ハナバチ類における匂いのマークを利用した採餌行動の進化

 花に訪れる昆虫たちにとっての主な餌資源は、花粉と花蜜です。ハナバチ類は自身または仔やコロニーの仲間のために、これらの資源を必要としています。この餌資源は他の昆虫や近縁種、同種他個体も利用するために、他個体よりも先に花を訪れて採餌(さいじ)しなければいけない競争状態にあります。そのため、花粉や花蜜が多く残っている花を効率よく探さなくてはなりません。私たちの目から見ると、膨大な数の花が咲いていている場所であっても、実際にその中に花蜜や花粉がどれだけ残っているのかは、すぐにはわからない場合があります。

 ハナバチたちは、花に残っている餌資源量を判断するために、さまざまな手がかり(cue)を使っています。その中の一つに、自分自身や同種他個体、異種個体が花の上に残した匂いのマーク(scent mark)というものがあります。これは、花に訪れた個体が花粉や花蜜を採餌しているときに、偶発的に花の上に残される化学物質と言われています。花に接近した個体は、この匂いを判断することで、すでに餌資源がなくなった花かどうかを簡単に識別することができることが報告されていました。私が研究を始めた当初は、この匂いのマークが使えるのは社会性ハナバチ類、もしくはミツバチ科に属するハナバチのみだと言われていました。

 私は日本に生息するさまざまなハナバチ類を用いて、匂いのマークの効果を調査しました。その結果、ミツバチとは異なる科に属しているハナバチ類でも匂いのマークを用いて、花の資源を判断することを明らかにしました。たとえば、コハナバチ科で、真社会性をもつアカガネコハナバチは、自身や同種他個体の匂いのマーク以外にも、他種個体の残した匂いのマークも利用して、花に餌資源がないことを判断していました。また、単独性のハナバチ類においても匂いのマークを利用している種があることがわかり、匂いのマークを利用する採餌行動を行うかどうかは、社会性の段階に関係なく、それぞれのハナバチが訪花する花の形態・採餌戦略の違いによって利用に差がみられることが考えられました。

 ハナバチ類の採餌行動にはまだまだ面白い点が数多くあり、ミツバチやマルハナバチといったメジャーな種ではない種を用いた行動生態学的研究を行なっています。 

Tomoyuki Yokoi and Kenji Fujisaki.

Repellent scent-marking behaviour of the sweat bee Halictus (Seladonia) aerarius during flower foraging. Apidologie, Volume 38, pp474-481, (2007)


Tomoyuki Yokoi , Dave Goulson and Kenji Fujisaki.

The use of heterospecific scent marks by the sweat bee Halictus aerarius, Naturwissenschaften, Volume 94, pp1021-1024, (2007)


Tomoyuki Yokoi and Kenji Fujisaki.

Recognition of scent marks in solitary bees to avoid previously visited flowers. Ecological Research, Volume 24, pp803-809, (2009)

アカガネコハナバチ

ウツギヒメハナバチ

ミツクリヒゲナガハナバチ