(2024年6月19日作成/2024年12月11日更新)
私は長年にわたって大学の講師を務めています。
教室やキャンパスのあちこちで学生らがアルバイトについて話しているのを折々耳にします。
身近にいる学生たちの話ですから、教師としても多少気になる時があります。
ちゃんと書面で契約を交わしているか?
残業代は正当に支払われているか?
仕事前後の準備・片付けは労働時間に算定されているか?
例えば、試用期間だからという理由で、最低賃金に満たない賃金を支払われていないか?
仕事上で負傷し、正当な権利があるにもかかわらず、労災申請を断られたことがないか?
学生自身が労働に関わる基礎的な知識・情報を収集できるなら、それに越したことはないとはいえ、そういった学生は多くないようです。
大学側の積極的な情報提供を期待したいところですが、そういった情報を入手できる適切な場が設けられているという話もあまり聞きません。少なくとも学年の開始時に希望者を集めて、アルバイトを開始する上での諸注意を与えられる場があってもよさそうなものですが、学生への種々の通知を見てもアルバイトに関連する情報は十分には与えられていないようです。
厚生労働省の「大学生等に対するアルバイトに関する意識等調査」(平成27年)によると約60%が「労働条件通知書」を渡されておらず、中には「給与明細」すら貰っていないケースもあるということです。働く上で、自分の会社の基本ルールを知らずに労働に従事するというのは危険すぎます。
以下、労働条件通知書に於いて確認すべき事柄を列挙しておきます。(「『働くこと』と『労働法』(令和4年度改訂版)p.25からの引用」)
雇用期間:いつからいつまでか
勤務地等:どこで働くか
業務内容:どんな仕事内容か
勤務時間:シフト等の時間は
休日休憩:何日か・何分か
給料計算:時給・月給・交通費等
支払時期:賃金の支払日は
退職解雇:辞める時の手続
◾令和6年4月からの労働条件通知書 (労務管理のサブページ)に労働条件通知書に関する改正事項についての記事があります
🔲 割増賃金
1日8時間働き、さらに使用者から「今日は人手が足りないんで、もうちょっと手伝って」と言われ、1時間残業をしたとしましょう。言うまでもなく、この場合、アルバイトの人であっても1時間の残業代が発生します。
🔳1日8時間、または週40時間を超える労働に対しては、通常の賃金の25%以上の割増賃金が支払われなくてはなりません(労働基準法第37条)
🔳 例えば時給1,200円で働く人が1時間残業した場合、その日の賃金は以下のようになります
1,200円×8時間+(1,200×1.25)×1時間=11,100円
🔳 通常1日の労働時間が6時間の人に対し、例えば1時間とか、2時間残業したとしても、割増賃金を支払う義務はありません
🔳 深夜労働(午後10時~翌日午前5時)に対する割増賃金も25%以上となっています。
🔲 最低賃金
賃金の最低額は「最低賃金法」によって定められており、使用者はその最低賃金額以上の額を支払わなくてはなりません
🔳 最低賃金には2種類あり、「地域別最低賃金」は職種等に関係なくすべての労働者に適用されます。また「特定最低賃金」は特定地域内の特定の産業で働く人に適用されます。
🔳 現在2024年11月時点の「地域別最低賃金」は1,163円(東京都)~891円(秋田県)の範囲で、都道府県ごとに決められています。
例えば東京の事業所で、「きみはこの仕事の経験がないようだから最初は時給1,000円で始めて、慣れてきたら1,150円に上げよう」と使用者に言われ多としましょう。バイトの人がそれに合意したとしても、これは法違反になります。上に記したように、最低賃金はすべての労働者に適用されるものです。この場合、時給1,000円ではなく、東京の最低賃金額1,113円で契約したものとみなされることになります。
🔲 休業手当
労働基準法の第26条には休業手当について次のような定めがあります。
「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合に於いては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」
これはどういうことかというと、例えば、ある日シフトで割当てられた時間帯に仕事場に行ってみたら、マネージャーとの間で次のような遣り取りがあったとしましょう。
マネージャー:今日はお客さんが少ないみたいだし、君がやることは余りなさそうだから帰っていいよ。
学生: お給料はどうなるんでしょうか?
