現在の日本においては,憲法は全ての法の頂点にたつ定めである。憲法に反する法律は無効とされる。すなわち,憲法に立脚する立憲主義である。
一般的な法律は世の中を治めるために権力者・政府(行政)が一般国民に対して定めたものである。法律違反は犯罪である。このため一般国民は法律の定めに従うこととなる。
しかし,権力者・政府も間違いは犯すし,何よりも権力者・政府が法律を乱用して政治を行なった場合は一般庶民は助かる術が無い。
一方,立憲主義においては憲法は唯一,権力者・政府を縛るものである。権力者・政府においても憲法に従うこととなる。即ち権力者・政府も一般庶民も憲法の下では平等である。このため憲法の条文は権力者・政府に対する命令とも思える条文となっている。
日本国憲法は悲惨な第二次世界大戦・太平洋戦争の結果などから,今後このような悲惨な戦争が起こる事が無いように考えた人達の手によって作成された。その作成の命令を下したのは戦後日本統治の総司令官マッカーサーである。
日本国憲法の草案は周知のとおり,1946年2月4日から12日までの僅か9日間に連合国総司令部(通称GHQ)民生局25人のメンバーにより書き上げられている。たったの9日間である!
しかし,日本国憲法草案のこれだけの内容が突然作られた訳ではなく,これに至るまでの多くの事柄が積み重なった上で,それらをまとめたものとも言える。
例えば,現日本国憲法の最も重要な第9条「戦争の放棄」は突然出現した訳ではなく,既に1935年制定フィリピン憲法第2条3節に「国策遂行の手段としての戦争を放棄し・・」と書かれており日本国憲法の第9条にほぼ似ている。総司令官マッカーサーの父親はかってフィリピン駐屯地の総司令官であり,マッカーサーは若い頃フィリピンで過ごしており,このことは十分知っていたと思われる。
また,1945年6月調印された国連憲章には「武力による威嚇,または武力の行使は・・」と書かれており,これからの引用でもある。
憲法草案作りに参加した,ベアテ・シロタさんのメモによると,ワイマール憲法,アメリカ合衆国憲法,フィンランド憲法,ソビエト社会主義共和国連邦憲法なども参考にしたと記されている。特に,第一次世界大戦の悲惨さを受けて作られてワイマール憲法では国民主権がうたわれており,日本国憲法の根幹を成す国民主権はこれらに基づいている。
たった9日間で作り上げられた憲法草案であるが,素晴らしいものである。だらだら日数を掛けるより,迷いも無く一気に仕上げた方が素晴らしいものができあがることは良くある。そして日本国にとって幸いだったのは草案を作成したメンバーがリベラルな方達だったことである。権力を志向する者達が作成したら恐らく日本はアメリカの植民地化されていただろう。
この憲法草案に,日本側で幾つかの修正を施されて作られたのが現在の日本国憲法である。その前文の格調の高さは他に類を見ない崇高なものである。
私は時々迷った時に日本国憲法を開いてみる。憲法全文が常に頭の中に記憶されていれば開いてみる必要は無いのだが,頭が悪いので憲法全文を覚えられない。よって時々開いて見る事になる。するとそこにはどうすればよいか答えが書かれている。無論いきなりそこに答えが書かれている訳ではない。書かれている条文を推敲する内に答えが出てくるということである。
ところでGHQ民生局が作成した憲法草案がそのまま現行の日本国憲法になった訳ではない。概ね草案のままだが変更された箇所が多々ある。
例えば,冒頭に立憲主義の憲法は民衆が権力者の権力を縛るものと記したが,現憲法第30条「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う。」と書かれている。一方GHQ草案にはこのような条項は無い。そもそも権力者が最も欲しがるものは国民からの搾取である。飛鳥時代の租庸調から始まる,いかに国民から税金を取るかが権力者の関心事である。無論税金が無ければ国の存立は難しいが(税金の無い国もあるがそれは特殊事情で),それは別途法律により定めれば良いだけの話しである。先に記した立憲主義の建前からはおかしな条文である。
また,現憲法第12条「・・自由および権利は国民の不断の努力によって・・」と記されているが,草案第11条では「・・自由,権利および機会は国民の絶え間ない警戒によって・・」と記されている。すなわち余程警戒しないと危ないよ!と記している。現憲法の「不断の努力によって」とはかなりニュアンスが違う。
あなたは「絶え間ない警戒」について何かしていますか?せめて「不断の努力」はしていますか?「絶え間ない警戒」をしていないと,気が付いたら,あれれれ?!ということになってしまうかも知れませんよ。憲法を変えるという話しには,余程警戒しないと取り返しのつかないことになりますよ。
日本国憲法には英文もあります。憲法で度々出てくる重要な言葉に「自由」という言葉があります。幾つかの重要な条文で用いられています。日本語文では自由という言葉は1つです。でも英語文の憲法を読むと自由という言葉に「liberty」と「freedom」という2つの言葉が使い分けられています。この2つの「liberty」と「freedom」は似ていますが意味が異なります。憲法前文の自由には「liberty」があてられています。因みにアメリカ・ニューヨークの自由の女神は英語では「The Statue of Liberty」です。日本語の訳とはかなり響きが違う。
憲法は日本語文だけではなく英語文も併用して読んでもらうと大分ニュアンスが異なったものとなるでしょう。
あなたは日本国憲法全文を通して読んだ事はありますか?英文を読めとは言いませんが,1度じっくり日本国憲法を読んでみませんか?巻末に日本国憲法の全文を掲載しています。
注記:GHQ憲法草案作成の過程は「日本国憲法を生んだ密室の九日間」鈴木昭憲著:創元社に詳しく書かれています。是非一読をお薦めします。感動的な話しが記載されています。