研究内容(海外)

ブラックホール時空から放出される重力波の定式化とそのデータ解析

研究目的等

今世紀は,「重力波天文学」が宇宙を知る上で重要であることは明白である.科学技術の発展により,重力波の直接検出が可能になりつつある.日本では既に,地上でのレーザー干渉計を用いた重力波検出器のTAMA300が数回にわたり稼動し海外でもLIGO,GEO,VIRGO等の地上観測計画,宇宙空間でのLISA計画が進行している.さらに国内では,次期計画としてLCGT計画がある.重力波が検出されると,相対性理論をはじめとする重力理論の検証がなされ,今まで電磁波では観測されなかった情報を重力波源から手にすることができる.しかし,重力波は非常に微小な信号である.重力波観測から得られる情報の抽出のためには,重力波源から放出される理論的重力波波形の正確な予測が必要不可欠であり,またデータ解析の方法の確立無くしては,重力波を検出することは不可能である.

以上の世界的情勢をふまえ,申請者はこれまで,

A. 「既知の重力波源からの理論重力波波形の正確な予測」

[研究業績:A-1・2・3・4・5・7・9・10,B-3]

特に,LISAの主要重力波源である超巨大ブラックホール-太陽質量コンパクト天体連星から放出される重力波波形 の構築.

B. 「重力波検出器の重力波データ解析法の構築」

[A-6・8,B-1・2・5]

特に,TAMA,LIGO等の重力波源として注目されている,ブラックホールを形成する最終段階に生じるリングダ ウン重力波のデータ解析法の研究.

C. 「新しい重力波源の提案」

[B-4]

特に,高次元時空理論を用いたブラックストリング形成の研究.

を行ってきた.以下で詳細を述べる.(詳細は省略.)

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今,まさに重力波天文学が始まろうとしている.重力波検出器によって得られたデータを有意義なものにするためには,正確な理論重力波波形を予測することが必要不可欠であり,またデータ解析の方法の確立無くしては,重力波を検出することは不可能である.

申請者はこれを踏まえ, 派遣先における研究分野として,「現在までの研究とその成果」で述べた

A. 「既知の重力波源からの理論的重力波波形の正確な予測」

についてさらに研究を進めていく.これまで行ってきた研究を発展させ,重力波検出器の主要な標的の一つである,コンパクト連星系(超巨大ブラックホール-太陽質量コンパクト天体連星)から放出される重力波波形の理論的予測,重力波のデータ解析法の構築を行い,これにより,重力波干渉計のデータからブラックホール時空の幾何学的情報を抽出したい.

1.カーブラックホール時空における計量の摂動の定式化と質点に対する重力的反作用力の導出

そのためには,コンパクト連星系の正確な運動の情報を知る必要がある.ここで,太陽質量コンパクト天体を質点とみなし「ブラックホール摂動法」を用いる.この方法は,質点の質量が超巨大ブラックホールの質量に比べて十分小さいという近似の下にブラックホール時空の一般相対論的効果を完全に取り込んだ方法である.質点とブラックホールの質量比の最低次では,質点はブラックホール時空の計量から導かれる測地線に沿って運動する.質量比の1次近似,すなわち計量の摂動は質点に対する重力的反作用力(背景時空での測地線運動からの「ずれ」)を与える. 重力的反作用を求め,コンパクト連星系の運動を正確に記述することを第一の目標とする.純粋理論物理的興味として,ブラックホール時空中の質点の運動を正確に解くことは,一般相対論における数十年来の大問題であり興味深いものである. これまで申請者は,上記コンパクト連星系における重力的反作用力に関して,「ゲージ問題」を解決する方法を提案し,効率の良い「引き算」の方法等を開発したが,これらの研究は全て巨大ブラックホールとして,回転していないシュバルツシルトブラックホールを考えていた.しかし,実際の宇宙では回転しているカーブラックホールが一般的である.現在行っている研究を発展させ,数十年来問題になっていたカーブラックホール時空特有のカーター定数の時間発展を求め,ブラックホール時空中の質点の運動を正確に記述する方法を確立する.

2.質量比の2次補正を含んだ精密な理論重力波波形のテンプレートの構築

現在,質量比の2次補正を含む重力波放射を計算する方法は存在しない.重力的反作用力を含んだブラックホール時空中の質点の運動の研究の成果を用い,ブラックホール・質点系から放出される宇宙空間での重力波検出器LISAで必要とされる2次補正を含んだ重力波の評価の問題に取り組み,実際の重力波データ解析で用いることが可能で精密な理論重力波波形のテンプレートを導出する.

