の私ってすごく暗くてさ。     そのせいなのか他に理由あったのか分かんないけど、何か目つけられちゃって」
(*゚∀゚)「あいつ……キュート。いかにもって感じのグループにいたんだけど、そいつらと一緒になって、嫌いな相手にすぐ意地悪するんだ。     無視とか物隠すとか、最初はそれぐらい。     その程度で済んでるときに抵抗しとけば良かった」
(*゚∀;)「だんだんエスカレートしていったの。     服とか切られたり、お金とられたり」
 途中からどんどん声と呼吸が乱れだし、涙も溢れていく。 それでも口は動き続けた。 本人も制御できていないのかもしれない。
(*;∀;)「裸の写真撮られてさ、男子にそれ見せられたり、その写真で脅されて──」
(;ФωФ)「も、もういい、すまない、つー。すまない……」
 止めてやるために抱きしめた。 縋りついたつーが、ううう、と泣き声と涙をロマネスクのシャツへ染み込ませる。
 怒りで顎が震えて、ロマネスクも上手く喋れない。 ただひたすら彼女の背と頭を撫でた。

68 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:19:37 ID:7hsDycEw0
 ずいぶんと時間をかけて泣きやんだつーは、縋りついたまま話を続けた。
(* ∀ )「本当に嫌で……思い立って、あいつらに絡まれたときに録音してみたの。     それで親とか先生に訴えた」
( ФωФ)「それで、どうなったであるか?」
(* ∀ )「親が頑張ってくれて、思った以上に大事になった。     そうなったら学校も無視できなくて、ちゃんと調査して対応することになったの」
(* ∀ )「でも」
( ФωФ)「……上手く行かなかったであるか?」
 頭を横に振って、つーが離れる。
(*゚∀゚)「ううん。     私がいじめられたのも、キュートがいじめグループにいたってのも認められた。     だけどね、グループの奴らは全部キュートが悪いってことにしたみたいだった」

69 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:21:05 ID:7hsDycEw0
 ──キュートに脅されて仕方なくやった、と主張したらしい。
 つーからしてみれば、決してそんなことはなかったという。 明らかに楽しんでいる様子だったし、キュートがいないところでも散々嫌がらせを受けたそうだ。 だから誰が主犯だと言えるほどの区別もなく、敢えて言うなら全員がそうであるはずだった。
 しかしつーに用意できた証拠だけでは、そこまで証明しきることが出来なかった。 学校側もそれなりの人数にそれなりの処罰を下そうという判断に踏み切れなかったのかもしれない。
 結局、全てがキュートの責任とされてしまった。
(*゚∀゚)「それでキュートが退学にでもなれば、あの子もマシだったのかも。     大事って言っても結局学校内で収められちゃったからさ。ぎりぎり停学で済んじゃった。     私以外にもいじめられた子は何人もいたけど、そっちの被害までは証明できなかったし……」
 再び、つーの語尾が震えた。
(*゚∀゚)「……でね、停学が明けたら、今度はキュートが酷いことされるようになったんだ」
( ФωФ)「……」

70 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:22:47 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「キュートと仲良かったはずの子も、いじめられてた子も、みんなで寄ってたかってさ……。     たぶん私より嫌なことされてたと思う。     だってキュートは悪者だから。どんだけいじめてもみんなの方が正しいことになっちゃうんだもん。    それで」
(*゚∀゚)「あんまり経たないうちに、首吊って死んじゃった」
 ──自業自得だと。 少なくとも、今のロマネスクは、そう思ってしまう。
(*゚∀゚)「そしたら今度はまた誰が悪い悪くないって押しつけ合って……ほんとさ……気持ち悪いね……最悪……」
(*゚∀゚)「私はね、キュートが停学になった頃からもう関わらないようにしてたの。     だからあっちのいじめとは無関係で、誰にも責められなかったけど……。     それでも何回も考えちゃうんだ。私が駄目だったのかなって」
( ФωФ)「どうしてつーが」
(*;∀;)「私が録音したせいかなって……」
 ぼろっと、先よりも大きな涙がこぼれた。

71 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:23:48 ID:7hsDycEw0
(*;∀;)「わ、私が悪いのかな? 我慢してれば良かった?     他の奴らの責任も問えるように、念入りにもっと他の証拠も集めれば良かった?     ……あんなに怖いの我慢して?」
 もう一度彼女を抱きしめる。 簡単に離れられないくらいに強く。
( ФωФ)「つーは何も悪くない。責任もない。       自分に出来る限り頑張っただけであろう」
 それはロマネスクには出来なかったことだ。 とても立派なことだ。
(*;∀;)「キュートの幽霊、怒ってた? 私のこと憎んでた……?」
( ФωФ)「いいや。そんなことはないである」
 詭弁でも何でもない、これはただの嘘。 だがキュートの本心は未だ聞けていないから、真実の可能性だってある。

 明日こそ会わなくてはならない。

 ▼

72 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:25:06 ID:7hsDycEw0

 休日の昼ともなれば、この喫茶店にもちらほらと客がいる。 そのことに助けられた。 人の目があるから、喚かずにいられる。

o川*゚-゚)o
从 ゚∀从「なるほど」
 表情を硬くしたキュートの横で、タブレットを操作しつつハインが頷いた。
从 ゚∀从「たしかに、キュートがいじめの主犯だったという記事がある」
( ^ν^)「杉浦さんが聞いた話が本当なら、微妙に間違った情報みたいですけどね」
从 ゚∀从「ロマさんの恋人の話は事実かい?」
o川*゚-゚)o「……そうだよ」
 不貞腐れたような声音に、ロマネスクの手がぴくりと揺れる。 どの面下げて、そんな態度を。

73 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:26:33 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「お前はつーを追ってこの街に来たのであるか?」
o川*゚-゚)o「は? 何それ、自意識過剰。      埴山がここに住んでることも知らなかったし、どうでもいいし」
( ^ν^)「自分がいじめられるきっかけだったのに?」
o川*゚-゚)o「それより裏切ってきた奴らの方がよっぽど腹立ったもん」
( ФωФ)「ならどうしてこの街にいた」
 それには口を噤むので、思わず舌打ちしそうになってしまった。
 タブレットをしまいながらハインが頭を下げる。
从 ゚∀从「ありがとうロマさん。     つーさんには申し訳ない、嫌なことを話させて、怖い思いまでさせて。     今度お詫びをするよ。キュートとの距離が充分とれるようになってからね」
( ^ν^)「いやいや距離っていうか……。       えっ、もしかして高岡さん、まだ結婚を諦めてなかったりします?」
从 ゚∀从「うん」
o川*゚-゚)o「は? 正気?」
(;ФωФ)「何を馬鹿なことを──こいつの本性は分かったであろう。       なんなら悪霊であるぞ」
 悪霊という響きにキュートが一瞬不満そうに顔を歪めたが、文句は飲み込んで目を逸らした。 もし反論されたら、いささか声を荒らげていたかもしれない。

74 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:28:05 ID:7hsDycEw0
 ハインがキュートに向ける目には敵意も嫌悪もない。 可愛い可愛いと褒めるときと同じ温度のまま。
从 ゚∀从「つーさんを疑うわけじゃないのだけれど、私はもう少し話を聞きたい。     キュートが本当にいじめを行っていたのか、それがどのようなものだったか」
( ФωФ)「被害者と加害者以外にまだ何が必要だと?」
从 ゚∀从「直接の被害者と加害者以外の関係者も必要だろう、こういうことは」
 聞くなり、ニュッが小さく拍手をした。
(*^ν^)「高岡さんは視点がいいですよね。バランスがいい」
 呑気な物言いに苛々が募る。
 友人たちであるというのに、ここに味方が一人もいないような気分だ。 かといって敵とも言えないせいで、ずっと足元が気持ち悪い。

