2022年6月公演
「ムジカーザでガムラン2022」はこんな感じでした
まだコロナ禍の影響が残っていた時期、最悪の場合は直前の中止も覚悟して2日間の公演を告知したところ、予想通り5月末までは予約がほとんど入らない。やはり難しかったかと思っていたところ、感染者数が落ち着いてきた6月になって急に予約が伸び、フタを開けてみれば2日間3公演とも前売り完売。延べ220人近い方が見て下さいました。
疫病などの厄災を鎮めるような内容を折り込んだ影絵芝居ワヤン「ウィジャヤクスマの花の行方」の上演がこの年の目玉。踊り手2人による王宮舞踊、人形同士の戦いや立ち回りの様子を見せるワヤン(チャキルと若武者の戦い)も好評で、無事に公演を終えることができました。
◆出演
ローフィット・イブラヒム(ハナジョス)
佐々木宏実(ハナジョス)
ナナン・アナント・ウィチャクソノ(マギカマメジカ)
西田有里(マギカマメジカ)
スミヤント(スミリール)
根津亜矢子(スミリール)
岩本象一
西岡美緒
◆プログラム
・王宮舞踊「ゴレ・ランバンサリ」
(踊り手/西岡美緒、根津亜矢子)
・ジャワ詩モチョバットの朗誦
・遊び歌ドラナン「ワルン・ポジョ」の演奏
・影絵芝居ワヤン「チャキルと若武者の戦い」
(人形師/ナナン・アナント・ウィチャクソノ)
・影絵芝居ワヤン「ウィジャヤクスマの花の行方」
(人形師/ローフィット・イブラヒム)
・村の踊り(馬踊り~獅子舞)
◆上演日程
6月17日(金)18:45~20:25
6月18日(土)13:30~15:10/17:00~18:40分
全席指定 前売3500円/当日4000円
プログラムとその内容(3公演とも同じ)
最初は、西岡美緒さん、根津亜矢子さんの2人によるジョグジャカルタ王宮の舞踊「ゴレ・ランバンサリ」から。ゴレは「探し求める」こと、ランバンサリは「調和」を意味する言葉。髪をなで、髪飾りを整え、指輪を見つめ、鏡を見つめるなど、身だしなみを整える仕草がよく出てくるのですが、それは恋する心や、より良き自分に近づこうとする心の表現なのだそうです。繊細さあり、愛らしさありの舞踊。仕事や家事を終えて会場に駆けつけて下さった方々の心を、果たしてあの15分ほどの間にがらりと非日常世界に切り替えることができたのかどうか。眠くなったりした方もいたかもしれませんが、それもジャワ芸能の良さだということでご納得いただければ幸いです。
根津亜矢子さん(左)と西岡美緒さん(右)
観客席と踊り手が近い
次の「モチョパット」もジャワの貴族文化を象徴するものですが、このグループのやり方は少しだけユニークです。モチョバット好きの農家のおじさんが、夕暮れどきの畑に向かって詩を朗誦するというスタイルをとっていて、家畜や、トッケイと呼ばれるヤモリの鳴き声、ソト屋(スープご飯)やバッソ屋(つみれ汁)の売り声なども聞こえてきます。
ちなみに、農家のおじさんこと、ローフィットさんが詠んだ詩は、「キドゥン・サリラ・ハユ Kidung Sarira hayu」から、ダンダングロ(Dhandhang gula)の1番と2番。15世紀ジャワのイスラム聖人の一人であるスナン・カリジョゴが作ったとされるもので、内容は次の通りです。
夜中にこんな詩がきこえた
すべての災いから 離れるのだ
精霊も悪魔も魔術も呪いも恐れをなして近づかぬ
燃え盛る炎を鎮め、水となれ
私に近づこうとするすべての悪しきものは姿をけした
すべての病が去っていく
田畑の生物もわかったようだ もう成長を邪魔するものはいない
悪なる力が放たれようとも われらには命中しない
まるで柔らかな綿花が鉄の上に落ちるがごとく
すべての毒が解毒される
猛獣さえもおとなしくなる
やせた土地にも 木は伸びる
ハリネズミの巣に落ちた悩める人も
クジャクの巣へと戻るだろう
