ユイ・おかきさげって何ですか?
博士・難しいことを知っているのね。
ユイ・教会で朗読してくれるんですけど、呪文みたいで、何言っているか分からないんですよね。
博士・簡単に言うと、人間にとっての大切な心得を、お話して下さっているのよ。
ユイ・ふーん。でも、意味が分からないなら、それを心得ることも出来ないわよね。
博士・そうね。暗記するほど覚えても、使いこなせないなら、意味がないわね。
なら、少しずつ勉強していきましょうか。
ユイ・よろしくお願いします。
博士・先ずは、はじめのところ、
ユイ・これは、もう呪文でしかないですよ。
博士・席というのは、神様のお話を聞く場みたいな意味ね。
9か月かけて神様のお話を9回聞いて(これを、別席といいます)、心が澄んだところに、神様の心を授けて頂くのです。
その神様の心が、このおかきさげの文章に現れているのよ。
ユイ・神様の心を授けて頂く・・。
博士・そう。それを、「お授け」というのよ。
ユイ・神様の心を、授けてもらって、自分の生涯の心にするっていうことかしら。
でも、神様の心になんて、なれるの?
博士・だから、次のお話が続くのね。
リコ・神様の心になるのは、簡単ってこと?
博士・そうね。神様に創造された人間は、神様の心になることが、最も自然な状態なはずよね。
ただ、神様が「難しい」と言う時は、だいたい「形」のことを言っているのよ。
リコ・形のこと?
博士・そう、人間にとって、難しいことは、形を作ったり、動かしたりすることなの。形の中には、自分の肉体も含まれるのよ。
リコ・自分の体を動かすことが、難しい?
博士・そう。私達は、自分の肉体を動かすことが出来ないの。
形は、全てが、神様の領域で、神様だけが動かせるの。
だから、次のお話が続くのよ。
リコ・これは、神様に言われてやるのではなく、自分で主体的にやりなさい、ということかしら?
博士・そう単純な話ではないのよ。
全ての形は、神様の領域なのだから、神様が主体的に動かしているの。
だから、神様が、人間に、どうせこうせ、とは言わないのよ。
だって、何もかも神様が自分でしているんだから。
また、そもそも人間に形を動かすことは出来ないのだから、どうせこうせとは言えないの。
だって、たとえ言ったとしても、人間には何も出来ないのだから。
リコ・え? じゃあ、私には、何も出来ないことを聞き分けなさい、ってことなの?
博士・その通り。そして、凄いお話が続くわよ。
博士・それを、聞き分けたら、全てのことが明らかになるの。今まで、難しかった問題も、鮮やかに解決できるってということよ。
リコ・自分で、何も出来ないのに、解決できるって、変じゃないですか?
博士・出来ないことを、出来ると思っていたから、解決出来なかったのよ。
リコ・???
博士・続きを見てみましょう。
博士・今まで、説明した通り、人間は、形の世界も肉体も、神様の領域で、自分では動かせない。自分で動かせるのは、自分の心一つだけ、ということね。
リコ・あの、衝撃的な内容で、簡単に、「はい」って、言えないんですけど。だって、私、体を自分で動かしているとしか、思えないですよ。
博士・それは、心に埃が積もって、真実が見えない状態、「心が曇っている」っていう状態なの。
「人間心」とも呼ばれているわ。
リコ・人間心・・・神様の心とは反対の心?
博士・では、どうして、自分で動かしているように感じるのか?
博士・神様は、人間の心を全て受け取って下さるの。歩きたいと思ったら、直ぐに歩かせて下さるから、自分で歩いているように感じているだけなの。
ユイ・手を動かしたいと思ったら、直ぐに動かして貰っている・・・?。
博士・いつもそうだから、動くのが、当たり前と思ってしまう。
神様が守護すればするほど、人間は守護を感じなくなってしまうのね。
ユイ・それなら、したいと思っても出来ないことは、神様が、思った通りに動かしてくれていない、っていうこと?
博士・そうね。「あんなやつ死んでしまえ」なんて思った心を、神様が直ぐその通りにしてしまったら、大変な世界になってしまうでしょ?
ユイ・なら、神様が、形を動かしたり動かさなかったりする境目は、どこにあるのかしら?
博士・それが、次のお話よ。
博士・どんなことも、自由自在にかなうには、どうしたらいいか、というお話でもあるわね。
ユイ・どうしたらいいの?
博士・常に「かしものかりもの」を心得たらいいの。それを、誠の心、というのよ。
ユイ・どういうことなのか、よく分からない・・。
自由自在というのは、大金持ちになりたい、とか、スポーツ万能になりたい、という心が、現実になるっていう話じゃないの?
博士・人間心を、たくましくしていく話ではないのよ。
ユイ・??
博士・昔から、神様に願いをかなえてもらうために、お金をお供えしたり、厳しい修行をしたりしてきたけど、そういうことで、自由自在は得られない。
ユイ・それは、分かるわ。
博士・神様は、心を受け取るのだから、肉体を痛めたり、お金や物を貢いでも、神様には通じないのよ。
ユイ・でも、「かしものかりもの」を心得るというのは、具体的に、どういう心なの?