75 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:29:44 ID:7hsDycEw0

从 ゚∀从「そういうことだから。挨拶回りも兼ねて、親御さんのところへ行こうじゃないか」

 ▼ ▽ △ ▲

 いささか自棄気味になったキュートに案内されたのは、小さなアパートだった。
 ロマネスクが住むマンションとニュッが通う小学校のちょうど真ん中ら辺。 バスも電車も使わず、歩いて簡単に着く場所だ。
o川*゚ー゚)o「ここの2階の、手前の部屋」
( ФωФ)「西ソウサクに住んでいたのではなかったか」
o川*゚ー゚)o「何年か前にお母さんがここに越したの」
从 ゚∀从「それでキュートもこの街に来たのか。     良かったねロマさん、つーさんを安心させてあげてね」
( ФωФ)「む……」

76 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:31:02 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「しかし付いてくるほど親御さんのことが好きだったなら、しばらく顔を見ていないわけだから心配だろう」
o川*゚ー゚)o「別に。……行くなら三人でどうぞ。      私はここで待ってる。こんぐらいの距離なら大丈夫でしょ」
( ^ν^)「お母さんとあまり仲良くなかったんですか?」
o川*゚-゚)o「そうじゃないけど、最近、なんか見てらんないから」
 ハインが自身の顎に手を当てた。 顔色を隠すために先ほど化粧を重ねていたので、いくらか血色がマシに見える。
从 ゚∀从「では少年と一緒に待っていておくれ」
( ^ν^)「僕も?」
从 ゚∀从「さすがに私とロマさんと少年の取り合わせは、突然の来訪者として奇妙が過ぎるだろう」
( ФωФ)「それはたしかにそうであるが……ニュッ君はいいのであるか?」
 悪霊と二人きりで、という身も蓋もない一言は胸の内に留めておく。 ニュッはキュートを見上げて、「大丈夫です」とまったくもって本心から大丈夫そうに答えた。
.

77 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:32:28 ID:7hsDycEw0

 2階、手前の部屋のインターホンを押す。表札は無記名だった。 そもそも在宅だろうかと今さら疑問が湧いたが、少ししてから足音が近づいてきた。 ドアが開く。
lw´‐ _‐ノv「はい」
 初めはキュートの祖母かと思った。
 よくよく見れば、ロマネスクやつーの親と大して変わらない歳だろうと分かる。 本来のキュートはロマネスクと同年代なのだから、実際それくらいだろう。 だが、ぱさついた髪の白さや目の下の隈が、もう10か20は嵩上げさせていた。
 目にも生気はなく、キュートよりよほど幽霊らしい。

78 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:34:59 ID:7hsDycEw0
lw´‐ _‐ノv「どちら様で……」
从 ゚∀从「キュートさんのことで伺いました。高岡ハインリッヒと申します。     こちらは杉浦さん」
 ぺこりと行儀よく礼をするハイン。 やはり彼女もTPOに合わせて言葉を使い分けるのだなと思いつつ、ロマネスクも一礼した。
 きゅーと、と呟いた母親の顔に怯えのようなものが走る。
lw´‐ _‐ノv「娘が何か……」
( ФωФ)「埴山つーという女性を知っているか」
 母親の体が揺れる。 知らない──という答えにはならない。
( ФωФ)「吾輩は彼女と結婚を考えているのだが、どうも隠し事をされているようでな。       過去が分からないと安心できんと両親に言われて、仕方なく調べているところなのである」
 口調を訝るような気配が窺えたが、そのまま通すことにした。 疲れていた。 ハインには申し訳ないと思いつつ、キュートの身内にまで気をつかう余裕など今はない。

79 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:36:10 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「とりわけ高校時代の話となると本人が口を噤んでしまう。       なんとかキュートさんとトラブルがあったことまでは調べられたのだが、そこから先がいまいち分からない。       だから、どうか教えていただけないものかと……」
 これは道中ニュッに手伝ってもらいながら考えた方便だ。 つーを利用したくはないが、他にいい手も浮かばなかった。
 少し間があく。 ハインとロマネスクが目配せをすると同時、キュートの母親が口を開いた。
lw´‐ _‐ノv「……上がってください」


 家の中は雑然としていた。
 決して散らかっているとは言えない。 ただ、畳まれた段ボールやチラシが捨てられないまま壁際に積まれているとか、春物に混じって冬物の服が干されっぱなしでハンガーごと埃をかぶっているとか。 そういう、うっすらとした「気力のなさ」が満ちている。
 ダイニングテーブルについた二人に冷たいお茶が注がれたグラスを出して、母親は奥の部屋へ入った。 あまり待つこともなく戻ってくる。 手には一冊のファイルがあった。

80 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:36:52 ID:7hsDycEw0
lw´‐ _‐ノv「『トラブル』の中身、多少はご存知なんでしょう」
从 ゚∀从「キュートさんがつーさんをいじめていたと」
lw´‐ _‐ノv「……これ、どうぞ。当時、学校が作成した調査報告書のコピーです」
 対面に腰を下ろした母親が、ファイルを差し出す。 即座に体を動かせなかったロマネスクに代わり、ハインが両手で受け取った。
从 ゚∀从「ありがとうございます。しかしそんなもの、よく取っておきましたね」
lw´‐ _‐ノv「捨ててやりたかったけど、今となっては、唯一ありのままの娘を感じられるものなので……」
 その「ありのまま」がろくでもないものだとしても、そう思えるのか。 それにつーが言うには、多分に取り巻きの嘘が含まれている内容だ。 全てが愚かに思えて、強烈な吐き気がした。
从 ゚∀从「では失礼して。……ロマさん、大丈夫かい」
( ФωФ)「……うむ」
 ハインは丁寧にページをめくっていった。 それこそ、このファイルがキュート自身だとでも言うように慈しむ手つきで。 紙の上に刻まれているのは、被害者たちの心身の傷だというのに。

81 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:38:05 ID:7hsDycEw0
 つーが提出したという録音データこそ残ってはいなかったが、一部書き起こしが載っていた。 彼女が侮辱される様が克明に記されている。 ロマネスクはただ膝の上の手を強く握りしめる。
 たっぷり時間をかけて書類を読み込んだハインは、初めと変わりない手つきでファイルを閉じると母親へと返した。
从 ゚∀从「ここまで残ってれば、さすがに真実のようだね」
 それ見たことか。 ハインもよく分かっただろう。あの女の醜悪さが。劣悪さが。
 ファイルを隅に寄せた母親は、卓上で両手を握った。
lw´‐ _‐ノv「あなたがたも」
从 ゚∀从「はい」
lw´‐ _‐ノv「私たちを……娘を責めるんですか」
从 ゚∀从「はい?」
 母親が俯く。
 今の言いようが、一昨日のつーと似通っていて。 ロマネスクはぽかんと口を開けた。

