これから買い物に行く、っていういっちゃん達とその喫茶店でお別れをして、私は何とかお家まで帰ってきました。私の事を心配してくれたいっちゃん達が、「家まで送ろうか?」って気を遣ってくれてたんですが、それは少し気が引けたので、「大丈夫」って言ったんですが、でもやっぱりまだまだ一人で外を歩くのは怖かったです。
お家の中に入って、私はなんだか気が抜けて玄関にそのまま座り込みました。遠くの壁掛け時計はもう少しで十六時になろうっていう所で、天葉姉様が帰ってくるまで、まだまだ時間があります。
「天葉、姉様ぁ……」
少し不安になってしまいましたが、でももうお家まで帰ってきたし大丈夫――そう自分に言い聞かせて、私は靴棚に手をついてなんとか立ち上がって、とりあえず一度落ち着こうと思って、ベッドに寝転がりました。そして寝返りを打って、天葉姉様がいつも寝ている方に行くと、微かに天葉姉様の匂いがして、少しだけざわついていた心が、落ち着いてきたような気がします。本当は天葉姉様が居てくれたら良いんですけど、でも、今はこれで十分です。
すると少しずつ眠くなってきて、天葉姉様が帰ってくるまで少し眠ることにしました。いつも天葉姉様とお昼寝しても、私の方が早く起きてますし、きっと天葉姉様が帰ってくる少し前までには起きれるかなって、そう思ったので。
+++
――あれ。
気が付くと、私は百合ヶ丘の校舎上の屋上にいました。ある晴れた日、少し寒さの残る暖かさが、なんだか少しだけ懐かしく感じました。
すると、勝手口の開く音がして、誰かが上がってくる気配がしました。誰かに見つかったらまずいと思って、急いで校舎の上に突き出た部分の陰に隠れます。そうして様子をうかがっていると、そこに上がってきていたのは、懐かしい百合ヶ丘の制服に身を包んだ、私と天葉姉様の二人でした。
何やら少しもじもじとしている私をよそに、天葉姉様が色々と向こうの私に話しかけてくれていて、私は何をやっているんだろうって覗き見ていたら、突然「あ、あのっ!」って、少し大きい声でそんな天葉姉様に話しかけました。そんな私に天葉姉様は少し驚いたように、向こうの私の方を見て、そして何か言葉をかけていました。
少し気になって、もう少しだけ近づくと、顔を真っ赤に染めた私が、天葉姉様に向かって、「その、私と、シュッツエンゲルの、契りを、結んでくれませんかっ!!」って言うのが聞こえました。その時、私は驚きました。
確か、私の記憶が正しかったら、天葉姉様の方からシュッツエンゲルの契りを結ばないか、って言って貰ったような気がします。でも、なんだかその記憶も曖昧で、それが本当に正しいのかと言われたら、正しいって言える自信はありません。
どういうことだろう……って私が考えている間にも、向こうの私たちの会話は進んでいて、我に返った時には、天葉姉様は笑って「えぇ、構わないわよ」って言っていました。すると、みるみるうちに向こうの私の表情は晴れて、それから泣き出してしまいました。そんな私に、天葉姉様は「へっ?! どうしたの樟美さん?!」って慌てていました。私の記憶の中と少し違う記憶ですけど、でも、なんだかその時居たような感じがして、なんだか思い出して泣きたくなるような、そんな気分になりました。そんなことをぼんやりと考えていると、段々意識が薄れていって――。
+++
「……っ」
目が覚めた時には、薄暗いお部屋の天井がありました。そして、なんだか夢とはまた違う温もりに包まれていて、気が付くとそれは天葉姉様が、私に抱きついて眠っていました。どうやら少し寝すぎてしまったようです。
「んぅ……おはよーくすみ……」
私が起きたのを感じてか、天葉姉様があくびをしながら私から離れて、起き上がりました。
「家に帰ったらさー、樟美が気持ちよさそうに眠ってたから、可愛いなーって見てたら、ついつい……」
そう笑っている天葉姉様に、私はふと、さっきの夢で感じた違和感を聞いてみることにしました。
「天葉姉様」
「ん? どうしたの樟美」
「あの……シュッツエンゲルを結んでください、ってお願いしたのって、どっちからだったか覚えていますか?」
すると天葉姉様はきょとんとして、「え、樟美からだったじゃない」って返してきました。
「樟美と一緒に特別寮で過ごして、美味しいご飯も食べさせてもらったし、樟美と一緒にいる毎日が楽しかったから、そんな樟美から『シュッツエンゲルの契りを結んでほしい』って言われて、すごく嬉しかったからよく覚えてるよ。それがどうかした?」
「あ、いえ……特に意味は無いんですけど……」
そんな天葉姉様のお話を聞いていて、やっぱり私の思い違いだったんだなぁ、って思いました。でも確かに、天葉姉様とご飯を食べたことだったり、一緒にお星様を見た記憶ははっきりとあるのに、大事なその部分だけ変に靄がかかったかのように思い出せないので、きっとそう言うことなんだと思います。だから、私の中の私が、「思い出して」って、ああ言う夢を見せてくれたのかな、なんてぼんやりとそう思いました。
「んーーーーっ、そう言えば樟美が寝てたってことは、お夕飯全然出来てないよね?」
「あっ、はい! すみません、すぐ準備しますね……っ!」
そう言って立ち上がろうとする私に、天葉姉様は「あぁ、良いよ良いよ」って笑いました。
「たまには外食でもどう? バイトのお給料も出たし」
「え、でも……」
そうは言いますけど、天葉姉様は結構な量を食べられるから、外食にしちゃうとすごく出費が嵩んじゃうんですけど……。
「回転寿司ぐらいだったら、そんなにいかないと思うし。ね?」
「」
「……まあ、それなら……」
渋々頷くと、天葉姉様は「やったっ!」ってまるで小さい子みたいに喜んで、そして「それなら混んじゃうだろうし、早く行こう、樟美」って私の手を引っ張りました。
「わ、ちょっと待ってください、天葉姉様……っ!」
急かす天葉姉様に言われるがまま、簡単に身支度を整えてお家を出ました。まだ少し、さっきの事でもやもやはするんですが、でもどっちにしても、天葉姉様とこうして幸せな日々を送れてるのなら、それで良いのかな……なんて、天葉姉様と手を繋いで夜の繁華街を歩きながら、そう思いました。