単純小説03

21.『身内には』

 「もう、一日中寝そべってゴロゴロしてるのよ」

「どこも同じよ」

「自分からは何もしないくせに、口だけはうるさいの」

「まあ」

「それもすぐに説教したがるの」

「それは困るわね」

「この間も、お茶って言うから持ってったら、熱すぎるって言うのよ。

ものにはそれに適した温度がある。それがわからないのは、心が鈍感に

なっているからだって」

「何よそれ」

「心が濁っているからだ。心が澄めば、ものごとの在り様がわかる…」

「お茶をいれるのも大変ね」

「要するに何でも理屈っぽいのよ」

「でもあなたのご主人、お釈迦様と呼ばれて、みんなに尊敬されている

じゃないの?」

「外面がいいだけなのよ」

Bunkou 10.5.ー21

22.『思いやり』

私はみなさんに思いやりについて考えてもらいたいのです。

確かにサムはいつも落ち着きがなく、やることはだらしない。

でも心根にはやさしいところもあるのです。

ねぇサム、今回も野に咲く花を摘んで教室に持ってきてくれました。

確かにこの野花は道端に咲いているからきれいなのであって、

こうやって摘んできてしまってはただの草です。

だから汚らしいからってサムのやったことを責めないでほしいのです。

結局はろくでもないことになりましたが、この汚い草、いや花を

サムが教室に持っていってあげようと思った気持ちを大事にして

ほしいのです。

心ない言動にどれだけ人は傷つくでしょう。

どうかみなさん、他人の心の痛みがわかる人になって下さい。

Bunkou 11.1.ー22

23.『ランドセル』

「これは何ですか」

「ランドセルですよ、おばあちゃん」

「それはわかってます。わしの孫はもう大きいし、これをどうしろと」

「持ち運びの小物入れにしてはどうですか」

「わしにこんな赤いランドセルを背負えと言うんですか、いい歳して」

「匿名で寄付がありましてね」

「はぁ」

「当施設の前に二十個のランドセルが置いてありました。

ご厚意はありがたく頂戴いたすことに決まったのです」

「置いた人は、ここが養護施設でも、老人の…」

「おばあちゃん、人知れず寄付してくれた方に、

あんた間違ってる、そう言ってみんなの笑い者に出来ますか」

「だけど」

「ご厚意はどんなものでもありがたい」

「しかし」

「おばあちゃん、分らず屋もいい加減にしないと」

Bunkou 11.2.ー23

【2011年 タイガーマスク現象に】

24.『今は昔』

「今、皆の楽しみは何じゃ」

「河原で開かれる芝居でございましょうか。夜には河原に大勢の民が

集まります。それが何か?」

「近頃わしの評判が悪い。わしの政り事を悪く言う者が多い。知っておろう」

「そのようなことを申す者は早速ひっ捕らえて」

「いや、捕まえてもきりがない。皆の者に嫌がらせをしてやろうと

思うておる」

「と申されますと」

「その芝居は川の向こう岸でやっておるのだな」

「はい、向う岸には船でしか行けませんため、民どもは皆、

こちら岸で見ておりますが」」

「こちら岸に幕を張り、今宵の晩より向う岸で芝居を見させよ。

渡し料を取って船で渡らせる。皆には芝居をよく見せるための策と伝えよ 」

「はっ」

「芝居が見たければ『その地でじかに見よ』という御布令を出せ」」

「『ちでじか』でございますな…」

Bunkou 11.2.ー24

【2011年7月 地デジ化に】

25.『地デジ化』

「お帰りなさい」

「アンテナ工事終わった?」

「ええ、遅まきながら今日からうちも地デジ化よ」

「別にあのままで満足してたんだけどさ」

「まだ言っているの」

「画面だってきれいだったしさ」

「しょうがないじゃないの、見えなくなるんだから。テレビつけて

見てごらんなさいよ。すごくきれいだから。もっと早く替えれば

よかったのよ。結局は替えることになるんだから」

「あれ?」

「どうしたの?」

「画面が小さいな…。下に文字が出てる…」

「情報が見えるのよ。それが地デジの特徴よ」

「何々?地デジは2015年に終了し、空間デジタルに完全移行します。

お手持ちのテレビやアンテナでは放送を見ることできなくなります…」

「うそ!?」

「うそだよ」

Bunkou 11.6.ー25

