アサルトリリィ二次創作
――どうしてこんなところにいるんだろう。
意識が朦朧として、なかなか思い出せない。百合ヶ丘に大量のヒュージが襲来して、それを一柳隊の皆さんと戦っていたはず。そして、その後――。
そこまで思い出した後、ぼやけた視界に白衣を着た青年がやってきたのが見えた。その青年が浮かべた笑顔は、はっきりとは見えなかったけれど、背筋が凍るような恐怖を感じるものだった。
――五十五時間前。
ブリューナクで襲い掛かってくるヒュージを薙ぎ払いながら、夢結は、後ろでまたヒュージと戦っている梨璃に声をかけた。
「梨璃、そちらの状況は?!」
「ダメですっ!! 倒しても倒しても数が減りません……っ!!」
今日の昼前頃に百合ケ丘学院に襲来したヒュージの群れは、時間が経つにつれて、その数は増していった。もちろん、梨璃や夢結たちが所属する一柳隊以外の、アールヴヘイムを代表としたレギオンも駆り出されているが、戦況はあまり変わっていない。
『梨璃さん、夢結様!! 一時撤退命令が出ました! 下がりましょう!』
配給されたインカムから、同じレギオンのメンバーである二水から通信が入った。
「……ッ、分かったわ……! 梨璃!!」
「はいっ、お姉様!!」
身体のマギを足に集中させ、飛び上がる。それに合わせるように、眼下のヒュージ達が一斉に攻撃をしてくる。だが、それは遠くで待機していた雨嘉や神琳たちの手に寄って阻まれた。が、
「……ッ!」
梨璃が顔をしかめた。
「梨璃?!」
着地して、夢結は急いで梨璃の身体を見る、
「あはは……少しヒュージの攻撃が、足を掠めちゃったみたいで……」
夢結が梨璃の足に目を向けると、足首の近くに少し大きな傷口が見えた。夢結は周りを見回す。
「…………っ、もう少しで神琳さん達が合流するはずだわ、梨璃はここで休んでいなさい」
地面に指していたブリューナクを引き抜きながら言う。
「お姉様……?」
「私はもう少し前線を張るわ」
「そんな、無茶です!!」
梨璃が立ち上がろうとするが、足首の傷が痛むのか、立ち上がれず、その場に尻もちをついた。
「梨璃の事は私が護るわ、この命に代えてでも。安心して、私は必ず帰るから」
梨璃の言葉を待たずに、夢結はまた、先程まで戦っていた所へ戻って行った。
「お姉様…………」
「おーい梨璃ーッ!!」
その声の方を振り返ると、梅たち夢結を除いた一柳隊の面々が駆け寄ってきた。
「夢結は?!」
「それが……私が怪我をしてしまったばっかりに、お姉様が……」
「……っ夢結のやつ……」
梅が静かに舌打ちをする。
「ここもいつ襲撃が来るか分かりませんわ。撤退命令も出ていることですし、ひとまず引きましょう」
そう提案する楓に、「でも、夢結様はどうするんですか?!」と二水が詰め寄った。
「夢結は梅が連れてくる、鶴紗、それに二水、一緒に来てくれるか?」
「は、はい……」
「分かりました」
「わかった、梨璃達は先に戻っていてくれ」
そう言って、梨璃に消えた方向を聞いて、その方向に三人は消えていった。
「大丈夫でしょうか……」
「まああの三人なら問題ないでしょう、それよりも私たちは一旦退きましょう」
「梨璃さんのことはお任せくださいませっ! 私がおぶって差し上げますわ!!」
「どんな時でもぶれないね楓は……」
意気揚々としている楓に、雨嘉は苦笑いを浮かべた。一方の梨璃は、「お姉様……」と見えた方を見つめて、小さく呟いていた。
梨璃達が一度控え室に帰って、楓による非常に念入りな手当を梨璃が受けていると、夢結を追いかけていった鶴紗と梅が帰ってきた。
「ダメだ、ヒュージの数が多すぎてまともに探せなかった」
「結構奥まで探しに行ったんだけどナ……」
「そんな……」
梨璃が下を向いて呟いた。
「私の鷹の目でも居場所が掴めないなんて……一体夢結様はどこに行ってしまったんでしょう……」
「まっ、あの夢結様のことですし、そのうち帰ってきますわよ」
「それは、そうだけど…………」
夢結がそんな柔なリリィではないと言うことは、この中の誰もが知っていることだ。けれど、それと同じように、彼女が未だに、一人でどうにかしようと突き進んでしまうことも知っている。だからこそ、不安になる。
「……私、もう一度お姉様を探しに行ってきます!! ……っ」
立ち上がった梨璃が、足首の傷が痛むのか、顔をしかめた。
「無理だ梨璃。気持ちは分かるけど、今行ったって足を引っ張るだけだゾ」
「でも…………」
「ひとまず今日は、ここで夢結様の帰りを待ってみましょう。まだ帰ってこない可能性が、無いわけでは有りませんし」
「……分かりました」
渋々、と言ったように梨璃が頷く。
「もちろん、一人で探しに行くのもダメだゾ、梨璃もいなくなったら、一柳隊じゃないからナ」
「……はい」
梨璃はまだ納得していないような感じだったが、今すぐに飛び出そう、というのは諦めたようだった。
結局、その次の日も、そのまた次の日も夢結が帰ってくることはなかった。それに連動しているかのように、大量に押し寄せていたヒュージ達は、徐々に攻勢を緩め、梨璃以外の一柳隊の面々や、他校のレギオンからの加勢もあり、なんとか退けられた。
