単純小説15

141.『受賞』


電話のベルがなった。

「おめでとうございます。あなたの受賞が決まりました」

「受賞?受賞って何の?」

「国民栄誉賞です」

「こ、国民栄誉賞って、間違いじゃないですか。私はただの一般人ですよ」

「間違いではありません。この度の受賞を心よりご祝福申し上げます」

「わ、私は別に何の活躍も貢献もしたこともない、ただの会社員ですよ」

「ただの会社員が国民栄誉賞を受賞しちゃいけませんか」

「いけませんかって、わたしはただ真面目に働いてきただけで」

「その真面目に働いてきた、それが受賞理由です。そういう国民が珍しくなってきたということです」

そして電話は授賞式の予定を伝えて切れた。

と、とにかくモーニングを一着、新調しなくっちゃな。

                                         .BUNKOU 13.2-141



142.『オレオレ』


「もしもし」

「誰?」

「オレだよ、オレ」

「孫のヒロシ?」

「ああ、そう、孫のヒロシだよ」

「何か声が違うな」

「ちょっと、風邪ひいちゃってね。ゴホッゴホッツ」

「大丈夫かい?お前、方言が抜けたね?」

「方言?」

「大阪育ちだから…」

「そんなことないでぇ。それよりあのな、ほんま困ったことが」

「あ、ごめん。大阪育ちはマサオだった。お前は広島だったな」

「じゃけん、起こってしまってのー」

「あ、広島はノブオだった。お前は九州だった」

「ゴホッゴホッ、そげなことより、俺の話ば聞かんと」

「東北だったっけ?」

「あんだほんどにそんなに全国に孫がおるっぺよ?」

「いや、すぐ隣に一人だけ…」

                                         .BUNKOU 13.5-142



143.『母さん助けて』


「もしもし、母さん?」

「ヒロシ?ヒロシなの?」

「ああ、そう、ヒロシ。母さん、助けて」

「助けてって、あなた…」

「え?」

「私のこと、母さんって呼んでくれるのね」

「そりゃまぁ」

「嬉しい、ようやくあなたが私のことを母さんって呼んでくれるなんて」

「あの…」

「二十年間、一度も私のことを…」

「そんなことより」

「そんなことよりって、あなた、私がそのことにどれだけ心を痛めてきたか、私は…」

「わかった、そのことは謝る。それより折り言って頼みたいことがあるんだ」

「謝るって、そんなに簡単に…。頼みごとができると、あなた、簡単に謝れるの。そういう子だったの…」

「だから…、じゃ、また後で」

息子「誰から電話?」

母「さぁ?」

                                         .BUNKOU 13.7-143



144.『宇宙』


「そろそろ昼食にするかい」

「ああ」

「通りにレストランが開店したらしい。今日はそこにするかい」

「そうだな、彼を、彼を誘わなくていいか?」

「誘っても行かないだろ。いつもお手製のランチだ。どう思う?」

「え?」

「彼の人生さ。毎日同じ時間に出勤して、書類に埋まって仕事し、そして昼には毎日同じランチを食べる。

そしてまた書類にうずくまって仕事さ。それもほとんどが下らない特許の申請。そして定刻になったらまっすぐ家に。

帰っても、ずっと書斎に閉じこもっているらしい」

「それが彼の宇宙か」

「せまくるしい宇宙だ。私なら息がつまる…。おい!私たちは外出するからな、留守番を頼むよ、アインシュタイン」

                                         .BUNKOU 14.1-144



145.『うわさ』


「山道を行ったらソバ屋が一軒あってさ、民家に看板だけかけて、

農家が片手間でやっているらしくて、それでも先客が二、三人いたかな、

何だかずいぶん待たされたてさ、味はまぁまぁってとこだな」

「聞いたんだけど、山里にある小さなソバ屋でさ、ソバ栽培の農家が直接やってるらしくて

看板も見過ごすくらいだって。それでもいつも満席で、

注文を聞いてからソバを打つらしくて、けっこう待たされるんだけど、

味はかなりのものだって…」

「聞いたんだけど、人里離れた山奥にあるんだって、その店。看板もかかってないけど、

いつも行列が出来ているからすぐにわかるらしい。自家栽培のソバの実を

挽くところから始めるらしくて数時間待ちは当たり前だってよ。味はまさに絶品だって…」

                                         .BUNKOU 14.7-145



