協同繁殖

  • 協同繁殖(cooperative breeding)とは、親以外の個体が子の世話をする繁殖システムを指します。子育てを手伝うヘルパー(helper)は、自分の繁殖機会を犠牲にして他個体の繁殖を手伝っています。このような利他行動の存在は、行動生態学における長年の謎と考えられてきました。

  • 霊長類以外の哺乳類で、社会行動を研究していみたいと考えて、博士取得後(2003年・2005年)、南アフリカのカラハリ砂漠にて、ミーアキャットの研究をしました。英国ケンブリッジ大学のTim Clutton-Brock教授との共同研究です。食肉目の野外研究をできたことが嬉しかったし、多くの発見がありました。

  • ミーアキャットを観察しているうちに、協同繁殖の特殊型である真社会性(eusociality)を見てみたいと思うようになり、2006年からハダカデバネズミの研究を行いました。理研・BSI(当時)の岡ノ谷先生との共同研究です。

  • 総研大に移って、動物を飼育できるスペースをいただくことができたので、協同繁殖する魚、シクリッドの一種であるジュリドクロミス・レガニの研究を始めました。哺乳類と比べて、行動実験などがやりやすい、飼育がしやすいなどの利点があります。


科研・若手スタートアップの申請書費

協同繁殖とは、親以外の個体が子育てを行う繁殖形態と定義される。多くの協同繁殖種において、優位個体ペアーのみが群れ内の繁殖を独占し、その他の劣位個体(多くの場合、優位個体の子)は、自ら繁殖せず、優位個体の子育てを手伝う(ヘルピングを行う)ヘルパーとなる。ヘルピングのような利他的行動が進化した究極的な理由に関しては、多くの仮説が提唱されているが、もっとも代表的なものが血縁淘汰仮説である(Hamilton 1964ab)。この仮説によると、ヘルパーと優位個体の子は血縁関係にあるため、子育てをすることによって、ヘルパーは包括適応度の上昇という間接的利益を得ることができる。

協同繁殖の進化において、血縁淘汰がある程度の説明力を持っていることは多くの研究者によって認められているが、近年の研究により、以下の(1)から(3)の理由により、血縁淘汰の役割が過大評価されている可能性が示唆されてきた(West et al. 2002)。

(1)まず、優位個体の子を育てることによって、劣位個体が直接的な利益を得ていることが示されている。(2)また、多くの研究が、ヘルピングに短期的・長期的なコストが存在することを想定してきたが、実際にそのコストを測定した研究は少ない。さらに、劣位個体間にも、低頻度でしかヘルピングを行わない「怠け者」と、高頻度で行う「働き者」がいることが知られており、それらの変異を生み出す要因はわかっていない。

(3)つぎに、血縁個体間の競争によって生じるコストが、協力行動によって生じる利益を上回る可能性がある。とくに粘性の高い集団(うまれた場所から個体が分散する距離が小さい集団)においては、血縁個体間で競争や利害の不一致が生じやすいと予測される。たとえば、協同繁殖種において、血縁個体間であるにもかかわらず、群れの個体間で攻撃がおきることはまれでない。過去の研究から、優位個体による劣位個体への攻撃行動は、以下の二要因と関連していると報告されている。まず、繁殖をめぐる対立が優位個体による攻撃行動に反映される。協同繁殖社会において、優位個体と比較すると低頻度ではあるが、劣位個体も繁殖する。優位個体は繁殖を独占するために、それらの個体を選択的に攻撃し、繁殖の阻害を行っていると考えられている。つぎに、劣位個体によるヘルピング頻度が、優位個体による攻撃行動と関連しているという報告がある。すなわち、優位個体は、ヘルピングをしない「怠け者」な劣位個体を選択的に攻撃し、劣位個体にヘルピングを強制させているという仮説である(Reeve 1992)。

これらの問題点から、協同繁殖社会における血縁淘汰仮説の重要性を、再度検証しなおす必要が生じている。本研究では、協同繁殖をする哺乳類を対象に、血縁個体間の協力(ヘルピング)競争(攻撃行動)を研究する。本研究の特色として、比較的、研究の進んでいる二種を対象に、行動観察のみならず、行動実験や動物心理学的手法などを併用して、旧来の仮説を実証的に検証する点である。協同繁殖研究の世界的な状況として、鳥類、魚類の研究と比較して、哺乳類における協同繁殖研究の遅れが指摘されてきた。国内の状況としては、哺乳類を対象に協同繁殖を研究しているのは申請者のみであり、先駆的、独創的な結果が期待できる

(1)ハダカデバネズミHeterocephalus glaber:ハダカデバネズミは東アフリカに生息する地下性齧歯目の一種である。この種の最大の特徴は、繁殖個体と非繁殖個体間で明確な体サイズの違いがみられ、真社会性とよばれる特殊な社会を形成することである。この種は、地下生活に極度に適応しているため、個体の分散はまれであり、粘性の高い集団を形成する脊椎動物の代表例といえる。群れ内の繁殖を独占するメスは女王と呼ばれる。女王は、劣位個体を高頻度で攻撃することが知られているが、その機能に関しては不明な点が多い。また、劣位個体は、穴掘り行動や餌運び行動などの様々な種類のヘルピングを行う。


(2)ミーアキャットSuricata suricatta:ミーアキャットはアフリカ南部に生息する食肉目マングースの一種である。群れの中では、優位個体が繁殖を独占するが、ときに劣位個体が繁殖する。このため、優位個体と劣位個体間で強い繁殖をめぐる対立が存在することがこの種の最大の特徴である。たとえば、優位メスは繁殖可能性のある個体を攻撃し、群れから追放することによって、劣位メスの繁殖を妨げる(申請者による業績3, 6, 13)。ヘルパーは子守、授乳、穴掘りなど、さまざまなヘルピング行動を行う。1990年代後半から、野生群を対象として研究が集中的に行われており、哺乳類における協同繁殖研究におけるモデル生物となっている。

引用文献

Hamilton WD (1964a,b) The genetical evolution of social behaviour. I. and II. J Theor Biol 7, 1-16 and 17-52

Reeve HK 1992 Queen activation of lazy workers in colonies of the eusocial naked mole-rat. Nature 358, 147-149

West SA, Pen I, Griffin AS (2002) Cooperation and competition between relatives. Science 296, 72-75