もちろんその間も、合間を縫って夢結の捜索は続けられた。だが、夢結の姿はおろか、夢結の使っていたブリューナクすら見つからず、二水の鷹の目や他のリリィのレアスキルを使ってもなお、行方は分からないままだった。その知らせを聞く度、梨璃の目はみるみる曇っていった。
これ以上、もう動きようがない、諦めるしかないのか、という重い空気が漂い始めた頃、一柳隊の控室の扉を誰かがたたいた。そして誰が開けるよりも先に、扉が開らかれた。
「やっほー、元気……ではなさそうね」
入ってきたのは、工廠科に在籍している二年生の真島百由だった。
「何の用じゃ百由様、今は生憎、百由様のテンションに付き合える気分ではないのじゃが」
彼女のシルトであるミリアムがそう言うと、「まあそうでしょうねえ……」と言いながら、ずかずかと部屋の中に入っていく。
「それはそうと、今日はあなたたちが、今一番知りたいであろう情報を持ってきたのよ」
「なんじゃ、冷やかしならいらぬぞ」
「夢結の居場所が分かったの」
「本当ですかっ?!」
それを聞いて真っ先に反応したのは、他の誰でもない梨璃だった。
「私も心配でねー、色々と調べてたの。一応万が一の時のためにインカムには位置情報を調べる機能を付けてたんだけどねー、いまいちピンと来てなかったんだけど――」
そう言いながら百由は、机の上に、真ん中に大きい赤丸が書かれた地図を広げた。
「正直これ以上は無理だったんだけど、この丸のどこかに夢結がいる可能性がある」
その言葉で、一柳隊の面々が我先にと地図を覗き込む。
「それで、どこなんだ? ここは」
「……東京よ」
「東京……? だって、夢結様はこの学院の周辺で戦っていたはずなのでは……」
「私も最初は疑問だったのよ、流石の夢結ですら、そんなところまで深追いするはずがない。けれど、ここを見てほしいの」
百由が指を置いた場所には、それなりに大きめな建物のマークに、研究所の名前が記されていた。
「あくまでこれは噂だけどね、この研究所はゲヘナのものではないか、って言われているの」
「……まさか」
「もちろんエレンスゲの新生ヘルヴォルのこともあるから、完璧にそうだとは言い切れない。けど、最後に信号があった場所から割り出しても、その可能性はゼロじゃない」
「ややこしいことになってしまったのー……」
「……私、行きたいです」
「梨璃……」
この三日間燻っていた梨璃にとっては、これ以上ない朗報だろう。だから、すぐに助けに行きたい気持ちも理解できる。だが、百由の言った通り、最近は、ゲヘナの息がかかったエレンスゲ女学園高等学校のトップレギオン、ヘルヴォルとの付き合いもある。そう簡単に決められないのも事実だ。
「ちなみに、この事はヘルヴォルの皆さんには……?」
「何も言っていないわ。万が一にでも、エレンスゲの上層部にでも伝わったりしたら、一葉さん達の努力が水の泡になってしまうから」
「では、理事長代行には?」
「報告はしたわ。けれど、判断は迷っているようだった」
「まあ、そうだろうなあ」
そう言いながら梅は、ソファに座りなおす。
「どう転がしても状況は良くはなさそうですわね……」
楓が深い溜息をついた。
「でも、やっぱり私はお姉様を助けたいです……! 私だけでも……!!」
「気持ちは分かるけどね。でも、相手が相手だし、それに、可能性が高いだけで、夢結がいない可能性も十分にある。だから、私的にはおすすめはしないわ」
「でも、可能性があるなら、私は行きたいです」
こうなってしまったら、梨璃は止まらないことを知っている。一番最初に声を上げたのは楓だった。
「相変わらず梨璃さんは分からんちんですわね……分かりました、駄目で元々、近くに行くだけ行ってみませんか」
「……まあ、このまま夢結様を、放っておくわけにもいきませんし」
「うん……、夢結様を助けたいのは、私も同じだし……」
神琳や雨嘉たちも賛同する。けれど、一番問題なのは――。
「でも、この前の鶴紗さんの時もそうでしたけど、楓さんや神琳さんはすでに広く顔を知られているわけですし、仮に本当にゲヘナの研究所なら、鶴紗さんも危ないですよね?」
「そんな事は現地に行ってから考えれば良いことですわ! まずは動くことが大切ですの!!」
「えぇ……」
そんな梨璃たちを見て、百由は心の中で、こう思った。
――何だかんだ、良い人たちに恵まれて良かったわね、夢結。
+++
公的な用ではなく、あくまで私用として、一柳隊の面々は、朝早くに百合ケ丘を出発し、電車を乗り継いで、昼前に東京へとやってきた。制服を着て、チャームが収められている鞄を背負う彼女たちは、街行く人から見れば、さながら吹奏楽部員だと思われているだろう。
「東京なんて、この前グラン・エプレやヘルヴォルの皆さんと会った時以来です~!! 遊びに来たわけではないのは分かっていますけど、なんだか興奮してしまいますねー」
研究所の最寄りの駅を降りて、研究所への道を歩きながら、二水が興奮してそう言う。