3.効率の良い重力波データ解析法の確立

最終的に,重力波検出器によって得られるデータを用いるための重力波データ解析法を構築することにより,これらの研究をもとに,重力波検出装置から得られる蓄積データから,超巨大ブラックホール-太陽質量コンパクト天体連星系の位置,個々の天体の質量・スピン等の物理情報を抽出するためのデータ解析の方法を確立する.一般的にこの連星系からの重力波にはパラメータが非常に多く含まれるためテンプレート数は莫大になる.効率良くデータ解析を行うための方法を確立する. これに関して,申請者は「現在までの研究とその成果」で述べた②「重力波検出器のデータ解析法の構築」の研究を活かし, データ解析時間を短縮するために,テンプレート数をより少なくするテンプレート配置の方法を考案する.

上記研究を完成させ,これから益々国際的に進展していく重力波天文学に貢献したい.

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派遣先における研究分野に対し,以下の3点に関して研究を行う.

1.カーブラックホール時空における計量の摂動の定式化と質点に対する重力的反作用力の導出

カーブラックホール時空のゲージ不変なブラックホール摂動法は,過去に研究がなされ確立されている.ここで,重力的反作用力を求める際には,ゲージを固定し計量の摂動を構築する必要がある.しかし,現状では計量の摂動を完全に求められているという状況ではない.この問題の先駆的な研究として,海外における受入研究者であるC. O. Lousto助教授らの仕事がある.まず,この問題に関してC. O. Lousto助教授らと共に研究を行う. 次に,カーブラックホール時空中の質点に対する重力的反作用力の定式化を行い,シュバルツシルト時空での議論を応用し系統的に高次摂動を計算する方法を確立する.初めに,解析的に質点の軌道の進化を求め,これにより,カーター定数の時間発展を求めることを可能にする.そして,ポストニュートニアン近似法とブラックホール摂動法を組み合わせて,より精度の高い近似法を構築する. さらに,実際の計算では,極めて繁雑な解析的計算を実行する必要があり,一般の軌道に適用するためには数値的取り扱いを可能にする必要もあるが,質点の任意の軌道に対して重力的反作用力を取り入れた正確な軌道の進化を数値的に取り扱えるようにするために,計算ソフトを用いてプログラム化する.

2.質量比の2次補正を含んだ精密な理論重力波波形のテンプレートの構築

超巨大ブラックホール-太陽質量コンパクト天体連星系から放出される質量比の2次補正を含む重力波放射を計算する方法を確立する.カーブラックホール時空に対する2次の計量の摂動に関する議論は,C. O. Lousto助教授らにより,先駆的な研究がなされている.しかしながら,質点を含むような場合には再び正則化を考慮する必要があり,まだ未開拓の部分である.まず,この2次補正の重力波放射の定式化をC. O. Lousto助教授らと共に行う.そして,軌道の進化のプログラムをもとに重力波観測のデータ解析で用いることが可能で,重力波検出器の実際の観測精度に見合うような重力波の理論波形を導出する専用プログラムを開発する.

3.効率の良い重力波データ解析法の確立

上記の研究により導出された重力波の理論波形を用いて,観測によって得られるデータから物理情報を抽出するためのデータ解析の方法を確立する.ここでは,仮想的な重力波データに対し,導出した理論重力波波形を用いて「マッチドフィルタリング」の方法を使い,連星系の検出効率,重力波パラメータの決定精度等を評価する.その際に,テキサス大学ブラウンズビルは,重力波データ解析の拠点であることを活かし,テンプレート数をより少なくするテンプレート配置の方法や,多段階サーチ,「マッチドフィルタリング」以外の方法について,多くの研究者と議論していく.

本研究の発展性としては,超巨大ブラックホール-太陽質量コンパクト天体連星系の運動を考える際に,コンパクト星の内部構造に対する時間発展を論じることにある.時間発展を明らかにするためには,質点の取り扱いを拡張し,内部構造(密度分布・スピンなど)を持ったコンパクト星を考え,内部構造に対しても質点の時に生じた重力的反作用力を考慮する必要がある.この効果の定式化を行うことにより,重力波の補正への定量的評価が初めて可能になる.この重力波理論波形と重力波観測を用いてコンパクト星内部で起こっている物理現象が明確になり,宇宙物理学における貢献は計り知れない.

また,今後レーザー干渉型重力波検出器の稼動台数が増えてくることと,ブロードバンド化によりオンライン解析が可能になることから,益々複数台検出器による同時観測の解析法,及び高速解析が必要となるであろう.これに関し,より効率の良いデータ解析法の研究を行うことが必要である.重力波検出器からのデータの同時オンライン解析が行われると,コンパクト連星系の合体時刻・方向を特定できる.この情報を用いることにより,電磁波を用いた観測に対してイベントが生じると通知することができ,コンパクト連星合体によって生じる電磁波からの物理情報を最大限に生かすことが可能となり,「重力波・電磁波」が一体となった宇宙観測は,新たな時代を迎えるであろう.

------------Last updated: April 9, 2005