82 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:39:11 ID:7hsDycEw0
lw´  _ ノv「事件当時、何組かの生徒と保護者がうちに来ました。       埴山さんだけでなく自分たちにも謝罪しろ、誠意を見せろと」
从 ゚∀从「……まあ、そういうことにはなるでしょうね」
lw´  _ ノv「恐ろしかったです。声を張り上げて、物を投げてきて。       熱いお茶を引っかけてくる方もいましたので、冷たいものしか出さなくなりました」
 反射的にグラスを見る。 湯気の立たない水面に自身の顔が映って、眉間の皺を自覚した。
lw´  _ ノv「娘を亡くし夫が出ていって私が一人になっても、年数が経っても、度々うちに来る方がいましたので引っ越しました。       それでもどうやって突き止めたのか、時々来る方もいます。先日だって……」
 ロマネスクの形相が揺れて乱れる。 母親に目をやると、卓上の手が震えていた。

83 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:40:44 ID:7hsDycEw0
lw´  _ ノv「どうしてここまで責められなきゃいけないんです」
( ФωФ)「……あなたの娘が、人を傷付けたからである」
 でも、と。 乾いた口から、乾いた声。

lw´‐ _‐ノv「娘は死んだんですよ」

 顔を上げる。 目にも声にも、一切の気力がない。

lw´‐ _‐ノv「いじめられた子たちは、みんな生きてるじゃないですか」

 ──だからキュートの方が可哀想だと。 責められる謂れはないと。 そう言いたいのだろうか。

 なんだそれ。
.

84 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:41:54 ID:7hsDycEw0
lw´‐ _‐ノv「お願いですから、もう放って──」
( ФωФ)「死んだら勝ちか?」
 釈明の言葉が止まった。 呆けたような顔が一層ロマネスクの腹の底を引っかいた。
 ハインに名を呼ばれる。 それが制止だと分かっても、ロマネスクは止まれなかった。
 お茶を引っかけるだとか掴みかかるだとか、手の暴走こそ辛うじて抑えられたが、代わりに立ち上がることで衝動を逃がした。 それでも怒りは留まって、勝手に口を動かす。
(#ФωФ)「死んだからもう悪くないってのかよ!!」
lw´‐ _‐ノv「……そんなこと……」
(#ФωФ)「散々傷付けられて、今でも苦しみながら生きてる奴がいるんだぞ!       それを咎められただけなのに、勝手に死んだ途端こっちが悪者か!?       ふざけんじゃねえよ!」

85 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:42:21 ID:7hsDycEw0
 母親は視線を左右へやり、口を魚のように動かし、諦めたように両手で顔を覆って俯いた。 その動きが手慣れたように映り、また腹が立つ。
 親子そろってそういうたちなのだ。 向き合わずに逃げる。自分が良ければそれでいい。 相手の痛みなど知らんふりで──
从 ゚∀从「人の生き死にに勝ち負けがあるのか、ロマさん」
 さらに責めたてようと開いた口は、間抜けな吐息だけを落とした。

86 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:43:41 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「仮に、いじめに耐えられず死を選んだ人がいたら、あなたは勝ったんですおめでとうございますとでも言うつもりかい。     それともお前は困難に屈した敗者だと鞭を打つのか?」
( ФωФ)「……先にそういうことを言ったのは向こうだ」
从 ゚∀从「言ってないよ。少なくとも勝ち負けの話にしようとしたのはロマさんだ」
 いつも一定のトーンの声はこの場においても変わりがない。 それだけに、空気が震えて揺れる今の室内にはまっすぐ響く。
从 ゚∀从「ここは勝った負けたの議論をする場じゃない。     どっちが悪いも偉いも今さらないだろう。それは最初から決まっている。     悪いのはキュートだ」
从 ゚∀从「でも、どんなに悪くてもキュートはこの人の娘なんだ。     そしてつーさんたちをいじめたのはこの人ではない。     子を亡くしただけの人を怒鳴りつけるのは、ロマさんにとって本当に意義があることか?」
 言葉が出ない。言いたいことは山ほどある。大半が反論。 だが、そのどれを形にしても、また静かに切り返されるのがオチだ。

87 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:44:24 ID:7hsDycEw0
 味方が一人もいないような気分。喫茶店と同じく。 決してハインが敵対しようとしているわけではないのも同じ。 そんなのどうしたらいい。
 思いつかないから、その場を去った。
 怒りももちろんあったが、このとき彼の胸のおおよそを占めていたのは悔しさと恥だった。
 ──なんだ、お前も逃げるんじゃないか。 己の声が頭に響いて、さらに深く恥じた。
.

88 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:45:43 ID:7hsDycEw0

( ^ν^)「おかえりなさい」
 アパートの前でしゃがんでいたニュッが立ち上がる。 沈黙したままのロマネスクの顔を覗き込み、大丈夫ですかと問うてくるので頷いた。
 キュートはそっぽを向いている。 あまり立派なアパートではない。怒鳴り声は彼女にも聞こえていただろう。 しかし報告書を見たばかりで彼女への憎しみが新鮮な今、申し訳ないという気持ちにはなれなかった。

 間もなくハインも出てくる。 おかえりなさいと同じように声をかけたニュッにただいまと返した彼女は、ロマネスクを一瞥してからキュートの前に立った。
从 ゚∀从「学校の調査結果を見てきた。     しっかり証拠や証言が残っていて、キュートがいじめをしていたのは間違いないようだ」
o川*゚-゚)o「ご感想は?」
从 ゚∀从「お前はクズだね。ここまで来て、反省の色も見えない。     最低最悪の人間だ」
 一拍おいて、キュートがふんと鼻を鳴らす。 その「間」が、一丁前に傷付いたそぶりに感じた。

89 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:46:43 ID:7hsDycEw0
o川*゚-゚)o「で? 結婚やめる?」
从 ゚∀从「いや、するよ。したい」
o川*゚-゚)o「は?」
从 ゚∀从「クズでも何でも、惚れてしまったものは仕方ない。     私にはどうあっても可愛いクズだ」
 キュートもロマネスクも、困惑を込めた目を彼女に向けた。 キュートに至ってはいくらかの恐怖さえあったろう。
 本気で言っているのだろうか。 友人の恋人があのような仕打ちを受けたと知って、なお可愛いと。好きだと。

 初めに報告を受けたときから呆れてはいたが、今となっては最早──がっかりだ。

90 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:49:56 ID:7hsDycEw0
 彼女がキュートへ向ける気持ちは、きっとずいぶん重たいものなのだろうと思っていた。 だが実際は、ひどく薄っぺらくて軽いものに過ぎない。
 薄気味悪い愛を一方的に伝えて満足したか、今度はこちらへ近付いてくる。 そうして肩に触れてきた。
从 ゚∀从「ロマさん、さっきはごめん。     ロマさんからしたら腹を立てても仕方なかったのに──」
( ФωФ)「お前は卑怯だ」
 言って、手を払いのけた。 ハインがその体勢のまま固まる。
( ФωФ)「何を今さら寄り添うようなことを。       周囲に恵まれて、優しい人が多かったって?       だから本当に傷付けられた側の気持ちが分かっていないだけではないか」
 ──あの場ですぐに言い返せなかったくせに。 彼女がアパートから戻るのを待つ間に考えて整理した反論を、今ここで言う。 情けない。みっともない。

