2018

第84回研究会

【科研費一般公開シンポジウム「夢の現象学」】

共催 心の科学の基礎論研究会(第84回)

・日時 2018年12月15日(土)午後1:30~5:30(午後1時開場)

・場所 明治大学駿河台キャンパス研究棟2階第8会議室

http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html

駿河台キャンパス アクセスマップ

・内容

1 武内大(自治医科大学/哲学・現象学)

【科研代表者挨拶ーー「夢の現象学」について】

2 渡辺恒夫(東邦大学/心理学・現象学)

【夢世界の心理現象学的探究】Zippel(2016)の歴史的検討で示されたように、夢の現象学はいまだ組織的には存在していない。本研究はこの空白に心理現象学(psychophenomenology)によって切り込む。1.ブレンターノとフッサールを踏まえ、想像意識・夢・明晰夢の各志向的構造を比較する。2.夢の現象学的分析の方法としての現象学的「解明」を、自然科学的「説明」、人間科学的「理解」と対比させて明確化する。3.個別的問題の解明の例として「なぜ夢世界では他の誰かに成れるか?」「なぜ夢世界ではタイムトラベルできるか?」「なぜ夢世界では小説の中に入り込めるか?」を取り上げ、ブログ上の夢日記データを分析する。4.その結果、夢を現実とは異なる独自の世界として成立させている「夢世界の原理」に到達することを期待したい。

3 岡田斉#(文教大学/認知心理学)#ゲスト講演者

【夢の認知心理学ーー夢における感覚別想起頻度の研究を振り返って】夢に関する心理学的研究は精神分析とREM睡眠の機序に着目した精神生理学的研究という対立軸のもとに展開してきた。しかし、いずれの立場もメカニズムに関する議論が中心とするため、仮説にとらわれず夢という現象をあるがままにとらえようとする研究は傍流となったように見受けられる。しかし、先の二者のいずれとも異なり、実証的方法を用いながら現象を重視する研究から、覚醒時と夢見の間で同じ認知メカニズムを共有すると考える神経認知理論が提唱され支持を広げてきている。私たちはこの立場から夢想起を対象に調査研究を行ってきた。そのうち6つの研究を紹介する。1.夢想起頻度と覚醒時のイメージ能力との関係、2.夢の感覚別想起頻度とイメージ能力の関係、3. 夢見における色彩感覚体験頻度の生涯発達、4.聴覚障がい者の夢見、5. 悪夢の頻度と夢見の感覚別頻度の関係、6.悪夢の苦痛度を測る尺度の作成。

4 武内大

【魔女の襲撃と飛行 睡眠麻痺の現象学】魔女の襲撃と魔女の飛行は、どちらも睡眠麻痺によって引き起こされる現象である。前者はいわゆる「覚醒悪夢」、後者は「体外離脱体験」「明晰夢」に相当するものと考えられる。本発表では、これら二つの現象を、主に初期近代ヨーロッパにおける魔女カルトの幻視体験を題材としつつ、4EA(embodied, embedded, extended, enactive, affective)認知という観点から考察し、その現象学的本質を明らかにしたい。

5 渡辺恒夫「3、4への指定討論」

6 総合討論

・本研究会の趣旨に賛同ならば誰でも参加できます。申し込み不要、原則無料ですが、カンパを募ることもあります。

・お願い!研究会はお互いに学び合う場です。自説を一方的に主張し続けて他の参加者の発言機会を奪うような行為は迷惑行為に当たりますので御遠慮下さい。

第83回研究会

【日時】2018/7/7(土) 午後1:30〜5:30(午後1時開場)

【場所】明治大学駿河台キャンパス研究棟3階第10会議室

駿河台キャンパス アクセスマップ | 明治大学

【第1部】合評会(『生きられた<私>をもとめてーー身体・意識・他者』田中彰吾著、北大路書房、2017)

・書評担当:榊原英輔(東京大学医学部附属病院・精神神経科)

【要旨】本書は、ラバーハンド・イリュージョン、ソマトパラフレニア、ニューラルオペラントなどの、身体、意識、他者にかかわる興味深い心理学の研究を詳細に紹介しつつ、心身二元論の代わりに、〈生きられた私〉を「身体を介した世界との関わり」の中に求めるいわゆる4E(extended, enactive, embodied, embedded)の立場を明確に描き出している。私は4Eのアプローチに賛成であり、小耳にはさんで気になっていた心理学の研究が示唆に富む考察とともに詳しく解説されており、本書からは学ぶことが多かった。疑問点があるとすれば、4Eの立場と、著者が依拠している現象学との関係がよくわからなかったことである。本発表では、私が本書から学んだことと、現象学と4Eの立場の関係に関する疑問を著者にぶつけてみたい。

