足のはやいりいだあの話
8/3/2019




「りいだあは本当に足が速いですね」

畑仕事の休憩中、どこからともなく現れた烏が桑名のゴーグルを持ち去ったのを追いかけて行った豊前の姿がどんどん小さくなるのを目で追って、篭手切が感心したように言った。ゴーグルを奪われた当の桑名は、慌てるでもなく、のんびりと笑っている。

「そういえば、すぐに悪くなっちゃう食べ物の事も、足がはやいって言うよね。サッと手が届かなくなっちゃう事をそうやって言うのかな?」

「なるほど、そうですね…」

遠くで、烏の鳴く声がした。とうとう豊前が、追いついたのかもしれない。

「…さみしく感じる?」

しゅんとしてしまった篭手切を、桑名は気遣った。いち早く本丸に顕現し、責務を果たしながらも夢を追っている篭手切は、きっとこの本丸にあって、いつも先のことを考えている。この戦を終えた時、刀剣たちはあるべき場所へ戻るのだと思う。それが誰も知らない場所であろうと、黄泉と呼ばれる場所であろうとも。豊前は、そんな場所へかえる刀剣の一つだろう。

「桑名はさみしくないのですか?」

「うーん、そうだなぁ」

再び、烏の声と、今度は微かに豊前の声も聞こえてきて、桑名は思わず笑ってしまった。きっと今、我らがりいだあは烏と戦っている。

「篭手切は」

桑名は、長い前髪の奥から、ちらりと篭手切を盗み見た。察しがよく気の利く彼が尋ねているのは、きっと、様々な意味を含んでいる。

「すぐしおれるからと、花を愛でる事はしないの?しおれてしまうのは少しさみしいけど、その後実がなって種になって、そのうちまた咲くじゃない。僕は朝顔だって、咲いてたら愛でたいよ」

花はまた咲く。悪くなってしまった食べ物も、土にかえり、巡り巡ってまた食べ物として現れる。草花も、動物も、言ってしまえば刀だって。足のはやさはそれぞれだけれど、歩き続けて、巡りつづけているのだ。きっとそれこそが、この世の理というものなのだろう。

篭手切は、そうですね、と静かに言った。夢を見ることも、もしかしたら今しかできない。

のんびりと流れる雲を見ていると、豊前がゴーグルを振り回しながら戻ってきた。

「おめーのだろ、しっかり持っとけ」

勝ち誇ったように投げてよこして、豊前はどかっと腰を下ろす。

「ありがとう。正直、追いつくとは思わんかった」

「まあな」

桑名がゴーグルを首にかけながら言うと、豊前は得意げに胸を張った。

「烏にも追いついたし、戻ってくんのもはやかったろ」

「ほんとにね」

桑名が何の含みもなく笑うので、篭手切も、いつもの調子で立ち上がった。

「さすがりいだあです!さあ、そろそろ休憩も終わりにしましょうか」

「俺休憩してねーんだけど」

「じゃあちょっと休憩してから来なよ。先に行ってるから」

動こうとしない豊前のとなりで、桑名もよいせと立ち上がると、豊前は口をへの字にして、それでものたりと立ち上がる。

「俺をおいてくな」

桑名と篭手切の間に滑り込んで、豊前は2人の手をとった。

「ほれほれ、行くぜ」

そしてそのまま走り出すので、仕方なく、三人で手を繋いで、畑までの短い道を走った。






~おわり~