鏡よ鏡、この世でいちばん強い武器はだぁれ

9/13/2024






「このまえ福ちゃんとはなしてたんだけどさ」

小豆の部屋のちゃぶ台を囲んでお茶の時間を過ごしている時、姫鶴がそう言い出した。この前置きが活躍する頻度はそれなりで、耳にする者たちは毎回、仲睦まじくてよいことだと思っている。いつも、そんな空気の中で後家が軽く相槌を打って先を促し、姫鶴は促されなくても話しますがと言いたげな顔をしながら先を続けるのだ。そしてその日もそのように、会話は歩き出した。

「銃って刀よりつえーのかなってとこから始まって、結局いちばんつえー武器ってなんだろう、つって」

「ええ〜?ボクたちでいいじゃんそんなの」

間髪入れずに後家が不満気に口を尖らせ、姫鶴は一旦、口をへの字にしてじろりと後家をねめつけ、煎餅をバリと齧った。

「そういうんじゃねーって。考えうるいちばんつえー武器にどう対抗するかってはなし!」

「ああ、なるほど。いつ新しい敵が出てくるかもわからないって話ね」

「そ」

やんややんやと活きの良い紅白と同じ卓を囲み、山鳥毛と小豆はのんびりと茶を飲んでいる。庭に面した障子は開け放たれ、幾分か涼しくなった空気に、庭の草木も少し気を抜いているようだった。

「で、まぁ色々考えてたんだけど、もしなんかのあれで、一つだけ何でももらえるってなったら、どんな武器がほしい?って」

「刀以外でってこと?」

「んーん、別に刀でもいーよ。ほんとに何でもいい。いま存在してないものでもいーの」

「めっちゃ伸びる刀、とかそういうのでもいいってことね」

「そ。そのかわり、それだけでこの先戦えって言われんの」

「誰に?」

「知らね」

「そこはいいんだ」

「そこはかんけーねーから」

「うーん、一つだけ、ねぇ」

後家が腕を組んで考え始めると、部屋の中は静かになった。バリバリと、姫鶴が煎餅を食べる音が響く。

「おつうは何にしたの?」

「おれ?おれは、まだ考え中。だからごっちん達にも聞こうとおもって」

姫鶴は、興味深げに後家を見たあと、小豆や山鳥毛にもちらりと視線をよこした。

「山鳥毛は何にする?」

姫鶴の視線を追ってか、後家がそう尋ねた。山鳥毛は少し眠そうな目をぱちりと瞬かせた。

「…聞いてた?」

天気の良い日は特に昼寝を好む昔馴染みの刀に、後家が念の為確認すると、山鳥毛は少し慌てた様子でもちろんだと応えた。

「しかし、そうだな…」

山鳥毛は口を閉じ、庭を見やる。真面目な彼のことだから、ものすごく真剣に考えているのだろうと、姫鶴と後家は静かにその先を待った。バリバリと、姫鶴は次の煎餅を齧った。草木が星のようにさざめいて、風が庭を通り過ぎていく。後家越しに庭を見つめていた山鳥毛は少し口を開いて、閉じた。それから一度目を伏せ、微かに笑いながら後家と目を合わせた。

「なかなかに難しい」

姫鶴と小豆は、思わずちらりと視線を交わした。後家はいつものように山鳥毛と目を合わせて、

「架空の武器でもいいってなると、すぐには決まらないよね」

と、明るく笑った。山鳥毛もそれに笑顔で頷いて、煎餅に手を伸ばしたが、その日の近侍が山鳥毛を呼びにきた。審神者が用事があるらしいと言われ、山鳥毛は部屋を出ていった。


足音も気配も完全に遠ざかり、さらに少し時間を置いて、姫鶴は煎餅を食べるのをやめた。

「嘘ついた」

ぽつりと姫鶴のこぼした言葉は、煎餅のかけらよりも硬く、鋭く尖っていた。

「うそをついたのではない、いわなかっただけだ」

「珍しいよね」

小豆と後家が宥めるように言うと、姫鶴の手のひらは、ちゃぶ台の上で、ふんわりと拳になった。

「何かんがえたんだろ」

「ボク達のいるところで、刀じゃない物を選びたくなかったのかな」

「本刃のいねーとこであれこれ考えんの、やなんだけど…気になる…」

「戻ってきたら聞いてみる?」

「いやーーー」

内緒話をするような姫鶴と後家の会話を遮るように小豆が口を開いて、それから咄嗟に閉じた。

「あ?なに」

姫鶴はそれを見逃さず、

「心当たりがあるんだね」

後家は縄で縛り上げた。

誰もが煎餅を食べるのをやめてしまった室内はとても静かで、遠くの山で鳴く鳥の声すら聞こえそうだった。小豆は沈黙を貫くことを選びたかったが、姫鶴ひとりならまだしも、後家も揃ってしまった今ではそれは難しいのだと知っている。小豆は、自分を強く刺してくる二対の目を見回して、息を吐いた。

