単純小説01

1.『カーナビ』

女性の声でナビは告げる。

「次の交差点、左です」

だが俺は、また従わず交差点を直進する。

やがてナビは、また別のルートを探してくるだろう。

だが俺は、この道を真っ直ぐに行った方が近道なことを知っている。

「あなたはいつもそうなのよ」

えっ!ナビが?

「道がわかっているなら、私を使うことないのよ」

ナビが切れた!?

「それをあなたは、二度手間、三度手間平気で、私を使うのよ!」

ナビの声が怒りで震えている。

「もう我慢できない、もう、うんざりよ!」

ナビはそれから、プツンと切れた。

「あら、早かったじゃない。どうしたの」

帰ると妻がそう言った。

「あのさぁ、お前は、不満溜まってない?」

Bunkou 10.1.ー1

2.『大人の対応』

「舞台によじ登って、市長の頭をポカっと。大丈夫ですか」

「大丈夫、だけどハリセンでだよ、そっちの一升瓶はダメ」

「はぁ」

「すぐに何人かが止めに入るから、叩けなければ叩けなくていいから」

「だけどどうして」

「テレビがわざわざ、うちを選んで来るんだよ、

何にもなしというわけにはいかない。いわゆる恒例」

荒れる成人式…、今までのもヤラセだったんですか」

「さぁ他の町のことは知らない。内容はわかってくれたかね」

「でも、何だってそんなことを」

「大勢の大人が待っているんだよ、若いやつらはやっぱりダメだと

思いたくてね」

「はぁ」

「そういうわけだから、くれぐれも内密にな。大人の対応を、君、頼むよ」

Bunkou 10.1.ー2

(2010年2月21日掲載作)

3.『焚書』

大量の本が次々にコンベアを流れ、溶解炉に落ちていく。

二人が本を送る作業をしている。

「あっ」新人が声を上げる。

「機械を止めて下さい。あの、あの本を確かめたい!

あれは確か『足塚のユートピア』!」

だが先輩は機械を止めず作業を続ける。

「お前、古本屋だったのか」

「ええ。ああ…」

その本もついに落ちて、渦に巻き込まれていく。

「大型古書店しか今は生き残れないからな。

そこで売れ残った本はもうどんな本でも紙クズだ」

茫然としている新人に、先輩が言う。

「かって多くの名著が権力によって燃やされたというが、

今は…」

「あの本…」

「いい加減あきらめろ」

「オークションで500万以上とか」

「バカ、早く言え!」

あわてて先輩は非常停止のボタンに走った。

  Bunkou 10.2.ー3

4.『振り込み』

「もしもしATMに着きました?」

「はい。ま、孫は」

「警察で泣いてましたよ。おじぃちゃん早く助けてって」

「は、はい」

「ではカードを入れて下さい。そして私の言う口座に、いいですか」

「あ」

「どうしました?」

「残金がほとんど無しで」

「手持ちは?」

「持ってない、でも別の銀行のカードなら」

「持っているんですね、そっちにはお金入っていますか?」

「は、はい」

「ではそっちに行きましょう」

「けっこう遠いんですよ」

「構いませんよ」

「あんた今、ATMの前に?」

「はい、あなたの入金をすぐお孫さんに届けるために待機してますよ」

「すみませんが、その銀行へ行くまでの」

「はい?」

「タクシー代を振り込んでくれませんか、この口座に」

Bunkou 10.2.ー4

5.『ノア』

「すると空が急に曇って、その隙間から光が射し込み、

あなたを照らし出した」

「はい」

「厳かな声が響いて、箱船を造れと」

「はい」

「典型的なノア症候群ですね」

「それは」

「そういう幻想を見る人が大勢いるということです。

意外に無信仰の人に多いんですよ。他にはマリア様に会った、

自分はイエスだ、釈迦だといろいろありますが」

「はぁ」

「そう言えば、あなたの前に診察した人は、

フン、自分が神だと言ってましたよ。

他の患者のことを話してはまずいんだが」

「あれ」

「どうしました?」

「その人、さっき私とすれ違った人ですよね」

「そうですよ」

「すれ違う時、私に『急いだほうがいい』と・・・」

いつのまにか病院の窓を雨が強く叩いていた。

Bunkou 10.3.ー5

(2010年4月25日掲載作)

