単純小説13
121.『名画』
「おじさん、この絵を見て」
「古い油絵だな、ゴッホ風か」
「やはりおじさんなら判ると思った。ゴッホだよね、これ」
「ゴッホのタッチの真似だな。ゴッホにこんな絵はないからそれ風に創作したんだな」
「ここのサイン見てよ、まさしくゴッホのサインなんだ」
「サインまで真似しているのか。どうした、この絵?」
「フリマで千円で買ったんだ。本物だったらいくら位になるのかな?」
「本物って、ゴッホの本物だったら数億か」
「すごい」
「しかし誰が認める」
「えっ」
「これがもし本物でも誰が認めるって言うんだ。経歴のわからない絵を
誰が相手にする。確かにこの絵はいい絵だ。いや、いい絵どころか、
心を深く揺さぶる名画だ。しかしフリマで千円で売られてたら、偽物だ」
.BUNKOU 11.2-121
122.『未来』
さわやかな風が庭を吹き抜ける。
遠くに静かな街並みが見える。
穏やかな午前。
かって人は、こんな暮らしを目指していた。
こんな日常を理想とした。
いつからか人は、どんどんきれい好きになっていった
まわりいたるところを清潔にした。
雑然、騒然としたもの、
邪悪や陰湿なもの、理不尽なものを排除した。
そしてついに自分たちまでも排除してしまったのだ。
ああ、なぜ滅びてしまったのだ、愚かな人類よ!
私たちゴキブリを毛嫌いする程度にしておけよかったのに…。
.BUNKOU 11.2-122
123.『怖い話』
これは私が今まで聞いた中で一番怖い話。
真夜中に一人の男が車を走らせていた。
地方に出張で来ていて帰ろうとしていたのだが、
そこはひどく辺鄙な場所で男は道に迷った。
車は人家もない暗闇の山道をさ迷う。
やがて一軒の建物を見つける。それは朽ちたホテルだった。
泊まれることを祈りながら男は呼び鈴を鳴らす。
出てきたのは妙齢な女主人、ホテルは廃業したが泊めてくれると言う。
男はその女主人に深く感謝した。
男は高級官僚だった。
次の日、仕事場に戻るとすぐにその地方に高速道路を通し、
ホテルの回りをリゾート化する画策をした。多額の税金をそこに回し、
後にそこの開発事業団の理事長になった…と言う。
.BUNKOU 11.2-123
124.『名探偵登場』
「これが被害者が残した文字ですね」
「はい、床に血で書いてあったのです」
「いわゆるダイイングメッセージですね」
「え、まぁ…」
「NSと読めますね」
「はい、犯人の頭文字かと思ったのですが、容疑者の中にそのような者はおらず」
「犯人が見つける可能性があるから、すぐわかるようなことは書かないでしょう。
何を暗示しているのか…。ああそうか…、容疑者の中に、北のつく名前の者がいますね」
「はい、一人、北川と言う者がいます」
「そいつが犯人です」
「わかったんですね、その文字の意味が!」
「NSとは、磁石を表わすのです」
「あっ、なるほど!磁石は北を指し示す!!さっそく聞いてみます」
「聞いてみる?」
「病院で治療中の被害者に」
.BUNKOU 11.5-124
125.『流れ星』
「すごくきれいな夜空…」
「ほんと…」
「さあ、もうすぐ流星群のショーが始まるぞ」
「流れ星が見えたら、お願い事を唱えるのよ」
「消えるまでに3回唱えれたら、願い事がかなうぞ」
「うん、わかった」
「ママはどんな願い事だ?」
「もちろんいつまでも若くきれいでいられますように、よ」
「もう遅いんじゃないか…」
「何か言った?パパは?」
「そりゃ、宝くじで一等が当たりますように、だろ」
「当たったら、折半ね」
「じゃあ、ママもいっしょに願えよ」
「わかったわよ。坊やはどんなお願い?」
「ぼくはね、世界中の人が幸せになれますようにって願うんだ」
.BUNKOU 11.5-125
126.『お断りします』
「そんなこと言わずに、全国放送ですよ。
町の普通のラーメン屋を取り上げて盛り上げるって企画なんです。
話題になって放送の翌日から長蛇の列ですよ。
そんなに難しく考えないで下さいよ。
常連のお客さんに迷惑がかかるとか考えてる?