博士・もうね、「形のことは、全て神様にお任せします。神様のなさる通りで、結構です。」っていう心になればいいの。
ユイ・だまされたーー!!!
博士・あら。
ユイ・なんか、ちょっと良い話かと思って聞いてたら、現状に甘んじなさい、っていう結論なの?
現状でいいっていう心になれば、そりゃ、願いがかなったってことに、なるでしょうよ!!
博士・まあ、結論を急がずに、続きを見ていきましょう。
ユイ・ほら、現状に満足しておきなさいよ、っていうことでしょ。
なすがままの弱弱しい姿ってことよね。
博士・あら、現状に満足することは、あなたにとって、損なのかしら?
ユイ・だって、良くなっていきたいじゃないですか? 学校の成績だって、生活レベルだって! 負け組のままでいいなんて、誰も思わないわよ。
博士・だったら、次のお話を、よく聞いて。
ユイ・現状を満足する心を、神様が、直ぐに受け取って、直ぐに返す、ってことよね。何か、変わるのかしら?
博士・そうじゃないのよ。今までは、人間心しか使ってこなかったのよ。その人間心を受け取られて来た結果が、今の現状なの。
今度は、神様のお話を聞いて、人間心をやめて、誠の心に入れ替えたら、結果は、どう変わるかしら?
ユイ・今の現状は、今までの心の結果だっていうこと?
博士・そう、それも、人間心という、曇った心の結果なの。
ユイ・人間心が、神様に受け取られたら、残念な結果になるってこと?
博士・そうね。病気や、老化や、天災地変など、人間が難儀不自由することは、人間心の結果だと、考えていいわね。
ユイ・ひどい現状で困っているのに、さらにそれが、自分の心の結果だなんてことになったら、救いのない話ね。
博士・いえ、逆に、凄く救いのある話なのよ。
ユイ・どうしてですか?
博士・現状を変えることは、神様の領域だから、人間にどうすることもできないけど、その原因が、自分の心なら、どうなるかしら?
ユイ・自分の心は、自分で動かせる?
博士・そう! 自分の心を、自分で変えることが出来たら、現状が、変わっていくということなの。
ユイ・現状を、神様のなさる通りで結構です、っていう心になったら、現状が、良くなっていく?
博士・そう、しかも、直ぐと受け取る直ぐと返す、なのよ。今まで、長い間、人間心を使って来たとしても、誠の心に改めたら、神様は直ぐに、その心を返してくれるのよ。
ユイ・自分で何も出来ないのに、なんでも解決できる、っていうのは、こういうことだったんですね。
博士・その通り!
ユイ・今の話を、よく考えてみると、「神様のなさる通りで結構です」っていうことは、「自分の心通りの結果で結構です」ということよね。
博士・そう。神様は、必ず心を受け取って、心通りに守護をして下さっている。
誠の心には、誠の心の結果を、埃の心には、埃の心の結果を。
現状は、必ず自分の心の結果、なのよ。
ユイ・現状は、必ず自分の心の結果・・・ちょっと、気が重くなるような話・・。
博士・いえ、逆に、心が軽くなって、心を作ることに集中できるようになるのよ。
自分でどうしようも出来ない形に、心が振り回されなくなるのだから。
現状を超えて、未来を作っていけるようになるの。
ユイ・そうか、心を作れば、現状が変わる、っていうことだものね。
博士・そう、人間に動かすことが出来ない「形」をいじって、どうこうする難しい道ではないの。
自分で自由に動かせる心の中に、道があるのよ。
「自由という理は何処にあるとは思うなよ。
ただめん/\精神一つの理にある。」
こんなにやさしい道は、ないのよ。
ユイ・だから「難しいことは言わない」って、始めに言っていたのね。
博士・その通り。
続いて、人間関係のお話ね。
博士・たった一人、誠の人が居たら、その人の居る場は、睦まじく治まっていく、ということね。
誠の人は、自分から何も言わなくても、「さすが、あの人は違うなア」と、周りから自然と言われるようになるほど、何事にも神様のお働きを頂くようになるの。
ユイ・でも、神様のなさる通りで結構です、なんていう態度の人が居たら、ズルい人に利用されるだけで、殺伐とした関係になっていくんじゃないの?。
博士・誠の心には、神様の守護が着いて回るのよ。最終的に、人間心で心配するようなことにはならないわ。ただ、心配する心なら、その心が受け取られる訳だから、心配した通りの結果になってしまうかもしれないわね。
先を案じるより、今の現状の中にある神様の働きを、しっかり感じることが大切なのよ。
ユイ・なるほど・・・。
博士・人間を作った神様からしたら、子供たちが、互いに助け合って生きている姿は、見ていて最高に嬉しいものよね。
また、神様から魂を分けられた人間も、神様と同じように、人が助かる姿を見て、自分も喜べるように出来ているのね。
ユイ・私達って、神様から魂を分けられたんだ。
博士・だから、心を自由に使えるし、心を無限に生み出すことが出来る不思議な能力を持っているのよ。
ユイ・たしかに、心って、次から次へと、どんどんわいてくるわよね。言われてみれば、不思議かもしれない・・・。
博士・では、この「互い助け合いというは、諭す理」は、分かるかしら。
ユイ・??