「あまり来る機会もありませんからね」
二水と神琳がそう世間話をする中、珍しくそれに乗らないで、梨璃はひたすら前を行く。
「そんな表情してばかりだと、肩が凝ってしまいますわ!」
そんな梨璃を見かねて、楓が抱き着く。
「わっ! ……楓さん」
「そんな怖い顔をしていらっしゃったら、夢結様が驚いてしまいますわよ?」
「あはは……それはそうかも」
とは言うものの、梨璃の硬い表情が和らぐわけもなく、足取りは依然早いまま。そんな梨璃を見て、まったく、と言わんばかりに息をつくと、「楓」と梅が声をかけた。
「どうしましたの、梅様」
「そういう楓こそ、肩の力を抜いたほうが良いゾ」
「……確かに、それはそうかもしれませんね」
そう軽く交わして、梨璃の少し後ろを二人は並んで歩く。
「やっぱり心配か、夢結の事」
「いえ、梨璃さんと私の愛を邪魔する輩がいなくなって、寧ろ精々していますわ。ですが……」
楓は梨璃の背中を見つめて言う。
「梨璃さんの、ああいう表情はあまり見ていたくはありませんから」
「……だナ。――おっ」
そんな梨璃たちの前に、百由が言っていた研究所が見えてきた。
「で、来てみたはものの、どうする気なんだー?」
「……どうしましょう?」
「そう言うと思いましたわ……」
楓が眉間を押さえる。
その研究所は高い塀に覆われていて、さらに、まるで城のように水路に囲まれていて、気軽(?)に侵入出来るような感じではない。また、遠目には監視塔らしき建物がいくつか見え、いかにもな雰囲気を醸し出している。
「まさかこんな敵陣の前で、マギを焚いて侵入するわけにもいきませんし……」
「とはいえ、他に方法はありませんし……」
そう二水が言ったとき、真横のマンホールが、音もなく開いた。
「わひゃっ?!」
「あ、やっべ」
急いでマンホールを閉めようとした青年に、楓がそれよりも早くマンホールの蓋を取り払って言う。
「こんなところで、何をしていまして?」
+++
青年が言うには、この研究所が何やら怪しい実験をしているのではないか、ということで侵入し、あらかたの事情を収集して戻る所だったのだという。楓がいくら聞いても、彼は身の上を語らないので、信じるにはなかなか難しいところだが、だからと言って、特に侵入するための得策があるわけでもない。
なので、さっきの事を公言しない代わりに、侵入経路を案内してもらう、と言う取引を楓は持ちかけた。彼も渋々と言った感じではあったが、公言されるぐらいなら、と引き受け、今に至る。
「それで、どういう研究をしているのかはご存知で?」
「いや、詳しくは分からなかった。ただ、奴らがマギを使って、何か企んでる事だけは分かった――ところで、お前らリリィだろ」
「っ……」
彼の言葉で一同の動きが止まる。
「いや、別に興味で聞いただけだ。仮にお前らがそうだったとしても、別段何かする気もねえしな」
「……貴方、本当に一体何者ですの?」
そう聞く楓に、彼はこう言う。
「知らない方が幸せだって事も多いんだぜ、この世の中にはな」
その後、流石の楓も黙り込んで、それでも彼の後をついていった。すると、段々と明るい場所に出てきた。その光の先は、海が見える。
「ここだ、この梯子を上れば、研究所内の空き地に出る。……あぁ、それと」
彼は上着のポケットから、一枚の紙を楓に手渡す。
「この研究所の基地の地図だ。上に出て確認してくれれば分かるが、このマンホールの位置に印を打ってある。お前らが、どこに行こうとしてるのかは知らんが、まあ、役に立ててくれ」
そう言って、彼は来た道を、引き返そうと歩き出す。
「あの……っ、待ってください!!」
そんな彼を、梨璃が呼び止めた。
「? なんだ」
「その……見ず知らずの私たちの為に、ありがとうございました」
そう言うと、「あぁ、まあ、気を付けてな」とだけ言って、また歩き出した。
「……キナ臭い方ですわね」と、楓がぼそっと言うと、「おい、聞こえてんぞ」と返ってきた。
+++
梯子を上って、マンホールを開けると、窓のない壁に三方を囲まれた、小さな広場に出た。先ほど青年に貰った地図を確認すると、研究所の南側の場所らしい。そのほかにも、それなりに汚い字で、細々した走り書きが色々と書いてあった。
「……これ、本当に貰っちゃって良かったのかな……」
「くれるって言ってくれたのですから、きっと良かったのでしょう」
そんなことを言いながら、物陰に隠れて、これからの行動を考える。走り書きを解読すると、それぞれ守衛の数や、全てではないが、その部屋の特徴等が記されてあった。その中でも、重要そうな大きな部屋に目星を付けて、行動を開始する。
本来なら、こういう侵入するときは、数を分散させて動くのが好ましい。だが、下手に通信装置を使うことが出来ないうえに、悪名高い企業の施設、と言うだけあって、何が起こるか分からない。結果、なるべく小さく固まって動くことにした。