91 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:51:23 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「なのに、堂々として冷静な声で丁寧に喋れば、勝手にお前の方が『正しそう』になる。       感情的になった方が馬鹿みたいに映って『間違ってそう』になるのである」
 ハインの右目が揺れて眉尻がわずかに下がった。 彼女の考えていることはいつも分からない。 それでも見たまま受け取るならば、悲しげな表情。
 おかげで、言い終えても全然すっきりしない。 余計に胸がねじくれて、悔しくて恥ずかしい。
(;+ω+)「……すまん。八つ当たりだ」
从 ゚∀从「……ううん。私こそごめん」
从 ゚∀从「あのね、ああは言ったけど、ロマさんの意見自体は間違っていたわけじゃないよ。     特にロマさんは、大切な恋人が直接の被害者だったんだ。冷静でいろという方が難しい。     それをあんな風に咎めるべきじゃなかった。ごめん」
 フォローのつもりだろうが、ますます自分が情けなくなるだけだった。

92 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:52:52 ID:7hsDycEw0
 ──果たして自分は、つーのために怒ったのだろうか。
 自分のために怒ったのではないか。 キュートとは関係のない人間によって負わされた傷を、それこそ八つ当たりとしてぶつけただけではないか。 しかもキュートへではなく、娘を喪って、未だ傷だらけの母親へ。
 ハインの言うとおりだ。そこに何の意味がある。

 日が傾いているのを見やり、ロマネスクは首を振った。
( ФωФ)「頭を冷やしたい。先に帰らせてもらうである」
从 ゚∀从「うん……分かった。今日は解散しよう」
( ФωФ)「ニュッ君も、すまなかったであるな。       いきなり大人が喧嘩を始めて困ったであろう」
从 ゚∀从「まったくだ。ごめん、少年」
( ^ν^)「杉浦さんも高岡さんもそうやって謝ってくれる人だから、平気です。       僕こそ何も出来なくてごめんなさい」
 とニュッが両手を揃えて深く頭を下げるものだから、ハインとロマネスクもぺこぺこ頭を上下させた。 それがおかしくて、三人とも、ちょっとだけ笑った。
o川*゚-゚)o「……ロマさん」
 そこへキュートの声が入り込んだから、顔が強張る。

93 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:53:25 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「何だ」
 声にも棘が混じってしまう。 キュートは口を一度尖らせ、次いで噛み締め、
o川*゚-゚)o「ごめんなさい」
 ──ニュッほどではないものの、頭を下げた。

94 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:55:15 ID:7hsDycEw0
o川*゚-゚)o「私クズだから、埴山に申し訳ないとかは、まだちゃんと思えてないけど……。      ……あのさ、お母さん、すごく疲れてたでしょ」
从 ゚∀从「そのようには見えたね」
o川*゚-゚)o「あれ私のせいじゃんね。      私のせいでああなって、それで、そのせいでロマさんを怒らせたんだ」
o川*゚-゚)o「私ね、ロマさんのこと嫌いじゃないよ。      だから素直にごめんなさいって思ってる。      ……その。これから埴山のことも、ちゃんと考えてみる……」
( ФωФ)
 この謝罪も結局、自分勝手なものなのだろう。 人によっては却って腹が立つものでもあるだろう。 ロマネスクも、まだきちんと受け取ることは出来ない。
 けど、知るもんかと突っぱねることも出来なかった。

 ▼ ▽ △ ▲

95 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:56:36 ID:7hsDycEw0

 三人と別れた後、いつもとは違う喫茶店でアイスココアを飲んでから帰宅した。 もう夜だ。 風呂や飯よりもまず先に、キュートには恨まれていないようだとつーに伝えよう。
( ФωФ)「ただいま……」
 リビングに入ると、スマホを見つめていたらしいつーが勢いよく顔を上げた。
(;゚∀゚)「ロマ!」
 顔色が悪い。 ばたばた手招きをするので隣に腰を下ろす。
(;゚∀゚)「あの。あのね、私、あの。     昨日、話したあと疲れて寝ちゃったでしょ」
( ФωФ)「うむ」
(;゚∀゚)「だから夜中に目が覚めちゃってさ。     怖かったし、高校のときの夢も見ちゃってしんどかったから、美和に連絡したの」
( ФωФ)「高崎さんであるか?」
(;゚∀゚)「……美和もね、キュートたちにいじめられたことがあって。     私と仲良くなったのも、それがきっかけだったから」
 ああ、だからあまりロマネスクに会わせたくなかったのか。 うっかりその頃の話が出てしまわぬようにと。 今さら理解が至った。

96 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:57:26 ID:7hsDycEw0
(;゚∀゚)「い、今まではさ、たまに高校の話をしても落ち着いてたし、むしろ私が泣くと慰めてくれたりしたから、てっきり今回も大丈夫だと思ったの。     でも違って、本当は私よりずっと苦しんでて」
( ФωФ)「落ち着け、ゆっくり話すである」
 テーブルの上に飲みかけのお茶があったのでそれを手渡す。 一口飲み込んで、一呼吸置いて、つーは続けた。

(;゚∀゚)「……美和、今でも定期的にキュートのお母さんのとこ行って謝らせてたらしいの……」
.

97 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 22:58:31 ID:7hsDycEw0


<(' _'<人ノ『たまたま近くを通ったので』


lw´  _ ノv『それでもどうやって突き止めたのか、時々来る方もいます。先日だって……』

.

98 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:00:56 ID:7hsDycEw0
(;ФωФ)「そう……であったか……」
(;゚∀゚)「この間も行ってきたばかりだったんだって。     そういうタイミングで私が昔のこと話したせいで、なんか……わーってなっちゃったみたい」
(;゚∀゚)「それで、思わずネットにキュートのこと書き込んじゃったって……」
(;ФωФ)「なに?」
 言って、スマホを見せてくる。 液晶にはSNSが表示されていた。
(;゚∀゚)「そしたら、暴露系っていうのかな、そういう人に見付かって拡散されちゃったんだって」
 キュートの名前、学校名、同じグループに属していた生徒たちの名前。 彼女たちがしてきたこと。つーや美和たちがされたこと。 それらへの処罰が下されたが、内容も相手も不十分だったこと。 最終的にキュートが自殺するに至るまでの顛末。
 それらが事細かに書き記されていた。
 斜め読みする短い間にも、下部に表示された閲覧数や評価数が目まぐるしく上昇していく。 一度ホーム画面に戻ってみれば、その件に触れる投稿ばかりが流れてきた。

99 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:01:35 ID:7hsDycEw0

『話題になってる投稿見たけどただただ胸糞悪い どっちがいじめっ子だよ』
『カスが自爆しただけで草』
『うーん…あの話を聞いていじめっこのほうを擁護する人とはちょっと距離をおきたい(なんか見た)』
『先にやった方が悪いんだし、復讐されるのはしかたない。 けど首謀者は生きて苦しみ続けるべきだった。こんなのじゃ被害者もすっきりしないよ。』
『過剰な報復で償いの機会を奪うことは果たして正義か?』
『どっちもどっち。学校の民度が終わりすぎ。』
『責任逃れた連中のうち四人の職場がもう特定されてる! 残りのメンバーも震えて待て』
『自◯したから可哀想って何?虐められた事ない奴は黙ってろよ』

 ほとんどがいじめのグループ、特にリーダー格──ということにされた──キュートを責める声。 キュートに同情的な声や、中傷するユーザーへの非難も時々あるが、割合としてはわずかなものだろう。 またそれらとは別に、事件や被害者を茶化したり性的な被害に対する下卑た意見も目につき、気分が悪くなってスマホを伏せた。
 ロマネスクだってキュートには怒りや憎悪を抱いていた。 だが他者から発されたそれらの感情を目にすると、毒あたりしたような気にもなる。 まして、頭を下げた彼女を見た後では。

