ゆい:「ねえ博士、私、一生懸命頑張ってるのに全然報われない気がする。勉強もダイエットも、友達関係も……。何が足りないのかな? もっと努力が必要?」
博士:「ふふ、ゆいちゃん。それは努力の量の問題じゃないかもしれないわ。因果関係の『入力値』、つまり種が違っている可能性があるわね 。」
博士:「例えば、お百姓さんが大根を収穫したいのに、間違えてきゅうりの種を蒔いたとするわ 。そのお百姓さんは、芽が出たあとに一生懸命水をあげて、肥料をやって、雑草を抜く。でも、いくら頑張っても大根は生えてこない 。」
ゆい:「当たり前じゃん、種が違うんだから。」
博士:「そう、当たり前なの。でもね、人間は自分の人生になると、その『当たり前』が見えなくなるのよ 。『肥料(努力)が足りなかったんだ』とか『水(環境)が悪かったんだ』と見当違いな方向にエネルギーを注いで、結局次の年も望む結果が得られない……なんてことがよくあるわ 。」
ゆい:「じゃあ、人生における『種』って何なの? 才能とか?」
博士:「いいえ、もっと根本的なものよ。それは、あなたの**『日々の常の心』**。心使いそのものが、人生で経験するすべての結果の種なの 。」
現状の結果:もし今、喜びあふれる「陽気暮らし」ができていないなら、過去に蒔いた種が間違っていたということ 。
解決策:何事にも喜びを見たいなら、今、この瞬間から「喜ぶ」という種を蒔くしかない 。
ゆい:「でも博士、嫌なことがあった時に喜ぶなんて無理だよ!」
博士:「そこが論理の飛躍が必要なところね。実はね、私たちは自分の力だけで生きているわけじゃないの 。神様の守護、によって生かされているのよ 。」
目が見える、耳が聞こえる
手足が動く、水が飲める、食べ物が食べられる
博士:「これらは自分の力じゃどうにもならないこと。一つでも損なわれれば塗炭の苦しみだけど、今は当たり前に与えられている 。自分の力なんて何一つなくて、すべては守護のおかげだと気づいたら、自然と喜びが湧いてこない? 」
ゆい:「……確かに。生きてるだけで丸儲け、みたいな?」
博士:「この**『守護を感じて喜ぶ心』こそが、正しい種まき**なのよ 。」
ゆい:「じゃあ、努力したり勉強したりするのは無駄ってこと?」
博士:「まさか。作物を育てるのに水や肥料が不要だと言っているわけじゃないわ 。ただ、正しい種を蒔かなければ、他のすべての努力が無駄になってしまうというだけ 。」
ゆい:「『喜ぶ心』という心が種で、努力や勉強は、肥料や水って、ことね。」
博士:「よく考えてみて。神様の守護がなければ、努力することさえできないのよ。勉強ができたら、それも喜び。なにか出来たら、それも喜び。種を蒔くチャンスを常にある。あなたがこれから見る運命は、必ずあなたの『心通りの守護』として現れるわ 。何を蒔くかは、今この瞬間のあなた次第よ。」
ゆい:「博士、なんかスッキリした。とりあえず、今日のおやつが美味しいことから喜んでみる!」
博士:「いい種ね。その調子よ。」