少し年季が入ってボロかった外観とは想像がつかないほど、中は小綺麗に整備されていた。扉についている小窓からは、百由の部屋にありそうな小難しい機械や、何やら蠢いている生物が入れられた水槽が見え、いかにもな雰囲気で満ちている。
彼の地図に書かれている守衛の人数を元に、遠回りでも、会敵しないように進んでいく。それにしても、不自然なほど人の姿がない。一行は、さらに身を寄せ合って、進んでいく。
そして、目的の広い部屋にたどり着いた。一見すると、ここは集積所として使われているのか、大きな様々な箱が詰まれ、縄で縛られている。
「おや、こんなところにお客さんとは珍しいな」
そんな声が上から聞こえて、一行がそちらを向くと、白衣を着た青年がそこに立っていた。
「……失礼ですが、貴方は」
楓がそう聞くと、彼は飄々と答える。
「私? 私はここの単なる研究員ですよ。まあ、色々なね」
またきな臭い人が、と小さく呟いて、楓は聞く。
「ところで、人を探しているんですの、教えてくださいませんこと?」
「い、いきなり……?」
後ろで雨嘉が小声で、驚きと呆れの混じった声でつぶやく。
「人探し? あぁ、もしかして――」
そう言って彼は、後ろから、梨璃たちと同じ制服を着て、目隠しをしている白髪の少女を前に出した。その少女こそ――
「お姉様ッ!!」
「やっぱりそうか、いやあ、遠いところからご苦労様。それじゃあお茶代わりと言っては何だが――おもてなしをしてやってくれ、死神さん?」
そう言って、彼女の目隠しを取るや否や、夢結の眼光は赤く輝いた。
「ッ!! 来るゾ!!」
梅が言うか早いか否か、夢結は梨璃達に向かって、一直線に突っ込む。
「……っ、なんて早さ――ッ?!」
今まで、夢結のトランス状態を何度か目にしたことのある、一柳隊の面々ですらも驚くようなスピードで、間合いを詰めてくる。とはいえ、相手が相手なだけに、下手に攻撃をする訳にもいかない。そんな中で、鍵を握っているのは、やはり梨璃だ。
「お姉様ッ!! 私です!! お姉様のシュッツエンゲル、一柳梨璃ですッ!!」
そう梨璃が叫ぶと、夢結が梨璃の方を向いて、突っ込んでくる。
「――っ?!」
切りつけられそうになった梨璃を救ったのは、楓だった。夢結の持っているブリューナクと、楓のジョワユーズと鈍い金属音が響き渡る。
「夢結様、貴女の、大事なシルトをッ、殺す気ですか貴女はッ!!」
はぁッ、と言う声とともに、思い切りジョワユーズを振り切って、夢結を弾き飛ばす。
「楓さんッ!!」
「わたくしの事は気にしないで下さいましッ!! わたくし達が時間を稼いでる間に、梨璃さんは夢結様を!!」
「……はいッ」
そう頷いて、梨璃は夢結に接近を試みる。何度も夢結のブリューナクと、梨璃のグングニルはマギ同士の接触を起こし、夢結のトランス状態を収めてきた。だから、今度もやれるのではないか――そう梨璃たちは思っていた。
「お姉様――ッ!!」
グングニルの矛先を、夢結に向ける。咄嗟に反応した夢結が、ブリューナクの矛先をこちらに向けた。そして、二つのチャームが接触したが――マギ同士の接触は行われなかった。梨璃のグングニルは、空しく宙を切った。
「そんな……っ!」
空中で体勢を崩した梨璃に、夢結が容赦なく攻め込んでくる。それを雨嘉の狙撃で夢結の気を散らせることで、なんとか梨璃は直撃を免れた。
「梨璃ッ!」
「私は、大丈夫です……! まだ……行けますッ!!」
梨璃はグングニルを構えなおした。その目は、一心に今着地した夢結を見つめていた。そんな梨璃を見て「諦めよう」と言える人間は、少なくとも、一柳隊の中にはいなかった。他の面々もまた、自身のチャームの柄を握りなおしたのだった。
そんな姿を遠目から眺めていた、白衣の男は静かに笑いながら呟く。
「話には聞いていたが、この光景をこの目で見れるとは思わなかったな……。――全く、あの青年の下のリリィ達には関心させられっぱなしだね。実に面白いよ」
+++
この戦いが始まって、どれくらいの時間が過ぎたか分からない。幸い誰一人欠けてはいないものの、一柳隊の面々のマギも、そろそろ尽きかけてきていた。チャームの劣化も目に目えてひどくなってきており、これ以上の戦闘は、はっきり言って得策ではないだろう。一方の夢結は、未だトランス状態は健在で、チャームの損傷が少しあるものの、向こうの損害を強いて言っても、それぐらいである。
「なんて、力……」
神琳が、息を荒くしながら言う。
「このままじゃ、埒が明かない……」
「梨璃、一旦退こう! このまま続けても戦況は変わらない!!」
そんな梅の叫びに、梨璃は息も絶え絶えになりながらも、「もう一回だけ、お願いします……!」と言う。
「……っ、本当に人使いの荒いリーダーだナッ! あともう一回だけだぞゾ、梨璃!!」
「はい!! お願いします!!」
そう言って、梨璃はまた、夢結への接近を試みる。
それを夢結が見逃すはずもなく、梨璃に向かってブリューナクを振るう。それを、梨璃はグングニルの腹で受け流す。その隙に、再び矛先を夢結に向ける。夢結もまた、ブリューナクの矛先を梨璃に向け、また剣先で触れ合う。が、また何も起きない。
「どうして……っ」