【2011年7月 地デジ化に】

26.『誓い』

「どうしたのよ、ボーっとして」

「夢を見てたんだ、長い・・・」

「どんなのよ?」

「はるか昔なんだ。そこは戦乱の世の中でさ」

「変な夢ね」

「俺は深手をうけて瀕死の状態で野山をさ迷っていた。

そして一人の娘に助けられる」

「まぁ」

「看病され、やがて俺たちは恋に落ちる」

「まぁ!」

「だが、その娘は敵の村の娘だった」

「ふん」

「敵に見つかれば俺は殺される。

敵の娘を俺の村に連れていくわけにもいかない」

「で?」

「俺たちは涙ながらに別れを決意した。そして別れ際に俺たちは誓い合う。

来世、さ来世、必ずいっしょになろうと」

「それで?」

「その娘が、お前なんだ」

「えっ!」

「何であんな誓いをしたのか・・・」

Bunkou 11.1.ー26

(2011年3月6日掲載作)

27.『優先席』

ずいぶん眠りこけてしまった。でも大丈夫、乗り越す心配はない。

この電車の終点が降りる駅だからだ。

もうすぐ到着だなと思ってあたりを見回して、ふと変な雰囲気に気づく。

満員の車内、右と左に座っているのは老人。

そして目の前に老人が一人立っている。

ヤバイ!それもここは優先席!まわりが全員、自分に対して怒り心頭。

席も替わらず眠った振りをしていたと思われている。

乗った時はガラガラだったから…。でももうすぐ終点、今さらもう…。

みんなの目が近頃の若い奴ときたらと責め立てている。

あれ?俺ってそんなに若かったっけ?

いやもう自分は、この優先席に座れるほど歳をとっていた。

老人は自分の思い過ごしに、ほっと胸をなでおろした。

Bunkou 11.3.ー27

28.『仕事』

「何の因果でございましょうか。

いやはや世の中にはいろんな仕事がございます。

職業に貴賎はないと申しますが、

しかし自分が何の因果でこんな仕事についてしまったのかと

つくづく思わずにはおられません。

人に罵られるだけの仕事でございます。

何をやっても罵られるのです。

もちろん何もやらなければ、さらに罵られます。

何かの役に立つための仕事でなく、

罵られるための仕事でございます。

しいて言えばこんな仕事をしている者もいる、

こんな厚顔無恥の者がいると言うことが、

誰かの励ましになればと思う所存でございます。

誰かがこの仕事をせねばなりません。

石もて追われる日までやるしかないのでございます」

「以上、首相の所信演説でした」

Bunkou 11.4.ー28

29.『居酒屋にて』

「どうだ、新人の指導は?」

「なかなか難しいですね」

「昔は新人類と言ったものだが、最近の若いのはまるで宇宙人だ」

「宇宙人ですか」

「何を考えているのか、さっぱりわからん」

「宇宙人だとダメですか」

「ダメというわけではないが」

「宇宙人だといけませんか」

「ちょっと飲みすぎたかな」

「宇宙人だと…」

「どうしたんだ」

「ロズウェルでの初遭遇以来、どれだけ我々が人類に寄与してきたか」

「何を言っている」

「コンピューターの急速な発展が本当に人類だけで出来たと」

「はぁ?」

「我々は今でも秘密裏に協力している」

「おい大丈夫か。あー酔いつぶれちまった」

「ワレワレハ…」

「わかったよ、秘密なんだろ。聞かなかったことにするからな」

Bunkou 11.5.ー29

30.『街頭インタビュー』

「今回のこの件、どう思います?」

「ああ、今、騒ぎになってる…」

「お怒りとは思うのですが」

「いやー、別に」

「するともう怒りを通り越されて、呆れかえっている?」

「いや、何とも思っていませんよ。そういうこともあるだろうなと」

「もう考えるのもイヤという感じですか?」

「イヤもなにも、それほど考えていないし」

「今は、腹立ちだけが残っている」

「腹立ちって…。まだよくやったほうじゃないの」

「皮肉でも言うしか、もう返す言葉がないと言うことですね」

「皮肉?あんた、俺の話、全然聞いていない!」

「お怒りですね!ありがとうございました。街頭インタビューは以上です。

今回の騒動に、国民の大半が怒り心頭と言った状態です!」

Bunkou 11.6.ー30

(2011年7月10日掲載 第9回優秀作)