単純小説04
31.『手品』
ボールペンが机の上で踊っている。
「お上手ですね、おじいちゃん、手品」
「手品じゃなくて、これは」
「手品じゃなくて何ですか?」
「動けと念じると、動くんです」
「ハハハまさか。手品とわかってますよ」
「ほら、糸も何も付いていない」
「だからお上手だと言ってるでしょ。次の演芸会で発表されるといい。他には何か?」
「ああそうだ、その人がポケットに持ってるものが何となくわかります」
「じゃあ、私は何を持っています?」
「・・・か、鍵をいっぱい」
「もっと派手な手品を習うといいですよ。パッと花を出すとか」
「習うって、これは」
「手品じゃない、ですか。呆けが始まったかな・・・」
そう言って職員は、ポケットから鍵の束をとり出した。
BUNKOU 11.02-31
32.『兎』
部長昇進の内示を受けた。異例な早さの昇進である。
同期の者でも、ようやく係長になったぐらいにである。
まさしく脱兎のごとくである。確かに私は猛烈に働いてきた。
今、私はこの部署のほとんどすべての仕事に主導権をとっている。
私がすべて提案し、根回し、結果を出してきた。
私がいなければ何も進まなくなっている。
しかし部長になったからには一歩退こう。
部下たちに仕事を任せ、私は眼光鋭く後ろに構えている。
それこそ部長の職務と思ったら、あれから十年、
私は居眠り部長と呼ばれて会社の不用品。
いつのまにか人事部長に出世していた同期の者に
リストラを言い渡された。亀みたいな顔した奴に。
BUNKOU 10.07-32
33.『プライド』
おい新入り、食えよ。今回だけのお情けだぜ。食えないか。
お前、ただのネズミじゃないな、ペットマウスか?
まぁ、この下水道に流れてきたら、みんなドブネズミよ。
そのうち何でも食えるようになる。ここでは当然、生まれよりも強い奴が勝つ。
ボスは向うの横穴に住んでいる。穴の中は食いもので一杯さ。
俺たちが毎日、食いものを貢いでいるからな。口が肥えてるから
変なものは受けつけない。と言って何も持っていかないと、
手下にひどい目に会うぜ。だがそう悲観することもない。
最初は大変だが、要領がわかってくればどうってことはない。
ここも住めば都さ。だが真のプライドだけは捨てるなよ。
生まれとかそんなものじゃない、真のプライドを。
BUNKOU 10.07-33
34.『カメ』
「また孫の正也君が来てるの。奥さん、気をつけて下さいよ。
あの子ったらすぐに、あっ、やっぱりこっち来た!うわっ、餌一杯入れて、
そんなにいらないから。げっ、つまみ上げられた。奥さ~ん!」
「おばあちゃん、このカメ、またしゃべったぁ!」
「そりぁ喋るよ、三十年近くこの水槽に飼われていたら、爬虫類だって言葉くらい。
おいおい、餌箱の中につっ込むつもりか、コラッ!」
「カメがおこったぁ!なまいきなやつ。こいつ、だれにエサもらってると
おもってるんだ!」
「坊や、よく聞け!」
「なんだよ」
「餌はもういい。いいかい、餌さえ与えれば喜ぶと思ったら大間違いだ」
「じゃぁ、なにがほしい?」
「思いやりだ、君の思いやりが育ってほしい」
BUNKOU 10.09-34
35.『夫婦げんか』
「だから、みんながもらっているからって合わせる必要はない」
「この子にだって、つき合いはあるのよ」
「中学生に、どんなつき合いがあると言うんだ」
「最近の子は、みんなおしゃれなのよ」
「おしゃれ?くだらない。参考書でも買いたいと言うのならまだしも。
お前がそそのかしてるんじゃないのか」
「何よ」
「あの服とか、高いのを買いすぎじゃないのか、たいして似合いもしないのに」
「似合いもしないって。じゃあ、あのゴルフクラブは、腕もないのに高いの買って」
「何!」
「もう、けんかはやめてよ。二人がけんかになるなら、私、おこづかいの額、
今のままでいい」
「あ、そう…」
「そりゃよかった…」
「えっ…二人で…わたしを嵌(は)めた?」
BUNKOU 11.05-35
36.『鼻歌』
お釈迦様が蓮の池の辺りを散歩しておられますと、