マネージャー:仕事をしないわけだから、悪いけど今日は給料なしということで・・・
ここで『そういう事情なら仕方ないか』というふうに考えてしまうのは間違いです。これはいわば会社側の都合で一方的に休業とされてしまったわけで、この場合無給とすることはできません。条文にあるように平均賃金の60/100以上の休業手当を会社は支払わなくてはならないのです。
ちなみに平均賃金は、日給制や時間給制などで働いている場合は最低保障額として、それ以前3か月間の賃金をもとに次の計算式で算出します。
3か月に支払われた賃金総額÷3か月の実労働日数×60/100
例えば、バイト先で上司の指示に従い、脚立に上がって棚の荷物の上げ下ろしをしていた際、転倒して腕を骨折し休業せざるをえなくなったとしましょう。「それ、君の不注意によるけがだから、労災扱いにできないからね」と上司に言われたら納得するしかないのでしょうか。—いえ、納得してはいけません。
仕事が原因のケガなどは業務災害と呼ばれ、健康保険を使うことはできません。治療費は労災から出るので労働者の負担はないのです。
このような場合会社は「労働者死傷病報告」を労働基準監督署に提出しなくてはなりません。この報告を故意に提出しなかったり、虚偽内容を記載することが労災かくしと呼ばれるものです。
なぜ労災かくしが行われるかというと、一般的に以下の理由が考えられます
・労災保険を申請すると、労災保険料が上がることがある
・労災の調査で何らかの法違反が発覚する恐れがある
・会社の評判がダメージを受ける可能性がある
・他社(例えば、工事現場における元請業者)に迷惑がかかるかもしれないという不安がある
労災かくしは犯罪行為であり、それによって労働者(もちろん、アルバイト等を含め)の保護がなおざりになって良いわけがありません。上記の例のような場合、きちんとその点を主張するか、しかるべきところに相談すべきでしょう。
「しかるべきところ」については、都道府県労働局やハローワークに相談窓口が設けられています。社会保険労務士会にも総合労働相談所があり、トラブル全般に関する相談を受け付けてくれます。
アルバイトは年休を取れないと考えておられる方がいるようですが、そんなことはありません。
以下の要件を満たせば取得できます。
① 雇われた日から6か月以上継続勤務していること
② 全労働日の8割以上出勤していること
下の表を見ればわかると思いますが、たとえ週1日のアルバイトでも6カ月以上継続して勤務すると1日の有休を取ることができるのです。
ちなみに有休を取得する理由は何であっても問題ありません。例えば、音楽ライブに行きたい、友達と遊びに行きたい、デートをしたい、勉強時間を取りたい…何であっても構わないのです。「そんなことで有休を取りたいの?」などと非難する権利は誰にもありません。
昔々若いころあるアルバイトに従事した時のことです。その雇用契約書に列記されていた懲戒事由に「○○を禁じる。これに違反して○○を行い会社に損害を与えた場合40万円の違約金の支払いを命じる」とありました。「なるほど、そういうものか」と労働法をまだ知らぬ私は納得したものですが、実は、納得してはいけなかったのです。
何せ数十年も前の話で、契約書の正確な文言は覚えていません。ただ「四十万円の違約金」という数字と、契約書が弁護士によって作成されたものであるという記述があったことは鮮明に覚えています。
労働基準法16条では「賠償予定の禁止」として労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約をしてはいけないと規定されています。私の過去のケースでは、作成した弁護士がこの条文をあえて無視したのか、それとも会社が権威づけに弁護士の名前を使ったのか知る由もありませんが、今にして思えば明らかな法違反と言わざるをえません。
会社側が一方的に労働者に損害賠償を支払わせることはできないのです。もちろん会社に損害を与えたとき、労働者が責任を負わなくてはならない場合もあり得ます。その際、諸般の事情を勘案したうえで損害賠償額は決められなくてはなりません。
厚生労働省の「確かめよう労働条件:労働条件に関する総合情報サイト」では次のように述べられています。
(1) 労働者が仕事上のミス等により使用者に損害を与えた場合、労働者が当然に損害賠償責任を負うものではありません。労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随、内在するものであり、使用者がそのリスクを負うべきものと考えられます。
