単純小説05
41.『どうぞ』
「どうぞ、ご遠慮なさらないで」
「そんなぁ、奥様」
「うちではもう、ホント要らないものですから」
「でもお子様たちは…」
「子供たちも大きくなって、もう全然関心がなくて」
「はぁ」
「譲ってほしいと言うお話でしたよね、無理にとは言いませんが…」
「いや、そんなに簡単に戴けるとは思わなかったので」
「ただ一つお願いがあるんです」
「はい?」
「後で要らなくなったからって、返されても困るんです」
「ええ…」
「他の方に譲られるのは一向に構いませんけど」
「はぁ」
「どうします?」
「奥様、全然、惜しくはないんですか?」
「全然。うちのダンナ、外面はすごくいいんですけどね…」
「あの…今回のお話なかったことにしていただけます?」
BUNKOU 11.05-41
42.『コメンテーター』
「今回のこの事件、米田さんはどう思います?」
「そうですね、事件に遭われた方の心のケアを第一に考えてもらいたいですね」
「と言われますと?」
「メンタル面を含むフォローとしての、行政のきめ細やかな対応が今後、望まれます」
「なるほど。さて次のこの騒動、米田さんのご意見は?」
「あいかわらずの国民不在の茶番劇には呆れるばかりですね」
「まったくです」
「国民の血税を使っていることの意識を忘れないで、
行政のあるべき姿をもう一度考え直してもらいたいものです」
「ありがとうございました。ではまた明日お会いしましょう。
なお今回は米田氏が急きょ欠席されたため、コメントの部分のみ、
先日の放送分より録画にてお送りしました」
BUNKOU 11.06-42
43.『試金石』
「ご隠居、ご隠居!」
「何だい、朝から騒々しい。八つぁんか、朝っぱらから一体どうしたんだい?」
「ご隠居、あたし、朝から朝メシを食べてまして」
「そりゃ朝は朝メシだ、今が昼なら…」
「米のメシに納豆、豆腐の味噌汁を」
「まぁ、どこでもそんなもんだ」
「で、ふと気づきまして、何でこっちが納豆で、こっちが豆腐かと」
「…」
「豆を腐らせて作る納豆が豆腐で、型に納めて作る豆腐が納豆じゃねぇかって」
「…とうとう気づいたかい」
「へ?」
「おめでとう、八つぁん、やったじゃねぇか。お前さんにこれからワシはいらない。
あんた、一人前になったんだよ」
「するってぇとこれは?」
「当たり前を当たり前と思わねぇ、ひねくれ者の試金石だ」
BUNKOU 11.06-43
44.『飲み屋にて』
「どうぞ一杯」
「おお、すまん。どうだ仕事は慣れたか?」
「ええ、なんとか」
「君はうちのエースだからな」
「いやー」
「頑張れよ、ほら」
「はい。あ、すみません。いただきます」
「あの『帰ってきた』やつには気をつけろよ」
「え?」
「手柄をたてようと焦っている」
「そ、そうですか」
「やっぱり自分がいないと、ってとこを見せたいんだ」
「タロウ君にはいろいろ教えてもらって」
「あいつは、若いからってどっかいいかげんだからな。それからセブン…」
「え、セブンさん?」
「うまくいかないと平気でこっちに責任をかぶせてくるぞ」
「そんな…」
「じゃあ、そろそろ3分たつから行くぞ」
「あ、はい。お疲れさまでした」
「シュワッチ!」
BUNKOU 11.03-44
45.『物忘れ』
「おい、あれ取ってくれ」
「あれって?」
「だから、テレビのチャンネルを変えるやつ」
「最近、物忘れがひどくない?はい、テレビのチャンネルを変えるやつ」
「物忘れじゃない、思い出すのが面倒くさいだけ」
「ホントに?私の名前も忘れてたりして」
「わ、忘れるわけがないだろう」
「じゃあ、言ってみてよ」
「く、くだらないこと言ってる暇はない…」
「そう言えば、この間、知り合いからあなたのことを弟さん?って聞かれたわ」
「最近、歳のわりに若いってよく言われるな」
「まさか…」
「何だよ」
「あなた、歳をとることも忘れてるんじゃないの!」
BUNKOU 11.08-45
46.『最大の危機』
「当社最大の危機であることを自覚してほしい。
今後さらなる市場拡販と徹底的なコスト削減を目指す。
いいか、それぞれの部署での戦略を見直す。
では10分間休憩!休憩後、各部署の半期目標を発表する。以上!」
大勢の社員が険しい表情で会議室を出て行く。
ロビーに集まり一服する社員たち。
「厳しいな…」
「うん?」
「立木の不振」
「ああ、夕べもあれだけのチャンスで打てなくっちゃな」
「4番が逆に足を引っぱってるんだからな」
「今朝の新聞に載ってたけど、山本もケガで登録抹消らしい」
「じょ、冗談じゃない、投手陣の要が!」
「まったく頭が痛い…」
「今期最大の危機だな…。さて、そろそろ会議に戻るか。
何か発表するって言ってたよな?」
BUNKOU 11.07-46
47.『正直村』
正直村へ引っ越ししてきてから、ようやく一段落して久しぶりに家内と外出した。
「映画でも見るか。どれがいい?