常連なんてそれほどいます?、失礼な話、あんまり流行っていない。
大勢のお客が押し寄せて来るようになるんですよ。
店も改造出来るかも知れないし、大きく出来る。
別にここじゃなくてもいいんだけど…、他に持ってったら飛びついてくる話ですからね。
テレビに出るの苦手?恥ずかしがり屋さん?
気取ってたら金儲けは出来ませんよ。
それでも断る?
幸運の女神が微笑んだのになぁ…」
.BUNKOU 11.6-126
127.『出口』
さあ、どんどんスタートして下さい。
道の途中に掲げてある生き物の表示の出口から出れば、
それがあなたの次の生まれ変わりです。
はじめは細菌ゾーン、次に植物ゾーン、昆虫ゾーンと続きます。
お望みの生き物を目指して、どんどん進んで下さい。
後がつかえているので、さあ急いで!
人気の「人間」は、この道のはるか向こう、
「哺乳類ゾーン」の奥の最後の出口です。
だけど進めば進むほど道は険しく過酷になっていきます。
以前に人間だったからと言って、
次も簡単に人間になれるわけではありませんよ。
生命はすべて平等、次に何になれるかはあなたの努力、気力次第です。
さあ、がんばって!あわてて不本意な出口から出てしまわないように!!
.BUNKOU 11.6-127
128.『助言』
「おい、そんなに落ち込むなよ」
「だ、誰だ?」
「オレだよ、ここ、水槽のカメだよ」
「カ、カメが喋る!?」
「そんなに驚くなよ。三十年以上も生きていりゃ、爬虫類だって言葉ぐらい喋るさ」
「マジかよ…」
「正也があんまり落ち込んでるから、思わず口に出ちゃったんだよ」
「正也って」
「ああ、君のことを赤ん坊のころから見てたからさ」
「夢かよ、これ…」
「まぁ俺が喋ることは気にするな。それよりいいことを教えてやる。苦しむのは人間の特権だ」
「はぁ」
「他の生き物は体が不調以外で苦しむことはない。人間は思いだけで苦しむ。だから人間はこんなに文明を発展させたんだ」
「…」
「励ましにはならないか…」
「ありがとう…。エサ、食べる?」
.BUNKOU 11.8-128
129.『ボールペン』
「10億の商談だったんだぞ」
「はい」
「後は契約書にサインするだけだったのが、それも先方にわざわざ当社に来ていただいて、それが」
「はい」
「ボールペンが書けなくてサインできずに、おじゃん…」
「はい」
「はいじゃない!替わりのボールペンぐらいどこにでもあるだろう!」
「それが経費節減で、どこにも余分になくて」
「すぐに誰にでも借りれただろうが」
「それが最近はペーパーレスで、意外に誰も持ってなくて」
「じ、事務所にボールペンの予備もないのか!」
「備品をもらうには手続きが必要で」
「手続き?」
「書類を提出するんですが、何しろ書くものが…」
「もういい!先方に詫びに行ってくる」
「あ、ボールペンをお忘れなく」
.BUNKOU 11.9-129
130.『ネーミング』
課長「どうなってるんだ!『ミュウミルミチューのお手伝いするでちゅー』の原料がまだだって?」
係長「だから、『ミュウミルミチュー』は、原料の在庫が3日分は必要と言っといたでしょう」
課長「今さらしかたがない。『クルクルクルリン』をばらせ…」
係長「『クルクルクルリン』のどっちを?『ままごとニャンニャンするでちゅー』の方ですかね、
それとも『ご奉仕メチャメチャするでちゅー』の方ですか!?」
工長「冗談じゃない!どちらもばらしてたら、そっちが出荷に間にあわわない!」
事務員「課長!『ミュウミルミチューのお手伝いするでちゅー』の原料入ったそうです!!」
一息ついて誰もが思う、製品のネーミングもほどほどにと…。
.BUNKOU 14.8-130