(2) しかし、事業の性格、規模、施設の状況、労働者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様・予防・損害の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度で、労働者が損害賠償の責任を負うことがあります。
13-1 「仕事上のミスを理由とする損害賠償」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性|裁判例|確かめよう労働条件:労働条件に関する総合情報サイト|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
かつての自分と同じように、今の学生らも知らぬがゆえに、法に違反する会社の規則に従っている可能性はあると思われます。やはり、ある程度基本的な労働法について学生に教示する場を設けるのは大学側の責務だと考えるのですが、どうでしょうか。
昼休みに従業員(バイトを含む)が店内にとどまり、休憩中であってもお客さんが来た場合には対応するよう指示された場合労働時間に該当するのでしょうか。これは手待時間と呼ばれ労働時間として扱われます。
また仕事を終え、掃除や整理整頓、引継ぎなどを行わなくてはならない時間も労働時間になります。
労働時間というものを考える際のひとつの大きなポイントは、使用者の指揮命令下に置かれている時間が労働時間に該当するということであり、厚労省のガイドラインには次のように記述されています。
1. 使用者の明示的・黙示的な指示により労働者が業務を行う時間は労働時間にあたります。
2. 労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などの定めによって決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否か等によって判断されます。
(「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」平成29年1月20日)
1. にある「黙示的」な指示というのは、具体的・直接的に受けた指示だけではなく、命じられた仕事を行うにあたりそれに付随する必要不可欠な行為も含まれるという意味です。
この問題に関し難しいのは、ある行為が労働時間だ、あるいは労働時間ではないと一概に言えない場合があることです。例えば上記「手待ち時間」が裁判で労働時間性を否定されたケースがあります。銀行員が昼休みに顧客の来訪や電話に応対しても、それをもって60分の休憩の自由利用が保証されていなかったとは言い難いとして、労働時間性を否定されたことがあります。(京都銀行事件)職種や勤務の態様などの諸事情を勘案して個別的に判断されるようです。もしご自分の仕事でこのような問題に直面した時は都道府県の労働局などで相談を受けたほうが良いでしょう。
「学生アルバイトについて」の記事はアルバイトをする際学生が自分の権利を不当に制限されたり、侵害されたりすることのないよう気を付けるべきいくつかの点をピックアップしたものです。
ただ、アルバイトをする中で大学生が一方的に被害者となりうるわけでは勿論ありません。逆に加害者の立場に立つことも十分ありうるといえます。
私は長年にわたって教師として大学生と接してきました。
真面目に勉強に取り組む学生が少なからずいるとはいえ、中には小学校から中学・高校でこの学生はいったい何を学んできたのかと、訝しみ、呆れ、腹立ちを覚えさせる者が一定数いるというのは紛れもない事実です。
時間を守るといった社会生活の基本態度が身についていない者
楽をして単位を取るために平気で教師に嘘をつく者
周りの学生に迷惑をかけていることに対し注意を与えても、決して自分の非を認めない者
それどころか、逆に注意を受けたことなどに対し『ムカつき』、教師を威嚇すらしてくるチンピラのような者さえいます。
こういう学生が仕事に携わる段になって、人間性を一変させるなどというお伽話が起こるはずはありません。
緩んだ箍(たが)を締め直すという作業には学生自身の自覚が不可欠です。
自覚を促すには厳しい叱責も時には必要でしょうし、時間を要するものなのかもしれません。
労働に関するトピック トップ