単純小説16
151.『鏡』
フリマで見つけた古い鏡、
「白雪姫の鏡」というので思わず買ってしまったが、
玩具なんだろうがなかなかよく出来ている。
鏡に向かって世界で一番美しいのは誰?とたずねると答えてくれる。
最近はずっと「中国のシンイー」だ。
少し前までは「イギリスのソフィア」が続いていたが、
どうやら抜かれたらしい。
「インドのミャーナ」という名前もよく出てくる。
「オーストラリアのジャック」という名前も出てくる。
男性のような気がするが、別に性別には拘ってっていないから、いいか。
日本人の名前も何度か出てきた。
一度なんかは家内の名前に近かったので驚いたが、
まったく同じだったら、すぐに鏡をゴミ箱に入れてただろう。
.BUNKOU 14.11-151
152.『売れっ子』
「もういっぱい撮影の予定が入っちゃって」
「一本入りませんか」
「無理ですよ」
「もうマネジャーとか付けたらどうです?」
「私、別にタレントじゃないですし」
「これだけ売れているんですよ」
「一時的なものですよ。すぐに私なんか飽きられます。新しい人も出てきているんでしょ」
「今は視聴者も見る目が肥えてますからね、使える映像がなかなか撮れないんですよ」
「私なんか、どうして?」
「本物ぽいんですよ」
「本物ぽいって、私、本物ですから」
「本物でも、最近は演技しちゃって、見抜かれるんですよね。お願いしますよ、ギャラとかはずみますんで」
「私もう、お金とかいらないし」
「お願いしますよ、恐怖ビデオ映像、当社の目玉作品なんで」
.BUNKOU 14.10-152
153.『上る男』
寒風吹きすさぶ中、通りを歩いていたら人混みにぶつかった。
みんなが見上げる中、一人の男が空中をどんどん上っている。
よじ上っているように見えるが、つかまるようなものは何も見えない。
やがて他の者たちもそれに続き上りはじめた。
そして何かが切れたように、いっせいに人々が落ちてきた。
みんな打った腰などさすりながら憮然としている。
私は近くで一本の糸を拾った。
こんなに細いものにつかまって上っていたのか…、ハッとした。
蜘蛛の糸だ!上空から蜘蛛の糸が垂れてきていたのだ。
ということは、ここは!まさか!きびしい世の中だとは思っていたが、まさか、ここが!!
はるか上空、切れた糸の先、雲の隙間からまばゆい光がもれていた。
.BUNKOU 14.11-153
154.『黒毛』
お前たちとは格が違うんだ、オレは。
この毛並みを見ろよ、黒光りしてまるでビロードのようだろ。
ビロードと言ってもお前ら知らないか。
新米の作業員なんかオレに触ることも許されない。
親方は毎日オレを見に来る。
何しろオレは軒並み今年の賞を総ナメしている最高の黒毛和牛なんだからよ。
親方がオレを見る目ときたらトロンとしちゃってよ。
オレに匹敵するのは、数年前にいたオジキのクロゾウくらいかな。
だいぶ賞をとっていたようだが、ちょっとケツの張りが弱かったか。
まぁオレに比べてだけどな。近頃見ないが、
どこかの牧場でのんびり余生を楽しんでいるのかな。
さて今日も出かけると言っていたが、また品評会か。
もう賞はたくさんって感じ。
.BUNKOU 15.1-154
155.『一生モノ』
「するとこれは壊れない」
「ええ、壊れないというよりも、不具合が出たらすぐに自分で修復します」
「どんな故障も?」
「ええ、異常が出たらすぐに自己修復しますので、大きな故障にはほとんど至りません。
そして自らバージョンアップします」
「バージョンアップ?」
「世界中の情報を集めて、自分を絶えずグレードアップします」
「すると」
「はい」
「これを一台買えば…」
「買い替える必要はありません。いつも新製品の状態です」
「いわゆる、これは…」
「一生モノです」
「君は」
「はい?」
「うちの会社が何か知っているかね」
「製造メーカーですが…」