100 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:02:25 ID:7hsDycEw0
(;゚∀゚)「どうしよう、ロマ、私こんなのやだよ」
(;ФωФ)「つー……」
(;゚∀゚)「私もそりゃさ、キュートのこと嫌いだよ。     美和の気持ちもよく分かるよ。でも、でもさ」


(;゚∀゚)「き、嫌いな奴だってさ……酷い目に遭うの見たら、やな気分になるよ……」


 ──それでもいいのかと。
 腹の奥底に、何かが落ちた。

101 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:04:49 ID:7hsDycEw0
 かつての問題児。 足元の霊が増えて、ゆっくりと窶れて弱っていく彼を見て、そして最後は小さな壺の中に収まったことを聞いても、ざまあみろとは思えなかった。

 たしかに自業自得だ。 きっとあの霊たちは被害者で、真っ当に復讐していただけ。そこに理不尽はない。 理不尽なのはこちらの感情だ。
 理解し、納得し、共感しても、それでも割り切れない何かがある。 きっちりと片付けられず雑然とし続けるから傷が治らない。
 それが嫌で。 彼を、彼に似たものをきつく責めたてねば気が済まなかった。
 ほんの少しでも彼らを「可哀想」と思ってはいけなかった。 そしたら自分が──負けてしまう。
 だが、許す許さないも、好悪も勝敗も無理に結びつける必要はない。 感じたままでいい。 ねじ曲げるからおかしくなる。

102 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:05:30 ID:7hsDycEw0
(*;∀;)「これも私のせいなのかな。私が美和に連絡したから……」
( ФωФ)「違う、お前は何も──」

 そのとき、耳元で幼い声がした。

( ^ν^)「あーあ。杉浦さん、面倒なことになりましたね」

.

103 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:07:00 ID:7hsDycEw0
 振り返る。 後ろに手を組んだニュッが、にっこり笑って立っていた。
(;ФωФ)「な……っ!?」
( ^ν^)「とっとと素直キュートの本性を暴いて、高岡さんが愛想を尽かしてくれれば良かっただけなのに。       どうしてこうなっちゃうんでしょう」
(;ФωФ)「な、何の話である、いや、どうやって中に」
(*;∀;)「……? ロマ、どうしたの、何見てるの……」
 つーがきょとんとした様子で言う。 涙で濡れた目は、すぐ傍にいるニュッを映そうとしない。
( ^ν^)「今は他の人には見えないようにしてます。       あー……チャンネル? 杉浦さんが言うところの。       それ、ずらしてますから」
(;ФωФ)「……」
( ^ν^)「見届けたいなら、今から小学校にどうぞ。どうでもいいならお気になさらず。       ただ、ここまで関わっておいて結末は放置、なんてのも……       バランスが悪いでしょう?」

 くすくす笑い声を残して、ニュッは消えた。
 意味が分からない。 頭の中がぐずぐずだ。

104 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:08:46 ID:7hsDycEw0
 ロマネスクはつーの両腕をぽんと叩くと、腰を上げた。
(;ФωФ)「つー。少し、出かけてくる」
(*;∀;)「ロマ……?」
(;ФωФ)「SNSはもう見るな、無視していろ。       それと──」
(;ФωФ)「……キュートはお前を憎んではいない。       だからもう自分を責めるな」





 母校でなくとも小学校という存在自体への忌避感があった。 何年も何年も悩まされてきたが、今日はそれがない。 馴染みのない時間帯だからか、それどころではなかったからか、別の理由かはどうでもいい。
 ともかくロマネスクは塀をよじ登って敷地内に侵入し、フェンス越しに差し込む街路灯の光で薄明るい校庭にハインとキュートを発見した。

105 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:10:16 ID:7hsDycEw0
(;ФωФ)「ハイン!」
从 ゚∀从「ロマさん。     あなたも少年に呼ばれたのかい」
(;ФωФ)「ああ、……ニュッ君は?」
从 ゚∀从「分からない。呼ばれたから来ただけで……」
 ハインはスマホを握っていた。 画面の上部には、先ほどロマネスクが見ていたのと同じSNSのロゴ。
 見たか、と訊けば、見たよ、との答え。 そこに溢れ返る言葉に何を思ったのか。 表情からは分からない。

( ^ν^)「──わざわざすみません、人気がないところの方が都合がいいかと思って。       それにお二人が出会った場所だし、顛末としてもちょうどいいでしょう」

 声のした方へ三人が同時に顔を向ける。
 鉄棒の上にニュッが座っていた。 普通にではなく、胡坐をかいて。 それでいながら落ちたり傾いたりする気配はない。

106 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:11:18 ID:7hsDycEw0
o川;゚-゚)o「……何なのあんた。あんたも幽霊なの?」
( ^ν^)「そういうのとは違うんですけどね……何かって訊かれるとこっちもちょっと困ります」
 この数日間、ずっと思考が落ち着かなかった。 間違いなく今がそのピークだ。
( ^ν^)「何が何だか分からなくて困ってるでしょう。       だから、ちょっと長くなりますが教えてあげます。       あなた方も頑張ったんだから、これくらいのご褒美がなくちゃバランスが悪い。       そう、世の中バランスなんですよバランス」
(;ФωФ)「ど……どういうことなんだよ、さっきから! ご褒美って何だよ!」
 ぐちゃぐちゃの脳が言葉の変換を放棄する。 ニュッはそれを聞き、目を眇めた。
( ^ν^)「どの面下げてキレてんだ。       あのなあ。てめえらが勝手に、感情なんてもんに重いだの軽いだのって概念をくっつけたもんだから大変なんだよ」
 子供の小さな手が鉄棒を弾く。 肌が触れたとは思えないほど硬質で威圧的な音が響き、ロマネスクは肩を竦めた。

107 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:12:48 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「おかげで、マジで感情に重さが生まれちまった。       あんたらが直接感じることは出来ねえがな」
( ^ν^)「向けられた感情が重けりゃ重いだけ、それを受け止めた魂も質量を得る。       質量を得たら形になる。       そんで、あんたらが言うとこの幽霊になる」
从 ゚∀从「キュートはそうやってここにいると?」
( ^ν^)「そう。ハインちゃんほんと賢くて順応性高くて好き。       もうお察しだろうが、そいつは憎まれすぎた」
o川*゚-゚)o「……あっそう。でしょうね」
 そのときロマネスクの脳裏を過ぎったのは、問題児の周りにいた小動物の姿だった。
 ニュッの話では感情を「向けられた」側が霊となるはずだ。 であるならば。おそらく彼は単なる遊びやいたずらではなく、深く明確な殺意を持って小動物を。 ──当然、ロマネスクや同級生への暴力も、きっとそれなりの意志を持って。
 ここに来て、その事実が最もロマネスクの肝を冷やした。
 いや。こんなわけの分からない奴の言うことが正しいとは限らない。 限らないのに。 そういうものだと、おそらくは彼が口にする「魂」が、勝手に納得する。