空中に放り投げられた梨璃が、悲痛な声でそう言ったとき、梅がそんな梨璃の手を取って、梅のレアスキル『縮地』を使い、入ってきた通路の入り口に降り立つ。
「楓ッ!!」
「はいや――ッ!!」
梅の掛け声に合わせて、楓が、入り口近くの荷物を薙ぎ倒して、梨璃たちのいる通路と、大部屋とを完全に遮断する。
「一旦退くゾッ!! 皆!!」
「「了解!!」」
そうして一柳隊は、相変わらず誰もいない通路を駆け抜け、最初のマンホールまで必死に駆け抜けた。そんな中、ただ一人、梨璃は泣きそうな表情を浮かべていた。
走って走って、梨璃達は研究所から少し離れた公園まで逃げてきた。
「はあ……はあ……ここまで来れば、大丈夫でしょうか…………」
「多分…………」
「わしも限界じゃぞ……」
ミリアムも、さすがに疲れが溜まったのか、地面でもお構い無しに寝転んだ。
「……それにしても、夢結様の力、見たことない程強力でしたわね……」
「あぁ、それに、梨璃が何度マギ接触を試みて、一切反応しないなんて、あれ本当に夢結なのか……?」
さすがの梅も、少し弱気そうだ。どことなく、面々の間に「もう無理じゃないか」という空気が流れる。それでも。
「……お願いします、もう一度だけ……っ」
そう言う梨璃の言葉は湿っていた。そう、この一柳隊の中でも、一番と言っても良いほど、夢結のことを信頼している梨璃が、諦める訳はないのだ。
「……分かってる、もう一度だけだゾ」
「全く、梨璃さんの涙には勝てませんわね」
そんな梅と楓の理解もあって、次々と他の面々も頷く。それを見て、梨璃は「ありがとうございますっ、皆さん……!!」と、涙を浮かべながらお礼を言った。
「しかし、これからどうしましょう?チャームはもうボロボロだし、今から戻るにも危険ですし……」
そう二水が言った時、遠くから「みなさんっ!」と呼ぶ声が聞こえた。そちらを向くと、
「一葉さん?!」
「良かった、やっと会えた……」
昨日話に出ていた、ゲヘナと関係のあるエレンスゲのトップレギオン、『ヘルヴォル』のリーダー、相澤一葉が走ってきた。
「一葉さん、どうしてこちらに?」
そう神琳が聞くと、息を整えてから一葉は口を開いた。
「極秘に百由様から連絡が来たんです、夢結様が連れ去られたと聞いて、消耗もしているだろうから、って……。向こうに新しいチャームと、お腹も空いているでしょうし、軽いお昼も用意させて頂きました」
「ありがとうございます……けれど、大丈夫なのですか?」
「大丈夫って……何がですか?」
「その、私たちが今していること、ご存知なのでしょう?」
神琳の問いに、彼女は「あぁ」と笑った。
「詳しくは聞いていません。ですが、一柳隊の皆さんが間違ったことをしないのは、よく知っているつもりですから」
「一葉さん……」
梨璃が泣きそうになりながら、一葉に言う。
「さあ、時間がありません! 急いでください!」
+++
遅めの昼食を貰い、新しいチャームと交換した梨璃達は、再び研究所の前に立っていた。
「さて……どうする?」
「……どうしましょう?」
「デジャヴを感じますわ……」
楓がまたこめかみを押さえた。その時、
「あっ!! ようやく見つけたぞお前ら!!」
その声の主は、先程マンホールから顔を出てきた、あの青年だった。暗くて分からなかったが、彼は緑色の軍服に身を包んでいた。
「あら誰かと思えばマンホール男」
「マンホール男?!」
楓の付けたあだ名に、青年は素っ頓狂な声を上げる。
「だって貴方が素性を明かさないのですから、そう呼ぶ以外に方法があって?」
「……まあそれもそうだな……」
「それで、私たちに何のご用でしょうか」
「あっ! そう、あのさっき渡した地図を返してもらえないでしょうか?」
「何故いきなり敬語……」
彼が言うには、先程楓に渡してきた地図は、今後使う用があるらしく、代わりにもう片方の方と交換して欲しい、という話だった。
まあもちろん、代わりが貰えるなら別に構わないのだが、正直それよりも今欲しい物がある。
「それなら、また一つ提案があるのですけれど」
「……なんだ」
「今から少し騒ぎを起こしに行きますの、なので協力して下さらない?」
彼は長い熟考の末、「分かった」と頷いた。
「あら、断られないのですね?」
「まあな……それに」
ちらりと彼は梨璃の方を見た。
「こんだけこの研究所にこだわるってことは、それなりの理由があるんだろ? どうせ俺もここの奴に用があるし、あとその地図の事もある。俺が断る理由もない」
そう言って、彼は背を向けて歩き出した。
「中に入るもう一個のルートがある。使えるか分かんないが、とりあえずついてこい」
そう言う彼について行くと、先ほど侵入に使ったのとはまた違うマンホールに入り、そのまま何か言葉を交わすわけでもなく、青年の後に続く。そして何度か曲がった先に、外とはまた違う明るさが見えてきた。
「ここはもう施設内だ。さっきお前たちがお騒ぎしてくれたおかげで、警備が厳重になっているはずだから、十分気を付けてくれ」
「……どうして、それを?」