どこからか楽しげな鼻歌が聞こえてきます。
それは池の下の地獄から聞こえてくるのでした。
お釈迦さまが下を覗くと、一人の男が鼻歌を歌いながら
針の山の針を一生懸命磨いています。
「そこは地獄だぞ、何故そのように楽しげなのだ」
男は答えました。
「私は現世において何事もすべて悪いようにとってきました。
その挙句がここの暮らしです。だから今後はすべて良いように
とることにしたのです。するとここの暮らしもなかなかに…」
お釈迦様は感心しましたが、その男の罪はとても許せるものでは
ありませんでした。
「もっと早く気づけばよかったものを…」
お釈迦様は悲しげに蓮の池を後にしました。
BUNKOU 11.06-36
37.『うわさ』
通勤電車の中で女子高校たちが話している。
「だから、すごくおいしいんだって、ミズのドーナツ」
「私も食べた!生まれて初めて、あんなおいしいドーナツ」
私は寄り道をして、そのドーナツを買って帰った。
以前にも会社の昼休みに女子社員たちがベタほめしていた弁当を
さっそく買いに行ったことがある。
人のうわさに弱いのか、それとも誰でもそうなのか。
そう言えば部長たちが話していた育毛剤には騙された。
まったく効果がなかった…。
「ただいま」
「あら、お帰り…」
女房が何かを真剣になって読んでいる。
「ドーナツ買って来たぞ。何を読んでるんだ?」
「ああ、台本よ。セリフを覚えて近所の奥さんと人ごみで商品の話をするのよ。
宣伝のバイト」
BUNKOU 11.06-37
38.『大工の息子』
「家の修理が途中じゃないか、大工さんは?」
「それが途中で帰っちゃったのよ」
「どうして?」
「また息子さんが暴れたんだって。飛んで帰って行ったわ」
「またあの息子か。どこで暴れたんだ?」
「神社の境内よ。祭りで準備していた出店をみんな壊しちゃったんだって」
「何考えているんだ」
「母親が甘やかすからよ」
「いい歳して仕事もせずにフラフラしてて、どうやってメシ食っているんだ?」
「あれでも慕ってついてくる仲間が大勢いるって話だから、
うまく貢がせているんじゃないの。口だけはうまいのよ」
「口車に乗る連中が多いってわけか。うちの息子は大丈夫だろうな?」
「うちのユダは大丈夫よ」
BUNKOU 11.01-38
39.事件
「おじさん、初めてだよね、初めてじゃなければ、
こんなに万引き、下手じゃないよね。
40年くらい前に一度やったって、古い話だね。
で、その時も万引き?現金を盗った。
どこで?府中?府中って、東京の?
そこで、いくら盗ったの?三億?三億って何?
三億ってあの府中の三億円事件?おじさん、あの時の犯人なの?
あ、そう。三億も盗ったのに、今じゃコンビニの弁当を買うお金もないんだ。
何?お金持ってるじゃん。古いお札、五百円札?
何、例の番号が控えられている?ああ、あの事件の。
わかった、わかったよ。
おじさんがすごいのわかったから、
あれもう時効だから、もう関係ないから。
時効の事件を調べるほど日本の警察、暇じゃないから。
じゃあ今回は厳重注意と言うことで、もう二度とやっちゃダメだよ」
BUNKOU 10.07-39
40.落語
ずいぶん、うまくなってきたんじゃないの。
だけどあの箇所が気になっちゃって。
ほら、主人が呼びつけて説教する場面があるじゃない。
あそこで「お前さん」って呼ぶよね。
「お前さん」じゃなくて、あそこは「お前」だろ。
先代の円尺も文仁も、みんな「お前」って言っている。
「お前さん」なんて呼ぶのを聞いたことがない。
初めは言い間違いかと思いましたよ。
しかし前回の二人会でも一門会でも言ってた。
改悪ですよ、あれじゃまるで新作だ。
何であんなアレンジしたのかね。古典を台無しにする。
もちろん古典を全然変えるなと言っているんじゃない。
時代に合わせて多少のアレンジは必要ですよ。
しかし、あれはない。噺をぶち壊しだ。
私は許さない。ええ、書きますよ。書きますとも。
ジャーナリズムを生業とする者として、あれは絶対許せない!
BUNKOU 10.09-40