108 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:13:52 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「何でキュートがハインリッヒから離れられないのかって話をしてたよな。       逆だ、ハインリッヒの方が離れられねえんだ」
 ニュッが指を弾くと、彼の手の上に古めかしい天秤が落ちてきた。 片側の皿にハイン、もう片方にキュートの名が刻まれている。
( ^ν^)「関わりを持った奴らは普通、お互いに感情も持ち合うわけだ。       ここで、片方だけがやたらにデカい感情ぶち込まれたらどうなるか」
 どこから出したのか、ファンシーなハート型の分銅をキュートの皿へと放り込んでいく。 当然秤は傾き、大きな傾斜が生まれた。 その坂のてっぺんに指を乗せ、つうっと下るように滑らせる。
( ^ν^)「足場も秤も重い方に傾く。傾いたら、その上に乗ってるもんは重力に従ってそっちに引っ張られる。       簡単な話だな」
( ^ν^)「おまけに気力やら体力やらもそっちに転がり落ちて弱ってった。       ちなみにこのおまけは、あんたらが魂と生命力を結びつけるような思想を生んだ末の副産物だ。       余計なことして首絞めるのやめた方がいいぜ、人類」
 ハインは腕を組み、黙って聞いている。 彼女へ退屈そうな視線をやってから彼は続けた。

109 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:15:19 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「もういっこ副産物の話をしよう。       てめえらは物事をカテゴリ分けしねえと安心できねえ馬鹿だから、感情の種類を『いい』と『悪い』に分けやがった」
( ^ν^)「『いい』のは好きだの愛だのってやつで、『悪い』のは嫌いとか憎いとかな。       まあ人によってまた考えは違うだろうが、こういうのは多数派の意見が力を持つ。悪しからず」
 これはキュートちゃんの魂、と言いながら、くるりと天秤の前後をひっくり返す。 ハートの乗った皿には「いい」、反対の皿には「悪い」という文字。
 「いい」に傾いていた秤は、ニュッが真っ黒で角張った分銅を「悪い」に重ねていくにつれ逆転する。 完全に傾ききっても重ねていく。 崩れるだろうというほど積んでも、まだ。
 そうして重さに耐えきれず、真っ黒な塔よりも秤の方が先に崩壊した。
( ^ν^)「どっちかに偏りすぎると、ひっくり返って壊れんだ。       そんでもって、こういう無茶な壊れ方ってのは連鎖したり影響を与えたりする。       それを放っとけば最終的には全部こんな風に終わっちまうわけ」
(;ФωФ)「『全部』?」
( ^ν^)「『世界』」

110 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:16:33 ID:7hsDycEw0
 ここからが本題だ── 言って、ニュッは鉄棒から下りないままに立ち上がった。
( ^ν^)「というわけで、どっかで過剰に傾いてるものを見付けたら、早急にバランスをとらなくちゃいけなくなる」
( ^ν^)「素直キュートの場合は、まあ初めから悪感情に傾いてたから監視してはいたがよ。       それでも急いで対応する必要はなかった。時間の経過で誤魔化せそうな程度だったんだ。       あのままなら何十年後かには『幽霊』を成形するほどの重みも薄れて、静かに消えられたろうに」
( ^ν^)「それをあんたらがつっついたせいで、事態がいかれちまった。       ……SNSってなあ……ほんとお前らは面倒なもんしか作らねえ」
 ようやく地面へと下りてくる。 見た目は相変わらず子供のままで、ロマネスクの視点よりずっと下にいるはずなのに。 やけに大きく、重苦しい。
o川*゚-゚)o「バランスをとるって、どうやってやるわけ」
( ^ν^)「怖ェよなキュートちゃん。不安だよな。       おおむね想像どおりだよ。       魂に、受け取った感情をふさわしい形で消化してもらうんだ」
o川;゚-゚)o「……だから! その『消化』って何!」

111 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:17:58 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「『いい』に傾きすぎた奴は、その『いい』を何らかの形に変えて受け止めさせる。       形ってのは、まあ、心地いい何かだ。人による。幸せなもんさ。       その反対の場合は──分かんだろ大体」
从 ゚∀从「たくさん愛されてたら天国でご褒美をもらえて、     たくさん嫌われてたら地獄に落ちて罰を与えられると?」
( ^ν^)「そういう認識でいい。       天国地獄もあんたらが勝手に言ってるもんだから厳密には違うが、やることは大体同じだしな」
( ^ν^)「消化し終わったら魂も自然に消える。       そうすりゃ感情を受け止める先がなくなるわけで、この先あんたに向けられ続けるであろう憎しみも愛情も、地面に転がって均されて終いだ」
 キュートの顔は真っ白になっている。 幽霊にも血の気はあるのだと、こんな状況で知ることになるとは思わなかった。
 ──高遠な話よりも卑近な気付きに心の拠り所を求めたロマネスクの意識を、少年の声が攫う。
( ^ν^)「杉浦ロマネスク」
(;ФωФ)「っ!」

112 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:20:21 ID:7hsDycEw0
( ^ν^)「昔あんたを泣かせたクソガキも、まあとんでもない奴だったな」
(;ФωФ)「は、は?」
( ^ν^)「あいつは生きてる内から恨みを買いすぎてバランスがいかれてた。あの歳でだ!       だから、あいつが病気したのは霊に生気を吸い取られたからってだけじゃねえ。       俺らが調節したからだ。天罰みてえなもんさ」
( ^ν^)「どうだ、すかっとしたか?」
 そう問われて、ようやく、思考と感情が一旦の着地点を得た。 ほんの少し前に考えたばかりの話だったからだろう。
( ФωФ)「……しない」
 片眉を上げたニュッが、あっそう、と返して視線をずらした。
 突然こちらへ話を振ったのは、「彼女」の理解を待つ時間を作るためだったようだ。 そうして正しく理解を得た彼女が呟く。
o川;゚-゚)o「……地獄に落ちるの? 私……」
( ^ν^)「そうだっつってんだろ、性根が悪けりゃ頭も悪ィか?」

113 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:21:00 ID:7hsDycEw0
 指を弾く。 直後、彼の隣に真っ黒な壁が現れた。
 壁──ではない。 四角く切り取られた、真っ黒な空間がそこにあるのだ。
( ^ν^)「長話も飽きちまうよな、終わりとしようぜ。       まあ素直キュートにとっての『終わり』はまだまだずっと先だがな。       こんだけの感情、消化すんのにどれだけかかるか分かんねえ。きっと途方もねえよ」
o川;゚-゚)o
 キュートが踵を返そうとした。 しかし、彼女が向かいたいのとは逆方向へと──黒い空間へと、勝手に体が引っ張られていく。

114 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:22:12 ID:7hsDycEw0
o川; - )o「やだ……いやだ!!」
o川; - )o「なんで! 私、もう充分ひどい目に遭ったでしょ!?」
 わめく声が耳に突き刺さる。 ずきずきとロマネスクの体か頭か、どこかも分からない場所が痛む。
( ^ν^)「ああそうだ、冥途の土産ってやつをやっとこう。       お前の母ちゃんな、お前にはもう、ほとんど恨みの感情しか持ってねえよ。       お母さんが丹精込めたお気持ち、ちゃんと受け取ってあげてね」
 叫びが止まった。
 反対に、ロマネスクの痛みはよりきつく、重たく。

115 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:23:28 ID:7hsDycEw0
 たしかにキュートは恋人を苛んだ憎い相手だ。 だが、たぶん自分は彼女のことをそこまで嫌っていない。
 違う。 嫌ってはいるけれど、嫌いでないところもある。
 駆け出し、キュートの腕を掴もうとする。 しかしあっさりと通り抜けてしまった。 ロマネスクは勢いあまって倒れ込み、キュートは黒色へ引き寄せられていく。
(;ФωФ)「ま、待て!」
( ^ν^)「待たない」
(;ФωФ)「いきなりこんな……あ、あんまりだろ!       なんとか……なんとかならないのか」
( ^ν^)「ならない」
 手も声も、これっぽっちも届かない。

116 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:24:18 ID:7hsDycEw0
 どうしてこんなことになってしまったのだ。 放っていれば静かに消えていたという。 自分たちがつっついたからこうなったという。
 「こうなった」。 SNSで彼女の所業が拡散され、数多の感情が彼女に注ぎ込まれた。 どうして?
 つーの友人がSNSに書き込んだから。 つーが友人に過去の話をしたから。 ロマネスクがつーに昔のことを訊いたから。 キュートに直接話を聞けなかったから。 キュートが加害者側だったとすぐに気付けなかったから。

 キュートの名前と自殺のことを知ったとき。 その場で詳細を調べるのを、ロマネスクがやめさせたから。
.

