単純小説07

61.『神殿にて』

「お主」

「何か?」

「お主、若い女性の願いばかり聞いておらぬか?」

「そのようなことはござらぬ」

「あれほどに大勢、若い女性が参拝に来ておるのに、

何故にわれには先程から男性か中年、老人子供の願いばかり?」

「偶然でござろう」

「お主を見ておったら、先程から若い女性のばかり…」

「この忙しい時に選んでおる暇はござらぬ」

「これが偶然でござろうか…」

「大体に若い女性の願いなどは、彼氏を作りたいとか結婚したいとか、

そのようなものばかりでござる。われは愛のキューピットではござらぬ。

見なされ、次は中年男性の願い、何々、リストラされませんように…」

「どういたした?」

「…やはり若い女性の願いは華やかでいいのう」

.BUNKOU 12.02-61

62.『無理難題』

「そんなこと絶対に無理じゃないか」

私は役人の理不尽な命令に腹を立て、

イライラしながら丘の上まで羊を追いたてていた。

その時、一天にわかにかき曇り、

やがて天上から光が一すじ射し込んできて、私を照らし出した。

そして厳かな声が響き、私にこう言った。

「箱舟を造り、そして生きとし生けるもの全てを一つがいずつ乗り込ませよ」

私は完全に切れ、天に向かって叫んだ。

「出来るわけ、出来るわけないでしょうが!」

…あれは夢だったのか、それとも幻だったのか。

ただ、今にも雨が降り出しそうなこの空と、

隣村で一人の男が船を造り始めたという噂が、ちょっと気になっている。

.BUNKOU 12.02-62

63.『釣り』

まったく釣れないのである。なのに私たちは毎週この湖にやって来る。

常連のほぼ全員の顔が揃う。誰もが無理に時間を作ってやって来るのだ。

お互い苦笑いの挨拶をして釣りにとりかかる。だけど釣れない。

魚がいないわけではない。初めてここを訪れた者は必ず釣れる。

他がまったく釣れないのに自分だけが入れ食いである。

そして次は釣れない。なぜか全然釣れなくなる。

それが信じれなくて諦めきれず、結果ここの釣りにハマる。

魅入られたように私たちは繰り返し釣り糸を垂れる。

もう二度とほほ笑んでくれない恋人を追うように。

「今日も行くの?こんな雨降りに」

「ああ、こんな日だからこそ釣れそうな気がする…」

あなたはこんな経験ありませんか?