彼の言葉に、神琳が反応する。
「……さっきの地図の件でな、気づいて追いかけたんだ。したら、派手にやってたからな。いやあ、俺の勘もたまには当てになるもんだ」
「……」
「大丈夫だって、もちろん口外なんてしねえよ。それにこれ以上面倒に巻き込まれるのも御免だ」
「あの、……本当にありがとうございます」
梨璃がそう言うと、彼ははは、と笑った。
「誰にだって守りたいモンがある。そんで、それがお前らにもあって、その為にこうして諦めないって姿勢は嫌いじゃない。だから、協力しただけのことさ。地図のこともあるしな」
そう彼が言い終わるのとほぼ同時に、一行は水路が引かれた部屋にたどり着いた。一見、先ほどの大部屋と同じような部屋に見えるが、置いてあるものを見る限り、違う部屋だろう。
「恐らくお前らが戦ってたあいつを探しているなら、見当がついている部屋がある。こっちだ。気を緩めるなよ」
その部屋を出て、通路をひたすら進む。途中途中で何度か見回りと当たりそうになったが、前を行く自称軍人を名乗る彼が、その度に手慣れた手つきで処理をしていく。
「……あまり褒められたことじゃありませんわね」
「まあな。でも、この外ではこれの、何十倍も汚ねえことをしてるから慣れちまったよ」
「貴方、本当に何者ですの?」
「だから軍人って言ったろ」
「ではなぜこんなところに――っ?!」
楓が言い切る前に、彼が止まった。そして、その先の通路の左右を確認した後、「こっちだ」と、前にある部屋に入っていった。梨璃たちもそれに続く。
梨璃たちが全員入ったのを確認してから、青年は静かに扉を閉める。
「よし、お前ら、全員聞いてくれ。そこにある水槽の中に、恐らくお前らが探している奴がいる。んで、そいつをぶち開けたら、多分警報が鳴る。だから、お前らはそいつを助け出したら、すぐにこれを見て逃げろ」
そう言ってすぐ後ろにいる楓に、何やら紙切れを渡す。
「でもそれじゃあ、貴方は……」
「これでも何度も死地を乗り越えてきてんだ、甘く見んな。……行くぞ」
彼は機械の前まで走って、装置を起動させ、何かを打ち込むと、彼の言った通り、装置は警報とともに開き、中から、眠っている夢結が解放される。
「行けッ!!」
「あの私たちも――」
「馬鹿を言うな!! お前らはリリィなんだろ!? そいつを助けることを優先しろ!! それに、少なくともここはお前らの戦場じゃねえ!! 分かったら早く行け!!」
「梨璃さん!! 早く!!」
「……どうかご無事で!!」
彼の返しを待たずに、梨璃たちは彼の言った通り、梅が夢結を背負って、部屋を出た。後ろから、数人かの男たちの声が聞こえてくる。
「いたぞ!! あいつらだ!!」
「やばっ――」
楓が振り返った時、軽い銃声が聞こえて、男たちの声が止んだ。
「まさか――っ」
振り返ろうとする梨璃に、「梨璃、今はあいつの言う言葉に従おう。夢結の為にもナ」と諭す。まだ何かを言いたげな梨璃だったが、静かに頷いて、楓の先導に黙ってついて走り続けた。
+++
彼のくれた丁寧な地図のお陰で、迷うことなく、且つ、下手に会敵することもなく、研究所を裏口から後にした梨璃たち一行は、とにかく研究所から離れるために、そして、いつ白い髪のままの夢結が目を覚まして、暴走するか分からないため、ひたすら走り続けた。少なくとも、東京の街中で暴れられたらたまったものじゃない。
川沿いをひたすら走って走って、走り続けて、荒廃した街中にたどり着いた。ここまで追手はない。
「はぁぁぁぁ~~~……もうだめです、走れないです~~~」
「一旦このあたりで休みましょう、最悪夢結様が攻撃してきても、ここはすでに陥落地帯のはずですし、何とかなるでしょう」
「でも、なんとか夢結は救出出来たナ……」
少し離れたところで、いまだ眠る夢結を横目に見ながら、梅が言う。今夢結は、梨璃の来ていた上着をかけられて、横になっている。機械に入れられていたため、最悪の事態も考えたが、息や脈もあって、案外安定しているようだった。
「しかし、このままでは百合ヶ丘に帰ろうにも帰れませんわね……。学院内で暴走されても困りますし……」
「と言っても、ここに長居する訳にもいかないしナ……」
そう言ったとき、夢結から、赤い光が少し漏れたのを、二水は見逃さなかった。
「夢結様が目を覚ましました!! 皆さん、気を付けてください!!」
「了解!!」
近くに刺していたチャームを引き抜いて、構える。今夢結の手元にチャームはないはずだが、どうなるかは誰も予想できない。むくりと立ち上がった夢結が、こっちを見る。そして――
「梨璃……? それに、皆……」
「お姉様……?」
「梨璃、気を抜くな」
鶴紗が、今にも夢結に駆け寄りそうな梨璃をけん制する。
「お姉様、私が分かりますか?」
「……えぇ、分かるわ……」
その言葉を聞いた瞬間、梨璃は居てもたっても居られなり、チャームをその場所に刺して、夢結に向かって走り出す。
「梨璃ッ!!」
梅の声を無視して、梨璃はそのまま夢結に向かって抱き着いた。
「お姉様……!!」