117 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:25:38 ID:7hsDycEw0
(; ω )「……この事態は……吾輩のせいなのであるか……」
 頭を抱えて呻く。 ニュッが目を細め、殊更に優しい声を落とした。
( ^ν^)「そうかもしれませんね、杉浦さん」

 とうとう黒色に飲み込まれようというところでキュートの体が止まった。 止まっただけで、どんなにもがこうと、こちら側には動かない。
( ^ν^)「最後のお別れですよ、お互いに何か言っておくことは?」
 「お互い」の中にロマネスクは含まれていない。 今ここで見つめ合っているのは、ハインとキュートだけだ。

118 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:25:59 ID:7hsDycEw0
o川;゚-゚)o「……た、助けてよ、ハイン……」
从 ゚∀从
 ハインは目を瞑り。 小さく息を吐くと、改めて瞼を持ち上げた。
从 ゚∀从「人を加害した人間が幸せに……どころか普通に暮らすことを絶対に許したくない人はまあ多いものだよ。     直接被害に遭ったか否かに関係なくね。     感情としては私もまあ理解できる」
从 ゚∀从「だからお前もそうなるんだ。それは仕方ない」
o川; - )o
从 ゚∀从「仕方ないからね、私も一緒に受けるよ。罰」
 いつだってトーンの変わらない声は、やはり、こういうときにもよく通る。

119 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:26:46 ID:7hsDycEw0
 唖然とするロマネスクを置いてハインは歩いていく。 そうしてキュートの前に立って言うのだ。

从 ゚∀从「結婚しよう、キュート。お前が持ってるもの、私にもちょうだい」

 キュートが目を丸くする。 ロマネスクも同じように。
 ニュッだけが、退屈そうに一連のやり取りを眺めていた。

120 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:27:35 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「少年、そういうのは出来るかな。出来ないと困るのだけど」
( ^ν^)「さあ。やったことないので分かんないですけど」
( ^ν^)「一応これ、一人ひとりに合わせた専用の──まあ、地獄? なんで……。       そこに二人放り込んだら、うーん。       同一のものと見なされて、高岡さんも同じようなことされるんじゃないですかね。消化の助けにはならないんで無意味でしょうけど」
从 ゚∀从「同一ね。夫婦らしくてちょうどいい。     病めるときも健やかなるときも、だ。     愛し合って助け合って支え合うもんだよ」
(;ФωФ)「おっ、お前は何をまた馬鹿なことを!       聞いたであろう、お前が行っても無意味に苦しむだけだ!」
从 ゚∀从「でも、二人いたら少しは気が楽なんじゃないかと思うんだ」
(;ФωФ)「はあ!?」
从 ゚∀从「一人きりで充分だと思ってても、二人でいると案外楽しい。     一緒にいたら楽しそうだと思えた相手なら尚更だ。     私はね、ロマさんにそういうのを教わったんだよ」

121 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:29:23 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「ロマさんのおかげだ。     あの店のヨーグルトケーキが美味しいと教えてくれたのもロマさんだ。     他にもそんなことがいっぱいあるよ」
(;ФωФ)「……おまえ」
从 ゚∀从「誰のせいとか責任とか、そういうのは突き詰めていくとキリがない。     考えるなとは言わないけれど、いたずらに気分が沈んでいくだけだ。     だからあなたの『おかげ』で助かった奴のことも考えて、バランスをとっておくれ」
 ハインがキュートへ向き直る。 まだ少女らしさを多分に宿した丸みのある頬へ、優しく手を添える。
从 ゚∀从「あ、私はキュートに触れるんだね」
( ^ν^)「高岡さんも大概死にかけですからね。       視覚や聴覚以外もチャンネルが合ってきてるんでしょう」
从 ゚∀从「ますますちょうどいい。あんまりにも辛いときは抱きしめ合える」
 声はひたすらにまっすぐ整っていても、その指先は頼りなく震えていた。

122 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:30:42 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「ほら。観念して行こう、キュート」
o川* - )o



 ──制服のスカートから伸びた足が、ハインを蹴飛ばした。



 後ろへ倒れ込んだハインは、慌てて身を起こして「地獄」の入口を見上げる。
从 ゚∀从「キュート」
 反動で体が傾いたせいで、キュートは既に黒色に飲まれ始めていた。 とうに頭は向こう側にあり、その表情は分からない。

123 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:31:36 ID:7hsDycEw0
 始まればあっという間だった。 ブレザーに包まれた体もたちまち埋もれていき、やがては黒い空間そのものがなくなって。
 静まり返る校庭に、あーあ、と呆れとも嘲笑ともとれない声。
( ^ν^)「ふられちゃいましたね」
 それから。
 ──ばいばい。 最後にそう言って手を振ると、彼もすっかり、この場から消えてしまったのだった。

.

124 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:32:26 ID:7hsDycEw0
 二人とも地面に尻をつけたまま呆然としていた。 先に我に返ったのはロマネスクで、なんとか立ち上がるとハインに駆け寄る。
(;ФωФ)「ハイン……」
从 ゚∀从「ねえ」
 無人の鉄棒を見つめたままハインが口を開く。 目元も鼻も真っ赤にして、ちょっと触れればどちらからも水がこぼれてしまいそうだ。
从 ゚∀从「私は、あの子のことが本当に本当に好きだったんだよ」
 そんなことはもう、この上ないほど分かっている。

125 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:33:25 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「あの日、私が校門の前で吐いたとき、それはもうみっともない有様でさ。     汗が不快で、髪を掻き上げていたんだ。……顔を露わにしていた。     街路灯が煌々と照らす中でだ」
从 ゚∀从「そんな私を前にしてあの子はね、私じゃなくて嘔吐物に『汚い』と言ったんだよ」
( ФωФ)「……ああ」
从 ゚∀从「数日間一緒にいたけれど、髪の下についてはついぞ一度も、何も言われなかった。     馬鹿にすることも気をつかわれることもなかった」
从 ゚∀从「それでいい子だ悪い子だと判断するわけじゃない。     ただ私にはそれだけが大きくて、重たくて、全てだった」
 ずず、と鼻を啜る。 瞳を潤ませる涙は、瞬きとともに一粒だけ落ちて弾けた。

从 ゚∀从「一生の恋だと思ったんだよ……」
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126 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:34:57 ID:7hsDycEw0
 ロマネスクが手を伸ばす。 ようやくこちらを見上げたハインはその手をとると、ふらつきそうになりながらもゆっくり立ち上がった。
 もう一度鼻を啜る。 それを済ませたら、足取りも目つきも、もうしっかりしていた。
( ФωФ)「なら良かったではないか」
( ФωФ)「数日ぽっちで終わりそうだった恋が、60年ばかし伸びたのだ」