遊び歌(ドラナン)「ワルン・ポジョ」は、影絵芝居ワヤンのカリスマ人形師であるキ・ナルトサブドが作った曲。直訳すると「角の店」という意味で、軽食やお茶を出す小さな屋台、そこで生まれた恋心などを、男女の掛け合いで陽気にうたい上げます。知らずに聞けばアップテンポでリズムの変化に富んだノリのいい曲ですが、「蜂蜜の甘みも、あの人のスイートな笑みには敵わない」という歯が浮くような歌詞がちょっとでも頭に入っていると、聞こえ方が一味変わってきます。
モチョバット。ワーワー鳴く牛や鶏に「うるさい!」と文句を言う農家のおじさん(ローフィットさん)
遊び歌「ワルン・ポジョ」の演奏風景
前半最後は、ナナンさんによるジャワ影絵芝居ワヤン・クリ「チャキルと若武者の戦い」。俗に「プラン・チャキル」と呼ばれる立ち回りを見せるこの場面は、現地のワヤンではどの演目にも必ず入れられ、夜中の2~3時頃、ちょっと眠気がさした観客の目を覚まさせるような意味合いを持っています。その名物的な場面を、ナナンさんは見事に演じてくれました。細かな仕掛け(ギミック)、集中力と迫力に満ちた20分間のスペクタクルは、今もなお語り草になっているような気がします。
粗野で、せっかちで、やたら早口で喋るチャキル。どこまでも落ち着いていて、立ち回りにも品がある美丈夫アルジュナ。この2人を左右の手で同時に操りながら、個性の違いを見せるところに、この場面の面白さがあるのですが、彼はそれを見事なまでの執念で演じてくれました。
チャキルの細かな動き、兄貴分らのダイナミックな動きに、いちいち合いの手のように太鼓で変化をつけたローフィットさん、鍵盤楽器のサロンで音の飾りを入れたスミヤントさんらの働きもあり、チャキルとの戦いの場面の20分間は怒涛のように過ぎていきました。
チャキル(右)とアルジュナ(左)
乱入してきた鬼を、アルジュナの従者ペトルが蹴り倒す
休憩はさんで後半は、ローフィットさん演じる「ウィジャヤクスマの花の行方」。古典的な演目なのですが、演者たちの工夫もあり、疫病や災害からの救いを求める私たちの思いに添うような、同時代性を感じさせるユニークな作品として仕上がっていました。
ウィジャヤクスマの花を描いた古典演目には、じつはいろいろなパターンがあり、かつて私もジャワでいくつか見たことがあるのですが、たいていは若武者が遠い島や高い山を訪ねて、苦心の末に霊力のある花を持ち帰ってくるというような筋書きなのですが、ローフィットさんが提案してきた物語はそれとは違うもの。村人を救うために奔走する男(ペトル)が、クレスナ王に霊力のある花・ウィジャヤクスマを貸してくれと頼みに来ます。王はそれを頑なに断るのですが、ウィジャヤクスマの花自身が「私は咲きたい場所で咲きます」と王宮を飛び出し、ペトルと一緒に村に行く。花のおかげで災いを乗り越えることができた農民たちは、クレスナ王への感謝の意を込めて村でできた野菜を贈るのです。
当初、すべて影の側、つまりウラ側だけで見せる形でもいいのではないかと思っていたのですが、途中でオモテ側に回ったほうが面白いというアイデアが生まれ、作品の姿は大きく変わりました。最後にゴレ人形(木偶人形)が舞い、大切だと思うことをそれぞれが持ち帰って下さいというメッセージを伝えたことも、物語の内容からしてじつに効果的でした。
左にクレスナ王、右に村の男ペトル。中央のウィジャヤクスマの花は王国の国宝だが、やがて意志をもって語り始める
後半はローフィットさんが幕の表側にまわり、影絵芝居から人形芝居に。最後は木でできた木偶人形(ワヤン・ゴレ)の舞いとなって幕が下りる。
フィナーレの村の踊りジャティランは、女性2人による馬踊りからスタート。曲は影絵芝居界の巨匠キ・アノム・スロトが作った「ペペリン Pepelin」で、これに西岡美緒さんが馬踊りらしい振りをつけたもの。最後は根津亜矢子さんも出てきて、3人の賑やかな踊りになります。そこから一転、獅子舞に。最後は恒例の三本締めでお開き。
