著者 夏目 漱石
4.4 5つ星のうち 4 カスタマーレビュー
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以下は、漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)で最も役立つレビューの一部です。この本を買うか読むかを決める前に、これを検討する必要があるかもしれません。 漱石の『文学論』は売れないらしい。文学論と大上段に振りかぶり、読者が英語の文章をすらすら読めて鑑賞できることを大前提にしているのがいけないのか。漱石は『文学論』を失敗作であると言っている。しかし、漱石の小説は『文学論』を実践したいわば実験小説のように思える。そもそも、書店が漱石の名がつけば何でも売れると勘違いして大学での講義録を出版したいと言い出したのが間違いである。一般人に読ませるならもっと平易な『文章論』がよかった。ベストセラーになったであろう。 注釈、英文の翻訳も懇切丁寧。「序文」も、苦虫をつぶしたような漱石の顔が彷彿されて、這裡の事情を知らなくても、楽しめる。 文学とは、自然、人間、神々、人生の四つのテーマ(F)を情緒(f)豊かに表現する営みである。テーマは、惰性と倦厭によって流行り廃りするものの、漸次の発展を経るわけではない。言ってみれば、ただそれだけ。ただそれだけのことに、浩瀚の「学理的閑文字」を費やしたがの『文学論』である。 もとは、明治三十六年九月から明治三十八年六月にかけて東大で講義された「英文学概説」である。聴講生の中川芳太郎が漱石から依頼を受けて浄書し、これに漱石が朱を入れて完成した。しかし、この作業自体は、講義が終わって一年が経過した明治三十九年五月頃に蒸し返された話である。漱石にその気はなかったものの、大倉書店から依頼されて出版されたという経緯である。中川の原稿が捗らなかったため、刊行されたのは、明治四十年の五月だった。『文学論』については、中身よりも、刊行前後の身辺事情の方が面白い。 漱石が校訂を始めた明治三十九年十一月頃、読売新聞から、「文藝欄を擔任し、隔日に一蘭もしくは一蘭半くらゐづつ書いてくれないかと」いう依頼を受けた。当時漱石の給料は、「大学が年八百円、一高が年七百円、それに明治大学のほうがようやく月三十円ぐらい」。一方、読売が提示したのは「月給六十圓」だった。「月給でも奮発すれば直ちに大学の方を辞職して腰ぬけ共を驚かしてやる。然し月給を奮発せんとあれば腰抜共を驚ろかす必要はない」。なにより、身分の保証が曖昧で、竹越は策士だから今ひとつ信用ならんと、漱石はこの誘いを断った。 一方、「三月初め」には、大塚保治を介して、「大学より英文学の講座担任の相談」も受けている。これを断った理由の一つも、やはり金だった。大学が提示した条件は「月百五十円」。つまり、ほとんど現状と変わらない。鏡子によれば、「家ではどうしても月二百円はかかる」ところを、「原稿料が入ったり小説の印税が入ったり」で弥縫していた、そんな台所事情だったらしい。十月には木曜会も始まっているとは言え、西片の家賃はたかが二十七円である。なのに、「どうしても月二百円はかかる」らしい。さておき、「一旦大学に這入つたら大学教授たる身分上から文章もかけぬ著述も出来ぬ其他役人として色々窮屈な思ひをしなければならず、あらゆる自由を束縛され」ては、家計が回らないのではないか。鏡子は反対したに違いない。 この間同時に、朝日も招聘を進めていた。二月二十四日、坂元雪鳥が西片の漱石宅を訪問して、「朝日で御入社を希望してゐるからお考へ下さいと打明けた」。即日雪鳥は、「交渉有望の報」を幹部に伝えたというから、具体的な数字の話も持ち上がったのだろう。その後、三月四日の雪鳥宛書簡、七日の漱石宅訪問、十一日の雪鳥宛書簡と交渉を重ねているが、この間要するに、金と地位の話しかしていない。「報酬は御申出の通り月二百円にてよろしく候。但し他の社員並に盆暮の賞与は頂戴致し候。これは双方号して月々の手宛の四倍……位の割にて予算を立てたくと存候。」 「二百円」という数字は、鏡子がはじき出した生活費と一致する。たしかに、ケチな割には丼勘定だったような気がする漱石が、具体的な数字を見積ってはじき出せたとは、とても思えない。「ザツトのイツトのを振り廻」しながら「学理的閑文字」でも飯は食えるだろうに、朝日入社を裏で操っていたのが鏡子だったと言えば、あまりに出来すぎた話である。最終的には十五日に、東京朝日主筆の池辺三山と漱石宅で面会した時に、漱石の腹は決まったという。三月二十五日付で濱尾新総長に宛てた「講師解嘱願」が、平成版『漱石全集』第二十六巻に初めて収録された。 ちなみに、東大では兼業してはならないというのは、漱石の誤解だったらしい。もしも、誤解が解けて漱石が東大の教授に就任していたらどうなっただろうか。行儀良く西園寺公望の雨声会にも出席しただろうし、うやうやしく博士号も拝受しただろう。一方、朝日や岩波は、今の地位を築くことができただろうか。夏目房之介や半藤一利の仕事も、幾分か減ったかもしれない。江藤淳もデビューしなければ、そうすると、柄谷行人の気障な文体も生まれなかったことになる。 やっぱり『文学論』とは全然関係のない話になってしまった。 Tags:漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)PDFダウンロード漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)PDF漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)のePub漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)ダウンロード漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)オーディオブック漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)ダウンロードブック漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)発売日漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)試し読み漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)ネタバレ漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)amazon漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)download漱石全集 〈第14巻〉 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博)kindle