 永遠に一人だけを愛し続けられる人間が、果たしてこの世にどれだけいるのかは知らないが。 少なくともこの女はそういうたちだろう。
 その推定60年を抱え込んだ愛が、いくらかはキュートのためになる。


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127 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:35:52 ID:7hsDycEw0


 一週間が経った。
 SNS上の騒ぎは未だ長引いているが、勢いはすっかり衰えている。 美和が元の投稿を削除したことと、やはりキュートが亡くなっていることが一部でブレーキの役割を果たしたようだった。
 ロマネスクはあまり熱心に事を追いかけるつもりがないので、これ以上はろくに知らない。 どのみち直接の被害者や加害者を除いた大衆の中ではいずれ風化していくのだろう。 人間など常に何かの感情を抱えて、あちらこちらへ流れるものだ。
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128 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:36:20 ID:7hsDycEw0
从 ゚∀从「二人の方がしっくり来るというのも、妙な感じだね」
( ФωФ)「本当にな……」
 そこそこ賑わう昼の喫茶店。 窓際の席についているのはハインとロマネスクの二人のみ。
 あれ以来ニュッの姿を見ていない。 どころか、店主も店員も、誰も彼のことなど知らないという。 しっかり接客をしていたはずなのに。
从 ゚∀从「よくよく考えてみれば、私たちが少年と仲良くなったときの記憶がないんだ。     お金を立て替えたと言われたが、そんな覚えがなくてね」
( ФωФ)「吾輩も、この店ではお前としか友達になった覚えがないのである」
 ここのところ、ずいぶん前から彼のことを知っていたような気になっていたのだが。 大方、「バランス」の危うかったキュートを注視していたらハインと出会ってややこしいことになったので、様子を窺うために接近してきた──なんてところ。 違ったとして、どうせこの先も正解を知る術はない。適当に解釈しておこう。

129 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:37:35 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「しかしお前、何であるかその格好は」
 ロマネスクは胡乱にハインを見やった。 品のいい黄色のワンピース。 まさかもう新たな婚約者を見付けたわけではあるまい。さすがにあの流れでそれは引く。
从 ゚∀从「このあと指輪を買いに行こうと思うんだ。     せっかくだから小洒落た格好で行きたいじゃないか」
( ФωФ)「指輪」
从 ゚∀从「形だけでもキュートと結婚した気分になれたらなって」
( ФωФ)「……本当に重いな、お前は……」
 一応ふられたのではなかったか。
 まあ、形から入りたがる彼女のこと。一人で勝手に一生の愛を誓っていればいい。 仲人役くらいはやってやる。


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130 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:38:58 ID:7hsDycEw0

 リビングへ入れば、つーが立ち上がった。
(*゚∀゚)「おかえり」
( ФωФ)「ただいま」
 喫茶店の紙袋をテーブルに置くと、わ、と嬉しそうな声をあげた。 見るなと言ってもしばらくはどうしてもSNSを気にしていたが、ネット上の話題が移り変わるにつれて、つーもスマホを手にする時間が減って元気になっていった。
 さすがにニュッの話を全て伝えるのも躊躇われて、キュートのことは「成仏した」とだけ言ってある。 ありのままを教えたら、この人はまた自分を責める。

131 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:40:05 ID:7hsDycEw0
(*゚∀゚)「ありがとうロマ、大好き!     ちょうどいいからおやつにしよ、お茶入れてくるね」
( ФωФ)「つー」
(*゚∀゚)「んー?」
 キッチンに入る彼女の後を追う。 表情も声もお茶の準備をする手付きも、すっかり以前どおり。 これなら言ってもいいだろう。言いたい。


( ФωФ)「僕と結婚してほしいんだ」
(*゚∀゚)

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132 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:43:48 ID:7hsDycEw0
 茶葉の缶を握りしめたつーが、ばっと振り返った。
(*゚∀゚)「へ? え?」
( ФωФ)「僕と結婚してください」
(*゚∀゚)「何で言い方ちょっと丁寧にしたの。え? うそ、今?     いや待って、喋り方。大丈夫なの?」
( ФωФ)「君の前ではどう喋ったって怖くない」
(*゚∀゚)「ほんとに?」
( ФωФ)「……本当はちょっと無理してるけど、でも前ほどじゃない。       ちゃんと片付けていったら、少し楽になったから」
(*゚∀゚)「う、うん? よく分かんないけど、良かったね……」
 憎からず思っている相手からいきなり、とびきりの気持ちをぶつけられた人間というものは、大体このような反応をするのかもしれない。
 ──あのとき蹴飛ばされたハインには見えなかったろうが、ロマネスクには、こんな風な表情をするキュートが見えていた。 一瞬だけだったから、絶対とは言えないが。

133 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:44:36 ID:7hsDycEw0
( ФωФ)「それで、あの、返事は」
 つーは真ん丸にした目でロマネスクを見つめてから。
(*゚∀゚)「……ケーキ食べてから!」
 真っ赤にした顔で、そう言った。

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134 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:45:54 ID:7hsDycEw0
 結婚さえすれば幸せが決まるわけではない。 愛し合っているなら結婚しなければならないものでもない。 しかし、やはり自分も形から入ると安心するタイプだから。
 きっとこれがいい。




(*;∀;)『私のせいなのかな』

 ──罪悪感という感情の行き場はどこなのだろう。
 申しわけなさということなら、相手に向かうものかもしれない。 しかし自分を責めたり悔いたりするのなら、それは自身に注がれるのではないだろうか。
 そしてそれが過ぎたら、何かが傾いてしまって、バランスを取らされるのではないだろうか。

135 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:47:23 ID:7hsDycEw0
 それならば一生この人を愛してみせると誓いたい。
 「悪い」に傾いた秤が「いい」に傾くように。 いつか魂だけになったとき、この人が心地よい気分だけをたくさん味わってくれるように。

 この、世界がひっくり返りそうになるくらいに重たい愛でもって。

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136 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:48:04 ID:7hsDycEw0


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137 : ◆KD5oTB3lZY [] :2024/04/29(月) 23:48:27 ID:7hsDycEw0以上ですありがとうございました

138 :名無しさん [↓] :2024/04/29(月) 23:54:28 ID:qPQT80qU0乙!

139 :名無しさん [↓] :2024/04/30(火) 20:10:38 ID:BfTbm.AU0乙乙むっっっちゃ良かった!ゆるい感じからサスペンスになってくのが凄くワクワクしたし、関係無い外野が正義ぶる事で罪が重くなってくの胸糞だったし、ロマネスクが最後に出した答えに感動した。世界中を敵に回してもってまさにこういう事なんだなと

140 :名無しさん [↓] :2024/05/01(水) 13:54:51 ID:qxBVL6Y60乙!めっちゃ面白かった!夢中になって読んじゃった

141 :名無しさん [↓] :2024/05/01(水) 17:16:35 ID:SmI1cIwY0乙です

142 :名無しさん [↓] :2024/05/08(水) 19:29:12 ID:6zEaDdgY0ものすごい満足感をもって読了できた作中に色々な要素があったけど全部本当に面白かった登場人物の偽りない強い思いにジーンとする

143 :名無しさん [] :2024/05/09(木) 23:05:22 ID:mo0DEQ0Y0読み終わって、ロマとハインが愛おしく思える。ロマが勝ち負けを決めなくていい、と認められたところが好き。ハインの最後の告白も切なく、美しかった。