ジャワの影絵芝居

ジャワ影絵芝居ワヤンは

物語・音楽・人形の動きを楽しむ芸能


影絵芝居ワヤンは、ジャワの古典芸能の華でしょう。

「ダラン」と呼ばれる人形師が、色鮮やかに着色された何十体もの人形を一人で操り、一人で物語を語り、何十人ものガムランの楽団を指揮して、夜9時頃から翌朝4時頃までの7時間余、観客を楽しませるのです。人気のあるダランが上演する会場には、数千人もの観客が詰め掛けることもあります。

会場はたいてい屋外。広場、道路、誰かの家の敷地などにスクリーンを張って上演します。大テントで客席を覆うこともありますが、たいていは野天です。


ワヤンは庶民にとって立派な娯楽なのですが、単に娯楽のために演じられているわけではありません。お寺や神社がないジャワでは、ワヤンは祭りのようなもの。コミュニティーが主体となり、その土地の先祖を供養したり、魔を祓う目的で上演されることもあれば、個人や企業主などが主体となり、地鎮祭、誕生祝い、開店祝いとして上演されることもある。ギャラは主催者や実行委員が一括して出演者に支払うので、見に来る観客から料金や木戸銭を取ることはありません。好きな人ならば無料で楽しめるのです。


物語は、インドから伝来した叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」をもとにしたもの。どちらも最後は大戦争になり、多くのキャラクターが死んでゆく物語なのですが、必ずしも勇ましい話ばかりではありません。何のために戦うのか悩み続ける男の物語もあれば、若い男女の恋愛や悲恋を扱った物語もある。シリアスなものが多い中で、道化役の従者の一人が王になり、主従関係や身分の上下を含めてすべての立場が逆転する、まるでオセロゲームのような異色の物語もある。古典のスタイルを利用した新作も次々に生まれています。


ワヤンの楽しさの第一は、ダランの語りを通して、この物語を楽しむことにあります。

笑いあり涙あり、困惑あり情けありの物語は、もしジャワの言葉がわかれば文句なしの面白さです(ジャワではふだん、国語=インドネシア語と地方語=ジャワ語の両方が使われていますが、ワヤンの語りは昔も今もジャワ語なのです)。


そしてもう一つの楽しみは、その場で演奏されるジャワガムランを聞くこと。芝居音楽的な要素もあれば、お遊びのコーナーでは歌を披露したり賑やかな踊りの曲を演奏することもある。

微細に透かし彫りを施した人形の動きも見逃せません。たった一人のダランが、出てくる人形すべてを左右の手だけで動かすのですが、その動きの見事なこと。戦いの場面の激しい動き、男女の逢引きの場などのデリケートな演出など、見ているうちについ引き込まれてしまうことでしょう。

語りと音楽と人形の動き、この3つが一体となったところに、ワヤンの魅力があるのです。

「ワヤン・クリ」から

「ワヤン・ヒップ・ホップ」まで


ちなみにワヤンにもいろいろあって、最もポピュラーなのは水牛の革でできた人形を用いる「ワヤン・クリ」と呼ばれるスタイル(「クリ」は革のこと)。役者がこの物語を演じるワヤンもあり、これは「ワヤン・オラン」と呼ばれています(「オラン」は人のこと)。

さらに、木偶人形を遣うワヤンもあり、これは「ワヤン・ゴレ」と呼ばれています(「ゴレ」は木でできた人形のこと)。ワヤン・ゴレでは、ジャワの王様たちの歴史物語が語られるのがふつうです。また、森に住む鹿を主人公にした動物の人形芝居もあり、カンチルという名の鹿が主人公なので、「ワヤン・カンチル」と呼ばれています。


新しいところでは「ワヤン・ヒップ・ホップ」と呼ばれるものがあり、これは人形も遣うのですが、どちらかといえば世相講談とヒップホップを組み合わせたパフォーマンスです。実演しているアーティストによれば、若者や子どもたちがワヤンにもっと親しめるようにと、こういうスタイルで上演しているのだそうです。それが功を奏しているかどうかはともかく、現代美術にかかわるようなアーティストにワヤン好きが多いというのも、ジャワの特色かもしれません。

影絵の側は「ウラ」

人形師のいる側が「オモテ」


さて、ワヤンは影絵芝居と呼ばれることから、スクリーンに写る影絵を楽しむものとお思いになるでしょうが、ジャワではスクリーンの向こうの影絵の側は「ウラ」と呼ばれ、ダランやガムラン楽団がいるスクリーンの手前側を「オモテ」と呼びます。広さが足りない会場では、スクリーンを壁にぴったりつけて上演することもあります。

実際に上演会場に行けば、間違いなく「オモテ」側だけが賑やかなので、「ああ、こちらから見るものなのだ」と納得するしかないのですが、それならばなぜわざわざスクリーンを張るのでしょう。きらびやかな人形が白い幕に映える、映し出される影によって人形芝居が立体的になる、という視覚的な効果はあります。でも、それだけではない何かがある。


じつは影絵芝居「ワヤン・クリ」よりも古い芸能に、絵巻物を使って物語を語るワヤン(「ワヤン・ベベル」と呼ばれている)があり、古風なワヤンとして今も残っている。これがワヤンのルーツだと考えられています。1415世紀に建てられたジャワの古代遺跡の壁面には、「ワヤン・ベベル」に描かれた絵をそのまま写したようなレリーフがたくさんあり、遺跡そのものが物語を語りかけ、訪ねてきた者に教えを授けようとしているようにも見える。物語を通して教えを伝えようという文化が、ジャワには昔からあった。物語をよりおもしろく伝えるために、絵巻に描かれた人物たちが人形となって抜け出し、自由に動きはじめたのが、今の「ワヤン・クリ」なのかもしれません。

ワヤンの「オモテ」側。通常、この楽団席を囲むように客席がつくられ、スクリーンの向こう側(ウラ側)には客席がないことが多い。


絵巻ワヤン「ワヤン・ベベル」は、数台のガムランと語り手だけで上演される。