「君はうちの会社を潰す気か!」
.BUNKOU 15.4-155
156.『未来』
ここ数十年のテクノロジーの進歩は凄まじかった。
無限の自然エネルギーを効率よく利用できるようになり、
みんな豊かになった。世界から貧困がなくなり、
紛争や闘争もなくなった。
人々は苦労からも解放された。
やっかいな仕事はすべてロボットが肩代わりしてくれる。
何でも欲しいものが自由に手に入れられ、
そして災害や事故、病気などからも人々は解放された。
ほとんどの人が趣味や余暇に毎日を送る。
仕事は達成感を感じたい者や社会貢献を思う者だけがやる。
秩序正しく豊かな思いに満ちた社会で、大きな事件や犯罪、
騒動など起こるわけがない。
全てがいいことづくめの世の中で、未来の新聞記者は
キーボードを前に四苦八苦していた。
.BUNKOU 15.1-156
157.『公平』
「先生、今回学年で1位だった青山君と、
今度のテストの答え合わせをしてたんですけど、
全教科合計するとぼくのほうが点数が上なんです」
「君は今回何位だったの?」
「2位です。それでなんかの間違いじゃないかと…」
「間違いじゃないよ。君は前回1位だったよね」
「ええ」
「今、君の学年にはトップを争う生徒が何人かいる。
君もそうだがみんな一生懸命勉強している。
君ばかりがいつも一番だったらどうする。
みんなやる気を保てるかね。
学校はみんなに自信をもってほしいんだ。
競争心だけ煽ればそれていいってものじゃない。
教育は公平、平等が基本なのはわかるよね。
さぁ過ぎたことは気にせず、次に向かって頑張ろう!」
.BUNKOU 15.2-157
158.『ほふく前進』
外で風が雑木林の枝を鳴らしている。
月明かりが通路を照らす。
私は今、ほふく前進で進んでいる。
目標は5m先のあの扉だ。
まさかこんな状況になろうとは…。
ほふく前進には第一から第五までの方法があり、
徐々に体勢を下げていく。簡単に言うと、
第一は左膝を地面につけ左腕を立てて進み、
第二はそこから腰を下ろし、
第三はさらに腕を曲げて左肘で進む。
第四は腹這いになって膝と肘を使い、
第五は手と足で這いつくばって進む。
私は今、第三から第四の状態で進んでいる。
扉までたどり着くとドアノブまでよじ登り、
それを開けた。トイレに行くのも大変である、
ギックリ腰になると…。
.BUNKOU 15.3-158
159.『カンニング』
「先生、僕はカンニングなんかしてません!」
「しかし君の答案はまったく彼と同じなのだ。正解はもちろん間違いまでも」
「僕は彼の前の席ですよ、どうやってカンニングできるんですか!
偶然の一致か、それとも、もしかしたら彼が僕の答案を見たとか」
「彼はいつも学年上位の成績だ。そして君は…言わなくてもわかるよね。
彼が君の答案をなぜ見る?」
「彼にも一度聞いてみてくださいよ」
「実は彼にもすでに聞いたのだ、君が覗いていなかったかって」
「だから!」
「彼は言ったよ、自分の方が覗いたって」
「えっ」
「しかし私は信じていない、彼は君をかばったに違いない。
今回のことはまぁいい、二度とこんなことのないようにな」
.BUNKOU 15.4-159
160.『絵画』
「お気に召しました、この絵?」
「いや、目は引くけど…奇をてらい過ぎてるかな。
この画家、まだそんなに点数描いてないんじゃないの?」
「いえ、けっこうな枚数を描いてはいるんですが…」
「売れたことあるの、この人の絵?」
「いや、今はまだ、そんなに…」
「だろうな、どうもデッサンがな。印象も陰気だし…」
「でも、何か魅力を感じません?」
「感じないね、全然」
「いかがでしょうか、今後を期待して応援の意味で」
「期待はできないが…」
「これくらいまでお下げ出来ますが」
「しかたがない、もらうか。フィンセント・ファン・ゴッホか、
ほんと、聞いたことないな…」
.BUNKOU 15.4-160