西岡美緒さんと佐々木宏美さんによる馬踊り
そこに根津亜矢子さんが加わり3人で賑やかに
獅子が登場してフィナーレ
いつもは終演後にすぐに追い出しをしなければならないほど、退館時間に追われていましたが、今回は余裕をもっての終演。このところのイベントには珍しいロビーでの見送りもあり、和気あいあいと公演を終えることができました。
2階席のカウンターで、JIBECA(日本インドネシア・バリ教育文化協会)の皆さんが開いてくれた楽器屋台、ぶんぶん堂さんによるバリ島雑貨屋台も大好評。開演前、休憩中、終演後にお客様が詰めかけ、大賑わいでした。
スタッフの一人として絵本作家の早川純子さんが2015年の公演から加わっていて、今回、館内の注意書きや案内板、演目表など、あらゆるものをその場でどんどん描いてくれて、じつはこれも一つの見せ場になっていました。
途中で飽きて、ちょっとぐずっちゃった子どもを、純子さんと一緒にあやしてくれた智子さん、本当は落語好きなのに、なぜかこの会のスタッフとして大活躍してくれている松坂さん、音楽好きなのに照明などを担当してくれている恭太さんも、長く関わってくれているスタッフです。皆、少しずつ年をとってきましたが、まだ目の前の急坂を登るくらいの体力はありそうなので、何もなければ、再来年2024年くらいにまたこの会が開けるのではないかと思っています。
3回公演で、観客総数は220人ほど。そのうち150人ほどがアンケートを書き残してくださり、出演者・スタッフ一同とても感激しております。
そのアンケートによれば、公演を知ったのは、多くは友人・知人から。ほかに新聞、各種イベントで折り込まれたチラシ、SNS(Facebook、Twitter)で知ったという方も。チラシを見た場所という中に、モンゴ・モロ(新宿)、コピカリヤン(原宿)、府中市場の店(アジアンミール、もしくはココロータス)、カフェ・エナック(海老名)など、各地のインドネシア料理店やカフェ、スパイスの店などの名もあり、とにかく大勢の方々にお世話になりました。できる範囲内でお礼にはうかがっているつもりですが、たいしたこともできずに申し訳ありません。
2階のバリ雑貨や楽器の物販コーナー
出演者とスタッフ
ムジカーザの入口
観客の声(アンケートより)
●日本語でワヤンを楽しむことができる非常に貴重な機会で、大変楽しく拝見。舞踊も美しく、このような時ですが、明るく幸せな一晩になり、来た甲斐がありました。(20-30代女性)
●2つのワヤンが見られて幸せでした。ナナンさんのワヤン、人形さばきがすごい! ローフィーさんのワヤンもとても素敵でした。(女性)
●30年近くぶりに生のガムランの演奏を聴きました。日本の代々木上原ということも忘れてしまうほどステキな演奏でした。(40-50代女性)
●久しぶりのガムラン、音が鳴ったとき鳥肌が立ちました。新しいカタチで伝統を伝えていく取り組み、すてきです。ナナンさんのダランの手さばきにほれぼれしました。(40-50代女性)
●こぢんまりして近くで聴けて、現地の、ご近所さんちでの催しみたいな雰囲気でした。ワヤンを堪能し、あっという間の2時間でした。(40-50代女性)
●1時間半とは思えないような盛り沢山で、とても楽しませてもらいました! 日本語のワヤンは現地ではむしろ見ることが難しいと思うので、興奮して身を乗り出しちゃいそうでした。(20代女性)
●久しぶりにガムランを聞いて瑞々しい田んぼの風景、滞在していた時期のことを思い出していた。(60-80代女性)