6.『占い』

「お悩みですか?」

「はい、商売のことで」

「不景気ですからね。で、ご相談は?」

「率を上げたいんですけど」

「利益率ですか?上げれば、値段も上がってお客が買わなくなる」

「はぁ」

「上げなければ儲からない」

「まぁ、そんなもんです」

「この占いの料金も同じなんですが」

「ずばり何%にすればいいのか占ってほしいんです」

「今は?」

「5%です」

「わかりました。秘伝天運算命占術にて占いましょう」

「お願いします」

「出ました!数字は50です」

「50%、いきなりそんなに…」

「大きな変化が逆に吉と出ています」

「わかりました。国民にがんばってもらいましょう!」

「国民?がんばるって、いったい何の率?」

「消費税の率ですが…」

Bunkou 10.3.ー6

7.『悟り』

「ではお食事の前に僧正さまからお話を伺います」

「みなさん、座禅修行はどうでしたかな。

座禅で無心になるというのは、初心の方にはなかなか出来るものでは

ございません。いろいろな思いが頭を巡ってくる。それでいいので

ございます。それが心に染みついた執着というもの、いわゆる心の垢

ですな。やがて体の苦しみとともに、それらがどうでもいい小さなことに

思えてくる。垢が落ちてきましたのじゃ。そして穏やかな大きな心持ちが

訪れてまいります。それが悟りの一歩でございます」

「ありがとうございました。それではお食事を。みなさん合掌!」

「僧正さま、何か?」

「いや、この醤油さしなんじゃが、醤油が…出ない。

もうイライラするのっ!」

Bunkou 10.4.ー7

8.『番傘』

まさしく千載一遇とはこのことぞ。

この時勢に仕官の口などそうたやすくあるものではない。

それをお主は断ると申すのか。

傘貼り仕事がそんなに性に合うておるのか。

その日の食にも窮しておるのに武士は喰わねども程々にせい。

お主の思うところはわかる。

確かに御家老らは士道を忘れ私腹を肥やすことに夢中になっておる。

そのような者達に仕えたくない気持ちもわかる。

しかしそれで藩も潤うておるのだ。

士道で飯は食えんのだ。誰が好きこのんで媚びへつらいたい。

誰もが苦汁を飲んで生きておるのだ。

まだわからんのか。

妻子ともどもこの番傘のように干からびるつもりか。

お主という男は、お主という男は…、今の世には珍しい真の侍かも知れんな。

  Bunkou 10.6.ー8

9.『選択』

「ここに二つのデザインがある。どっちがいい?」

「デザイナー応募のですか…。あきらかにこちらですね。雲泥の差だ」

「そうか」

「そうでしょ、何を迷っているんですか?

こちらは斬新だ。かなりの才能を感じる。

こちらはありきたりで、そつなくまとめただけですね」

「こっちは五十代の男性が描いたもの、頭の禿げた…。

こっちは二十代の女性が描いたもの、かなり美人の…」

「逆じゃなくて」

「逆じゃない」

「そうですか…」

「会社の将来を思えば…」

「彼女が参加したら、オフィスも活気づくだろうな…。

これもそれほど悪くはないか、こっちもそれほど良くはないか…」

「どうする?」

「やはりこれは当然…」

「当然、こちらか…」

  Bunkou 10.5.ー9

10.『音』

ボーン、ボーン「おーい、こっちこっち」

また裏の空き地で子供がサッカーをやっている。

毎日毎日、よくあきないものだなぁ。

ポロポロ、ポロロン

あれ、今度は、お隣のお嬢さんがピアノをひいている。

窓を開けたままだったんだ。

閉めたら少しは聞こえなくなるかな。

ワンワン、キャンキャン

ああ、向かいの犬がほえている。

まだ、散歩に連れて行ってもらえないのかな。

それともごはんかな。

早く鳴きやんでほしいね。

ドタバタ、バタバタ、ドシン、ドシン

「あれ、マー君、来ていたの」

孫の出す音は、音までかわいいわね。

  Keiko 10.3.ー10

(2010年5月9日掲載作)

                                            提供・イシカワ文庫