.BUNKOU 12.03-63

64.『タイムトリップ』

拍手喝さいがいっせいに起こる。

「お待ちしていました」

「えっ?」

「実験は成功です。あなたが発明されたタイムマシンは見事あなたを未来に運びました」

「ここは」

「あなたが目指された100年後の世界です。

あなたが来られた今日はタイムトリップ元年の歴史的記念日となっています。

あなたの発明により人類は時間を自由に行き来できるようになったのです。

あなたの功績を祝福して盛大な祝賀会が催されます。さぁ会場へ」

「この私のタイムマシンは?」

「世界初のタイムマシン、カメ型1号として博物館に展示されます。

あなたのことは伝説となり時代を越えて語り継がれていきます。

さぁ海底都市で開かれる祝賀会へ向かいましょう、ウラシマ博士」

.BUNKOU 12.03-64

65.『司祭』

「司祭さま、もうすぐです。この山道を抜ければ山岳の聖堂にたどり着けます。

そこでかくまってくれるはずです」

「追手は?」

「大丈夫です。まだずっと下です。もうすぐ聖堂の門が見えるはずですが…」

「どうした?」

「門の前にもローマ兵が…」

「すでにここまでも」

「追手の兵士が見えてきました。もはやこれまでか」

「愛する者同志が結ばれるように導いて、なぜ罪に問われるのか。

おお、私のやってきたことに何らかの意味はあったのか…」

「司祭さま、司祭さまの今までなされて来たことは決して無駄ではありません。

いつかきっと、誰もが皆、自由に愛を告げれる時が来ます。

あなたのお名前は永遠に残るに違いない、セント・バレンタインさま…」

.BUNKOU 12.04-65

66.『土器』

「館長、これを」

「見事な火炎土器だな、縄文後期か…。これは?」

「建築現場から発見されまして、大きな遺跡らしく他にもいろいろと」

「すぐに、すぐにその工事を中止させるんだ。これは国宝級の大発見だぞ」

「それがその建築工事…」

「何だ」

「うちの博物館の新設工事なんです」

「うちのって」

「どうします、工事中止します?」

「中止するって、君、この新設にこぎつけるまでに、我々がどれくらい努力してきたか。

長年かかってようやく予算がついて、やっとのことであそこに場所が決まって…。

こんなの大したことない」

「えっ」

「こんなものそこらへんからよく出る瓦礫じゃないか、君だって見ればわかるだろ!」

.BUNKOU 12.04-66

67.『異星人』

光に包まれた円盤から姿を現した異星人の、

そのあまりの美しさに我々は息をのんだ。

異星人の地球の言語による流暢な挨拶の後、

我々から最初に飛び出した質問は、

「失礼ですが、あなたは男性ですか女性ですか」

「私たちに性別というものはありません」

そして今回地球を訪れた異星人との交流が始まった。

穏やかだが凛々しい、知的で勇敢、誠実で明朗な態度、上品で優雅な物腰に、

地球上の大半の女性がうっとりとし、大半の男性が心ときめかした。

我々は今後も末永い交流を望んだが、

異星人は得るものが少なかったのか、

深い感謝の言葉だけを残し、再訪の約束もなく早々に立ち去って行った。

地球人の大半が失恋した。

.BUNKOU 12.03-67

68.『壺』

「これ壺?また変なもの手に入れてきて」

「いや、やきもの市のオヤジにすすめられてさ。若手の陶芸家が作ったらしい。

どうだこの炎のような壺の口!この渦巻き模様もすごいだろ!」

「どうやって使うのよ。飾りだらけでゴチャゴチャして、大きいだけでたいしてものも入らないし」

「置物だよ」

「邪魔なだけよ」

「とりあえず入り口に置いとくよ」

「そこはダメよ、子供が帰ってきた時つまづくから」

「ただいま(ガチャン!)」

「ほら!!」

「ま、いいさ。たいした値じゃなかったから…」

「破片で怪我するから早く捨ててきてよ、外の貝塚へ」

それから二千年後、

「縄文中期の火焔土器ですか。ここまで割れていなければ、国宝級だったんですが…」

.BUNKOU 12.05-68

69.『忍者』

「お疲れ様、ほら一杯」

「あ、どうも」

「外国人の接待は疲れただろ」

「いや、僕は付き添ってただけだから。でも外国人は日本にまだ忍者がいると思っているんですね。

忍者はどこだ、忍者に会いたいって大変でした」

「ハハ、外国では忍者ブームって聞くからな」

「しかし昔の日本には、本当に忍者なんていたんですかね」

「実際の忍者ってのは大半は地味で、町や村に入りこんでスパイみたいなことをしてたんだろ」

「何十年も普通に暮らしてて誰にも正体をバラさないで、いざと言う時を待っていたのですかね」

「代々続いているとも聞いたことがある…。そう言えば君、伊賀の出身だったね」

「先輩は、確か甲賀の出身でしたよね」

「…」

「…」

「この話、やめようか」

.BUNKOU 11.09-69

70.『写真』

「すごくいっぱい写真とってきたのね」

「ああ、買ったばかりのカメラだからな」

「久しぶりだもんね、親睦会の旅行」

「そうだな」

「みんな、きれいに撮れてるじゃない」

「最近のカメラは何もしなくてもいいから」

「うわ、すごい絶景、ここどこ?」

「えーと、確か…」

「あら、おいしそう!珍しく料理の写真も撮ったのね。これ何の料理?」

「さぁ、何だったか…」

「食事中にショーとかやってたんだ」

「たぶん…」

「この人、田村さんでしょ?同じテーブルだったのね」

「そうだったんだな…」

「ほんとにあなた、旅行に行ってきたの?」

「ほとんど何も覚えてないんだ、写真を撮ることばかりに夢中で」

.BUNKOU 12.02-70