「梨璃……」
「心配したんですからねお姉様!! 本当に無事で……良かったです……!!」
「梨璃……御免なさい……」
夢結はそう言って、梨璃を抱きしめ返す。それを見た他の面々も、ようやくチャームを置いて、夢結に駆け寄る。
「わぁっ!! 夢結様!!」
「良かった……ほんとに……!」
「二水さんに神琳さんに、雨嘉さん……ごめんなさい、あなた達にも迷惑をかけたでしょう」
そんな夢結を少し離れたところで、楓は一人、その光景を眺めていた。
「楓、良かったナ」
「……何がですの?」
「夢結が戻ってきて」
そう言うと、楓はあーあ、とわざとらしくため息を吐く。
「もう少し眠っていて下されば、梨璃さんとの時間を楽しめたのに、まったく残念ですわ。――でも」
「でも?」
「夕焼けに映る梨璃さんの涙を浮かべた笑顔、すごく絵になりますし、今日のところはこれで勘弁してあげますわ」
そう言って、楓はポケットから携帯を取り出して、思いっきりズームをして、そんな梨璃を写真に撮った。
「相変わらずだナ、お前は」
「なんとでも言えばいいですわ」
呆れた声で言う梅にそう言い返して、楓は今しがた撮った写真を壁紙に設定した。
+++
夢結が目を覚ました後、百由に連絡をして、迎えに来てもらって、その車で百合ヶ丘に帰り着いた。詳しい話はまた後日することになったのだが、白髪のままの夢結はトランス状態になる可能性があるとして、地下に隔離されることになった。そこで梨璃は、百由たちに夢結と一緒に居させてくれ、と頼み込んだ。
最初こそ、百由も祀も反対したのだが、梨璃は過去に、彼女のトランス状態を鎮めたことが幾度もある。その為、場所も学園内であることも考慮し、特別に観察期間中一緒に過ごすことが許された。
「わぁ、なんだか久しぶりに入りました、この部屋」
壁一面に外の風景が投射された部屋を見ながら、梨璃がそう言う。
「……そうね」
夢結も静かに頷いて、ソファに座る。
「それにしても、本当に良かったです。お姉様がご無事で」
「また梨璃や皆さんに迷惑をかけてしまったわね……」
「まあ、今までの中で一番大変でしたけどね……」
そう言って、梨璃は苦笑いを浮かべた。
「でも、こうしてまたお話しできたので良かったです! それに一週間は一緒に過ごせますし!」
「……梨璃、本当にあなたって子は……」
夢結が弱弱しく笑って、梨璃の頭をなでると、梨璃はえへへ、と笑って、夢結の肩に寄り掛かった。
「……少し保健室みたいな匂いがします」
「記憶があるうちは、ずっと実験室みたいなところにいたからかしら……。特に何もされなかったけれど」
「……お姉様も、大変でしたね」
「えぇ……まあ……」
夢結も、少しだけ梨璃に寄りかかる。たくさん走ったからか、汗のにおいと、それから泥の匂いと、そしてかすかに、梨璃のいつもの匂いを感じる。
「……ねえ梨璃」
「はい、お姉様」
「……嫌いに、なったかしら」
そう聞くと、梨璃は、「もう、そんなことはないですってば」と、夢結に寄り掛かったまま答える。
「私、言ったじゃないですか。私はお姉様がどうなっても、お姉様の味方ですって。それに――」
夢結の手を優しく握りながら、梨璃は「私は、お姉様を刺してでも止めるって言いましたし」と笑う。
「梨璃……」
「きっと一柳隊の中で、お姉様の事を良く知っているのは私ですから。あ、でも、梅様や祀様には負けるかも……」
「梅はともかくとして、祀は一柳隊じゃないでしょう」
「あはは、それもそうですね」
それから二人はしばらく言葉を交わさずに、寄り掛かり合って過ごす。その沈黙を破ったのは、梨璃の方だった。
「ねえ、お姉様」
「どうしたの、梨璃」
「私、やっぱり結梨ちゃんを亡くした時に、お姉様が言ってくれた言葉、本当に嬉しかったんです。 お泣きなさい、って言ってくれたこと」
そう言うと、夢結の身体が、少しだけピクッと震えた。
「お姉様のあの言葉のお陰で、私は立ち直れたんです。きっと、お姉様がお姉様じゃなければ、私はずっとあのままだったかもしれません」
そう言って、梨璃は夢結の手を握る強さを、ほんの少しだけ強めた。
「だから、今度は私が言う番ですね。お姉様、私たちの為に戦ってくれて、ありがとうございました。そして、おかえりなさい」
優しく梨璃がそう言うと、とうとう夢結の目から、涙が溢れてきた。
「梨璃……やめて……」
「いいえやめません。お姉様だって、ずっと我慢してきたんですから、今だけ、少しぐらいは許されても良いと思うんです。だから、今までの分、泣いて下さい」
その言葉が限界だった。夢結は梨璃から離れて、制服の袖で、その涙を拭き始めた。夢結が離れた分、梨璃は夢結との距離を詰めた。
「梨璃、やめなさい……これ以上、私に優しくしないで……!」
「どうしてですか。だって、お姉様はどんな時でも立ち向かってきたんです。美鈴様を亡くした時も、疑いをかけられた時だって、きっとお姉様はお一人で立ち向かってきたんだと思います。そんなお姉様なんです、少しぐらい誰かに優しくされたって、良いじゃないですか」