「きげんをわるくしないでほしいのだけど」

「内容による」

「おつう、ここは一旦」

「……チッ」

隠されなかった舌打ちは、出陣前に鳴らされる、火打石の音に似ていた。

「たぶん…小豆長光と、いいそうになったのじゃないかな」

わたしは、そんざいしていないから。

小豆が静かに言い終わるか終わらないかのところで、姫鶴は強く机を叩いた。

「おれお前のそーゆーとこきらい!」

姫鶴は普段から、穏やかに愛想を振り撒く質ではないが、山鳥毛が関わるといつにも増して気が乱れやすくなる。後家が隣に戻って多少落ち着いたかと思ったが、語気は充分に強かった。そんな姫鶴を宥めながら、後家の笑顔も苦かった。

「きげんをわるくしないでほしいといっただろう」

「内容によるっつっただろ」

「でも、山鳥毛本刃から聞いたわけじゃないからね、おつう。あくまで小豆が言ってるだけだから」

フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く姫鶴に、小豆は笑った。

「山鳥毛はろまんちすとだからねぇ」

「あのひとのせいにすんの」

「それにほら、つよいし。小豆長光」

小豆はそう言って、煎餅を手に取った。ぱり、と手で割って、かけらを口に放る。姫鶴と後家は、小豆が煎餅を食べる音をしばらく聞いていたが、揃ってため息をついた。結局、小豆に口で勝てるのは山鳥毛くらいなのだ。それだって、勝率はそう高くない。

「そういう小豆は何を選ぶのさ」

気を取り直して、後家は尋ねた。こうなってしまっては、ここに居る者の回答を決めた上で、もう一度山鳥毛に聞いてみるのが良いだろう。そんな様子を感じ取って、姫鶴も、再び煎餅に手を伸ばした。小豆が立てていた煎餅の音が、不意に止まる。

「おいしくてつよい、おさけかな」

小豆は、シフォンケーキがふわふわに焼き上がった時と同じような顔をして笑った。

「まじ、そういうとこ」

「わかる」

姫鶴がげんなりとして、けれど元気よく煎餅をばりばりと食べ始めると、後家は楽しそうに笑った。

「山鳥毛はすきだとおもうよ」

「は?お酒?」

「いや、こういうわたし」

謙信や五虎退の前では決して言わないようなことを言い、小豆はおおらかに笑った。

「いや、まじでさ…」

「わかる」

姫鶴は半ば言葉を失い、後家は声をあげて笑う。その笑い声の向こうから、先ほど去っていった気配が戻ってくるのがわかった。部屋の空気は、庭と変わりなく穏やかにゆるんでいる。部屋に戻った山鳥毛は、小豆が酒を選んだと聞いて笑うだろう。姫鶴が隠しきれない不機嫌も、その選択のせいだろうと考えるはずだ。山鳥毛の思考がそう流れるように、きっと、小豆は酒を選んだし、軽口で姫鶴を呆れさせた。

山鳥毛が戦の供に小豆長光を選ぶのは、案外、小豆曰くのロマンチックな理由ではないのかもしれない。この部屋の中で、後家だけはその可能性にたどり着いた。いつも一言多いと称される彼は、けれど、人の子で言うところの「墓場まで持っていく」言葉は、それ以上に多いのかもしれなかった。


「ただいま」

山鳥毛は、部屋に戻るなりあくびを噛み殺した。小豆は、部屋の隅に畳んで置いてあったブランケットを手繰り寄せる。昼寝をするなら静かにしたほうが良いだろうと、姫鶴と後家は軽く挨拶をして部屋を出た。後家が静かに障子を閉め顔を上げると、姫鶴と目が合った。条件反射のようににこっと笑うと、姫鶴は口をへの字にした。そうして、ふたりは廊下を歩き出す。

「ふふ」

後家は、思わず笑い声をこぼした。姫鶴が視線で問うと、後家は笑みを深めた。

「ここは楽しいね、おつう」

後家の言葉に、けれど姫鶴が苦虫を噛み潰したような顔をする。後家は今度こそ、肩を震わせて笑った。





〜おわり〜