夢結さんのお家を出て、私はそんなやりとりをお姉様としながら歩いて、線路の高架下を抜けると、そこにはたくさんのお店が並んだ商店街が広がっていました。さっき降りた駅と同じ場所のはずなのに、反対側に行くだけで、こんな景色が違うだなんて、まるで魔法みたいです!
「楽しそうね、梨璃」
そんな私を見て、夢結さんが少し笑って言います。
「はい! だって久しぶりの夢結さんとのお出かけですし、それが楽しくないわけがないじゃないですかっ!」
すると夢結さんは、「まったく、あなたって子は」と優しい口調で言って、私の手をそっと握ってきました。それがすごく嬉しくて、私もぎゅっとその手を握り返しました。
「梨璃、少し痛いのだけど」
「あっ、ごめんなさいっ!」
あまりに嬉しくて、ついつい少し力を入れすぎちゃったみたいです。
「それで夢結さん、まずはどこに行かれるのですか?」
歩きながら夢結さんに聞くと、夢結さんは右腕につけている腕時計を見て、「そうね……、時間も良い頃合いだし、先にお昼を食べに行きましょう。もう少し行った先に喫茶店があるから、そこで良いかしら?」って聞いてきました。
「はい! 大丈夫です!」
そう頷くと、夢結さんは「分かったわ。それじゃあ、行きましょうか」と言って、夢結さんにしては珍しく、少し私が引っ張られちゃうぐらい早足で歩き始めました。その横顔も少し嬉しそうで、夢結さんも私とお出かけするのを楽しみにしてくれていたのかな……なんて思ったら、なんだかもっと嬉しくなっちゃいました。
そんな夢結さんが言っていた喫茶店は、商店街のアーケードを入って少し奥に歩いていった所にありました。看板は所々色が落ちていて、入り口周りの木に塗られたペンキも少し剥げてしまっていますが、それでも扉には『営業中』の看板が下がっていました。
夢結さんが先に扉を入って、私もそれに続くと、中は少し薄暗いんですが、観葉植物が飾ってあったりして、なんだかちょっと私には落ち着かないぐらい、落ち着いたようなお店でした。でも、夢結さんにはとても似合いそうなお店だなって思いました。
お店に入った夢結さんは、カウンターの奥でティーカップを磨いているマスターらしいおじさんに頭を下げて、一番奥の、ソファ席に座りました。私も、そのテーブルの反対側の椅子に座ります。するとすぐに、さっきのおじさんがお水とメニューを持ってきてくれました。
「今日はどうなさいますか?」
「私はいつものでお願いします。梨璃は……どうする?」
「へっ?! え、えっと……」
突然聞かれてわたわたしていると、夢結さんが「ここよ」って飲み物が書いてある場所を教えてくれました。そこには見たことのないような名前がずらっと並んでいて、私はとりあえず一番最初に目についたオレンジジュースを頼みました。すると、そのおじさんは「かしこまりました」って言って、席を離れていきました。
「ふへぇ……夢結さんはここの常連さんなんですか?」
焦ったからか、すごく喉が渇いた気がしてお水を飲みながら、慣れた様子で頼んでいた夢結さんに尋ねます。
「えぇ……。あそこに住むようになってからすぐに見つけて、その後から通っているわね」
「へぇ……そうなんですね……」
そんな話をしていると、さっきのおじさんがもうオレンジジュースと、紅茶の入ったティーカップを席に持ってきて、そっとテーブルの上に置きました。そして、「ごゆっくり」とだけ言って、また戻って行きます。
「さて梨璃、好きなのを頼んで良いわよ。私が持つから」
「へっ、そんな悪いですっ! 私の分は私が……!」
「良いの。あなたには散々心配をかけてしまったから、払わせて頂戴。それに、それほど余裕があるわけではないのでしょう?」
そうお姉様に言われて、思わず言葉に詰まっちゃいます。確かに、一銭もない、って訳じゃないんですけど、すぐに動かせるお金はそれほどありません。
「だから良いわよ、気にしないで」
「あ、ありがとうございます、夢結さん……」
そんな夢結さんにお礼を言って、私は夢結さんと一緒にメニューを眺めはじめました。
