単純小説17

161.『プレゼント』


若者が電車の中で話している。

「彼女が誕生日プレゼントに時計を欲しがってさ」

「高いの?」

「定価は大したことないんだけど、ミイシの18年モデル」

「もう絶対に手に入らないじゃないか」

「ああ、ネットに出品されるのを待ってるんだけどさ」

「出ても、すごい値段になるぞ」

「ああ…」

「俺には、彼女、ホーライの限定モデルバッグだ」

「それも手に入れるの無理に近いんじゃないの」

「うん、そしてあいつにはカソの激レアネックレスだって」

そばで聞いていた私は心の中でつぶやいた。

「彼女はみんなを振って、いつか月へ帰って行くよ…」

                                         .BUNKOU 15-161


162.『儲け』


「ずばり自分が儲けるためには、どうしたらいいかわかるか?

それは損する者が必要だと言うこと。

しかし損することがわかっていたら、誰も手を出さない。

参加すれば、こんなに儲かると、みんなに夢を見させるんだ、

誰でも簡単に儲かるって。そして初めは少し勝たせてやる、

そしてやつらを自信満々にする、他人と違って自分だけはずっと

勝ち続けると思わせて、もう抜け出さないとわかったら、

どんどんいただく。その結果がこれだ」

彼は缶を開け、ぎっしり詰まった大量のメンコを見せてくれた。

彼はメンコの達人であった。あれから五十数年、

彼は今どうしているのだろうか。

                                         .BUNKOU 15-161



163.『面接』


「大学の学部は?」

「経営学部です」

「すると経営には興味があると?」

「はい」

「今は?」

「商社の営業をやっています」

「うちに来てもらうとなると店舗経営と言うことになりますが」

「是非チャレンジしたいと思っております」

「飲食業に興味は?

