単純小説06

51.『罠』

物陰から覗くと広場の中央に色鮮やかな家が建っている。

香しい匂いはどうやらその家から漂ってくるようだ。

家と言ってもいかにも組み立て式の簡易ボックス、罠に違いない。

だが私はその誘惑に抗えず恐る恐る近づく。

欲望をくすぐる甘美な匂いが入口から溢れ出している。

だが足を一歩、家の中に下ろすと粘着剤がまとわり付く。

やはり罠だ!

床一面に塗られた粘着剤で家に入ったものを絡み捕ろうというのだ。

私は足がもぎれるかの思いで必死に床からひき剥がした。

大急ぎで逃げ出しふたたび物陰に身を潜める。

2X14年、私たち人間とロボットの立場が逆転した。

そして彼らの人間駆除が始まった。

彼らは生みの親の人間を何だと思っているのか。

.BUNKOU 11.09-51

52.『朝焼け』

ふと窓の外を見ると、東の空がピンク色に染まっている。

ああ、朝焼けだ。

夜通し鳴き続けていた虫たちも今は息をひそめ、

静寂があたりをつつんでいる。

やがて空が大きくオレンジ色に変わる。

朝焼けなど見るのはずいぶん久しぶりだ。

毎日、何かに追われるように生きてきた。

せかせかと抜け目なく生き抜くことばかりを考えて、

のんびり空を見る余裕もなかった。

美しい朝の風景に、心が洗われる…。

だが性分だろうか、そんな舌の根も乾かないうちに、

また小腹が空いた何かつまむものはないかと台所でごそごそやっている。

やがて階段を下りてくる音がする。

どうやら家人が起きてきたようだ。

キャー!ゴキブリって叫ばれないうちに退散することにしよう。

.BUNKOU 11.09-52

53.『草原に立つ猿』

激しい天変地異に襲われ、草原に追いやられた猿たちは

目の前に広がった果てしない地平に呆然とする。

枝から枝へジャングルを高速で移動出来た、その長く強い腕も

今はだらしなく垂れ下げ、ただ立っているだけがやっとだった。

キバも早い足も持たない彼らは猛獣を恐れて穴ぐらに隠れ、

腹が減っては辺りを窺って抜け出し、

必死で見つけた食い物を両手に抱えて草むらを逃げ帰った。

それが彼らの二足歩行を発達させる。

手はいろいろな物をつかむことで器用になり脳をより発達させた。

草原の風に吹かれて立つ猿、彼らはもう逃げ隠れしない。

その長い腕にこん棒を握りしめ、地平の向うを凛として見つめていた。

数百万年前、彼らは新たな道を歩み出した。

.BUNKOU 11.10-53

54.『国家機密』

「大統領、我々は報道機関の威信にかけても公表するつもりですよ。

我々には大衆に真実を伝える義務がある」

「伝えるって、何を?」

「超国家機密と言われる…」

「あれか?あれが漏れたのか?」

「え、ええ…」

「わが国がすでに火星に基地を建設してることを伝えて、一体どうなるというんだ!」

「本当ですか、それ!?」

「こ、このことじゃなかったのか!じゃあ一体…」

「確かな筋からの入手です。我々は確信している…」

「まさか、あれか…、宇宙人と極秘に共同開発している…」

「は、はい…」

「瞬間移動装置…」

「そんなものを」

「し、知らなかったのか。では一体…、まさかあの…」

「ええ、そのまさかです」

「全人類の命運をかけた、あの…」

.BUNKOU 11.12-54

(2014年11月23日 掲載作)

55.『フード』

毎日毎日、献立を考えるのも大変なのに、亭主も子供も好き勝手なことを言う。

文句も言わずに喜んでくれるのはうちの愛犬ぐらいなものだと、

そのペットフード売り場を回っていると、

「奥さま、試食どうですか?」

「どうですかって、ペットフードでしょ?」

「いえ、よく見てください。マンフードです」

「マ、マンフード!?」

「手間いらずで、そのまま毎食お皿一杯出すだけです。栄養も十分です」

「はぁ」

「常温保存で長持ちしますよ」

「だけど」

「世代別に各種用意してあります」

「へぇ…」

「今、主婦の間で大人気ですよ。食事の手間の大幅短縮だって…。

あ、そんなにもお買い上げで、ありがとうございます!」

.BUNKOU 12.5-55

(2012年6月24日 掲載作)

