研究内容(PD)

コンパクト連星系からの重力波の定式化とそのデータ解析

研究の目的

今世紀は、「重力波天文学」が宇宙を知る上で重要であることは間違いない。科学技術の発展により、重力波の直接検出が可能になりつつある。日本では既に、地上でのレーザー干渉計を用いた重力波検出器のTAMA300が数回にわたり稼動し、海外でもLIGO、VIRGO、GEO等の地上観測計画、宇宙空間でのLISA計画が進行している。重力波が検出されると、相対性理論をはじめとする重力理論の検証がなされ、今まで観測されなかった情報を重力波源から手にすることができる。しかし、重力波は非常に微小な信号である。重力波観測から得られる情報の抽出のためには、重力波源から放出される理論的重力波波形の正確な予測が必要不可欠であり、またデータ解析の方法の確立無くしては、重力波を検出することは不可能である。

以上の世界的情勢を考え、申請者は重力波検出器の主要な標的の一つである、コンパクト連星系から放出される重力波波形の理論的予測、重力波のデータ解析法の構築を行いたい。そのためには、コンパクト連星系の運動を正確に知る必要がある。

本研究では、ブラックホール摂動法(一方の星が重力場を支配してブラックホール時空を形成し、他方を質点と見なし摂動を与えるものとして取り扱う近似法)を用いてコンパクト連星系の運動を正確に記述することを第一の目標とする。純粋理論物理的興味として、ブラックホール時空中の質点の運動を正確に解くことは、一般相対論における数十年来の大問題であり興味深いものである。次に、重力波データ解析で用いることが可能な精密な理論重力波波形を導出し、最終的に重力波検出器によって得られるデータを用いた重力波データ解析法を構築することにより、これから益々国際的に進展していく重力波天文学に貢献したい。

研究の内容

コンパクト連星系から放出される重力波の理論波形を求めたい。そのためには、コンパクト連星系の正確な運動の情報を知る必要がある。ここで、ブラックホール摂動法を用いる。この方法は、質点の質量がブラックホールの質量に比べて十分小さいという近似の下にブラックホール時空の一般相対論的効果を完全に取り込んだ方法である。質点とブラックホールの質量比の最低次では、質点はブラックホール時空の測地線に沿って運動する。質量比の1次近似、すなわち計量の摂動は質点に対する重力的反作用力(背景時空での測地線運動からの「ずれ」)を与える。

今までの研究では、重力的反作用力を考えることなしに質点のエネルギー・角運動量の損失を議論することで、質点の運動に対し多くの有用な結果が導かれた。しかし、ブラックホールが回転しているカーブラックホール時空中での質点の運動は、運動の定数としてエネルギーと角運動量だけでなく、第3の運動の定数である「カーター定数」も考える必要がある。このカーター定数の時間発展は、まだ誰も解いていない。

この問題を、質点に対する重力的反作用力を考えることにより解く。まず、重力的反作用力を質量比の1次近似まで取り扱う。

しかし、質点を考えることにより、重力の摂動場は質点の位置で発散する。この発散を取り扱う正則化の問題は、質量比の1次近似において研究されてきた。質点への重力的反作用力は、質点が運動することによって過去に放出された重力波が、背景時空の曲率により散乱されて伝わる計量の摂動の履歴部分から生じることが分かっている。履歴部分は、質点の運動の過去の履歴と時空の大局的構造に依存するため、直接計算することは非常に困難である。

そこで、計量の摂動全体から発散部分を引き算する正則化の方法を提案し、効率の良い「引き算」の方法等を開発したが、まだ重力特有のゲージ依存性問題、カーブラックホール時空中での計量の摂動の構築等の重要課題が残されており、まずこの問題を解決する。さらに、実際の計算では、極めて繁雑な解析的計算を実行する必要があり、一般の軌道に適用するためには数値的取り扱いを可能にする必要もある。これらの研究をもとに、数十年来問題になっていたカーター定数の時間発展を求め、ブラックホール時空中の質点の運動を正確に記述する方法を確立する。

現在、質量比の2次補正の重力波放射を計算する方法は存在しない。重力的反作用力の研究の成果を用い、ブラックホール・質点系から放出される重力波の評価の問題に取り組み、実際の重力波データ解析で用いることが可能で精密な理論重力波波形のテンプレートを導出する。また、質点の取り扱いを拡張し、コンパクト星の内部構造(密度分布・スピンなど)を考慮した運動方程式の定式化を行い、理論波形の精度をより向上させる。

これらの研究をもとに、初めに重力波検出装置から得られる蓄積データから、コンパクト連星系の位置、個々のコンパクト星の質量・スピン等の物理情報を抽出するためのデータ解析の方法を確立する。今後、重力波検出器の稼動台数が増えてくることと、ブロードバンド化によりオンライン解析が可能になることから、益々複数台検出器による同時観測の解析法、及び高速解析が必要となる。これに関し、より効率の良いデータ解析法の研究を行う。

------------Last updated: Feb. 6, 2003