「食べることが大好きなので、ずっと食の仕事に就きたいと思っておりまして」

「将来、経営者となるほどの覚悟が欲しいのですが」

「はい、十分承知しております」

「しばらく研修を受けてもらうことになりますが、今の会社はすぐに辞めれますか?」

「すぐと言うわけにはいきませんが、決まりましたら出来るだけ早く…」

「では、結果をお待ちください」

「はい、お父さん、是非にとも娘さんと結婚を!」

                                         .BUNKOU 15.1-163



164.『ガスタンク』


「あそこにガスタンクが見えるだろう。あそこへちょっと寄っていいか?」

「いいけど、何かあるの?」

「いや、いつも通勤途中で見えててさ」

「ガスタンクに興味があるの?」

「いや、ちょっと、気になることがあって…」

「ふん…」

車走る。

「着いたね。さすがにそばで見ると大きいわねぇ」

「直径40mくらいだそうだ」

「調べてたの…。あれ、車から降りないの?」

「ああ、ここから4km行く」

「4k先に何があるの?」

「着いたら言うよ。距離メーターを0にして、方角はどちらでもいい、家へ帰る方向にしよう」

車走る。

「この辺が4kか」

「何なの?」

「あのガスタンクを太陽とすると、このハンドルが…地球なんだよ」

                                         .BUNKOU 18.10-164



165.『ロボット掃除機』


「あれ?ロボット掃除機は?」

「あ、あれ、しまったのよ」

「しまったって、最新式だってすごく気に入っていたじゃないか」

「うん…」

「人工知能搭載だから音声ガイドも対話式で、すごく賢いんだろ」

「賢すぎるのよ」

「賢すぎる?」

「自分で充電器に戻るのはいいんだけど、そこから出てこないし、

無理に出してもすぐにそこに戻っちゃう」

「へぇ」

「怠け者なのよ、そして言い訳をしだすの」

「どういう?」

「床にモノが散らかってるから走れないとか、旦那の抜け毛が多いからフイルターがすぐに詰まるとか」

「し、失敬な!」

「あげくに説教が始まるの」

「何だ、それ」

「自分で掃除しないから、平気で汚せるんだって」

「なるほど」

                                         .BUNKOU 15.2-165



166.『月光』


流れる町並みを照らす月の光。

私は吊革につかまりながら、そんな風景を目で追っていた。

「どうぞ」目の前の若者に席を譲られた。

私はまだ体は丈夫である。頑丈とさえ言える。

だが、もう80近い。親切に席を譲ろうと言ってくれたのだ。

私は深く礼を言って席に座った。

駅で降りると、先ほどの若者が数人の良からぬ輩にからまれている。

私は助けに入り、輩が殴りかかってきたので次々と投げ飛ばした。

捨て台詞を吐いて逃げ去っていく輩たち。

私は止めてあったスクーターに乗る。呆然と私を見送る若者。

月の光が走る私の影を映す。私のことをもはや知る由もないか。

寄る年波、もはや巨悪は倒せぬが、人はかって私を

正義の味方「月光仮面」と呼んだ。


                                         .BUNKOU 14.2-166



167.『世にも恐ろしい話』


世にも恐ろしい経験とはああ言うことを言うのだろう。


あれは何年前だったか、その日、私はあるビルの警備をしていた。


それは古い時代に政府が建てた五階建てのビルであった。


深夜、私は一人、懐中電灯を片手に、


暗いコンクリートの階段を上り、各階を見て回っていた。


四階の突き当たり、会議室のある扉から、かすかに光が洩れている。


電気を消し忘れたのか、私はその扉の取っ手に手をかけると、


中から話し声のようなものが聞こえる。


こんな時間にまで会議なんて....、私は恐る恐るきき耳を立てた。


「消費税とは別に、新たに国民から取れる税、何かないかね」


私は身の毛もよだつ思いで、その場を逃げ出した。 


               .BUNKOU 19.8-167



168.『ホタル』


ホタルかと思った。

闇の中で携帯の光が点滅している。

終電を待つホームの端で、みんなが携帯を開いている。

若い者から年寄りまで、男も女も携帯を覗いている。

映像を見ているのか、ゲームでもしているのか、

こんな夜更けになっても、まだみんな忙しそうだ。

みんな疲れ切っていながらも、携帯の作業を黙々と続けている。

みんな孤独から逃れたくて、携帯にすがっているのか。

すっと辺りからホタルが消えた。

私はあわててベンチから立ち上がる。

終電がホームに入ってきた。

                                         .BUNKOU 10.5-168


169.『ネーミング』


「またまた消費税を上げるんですか。さすがに今度は国民も怒りますよ」

「消費税と言うネーミングが悪いのではないか」

「前に福祉税とか、復興税とか出ましたが」

「そういう見えすいたネーミングがだめなんだ。オシャレな感じの流行で払いたくなるような」

「元気税、未来税、きずな税、ゆとり税…」

「横文字がいいかもな、インテリっぽいやつ」

「コンサマ税、カスタマ税、チャージ税、頭文字でVATとかGSTとか」

「いまいちだな、いっそ昔風に、年貢…ネング…NNG…、だめだな」

「この際、正直に、掠奪税、無為税、奉仕税…」

「そんなものが通用するほど、国民はお人好しじゃないよ」

「それじゃいっそネーミングも国民から徴収、いや募集しますか?」

                                         .BUNKOU 12.2-169



170.『ポイント』


ちょっと何よ、この期末テストでの獲得ポイント』

『大丈夫だよ、部活で稼ぐから』

『部活は部活でしょ』

『レギュラーなら2倍、県大会に出場できたら、またボーナスポイントが付くんだよ』

『だけど』

『どう稼ごうとポイントはポイント。高校進学で必要なのはポイントだけなんだから…』

『あらお帰りなさい。この子ったらポイントが…。どうしたの?』

『いや、今月は還元ポイント月間なのに給料明細に載ってないんだ』

『還元って?』

『有給休暇がポイントで還元されるんだが…』

「…奥さん、奥さん」

「あ、すいません、つい考え事してて」

「ポイントカードのお返しです」

「そのうち何もかもポイントになったりして」

「え?」

「いや、こっちの話」


                                         .BUNKOU 12.4-170