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結局、私はその中でも一番安かったハンバーグのランチプレートと、夢結さんはナポリタンのランチセットを頼んで、お料理が来るのを待ちます。
「そう言えば梨璃、梅から聞いたのだけど、静岡の奪還戦では、活躍したと聞いたわ。よくやったわね」
「ふぇっ?! あ、ありがとうございます……」
まさか夢結さんに、その事を褒められるだなんて思ってなくて、とてもびっくりしちゃいました。
「詳しい話は梅から聞いていたのだけど、あなたのシュッツエンゲルとして、誇りに思うわ」
「え、えへへ……なんだか照れちゃいます」
あの時は、卒業した天葉様や、樟美さん達アールヴヘイムの皆さん、それにアルケミラ女学館の皆さんや浜松市からきた皆さんのおかげで、無事奪還出来たと思います。でも、とっても大変だったし、だから夢結さんにこうして褒められて、すごく嬉しいです。
「でも、夢結さんはいらっしゃらなかったんですか?」
「……えぇ。あなたとのこともあったし、梅や天葉もいたから、行ってはなかったわ。有事の時にはすぐに出られるようにはしていたのだけど」
「そうだったんですね」
でも、なんだか浜松の学院で帰りの輸送機を待っている間、夢結さんらしき姿を見た気がするんですけど、それは気のせいだったのかなぁ……。
そんなことをちょっと疑問に思っていると、マスターのおじさんが台車に私と夢結さんの頼んだプレートを載せて、席まで持ってきてきました。そしてそれぞれ私たちの前に置くと、おじさんは夢結さんに「この子が、白井さんの言っていた子ですか?」と聞きました。
すると夢結さんは「えぇ」と頷くと、そのおじさんは私の方に向かって「そうですか、今後ともどうぞご贔屓に」って少し優しそうな笑みを浮かべてお辞儀をして、そして戻って行きました。
「え、夢結さん、私のお話を……?」
ちょっと気になって聞くと、夢結さんは「え、えぇ……少しだけね」と頷きました。
「え〜、どんな話をしたんですか夢結さん」
その先が気になって聞いてみましたが、夢結さんは「ほら、冷めないうちに食べてしまいましょう」って言って、教えてくれませんでした。一体どんなお話をしてたのか、すごく気になって仕方がないんですけど、一向に教えてはくれなさそうなので、今度一人で行って聞いてみようと思います。
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お昼を食べて、喫茶店を後にした私たちは、来た道を戻って、駅と繋がっているショッピングモールに入りました。そうして雑貨屋さんや家具とかが売っているフロアに上がって、それから、これからの私の生活に必要そうなものを一緒にお買い物しました。
お店でまた寝るときどうするのか、夢結さんと言い合いになったりもしたんですが、そこはあの手この手で夢結さんを言い負かして、無事に夢結さんと寝る事に決まりました! 百合ヶ丘にいた時から、例えば外征とかでお部屋が一緒だった時は、一緒に寝ることが多かったんですが、これから毎日一緒に寝られるなんて……そう考えたら、なんだかすごく待ち遠しいですっ!
そうしてお買い物の荷物をたくさん抱えて、夢結さんのお家への帰り道を歩きます。なんだかまだどこか夢のようなんですが、でも、この荷物の重さはきっと夢じゃないんですよね。
「……えへへ」
「嬉しそうね」
「それはそうですよ! これから夢結さんと一緒に本当に暮らせるんだって思ったら、わくわくしちゃいますっ!!」
そんな私に、夢結さんも「そう」と優しい笑みを浮かべていました。
「でも、大学の勉強もしっかりしないと家に入れないわよ? 一年生のうちから難しい科目が出てくるから覚悟なさい」
「ふぇっ?! そんな、夢結さぁん……!」
そう夢結さんと話しながらの帰り道は本当に幸せで。そんな日々がこれから続くんだって考えたら、それ以上に幸せな気持ちになりました。これからも、頑張りたいと思いますっ!