146.『遅刻』


「どうして、こんなに遅刻したんだ!」

「それがですね、いつものように駅の階段を急いでいたら、

かなりお年のおばあさんが手すりにつかまって上っているんです。

それでおばあさんに、今はホームも満員だけど大丈夫って聞いたら、

どうしても朝早く別の町へ行かなければならない。

孫に早急にお金を振り込みたいんだけど、その銀行がその町にしかないって」

「それって、もしかしたら」

「ええ、それで、こちらから電話してもう一度お孫さんに確認したらって言ったら、

携帯も持っていないし番号も覚えていない。

とにかく駅の近くの交番へ連れて行って、それで」

「それで遅刻したのか」

「いえ、そういう夢を見てて、寝坊しちゃって」

「バカモノ!」

                                         .BUNKOU 14.2-146



147.『プロフェッショナル』


名人や達人の話を聞く度に、

私はいつも一人の男のことを思い出す。

私は今までの人生において、彼ほどプロフェッショナルと

呼べるにふさわしい人間に会ったことがない。

彼はいつも戦いの場にいた。孤高のプレーヤーだった。

その日は強者が揃って参加していたが、

私を含め多くの観衆が見守る中では、

多くの者がその実力を出し切れずにいた。

彼は動じず冷静に勝ち進んでいたが、

最後の大一番、偶然に一陣の風が吹き、負けた。

だが彼は落胆することも悔しがることもなかった。

自分のことを真に信じているようだった。

地面の上で、彼のメンコが裏返っていた。

彼は塾があるからと帰って行った。

もう何十年も前の、神社裏の空き地でのことだ。

                                         .BUNKOU 14.4-147



148.『行列


「この行列、一時間待ちくらいですかね」

「ええ、そうですね」

「昨日も別の店で並んでおられましたね」

「え?」

「何回か、お見かけしてますよ」

「そ、そうですか」

「外食店専門ですか」

「専門って…」

「並び屋のバイトですよね。私もです」

「ま、まずくないですか、その話、ここでは」

「大丈夫ですよ、今並んでいるのは全員サクラですから」

「本当ですか」

「みんな顔なじみです。行列のできる店とかよく言いますけど」

「はぁ…」

「そんな店、今の時代めったにありませんよ」

「そうですか、厳しい時代だから」

「ホントに厳しい時代ですか?」

「え?」

「いや、こんな仕事は山ほどあるんだから…」

                                         .BUNKOU 14.5-148



149.『発明』


「博士、スイッチをオンして下さい」

「…」

「どうしたんですか、博士、何を躊躇なさっているんですか?」

「私の人生は散々じゃった…」

「え?」

「それはひどいもんじゃった…」

「博士はその逆境をバネに努力されて、それでこんな世紀の発明をなされたんじゃないですか」

「発明が成功したかどうかは、まだわからん」

「だから早くスイッチを押してください!」

「うまくいかんような気がする。わしの人生はいつも…」

「だから」

「もしこれがうまくいっても、どうなる?」

「何を言っているんですか、人が過去に戻れるようになるんですよ。

人類の夢、タイムマシンをあなたが発明したんです!」

「また、あの昔に戻るのかと思うと、何だか気が重くてね」

                                         .BUNKOU 14.6-149



150.『コンピューター時代』


こんな時代が来るとは誰が予想しただろう。

すべてコンピュータのおかげである。

かっては慌ただしい時代だった。

早く早くとみんながせっかちだった。

イライラと待ちきれず、何かに急き立てられているように、

みんながいつも焦っていた。

それが、今はみんながのんびりしている。

話すのも歩くのも何でもゆっくりだ。

こんなにのん気になったのは、コンピューターの発達により、

人の手間が少なくなったから…ではない。

コンピューターへのセキュリティがどんどん過剰になって、

処理速度が遅くなったからだ。

たとえばクリックしても次の反応まで数分待つのが当たり前、

やがて待つことに慣れて、それに合わせて人も

どんどんのんびりになったのである。

                                         .BUNKOU 14.5-150