●日本語で語られるワヤン、ジャワ島で観た時は言語がわからずさっぱりだったが、現地の人はこんな感じなのか!メッチャ面白いじゃん!となった。ガムランの音楽にたゆたった後、最後が三本締めでいきなり日本の身体に戻された感じが面白かった。(女性)
●初めてでしたが、言葉がわからなくても楽しめました。影絵のオモテを見たのと、影でもこんな風に映るのかわかっておもしろかったです。(40-50代女性)
●バリ舞踊よりテンポがゆっくりで、田舎の景色が見えてくるようなステキな楽器の音色と歌と踊りに、心はジャワにトリップしっぱなし。とっても楽しかったです。(40-50代女性)
●素人でも子どもでも楽しめる工夫がいっぱいありました。本格的なジャワのガムランを気軽に楽しむことができました。日本の文化にも通じるところがありますね。(女性)
●日本の農村芸能につながる懐かしさと、全く異質なきらびやかな音の洪水。近いけど、違う。この感覚が楽しい。演者と近くて、まるで村の広場で見ている気分だった。(60代女性)
●ジャワのワヤンは動きが繊細だといつも思うのですが、若武者がほとんど動くことなくチャキルを軽々と倒すところは、とてもかっこよかったです。(40-50代女性)
●影絵芝居のストーリーがわかりやすく、人形の扱いがすごかった。投げたり、回したりと、見ていて楽しい要素がたくさんだった。(10代男性)
●とても迫力がありました。金属の音はとても柔らかい響きなんだなと思いました。(20-30代男性)
●仕事でマレーシア、インドネシアに縁がありましたが、なかなか見る機会がなく、今日見られて良かったです!(20-30代)
●現地に行けない今、ジャワを思い出しながら楽しめました。ジャワ出身のローフィットさんやスミヤントさんやナナンさんが出演しているので、日本じゃないみたい!(70代男性)
●すべての項目すばらしかったです。王宮舞踊のお二人の指の美しさも影絵の扱いも感動的で、そしてガムランの演奏が心に響きました。(40-50代女性)
●楽しませようという皆さんの心意気がすばらしいです。同じ村の住人のよう。解説もわかりやすかったです。(40-50代女性)
●10才娘も目を輝かせて拝見しておりました。(女性)
●ワヤンはインドネシアでみた時はわからなかったけれど、日本語なので理解できた。村の踊りジャティランなど見たことなく、インドネシア文化をより知れてよかった。早くインドネシアに行きたくなりました。(40-50代女性)
●初めてのガムランコンサートでした。娘に誘われて来ましたが、とても楽しく良い素敵な時間をすごすことができました。コロナ・自然災害・戦争……いろいろありますが、人類が困難を乗り越ええ行けそうな勇気が出ました。(40-50代女性)
●何も知らず来たのですが、とても楽しい時間をすごせました。(20-30代女性)
●なにはともあれ無事に開催できたこと、おめでとうございます! 言葉がわからなくても楽しめる演出は素晴らしい。でも、やっぱり言葉が判るともっと楽しい。急に大阪弁になるインドネシア人も楽しい。(60代女性)
●ダラン(人形遣い)のお2人が凄すぎて、日本語でやってくれた事によって、なんだか現地の人として見ているような気持ちになれてとても嬉しかった。子供たちが多くてどこか村っぽく、ガチッと公演として構えてない雰囲気が素晴らしかったです。(女性)
●体に響くガムランの音色を間近で生でみることができて、本当に素晴らしかったです。度々うしろのほうで子供たちが動き回りハラハラしておりましたが、演者の皆様のあたたかさでホッとしております。(女性)
【協力スタッフ】
吉上恭太
吉上智子
早川純子
松坂明律
飯田茂樹(NPO法人JIBECA)
大森愛子(NPO法人JIBECA)
ぶんぶん堂(インドネシア雑貨)
中村伸
中村深樹
武藤奈緒美(スチール撮影)
折原カズヒロ(フライヤーのデザイン)