洋画なら『つまらなさから全米で早々打ち切りになった』これか、
日本映画なら『人気俳優を起用しただけのストーリーのない恋愛映画』か」
「正直なキャッチフレーズね」
「映画はやめて、早いが食事でもするか」
通りのレストランに入った。
「いらっしゃいませ」と言われると思ったら、
「ようやく空いて休めると思ってたからガッカリ。
出来れば簡単な料理にしてほしいとコックも言ってますけど、ご注文は?」
「正直だな。じゃぁこの『パサパサで味気がない安いだけがとりえのハンバーグ』」
帰り道に二人で思わずつぶやいた「嘘も方便!」
BUNKOU 11.08-47
48.『ラッキーデイ』
出かけに見たテレビの星占いで今日は最高のラッキーデイと言っていたが、
朝から電車が遅れて会社に遅刻。
会議の資料を頼んでおいた部下が欠勤。
会議でのしどろもどろの報告にもういいと部長の叱責。
一息つこうとコーヒーの自販機に千円札を入れたが商品も返金も出ない。
昼食に食堂に入ったが頼んだ品がいつまでも来ず時間切れであわてて帰ってくる始末。
午後からは取引先からのクレームが立て続け、
帰りには駅に止めておいた自転車が盗難。
帰路トボトボと歩きながら何が最高のラッキーデイだと男が夜空を仰いだ時、
二千億キロ離れた太陽系周縁において巨大彗星に隕石が偶然に衝突、
その軌道をずらして地球を消滅させるほどの衝突を回避していた。
BUNKOU 11.09-48
49.『月面秘話』
ヒューストン「オルバリン、右手前5mのところに何か光るものがある。そこへ行ってくれ」
オルバリン「オーライ」
ヒューストン「見つけたか?拾い上げれるか?何だ、それは?」
オルバリン「瓶のような…」
ヒューストン「待て!通信チャンネルを切り替える!…オーライ、何だそれは?」
オリバリン「コーラの瓶のようだ」
ヒューストン「まずいな…」
オリバリン「どうする、持ち帰るか?」
ヒューストン「いや、揉め事の種になる。元のようにほっぽり出しておいてくれ」
オリバリン「オーライ」
ヒューストン「通信チャンネルを戻す。オルバリン、引き続き綿密な月面探索を行ってくれ」
BUNKOU 12.01-49
50.『金のなる木』
先日、園芸店の店先に「金のなる木」っていうのを見つけた。
ネーミングが面白くて思わず買ってしまったが、
たいして面倒もみずに鉢ごとほっぽり出しておいたら、
知らないうちに花が咲いて、そしてその後に小さなお札のようなものが生えてきた。
まさかと思って、それでこまめに水をやるようにしたら、
そのお札は徐々に大きくなってきて、もう少しで本物と思えるほどに育ってきた。
あわてて肥料とか買ってきて与え、それは大切に扱ったのだが、
それがよくなかったのか、木はあれよと枯れてしまった。
買った店に行くと、しばらく入荷の予定はない、
それに出すといつもはすぐに売り切れる、お金持ちが買い占めるそうだ。
私は思わず、舌打ちをした。
BUNKOU 11.09-50