【第2部】研究討論会「近代心理学と現象学——もうひとつの心理学史を求めて」

・発表者:渡辺恒夫(東邦大学/心理学・現象学)・村田憲郎(東海大学/哲学・現象学)

【要旨】本年の日本心理学会大会におけるシンポジウムとして、渡辺・村田に加え田中彰吾の連名で企画申し込み中の標記の内容について、事前に検討する。下記にシンポジウム企画趣旨を紹介する。【2016年に文庫化復刊された高橋澪子著『心の科学史』には、「未完に終わったゲシュタルト認識革命」への期待が語られているが、この期待の実現のため、1.誤解されていたゲシュタルト心理学を現象学運動の一環として位置づけ直す。2.現代の質的研究や認知科学における現象学再興の将来を占うためにも心理学としての現象学の歴史を跡付ける。3.そのために科学的心理学の祖ヴントと現象学の祖ブレンターノが同時にその主著を出版した1874年当時まで遡り、両者が分岐した歴史的意味を解明する。従来の近代心理学史では完全に背景化していた「もう一つの心理学史」の可能性を追求することで、実験心理学と質的研究の分裂など多様化細分化を重ねる心理学の全体像を明確化したい。‥‥】

3名の企画者中、渡辺が以下のように自己の話題提供内容を紹介し、村田がそれに論評を加えるという形で、本研究会における検討を進めたい。【<「流産したゲシュタルト認識革命」(高橋,2016)と現象学>(渡辺)。ゲシュタルト心理学を現象学の流れに位置づけるため、その実験的方法によって何がなされていたかを再検討する。例えば距離が近い2点はひとまとまりに見えるという近接の原理は、距離とは物理距離でなく主観的距離のことである以上、「近接して見える」2点は「まとまって見える」という主観的現象同士の意味上の連関を解明したのであり、まさに実験現象学である。】

なお、質的研究における現象学再興の例として、「他者になる夢の現象学的解明——フッサール志向性論に基づく主題分析」(渡辺恒夫著,質的心理学研究,vol. 18, 66-86, 2018)の抜刷も配布する。

第82回研究会

人文死生学研究会(第16回)との合同研究会

日時:2018年3月18日(日) 午後1時半~6時

場所:明治大学 駿河台キャンパス

1【合評会 】(『人文死生学宣言ーー私の死の謎』渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)

・書評担当「一人称の死の意味とは何か?——心理学の観点から」 浦田悠 (大阪大学/死生心理学)

【概要】一見何でもない当然なことにも見え,かつ,とてつもない謎にも思えるのが,死の問題,とりわけ「ほかならぬ私が死ぬ」という一人称の死の問題である。本書の著者らは,この問題が何より重要かつ深淵な謎であるという立場から,その捉えがたさの核心に迫ろうとしている。そして,渡辺らが続けてきた自我体験の研究は,実は一般の(もしかするとほとんどの)人々も,著者らと同型の問いを鮮烈に抱く機会があることを示している。とすれば,各章を読み解くことにより,読者は,私が死ぬということへの根源的な気付きを(再)確認し,死への向き合い方のラディカルな転換へと誘われるかもしれない。この書評では,そのような本書の特徴を踏まえつつ,心理学の観点から,一人称の死の意味を考察してみたい。

2【講演】 「死後の同一性と単純説」鈴木生郎(鳥取大学/分析哲学)

【概要】死についての現代の哲学的議論において、「終焉テーゼ」――死はわれわれの終焉であり、われわれは死後に存続することはないというテーゼ――はしばしば議論なく前提される。このことにはもちろん一定の理由がある。終焉テーゼは、死後の魂の存続を信じるのでもない限り自然に感じられるだけでなく、現代のわれわれが死を恐れるときに前提されている――その意味で死についての常識的理解の一部である――ように思われるからである。/『人文死生学宣言』(渡辺恒夫、三浦俊彦、新山喜嗣編、春秋社、2017年)は、こうした常識的な死に関する理解を、人文学的な知見に基づいて問い直す野心的な試みである。特に第Ⅱ部では異なる理論的背景(心理学/現象学、仏教哲学、現代形而上学)に基づいて、「終焉テーゼ」を否定する多様な立場が擁護されており、非常に興味深い。本発表の目的は、この第Ⅱ部の議論を、現代形而上学の知見を背景に批判的に検討し、そのことによって議論に一定の貢献を果たすことである。/具体的には、本発表では以下の三つの作業を行なう。第一に、第Ⅱ部の中心となる諸論文(第四章、第五章、第六章)で提示されている議論を個別に整理し、検討する。第二に各論文で展開されるどの立場も人の同一性に関する「単純説」と呼ばれる立場の一種とみなせることを指摘し、この立場が直面する一般的な問題を指摘する。第三に、死の悪さないし死に対する恐怖の観点からも、それぞれの立場について考察する。