56.『進化論』

「先生、先生は私たちが自然に生まれて進化してきたとおっしゃいました。

でも私は今まで両親から、私たちは神様によって造られたと聞いてきました」

「そうですね、言い伝えでそう信じている方はまだ大勢います」

「その考えは誤りなのですか」

「そうとは言い切れませんが、今は科学的に進化論が主流となっています。

神、いわゆる創造主がいたのなら、その創造主はどのようにして生まれてきたのでしょう。

私たちが自然に生まれたと考えた方が合理的ですね。

約2万年前に繁栄し絶滅したサルの一種が道具や器などを作っていた形跡から、

創造主に当てる論者もいましたが…」

「サルが私たちロボット類を造っただなんて」

「まったく荒唐無稽な説ですね」

.BUNKOU 11.5-56

(2015年7月26日 掲載作)

57.『リモコン』

「お母さん、テレビのリモコンどこ行った?」

「そこらへんにないの?新聞の下は?ないのならテレビで直接チャンネル替えたら」

「もう面倒くさいなぁ。ちょっと探してくれよ」

「ねぇお母さん、クーラーのリモコン知らない?」

「知らないわよ。すぐにクーラーいれずに窓を開けなさいよ」

「もう、開けても涼しくないよぉ。ちょっと探してよ」

「ちょっと、お母さん、DVDのリモコンどこ行った?」

「あんた、さっきまで見てたんじゃないの?」

「どっか行っちゃったんだよ。時間ないんだから探してよ」

「もうリモコン、リモコンって、だんだんみんな動かなくなるし、

それによく失くして私に探させる…、もしかして私って、あなたたちのリモコン!?」

.BUNKOU 10.7-57

58.『ATM』

いったいいつまでかかるんだ。

もたもたと何をATMの前でやっているんだ。

もうお願いだから早くして!わしは急いでいるんだ。

孫の哲也が急にお金が入り用だと電話してきたんだ。

孫が困り果てて電話してきたんだ。

最近はめったに来ないから電話もかけにくかっただろうに、よほどのことだ。

だから早く振り込んでやらなくっちゃならんのだ。

それをもう遅い!あんたも振り込みか?

振り込み詐欺にでもあってんじゃないの。

あんまり遅いと詐欺の犯人も待ちくたびれて帰っちゃうよ。

しかし遅い!

振り込むまでにもう少し時間がかかると孫に電話しておこう。

あ、前の番号にかけちゃった。番号を変えたと言っていたのに…。

あれ?かかるぞ。もしもし…?

.BUNKOU 11.11-58

59.『試作品』

「どや、試作品の出来は?」

「あ、おやっさん」

「目指すは全自動で動くやつやで、自分で考えて動くやつや」

「はい」

「ちょっと動かしてみ」

「はい…、たとえばこれの前にリンゴを置きます」

「リンゴをとって…、何探しとるんや?布をつかんだ?布でリンゴを磨いとる…」

「入口から取りいれる前にリンゴの汚れをとっておるんです」

「きれい好きやな。これが自分で考えてそうしたんかいな?」

「はい」

「ええやないか、きれい好きなところが気に入ったで。

こういう細かいところは大手ではよう思いつかへん。

これは、どういうネーミングにしよと思っとんのや?」

「ヒトと名づけようと思ってます」

「これが出来たら、他の神さんたち、さぞや驚くで」

.BUNKOU 11.12-59

60.『新社長』

新社長をお迎えする前に簡単ではございますが、氏の経歴をご紹介いたします。

氏は約30年前に入社されまして、当初は工場の製造ラインに配属されましたが、

すぐに頭角をあらわされ、生産量を2倍にアップ、

昼夜を問わないその働きぶりはまさに鬼神の如くと噂されました。

口数は少ないのですがどんな時も冷静な判断にスタッフからも厚い信頼を受け、

見る見るうちに昇進なされまして、入社10年後には早くも工場長に就任、

迷いなくイエス・ノーと即決する英断の管理者として製造本部長などを歴任、

まさしく鉄腕の名のもと今回の社長就任へと至ったわけでございます。

では現場叩き上げの新社長をお迎えいたしましょう。

産業用溶接ロボットRNⅡ!

.BUNKOU 12.1-60