ある日のお昼下がり、天葉姉様がバイトに行って、私は私でお掃除やお洗濯をしていると、携帯電話が鳴りました。確認すると、いっちゃんから電話が来ていて、私は「どうしたんだろう?」って思いながら、電話に出ます。
「はい、もしもし?」
『あ、もしもし樟美? 今大丈夫かしら?』
「う、うん……大丈夫だけど……」
『これからそっちのほうに買い物に行く用があるんだけど、良かったらお茶でもどうかしら?』
「あっ……えっと、ちょっと待って」
私は時計を確認します。十三時半を少し過ぎた所。確か、今日は天葉姉様のシフトが十七時までだから……、うん、大丈夫そう。
「うん、大丈夫」
『そう? 大丈夫だって、良かったね亜羅椰』
そういっちゃんが言うと、小さく「ちょっと、なんだかわたくしが樟美に会いたがってるみたいではありませんの!!」っていう亜羅椰ちゃんの声が聞こえました。相変わらず仲が良さそうで、なんだか安心しました。
『それじゃあ、一時間後に迎えに行くわね』
「うん、待ってるね、ありがとう」
お礼を言って、いっちゃんからの電話を切りました。とりあえず、先にお出かけの準備をしてから、あともう少しお皿を洗いながら、いっちゃん達が来るのを待つことにします。
そうして時間をつぶしていると、インターホンが鳴りました。外から「樟美ー? 来たわよー!!」って声がします。
「ちょっと待ってて……!」って返して、『いっちゃん達とお出かけしてきます』ってメモを走り書いてから、お出かけ用のバッグを持って玄関に走ります。そして扉を開けると、いっちゃんが「待たせたわね」が笑いました。その背中から身を乗り出して、亜羅椰ちゃんも「久しぶりね~」って顔を覗かせました。
「ちょっと亜羅椰、重いんだけど。それに久しぶりって、先々週も会ったじゃない」
「あら、そうでした? いけませんわね、樟美さんと会わなくなってから、記憶力が落ちて落ちて」
「あたしがいるじゃない?! ……そう言えば天葉様は?」
少しだけ顔を赤くしながら、いっちゃんが尋ねてきます。
「あ……天葉姉様は、今日はバイトなの」
「あら残念。せっかく来たから一緒に、って思ったんだけど。まあ良いわ、行きましょ」
「う、うん……!」
鍵を閉めて、いっちゃん達とアパートを出ました。そして、いつもいっちゃん達と行く、駅前の商店街の中の喫茶店に向かいました。
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もう少しで夏って言うのもあってか、すごく外が暑くて、喫茶店の中がすごく涼しくて助かりました。
「相変わらず樟美は、暑い所苦手よね……」
「う、うん…………」
テーブルの上に突っ伏している私に、いっちゃんがそんな私の首元に、お水で少し濡らしたハンカチを乗せてくれました。冷たくて気持ちいいです……。
そんな私を見ながら、亜羅椰ちゃんが「相変わらず、難儀な事で」って言った後、「そう言えば」って声を上げました。
「樟美は天葉様とお付き合いされているんでしたわよね?」
「え……うん……」
「それなのに、今でも天葉様の事は「天葉姉様」って呼んでいますわよね」
「へ……?」
顔を上げると、いっちゃんが「あー、確かに」ってアイスティーのストローを吸っていました。
「ど、どういう事……?」
「この前夢結様と梨璃さんに出会った時は、梨璃さんは夢結様の事を「夢結さん」って呼ばれていたでしょう?」
「あ……確かに……」
そう亜羅椰ちゃんに言われて思い出しました。天葉姉様とお買い物に行ったスーパーで、偶然会った時もそうだったし、この前、いっちゃん達とお出かけしてまた偶然会った時も、梨璃ちゃんは夢結様の事を『夢結さん』って呼んでた気がする。
反対に、私と天葉姉様は、百合ヶ丘の高等部に上がって、丁度このぐらいの時期に、天葉姉様とお付き合いを始めたんですけど、言われてみたら
「もちろん無理に変える必要はないと思うのですが、たまにはお名前だけで呼んでみてはいかがです?」
頭の中で天葉様に『天葉さん』って呼んでいるところを想像してみる。……なんだかちょっと慣れません……。
「確かに、あの天葉様の事なら、樟美に『天葉さん』って呼ばれたら、すごく喜びそうよね」
「そうは……そうだと思うけど……」
別に天葉姉様の事を、『天葉さん』って呼びたくないわけじゃありません。むしろ、天葉姉様が喜んでくれるのなら、呼んでみたいな、って思うんですけど。でも、天葉姉様が嫌な気分になってしまったら申し訳ないし……。
「まったく、樟美ったら心配性なところは相変わらずですわね。そんな事だったら、殿方に取られてしまいますわよ?」
「えっ……」
亜羅椰ちゃんがそう言うものだから、一瞬そんな想像をしてしまって、なんだか涙が出てきてしまいました。
「あー、樟美を泣かせたー」
向かいに座ってたいっちゃんが、私の横の椅子に来て「あんな奴の言うことは、あんま気にしちゃダメよ」って慰めてくれました。
「別におかしい話ではありませんわ。百合ヶ丘にいた頃ならまだしも、今は殿方と接する機会なんて、そう珍しくはありませんし」
「と、してもよ。まったく色恋沙汰には容赦がないんだからあんたは……」
いっちゃんはそう言ってくれたけど、でも確かに、亜羅椰ちゃんの言う通り、もしかしたら他の誰かのところに行っちゃう、って言う話は無いわけではないんですよね……。それに、私と違って、天葉姉様はレストランでアルバイトをしているから、余計にそう思います。
「…………分かった、天葉姉様のこと『天葉さん』って、呼んでみる……」
「樟美?!」
隣にいるいっちゃんは驚いていたけど、亜羅椰ちゃんは「その息ですわ」って笑っていました。