夢結が珍しく、声を荒げて泣いている。こんな夢結を梨璃が見たのは、そう、まだ二人がシュッツエンゲルの契りを結んだばかりの頃、レストアと戦っているときの瓦礫の下ぶりだろうか。思えば、少なくとも梨璃は、夢結の泣いている所を見たことがない。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい梨璃……、私は、あなたや一柳隊の皆を傷つけようとした……! 私が、もっと強かったなら、しっかりしたリリィだったら……!!」
「お姉様……」
「だから不安だったの、あの場所で、目を覚ました時、梨璃やみんなに責められるかと思って……! どんな言葉も受け入れる決意をしたわ……! でも、あなたたちは喜んでくれたのよ、私が帰ってきたって、あんなことをあなたたちにしたのに、どうして――!」
「当り前じゃないですか! 私も、一柳隊の皆さんも、皆、そんなお姉様の事が、夢結様の事が大好きなんです!! だから、嬉しかったんです、お姉様が無事で、また私たちのところに帰ってきてくれて!! それに――」
梨璃が、椅子から降りて、塞ぎこんでいる夢結を覗き込むように、そして、夢結の両手をしっかり握って、少し目に涙を浮かべながら続ける。
「私、言いましたよね。お姉様がルナティックトランサーを発動したら、私が止めるって。何をしたって、例え刺してでもって。しっかりと、今止めさせてもらいますね」
ぎゅっと梨璃が夢結を抱きしめる。今までにないほど、夢結を強く抱きしめる。少しずつ夢結の白髪が、いつもの黒髪に戻っていく。
「お姉様にとっては、私は、お姉様の言うことはこれっぽっちも聞かないし、置いてけぼりにしてるって思うかもしれませんけど、でも、私はいつだってお姉様の傍にいますから。もう二度とお姉様を一人になんてしませんから。だから、お姉様も、私の傍に居てくださいね」
梨璃が抱きしめながらそう優しく言うと、夢結が小さな声で、「梨璃…………本当にごめんなさい、本当に本当に、ごめんなさい……」と謝ってくる。
「もう、お姉様ってば、言う言葉が違いますよ」
そう言われて、夢結はゆっくり顔を上げて、笑いながら言う。
「……ありがとう梨璃」
「はいっ! 大好きです、お姉様!!」
えへへ、と笑う梨璃を見て、もう一度袖で涙をぬぐった夢結は、もう一度梨璃の頭を優しく撫でる。
「……本当、あなたをシルトにして良かったわ」
それを聞いた梨璃は、今までにないほどの笑顔を浮かべて、「えっ、本当ですか?!」と言う。
「えぇ」
「えへへ、いつまでもお付き合いします! だって私はお姉様のシルトですから」
「もう、あなたはそうやってすぐ調子に乗る」
「だって本当に嬉しかったんです!! 私も、お姉様を好きで良かったですっ」
「……本当にあなたって子は」
そう言う夢結も、梨璃につられて笑いながら言った。
+++
夢結が一週間ぶりに、地下室から出てくる日がやってきた。なんだかんだ梨璃と一柳隊の面々とは、今回の一件の事情聴取などで顔を合わせることがあったものの、夢結とは文字通り、面会謝絶の状態が続いていた。
部屋の扉の前では、早々から楓や梅、その後から二水や神琳、雨嘉、気が付けば祀やその他アールヴヘイムなど、別レギオンの面々が集まり、さながら梨璃が拘留から出てきたあの日のような、そんな様相を呈していた。
そして、九時少し前、とうとうその扉が開いて、夢結と梨璃が並んで出てきた。
「あの、その……、今回は皆さんにすごく迷惑をかけてしまって――」
もごもごと言葉を並べる夢結を、最初に笑い飛ばしたのは梅だった。
「まったく夢結ったら、今更梅たちに言い訳するようなこともないだろ?」
「も、もしかして夢結様、梨璃さんと二人きりなのを良い事に、梨璃さんにあんなことやこんなことを――?!」
「楓は黙ってて」
雨嘉に一蹴されて楓が大人しくなった。それを見ていた他の面々から、少し笑いが起きる。それが良いきっかけになったのか、夢結が、そうね、と笑って言う。
「……梨璃と、正式に、結ばれることになったわ」
「――――はぁ?!」
「おっ、お姉様?!」
当の梨璃も驚いている。
「冗談よ。――心配をかけたわね、ただいま、戻ったわ」
「……………………」
「…………あら?」
きょとんとする夢結に、梅がわはははと笑った。
「相変わらず冗談が下手だな夢結は!」
あはははは、と笑う梅につられて、周りにいたリリィたちも笑いだす。ただ二水と楓を除いて。
「……夢結様、梨璃さん? あとでゆっくりお話を聞かせて頂きますわよ?」
「こ、ここここれはスクープです!! その話をもっと詳しく……!!」
「……逃げるわよ、梨璃」
梨璃の反応を待たずに、梨璃の腕を引っ張って走り出す。
「あれ、なんかこの前も、こんな光景を見た気がしますけど?!」
「また逃げる気ですわね?! 梅様! 縮地を!!」
「こんな所で使ったらけがをするゾ、楓」
そんな一柳隊の面々のやりとりを見ていた祀は、ふんわりと笑って呟く。
「素敵な仲間に巡り合えて、本当に良かったわね、夢結」