博士・互い助け合いというのは、神様が決めた人間世界の在り方なのだけれど、これは、神様から見て、互い助け合いだ、ということなの。
ユイ・私から見たら違うんですか?
博士・そう、「互い助け合いだから、私があなたを助けたのだから、今度は、あなたも私を助けて下さいよ」ということではないのよ。
ユイ・え? そう言いたくなりますよ。
博士・次のお話を聞いてみて。
博士・つまり、自分は、助けることだけ思っていればいい、ということなの。
助けた相手に、自分を助けてもらうことは、考えなくていいということよ。
ユイ・そんなお人好しで、生きていけるのかしら? 一方的に損したりする気が・・・
博士・そもそも自分は、神様の守護を一杯に頂いて、すでに十分に助けられているのです。だから、人を助けることだけ考えていても、何も困らない、ということなの。
そして、誠の心の人を、神様は困らせたりはしないのよ。
ユイ・人を助けると言っても、うちは、あばあちゃんが動けなくて、お父さんたちが、介護しているんだけれど、おばあちゃんは、人を助けることは出来ないですよね。
博士・動けないというのは、とても大変で辛いことですよね。それ自体が、神様から与えられた神様の用事なのです。
ユイ・動けない姿でいることが、神様から与えられたお仕事っていうこと?
博士・そうです。神様は、必ず心を受け取って、与えているのですから、自分の心の通りの結果を見ているだけ、ということになるかもしれませんが、神様の与えには、神様の心がこもっているのです。
ユイ・どんな心が?
博士・本当は、もっと辛いところを、抑えてもらっているのよ。
そして、おばあちゃんのお世話をする人を、おばあちゃんが助けていることにもなるの。
ユイ・え? おばあちゃんが助けられているんですよ? 逆じゃないですか?
博士・おばあちゃんは、自由に動けない姿を見せることで、周りの人達に、かしものかりものの真実を見せる仕事をしているの。
まわりの人達は、自分でつらい思いをしなくても、肉体が、自分で動かせない、神様のかしものだと、知る機会を与えてもらっているのよ。
ユイ・自由に動けないおばあちゃんの姿を見て、自分の体も同じように自分で自由に動かせないのだと知りなさい、ということ?
博士・その通り。
そして、介護をするお父さんたちも、おばあちゃんと同じ姿になる原因をもっているの。
けれど、おばあちゃんのお世話をすることで、同じ姿にならないで済ませてもらっているのよ。
そういう意味でも、おばあちゃんは、お父さんたちを助けていることになるわ。
だから、ちゃんと、互い助け合いになっているのよ。
ユイ・びっくり!
お父さんたちは、おばあちゃんのお世話をすることで、お父さんたちも、おばあちゃんみたいにならなくて済むように助けてもらっているなんて。
博士・そうなの。
だから、
と、神様は言っているの。
ユイ・どういうことですか?
博士・人のために一生懸命、尽くしたり助けたりしてきたことは、全部、自分のためになっているんですよ、と言っているのです。
ユイ・人のためにしたことは、全部、自分のためになっている?
博士・そう、何一つ失われていないのです。
神様は、絶対に忘れないからです。
神様は、必ず、誠の心を受け取って、与えを返すのです。
ユイ・具体的に、どういう風になるんですか?
博士・それが、
みんながお手本にしたくなる人物、家柄になっていく、ということよ。
みんなが、あの人みたいになりたい、あの家みたいになりたい、と思うような姿になっていくのです。
家の中も、みなお互い親身に尽くしあい、家業や仕事も栄えていく、となったら、みなも真似したくなるのです。
自分の誠の心を受け取って、神様が、そういう姿を見せて下さるのです。
家内が治まることと、仕事が上手くいくことは、1つのこと。
人間の誠の心と、誠の心を受け取った神様の守護、この2つが、陽気暮らしという究極の1つの目的を成り立たせるのです。
ユイ・私も、そうなりたいと、思えてきました。
博士・私もです。
今の現状の中で、神様の守護をしっかり感じて、喜んでいけるように、なっていきましょう。
ユイ・はい。
博士・あと、このおかきさげは、「さづけ(https://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/oshie/sazuke/)」を拝戴するときに、頂く神様のおことばなの。
ユイ・熱がある時とかにやってもらったことがあります。「あしきはらい、たすけたまえ・・」っていう、儀式というか、おまじないみたいな・・・。
博士・さづけも、「授け」であって、神様の心を授ける、という意味なのよ。
だから、儀式がメインなのではなくて、目に見えない神様の心を、授けることが大事なの。
ユイ・そういえば、おさづけの時、お話もしてもらった気がします。
博士・今、お話したみたいな、神様の心を、ちゃんと分かったら、どんな病人さんも御守護を頂くのよ。
ユイ・ええ! 凄い!
「言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やか。 」っていうことですね。
博士・そのためには、まず、自分が神様の話を身に着けないとね。
ユイ・はーい。
(おわり)